第百九話 今はこれで
翌日、順番通りにシアンと出かけることになった。
オレのやりたいことはだいたい決まっている。アクセサリーは絶対として、魔法具用の水晶の追加と食事といった感じだ。
あとは、それぞれ各自に合わせて予定を変更しようと思っている。
「シアンはどこか行きたい所とかあるかな?」
「ん-…ごはん!」
「だよね。欲しいものとかは?」
「特に困ってることも無いし…うーん……」
一緒に同行している女性たちは、案外無欲な人が多いみたいだ。これまでの付き合いで、彼女たちが遠慮をしているようにも見えない。
「じゃあ、アクセサリーから見に行こうか」
「うんっ」
最近のみんなは、腕にしがみ付いてくるのがお決まりのパターンだったが、シアンは手を繋ぐのが好きみたいだ。
それから、アクセサリーを選び魔法具用の水晶を補充してから、シアンの大好きなお肉を扱っている店に行くことになった。
「ここの肉はおいしいね?」
「うんっ!信希が作ってくれるのもおいしいけど、ここのも好き!」
シアンは出会った頃から、食事にだけは一定のこだわりがあるみたいだ。特に肉料理が好きなようで、オレやイレーナが調理していると絶対に確認をしているくらいに興味や関心もあるみたいだ。
「じゃあ、このあとお肉を買いに行こうか」
「いいのっ!?」
「ああ。毎日っていうわけにはいかないけどね。シアンの好きな物を作ってあげるよ」
「信希大好きっ!」
──。
食事をしながら少しだけ話をしてから店を後にした。
オレたちは以前行ったことのある商会へと向かっている。
「シアンは昨日の話で悩んでたりする?」
「え…?」
自分でも話題のチョイスがおかしいことは理解している。
だが、この問題だけは避けて通ることは出来ないのも事実で、出来るだけ早くに問題を解決しておくことが彼女のためにもなるのではないかと考えていた。
そして自分の経験からこういった話は、他の人に聞かれていない方が話しやすいのではないかと思っている。
「やっぱり怖かったり不安に感じてたりするのかなって」
「子供のこと…?」
「そうだね、シアンにとっては難しい質問かも知れないけど、どうだろう?」
「ボクがママになるってことだよね…。考えることもできない……」
「ははっ、オレも一緒だよ?自分に子供が出来るなんて、実際に産まれて来るまで実感することなんてできないし、今のオレにはそんな覚悟もないかもしれない」
「そうなの…?」
思いっきりというのが正しいだろう。シアンはオレの言葉にキョトンとした表情を浮かべて、彼女とオレが考えていることが近いことに驚いているみたいだった。
「大体の人間はそうだと思うよ?獣人は特別なんてこともないだろう。元居た世界の知り合いたちも、オレと同じ考えの人が多かったな」
「そっか…」
本題はここからだろう。
「でも子供を作る前に、ちゃんと準備して置いたりするのは大切かもね」
「準備って?」
「そうだなぁ。育て方の勉強をしたり、今のオレだったら定住地を決めたり、子供育てるために必要な環境を整えるってこと」
「そんなことが大切なの…?」
やはり、彼女の認識は少しずれているものがあるみたいだ。
「そうだよ。子供を満足に育てることのできる環境を用意するのは、親の役目と責任だね」
「なるほどぉ…」
何かを納得しているのか、彼女はいつになく考えている素振りを見せている。
「少しきついかもしれないけど、シアンのパパとママもちゃんとシアンを育てることのできる環境を作れていれば、シアンを捨てることもなかったかもしれないな?」
「それだけのこと…?」
「シアンのパパとママが何を考えていたのか分からないけど、子供捨ててしまうなんて普通じゃないよ。よほどの理由があったんじゃないかな」
「そう…だといいな…」
これまで触れてこなかった話題を振ってみたが、今の選択は間違っていないみたいだ。
彼女が以前のように泣き崩れることもなく、自分のことにも当てはめながら考えてくれているのは大きな成長と言えるのではないだろうか。
「突然こんな話をしてごめんね?びっくりしたよね」
「ううん。少しだけど、ボクのことが分かった気がする」
それは彼女にとって大きな一歩になったのではないだろうか。
今はこれでいい。
シアンの心の傷は少しずつ癒していこうと思った。
「あ、ここだったはず。肉を選んで今日は肉料理にしよう」
「うんっ!いっぱい食べていいのっ?」
「ああ。もちろんだよ。お腹いっぱい食べよう」
全力で尻尾を振っている姿は子供っぽいと感じるが、これまでに抱いていたシアンの印象が薄れていくような、そんな感じがしたのは気のせいだろうか…。
帰るには少しだけ早いかもしれないが、シアンと話したいことと伝えておきたいことは、自分の想像していたよりも満足のいく結果に収まったので、すがすがしい気分でシアンと約束した肉料理を帰って用意しようと思った。
──。
「「ただいまぁ」」
「おかえりぃ」
「おかえりなさい。早かったですね?」
「うん。みんなが夕食の準備を始める前に帰ってきたかったからね」
「…?」
「今晩は肉料理です」
「そういうことですか。お手伝いしますよ」
「うん、ありがと──」
「ボクが作ってみる!」
その言葉にオレは正直驚いた。
「そ、そっか。じゃあ一緒に作ろう?」
「うんっ!」
そのシアンの笑顔はこれまでに見たことの無いような、何かが吹っ切れたのかと思わせるには十分な満面の笑みだった。
──。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。