第三十六話 脱出
宿を出たオレたちは、初めてのこの街の夜を体験していた。
人の通りは少なく、夜の店もやっているところはないのではないかといった静けさだった。
「みんな、すぐに外套を被って?なるべく固まって行動しよう」
「「はーい」」
すぐに全員分の外套を荷物から取り出し装備していく。
そして、向かうのは─
「信希さま?北門には行かれないのかの?」
「少し門から離れたところから出るつもりだ」
「…?」
どうやって?というユリアの声が聞こえてきそうだ。だが、オレには考えがあったので彼女たちに従ってもらう。
「まぁ、大丈夫だから。とにかく外壁まで急ごう」
「分かったのじゃ」
少しだけ急ぎ足で、一番近い外壁方面へと向かっていく。
──。
「信希さま…?ここでどうするのじゃ?」
「まずはユリアから行こうか」
オレたちは宿を出て外壁まで到着していた。
出口も無い、なんの変哲もない外壁を目の前にすればみんなが不思議そうな顔をするのも無理はない。
オレはユリアをお姫様抱っこする。
「ま、信希さまっ!?」
「しっかり掴まっててね」
オレはフォレストバジリスクを探した時のように勢いよく飛び上がる。
あっという間に外壁の高さを越えて外に飛び越えることができた。
「なっ!なっ!?」
ユリアはあまりに衝撃だったのか、かなり動揺しているようだ。
「今はあまり説明している余裕がないから、みんなを先に移動させちゃうね。この辺りには魔獣の気配もないから安心して?」
「は、はい…」
呆気にとられたようなユリアを残して、すぐに他のみんなを迎えに行く。
──。
シアン、レスト、ポミナも無事に外壁を飛び越えてさせて、オレはイレーナたちとの集合場所に向かおうとする。
「信希さま!?こんなにすごいことが出来るなんて知らなかったのじゃ!」
「あれ…?言ってなかったっけ?」
「すごかったの!ぴょーーんって!」
「楽しかった!」
「ちょっぴり怖かったです…」
「信希さまは本当に規格外じゃ…」
「そうみたいだね」
オレは無事に街から出れたことに安堵し、イレーナたちとの合流に意識を向けていた。
北門の方へ向かって歩き出す。
──。
「北側の林まではどのくらいかかるんだろう」
「余も王都周辺には詳しくなく…」
周囲は既に真っ暗なので、月明かりだけが頼りだった。
この世界の月も元の世界と同様…とはいかずどこか変わっている。オレは天体に関する知識はそこまで詳しくない。
なので、どうやって月の周りを小さな星が回っているように見えるのかはよく分からないままこの世界で過ごしていた。
月自体の明るさも、元居た世界の方が明るかったような気もする。
オレたちは少しだけ恐怖を感じる薄暗い夜の中を、ただ道沿いに歩き進んでいる状況だった。
「自分たちが野営している時にはあまり感じないが、やっぱり夜は暗いな」
「下手に目立つわけにもいきませんのじゃ」
「うん、そうだね…」
オレは暗闇の中でも活動できる魔獣を想定して周囲の警戒は怠っていない。
なんてことを考えている時に、ユリアと出会ったときのことを思い出す。
「サーモグラフィだっけ…」
ユリアに襲われたときに発動することのできた、暗視スコープのような視界を想像してみる。
視界全体が緑がかった色に変わる。だが、各段に周囲のものが見えるようになった。やはりこの能力は便利以外の何物でもないな…。
「おっ、あれが林じゃないか?」
オレは正面に見え始めたくらいの木々を見つけることが出来た。
「ん-?見えないのぉ…」
「余にも見えませぬ…」
あと十分くらい歩けばわかりそうだ。
──。
そうしてオレたちは林の入り口前に到着した。
オレの視界でも、イレーナたちを視認することは出来なかった。
「やっぱりイレーナたちはまだ街中に居るんだろうか…?」
─くんくんっ
「ん…?」
「おいしそうな匂い!」
そういう声の持ち主は、もちろんシアンだった。
彼女の嗅覚は本当に鋭すぎるくらいだからな。
「おいしそうな匂い?」
「うん!お肉を焼いてる!」
「信希さま、この辺りで野営しているのはイレーナたちしかおらぬはずじゃ。野営するくらいなら街まで歩いてしまえますじゃ」
「確かに…一応行ってみるか」
オレは少し不安だった。自分の能力でも確認できない相手の所に行ってしまってもいいのかと感じたからだ。
少し林を迂回して、シアンの教えてくれる場所を頼りに進んでいく。
林の奥には火を使っている様子なんてないのに、たしかに肉の焼けるような匂いが近づいてくる。
「あそこだよっ!」
「あれは─」
──。
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