第十八話 王都では必ず何かが起こる
騒がしい声の正体は、鎧を身に付けこれから戦にでも行くのかといった装いの連中だった。かなりの人数が居て大通りを外壁へ向けて進んでいる。
「道を空けろー!」
「討伐隊が通る!民たちは通りを避けてくれ!」
「道を空けるんだー!!」
賑わっていた大通りは、瞬く間に物々しくなっていく。
「どうしたんだ、なんだかすごいな」
「討伐隊が出るということは、この街の近郊で強力な魔物が出たと同義です」
「なるほどね─」
「─おい聞いたか?南の森入口にフォレストバジリスク出たらしいぞ」
「誰がやられたんだ、商隊か?」
近くにいた、冒険者風で帯刀している連中の会話が聞こえてくる。
「イレーナ、南の森って?」
「南の森はあちらですね。わたしたちが入国してきたのが東門です」
「こっちから出ていくのか…?」
「そのようですね。おそらく、南門からも討伐隊は出発していると思います。挟み撃ちにする予定かと」
「なるほど」
「─なんだって?あの双剣使いのデストのパーティか?」
「聞いた話だ、リーダーが重傷らしい」
「そりゃあ気の毒に、リーダーって確か…」
「ああ、デストさ。獣人最強とも言われている女性だよ─」
「─なにっ!?」
「信希…もしかして…」
「イレーナ、オレ行ってきてもいいか?」
獣人の女性と聞いては黙っていられない。
「はぁ…やっぱりと言いますか、流石と言いますか…」
「みんなの事任せてもいいかな」
「分かりましたよ…、ちゃんとお守りしますから」
「ミィズもお願い」
この二人のことを頼っているのには明確に理由がある。イレーナは索敵や作戦を得意としている。ミィズはメンバーの中で一番戦闘力が高いからだ。もちろん、他のメンバーが弱いわけではないが、特に信頼を寄せているのでお願いすることにしている。
「ああ、気を付けての?」
「信希、無事にすぐに戻ってきてくださいね?みんな心配しますから」
「分かった。すぐに戻る」
街の中を爆速で走り抜けるわけにもいかないので、オレは元来た道を駆けて戻る。
「イレーナよ『ワタシが心配なので』と言えばよいではないか」
「からかわないでください。みんな心配なのは一緒ですから、そう言っただけです」
「まぁまぁ、余たちは早く換金させて信希さまを待って居ようではないか」
「そうですね」
──。
オレは、少しばかり考え無しかもしれない。手に入れた情報は『南の森入口に魔物』『討伐隊が出る』『獣人の女性が重傷』ってだけで飛び出てくるんだから…。
だが、重傷だという情報が街の人間に入っている時点で、かなりの時間が経過していると予想できる。
もしも獣人の女性が素晴らしいケモミミの持ち主であれば、オレは必ず後悔する。見も知らぬ人を助けるために、危険に飛び込んでいくんだからイレーナが呆れた表情をするのは無理もないことだ。
「おい!今、街を出るのはきけ─」
街の外に出たオレは、いつも通りの力を発揮して南の森方面へ向けて加速していく。
だが、襲撃場所が分からないため、どこに向かうべきか考える。そこで自分でも笑ってしまうくらいの妙案を思いつく。
「─飛べばいいじゃん」
そうつぶやき、オレは思い切り飛び上がる。案の定というか、とんでもない身体能力のおかげか五十メートルは飛び上がれた。
飛び上がれたおかげで、森と草原の境が視認できる。
「あそこか!」
オレが確認したのは、入口付近で戦闘態勢と思われる陣形を組んでいる少数の人影だった。
飛び上がった勢いのまま、オレは人影の方に落ちていく。
─ドオオォォォンッ!
「うっひゃー砂ぼこりがっ」
とてつもない勢いで落ちているから、ある程度の衝撃を覚悟していたがオレ自身の体に問題はなかったが、着地点の地面に小さなクレーターが出来上がる。
「今度は何だっ!」
「リーダー撤退しよう!これ以上は危険すぎる!」
「くそっ!私が負傷しなければ!みんなは加勢を呼んできてくれ!!ここは私が引き受ける!」
いかにも激戦といった感じで、白熱している声が聞こえてくる。
「リーダーッ!」
「いいから行くんだっ!」
逼迫している叫び声に若干煩わしさすら感じてきたオレは、未だ一度も視認できていない魔物の方へと意識を集中させていく。
「構えていたのは林に向かってだったか…」
目を閉じ周囲の索敵を始めると、すぐに見つけることができた。
街で聞いていた魔物の名前『フォレストバジリスク』から森に生息している蛇と予想していたが、確認したその巨体に立ち向かっていた戦士たちがいかに勇敢であったか思い知らされた。
蛇の様な見た目はしているものの、頭部はドラゴンと見間違えるほどに迫力がある。
胴体の直径は七十センチは超えているであろうオレの腰高程度まで迫っている。
全長こそ測定することは出来ないが、二十メートルを超えていると予想する。
フォレストバジリスクの全貌を確認したオレは、目を開けるが『居るはずの場所』にその姿を確認することができない。
「光学迷彩か…?反則じゃん…」
実際問題、生物の中には生まれながらにして、光学迷彩の機能を持っている生物も存在している。
そして、オレも覚えのある『蛇』の生まれ持つ能力の一つがある─
「確かサーモグラフィ…」
蛇の頭部には口周りにピット器官と呼ばれる機能があり、赤外線センサーの様な役割をしているとか聞いたことがある。
「こちらからは見えないのに、向こうからは丸見えか」
フォレストバジリスクは、オレが認識してから動きを止めていたようだが、何もせずに突っ立っているオレを敵だと認定し行動を始める。
ヤツの行動へ合わせるように、オレもゆっくりと視界を閉ざしていく。
木々を間を縫うように、どんどんとオレの方に近づいてくる。
止まったかと思った瞬間に、人間の認識を超える速度で『獲物を捕食する』かのようにオレ目掛けて突っ込んでくる。
「うっらあぁっ!!」
渾身の蹴りを、下顎目掛けてヤツの速度に合わせる。
─ドオオォォォンッ!
フォレストバジリスクの巨体は吹き飛び、林の入り口付近の木々を薙ぎ倒す。
轟音の方を確認するために、再び視界を確保する。そのころには、煙たすぎた砂ぼこりはすっかりなくなっていた。
フォレストバジリスクは、既に行動出来ない状態であった。顎は変形し、牙はガタガタに折れてしまっている。
こうしてまた信希の人間離れした能力が、一人また一人と認知されていく──。




