第百二十話 新居
「んっ…。なんだこれ…」
まだぼやけた視界の中で、自分の目の前にあるふわふわの何かが動いているように見える…。
「ケモミミ…か…?」
まさか、これは、ケモミミなのか…?
目覚めた瞬間からケモミミが目の前にあるという幸福…。
触ってみようと思ったが、何やら体が思うように動かない。腕がしびれているんだろうか…。寝起きに腕が動かないくらい痺れてしまうのは何度か経験しているから、おそらく予想通りだろう。
触れないのなら顔を埋めてみよう。
すごい…。 柔らかくて、ふにふにしていて、温かい…。
どんな匂いだろう…。良い匂いだな、これは…。
もしかして、しゃぶったりしたら美味しいのではないだろうか…。
流石に食べてしまうわけにはいかないので頬擦りを続ける。
「ま、まさき…?」
「え…」
「おはようございます…」
「お、はよう…?」
どうやら、声の持ち主はイレーナみたいだ。
そして自分の体と、密着しているケモミミ様もイレーナみたいだ。
ど、どうしてこんなことに…。
「ゆっくり休めましたか?」
「えーと…」
オレは彼女の言葉を聞き、昨日何があったのか思い出していく。
そうだ。新居を作るために材料を集めていて、夕方になったからイレーナの作ってくれた食事を食べたはずだ。
そして風呂に入り良い感じの疲労を感じたから、みんなに一声かけて自分のベッドに入ったはずだ。
「うん、ぐっすり眠れた」
「それは良かったです」
でも…、眠る前にイレーナは隣に居ただろうか…?
一旦落ち着こう。
「く、くすぐったいです」
「……」
目の前にあったケモミミは、やはりイレーナの可愛らしいケモミミで間違いないみたいだ。
もしかして、オレが眠っている間に忍び込んできたのだろうか。
「昨晩はお疲れだったみたいですね」
「ソ、ソウダネ。ちょっと疲れてたかも…」
「眠る前も、あやふやな返事でしたから」
「……」
なるほど。どうやら彼女は、オレが眠ってしまう前には部屋に来ていたみたいだ。
そして、密着している部分の感覚が鮮明になってきて、彼女はオレに抱き着いているのが分かる。
「え、えーと…」
「もう起きますか?」
これって…、もしかしなくてもそういう感じ…?
「今日は新居を作るのではないでしょうか…?」
「ふふっ、どうしたんですか?少しおかしな喋り方になってますよ?」
笑っている彼女の体が揺れるたびに、オレの精神も一緒になって揺さぶられている。
いや、待つんだ。今日は体力が必要になることが沢山あるだろう。ここで体力を使ってしまうわけには…。
「新しい家が出来てからでもいいかな…?」
「ん…?何がですか?」
どうやら、彼女にその気はなかったらしい。
無意識か…。なんという破壊力だ。いや、これは可愛いケモミミのせいだ。そうに違いない…。
「ううん、なんでもないよ。今日も可愛いね」
表情こそ見えないが、おそらく何かを考えているであろうイレーナをオレは抱きしめていく。
「は、はい…」
「起きようか」
オレたちは少しの間抱きしめ合ってベッドから抜け出した。
扉の前に差し掛かる前にイレーナが引き止めてくる──
「信希」
「ん?」
振り返ると同時に、自分の唇に柔らかいモノが触れる。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
──。
「さぁ、今日は家を完成させよう」
「「はーい」」
朝食を食べ終わり、さっそく家作りを始めようと思う。
「とはいっても、ワシらに手伝えることはあるのか?」
「もちろん。オレは家の方を作っていくから、二手に分かれて厩舎を作ってくれるかな。流石に馬たちを放置するわけにもいかないからね」
「なるほどな。わかった、厩舎のほうはワシが引き受けよう」
「ボクもお馬さんたちのお家つくるっ!」
そんな感じで、今日はここで生活していくために必要な建物を作ることになった。
天気も快晴といった感じで、この場所がオレたちを歓迎してくれているのではないかと感じた。
「んっー!気持ちいいなぁ」
「そうですね。とても良い天気で、風も心地いいです」
これまでの人生で外の空気に触れることが、こんなに気持ちいと感じることがあっただろうか…。
少なくともこの世界に来てからも、そういった感覚を感じることは無かったように思う。それもこれも、今一緒に居てくれる彼女たちのおかげではないだろうか。
「始めようか」
「「はーい」」
──。
作業自体は順調に進んでいる。
今回の家は、馬車の間取りと魔法具を使った構造をそのまま移植するだけだったから、そこまで大きな手間がかかることは無かった。
これまで使っていた馬車の家に付け足す部分だが、これまで考えてこなかった客間や遊ぶための部屋を作ってみた。客間の方にもお風呂や洗面トイレを作ったので、新たに配管や設備を作るのは少しだけ大変だった。
「ワタシが思っていたよりも、短い時間で完成してしまいました…」
「そう?馬車を作った時もこんな感じじゃなかったっけ」
「そうですけど…」
やはり、空間を想像して作ったのと、こうして現物を作っていくのは感覚的にも違うよな。
「それにほら、孤児院なんかを作った時も…」
「孤児院を作った?」
「ああ、あの時はポミナとユリアが一緒に居たんだったね」
「…?」
孤児院を作った時を知っているなら、イレーナがこんな反応をするはずもなかったな。
「ごめんごめん、勘違いしてた。王城に行ってた時のことだから、イレーナが居るものだと思ってた…」
「なるほど、以前にも建物を作ったことがあったんですね」
少しだけ失敗したかもしれない…。こういうのは女性に対して失礼だと聞いたことがある…。
家の外見は出来上がったので、部屋の中を整えたり家具を設置したりしながら、少しだけぎこちない空気にしてしまって居心地が悪く感じてしまう。
キッチンの魔法具を設置しながら、どうイレーナに謝罪すればいいか考えながら作業していると、少し離れたところで寛ぎスペースにクッションを並べていたイレーナがこちらに近づいてくる。
何か用だろうかと考えていると──
「怒ってませんから、気にしないでください」
隣までやってきた彼女は、トンッと体をオレにぶつけてきてそう告げる。
なんだか、何もかも読まれてしまっていたみたいだ。
「…その、悪かった。ごめんな…?」
「怒ってませんよ、それに作業しながらだったから仕方ないです」
彼女の言葉が本心からなのだと分かっていても、ちゃんと謝罪はしておくべきだろう…。
「よし、今日の作業はこれくらいにしておこうか」
「はいっ。お疲れさまでした」
「みんなもお疲れ様ぁ」
「つかれたー」
「家具を運ぶだけでも大変でしたの。信希様に軽くしてもらっても時間は掛かりましたの」
「食事の準備をしますね」
「ああ、オレはミィズたちを呼んでくるよ。戻ったら手伝う。みんなは先にお風呂を済ませちゃって?」
「「はーい」」
これからは、こちらの家を使って生活していくことになるだろう。
これまでの旅で使っていた馬車の中身は購入した時に戻り、本来の馬車の役目に使われていくことになる。
馬車の中を拡張して想像した空間と、実際に建物の中身はやはり少しだけ違っていてどこか違和感を感じた。
──。
いつもありがとうございます。
もう少しで最後になりますが、そこまで投稿を切らさないように頑張って執筆します!
よろしくお願いします!