第百七話 教育
その日の朝は、随分と疲労を感じる目覚めだった。
「信希、朝食の準備が──」
そう言いながら部屋の扉を開けているイレーナは、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「イレーナ…、おはよう」
「信希、まずは二人でお風呂に入ってきてください」
「へ?」
自分の状態も確認せずに、イレーナと会話をしていることに軽く後悔する。
隣に居る女性の柔らかな肌が、自分の肌に直接密着していることに違和感を覚えて、その女性のことを確認すると体の大きさや顔や髪から、一緒に寝ているのはユリアだということを理解する。
お互いの汗だろうか、色々な体液や血液と思われる液体が布団の各所に飛び散っていることに、体温が一気に下がっていくのを感じる。
「い、イレーナッ!こ、これは…」
「分かっていますから。とりあえず、ユリアさんの介抱をしてください?ワタシたちは先に食事を済ませておきます」
そう言ってイレーナは部屋を出て行った。
「ゆ、ユリア…?起きてる?」
「おはようですじゃ…。昨晩は信希さまの愛を感じました、不安など消え去りましたのじゃ」
「そ、それはよかった…」
とりあえず、この状況をみんなに見せるわけにもいかないので、魔法で風呂のお湯を出しながら、オレはユリアを抱きかかえお風呂に連れて行くと同時に汚してしまった布団を綺麗にした…。
慌てているからか、普段では出来ないような魔法の使い方をしていることに気付いたのは、随分後になってからだった。
──。
「あれ、ユリアさんは…?」
「疲れているみたいだったから、部屋に寝かせてきた…」
「わかりました。信希が出かけている間はワタシが介抱しておきます」
「お、怒ってる…?」
「え?何のことですか?」
「あれ…?」
ユリアとのことを怒っているのではないかと思ったが、イレーナは全く別のことを心配しているみたいだった。
怒っている様子もなく、彼女は今日からのみんなとのデートを考えてくれていた。
「そういえば、外壁の外へ転移出来るようになったんですか?」
「ああ。昨日の風呂前に済ませておいたよ」
「なるほど。もしデート中に、信希かこちらに何かしらの問題があった場合はどうしますか?」
「そ、そうだな…」
予想外の展開に動揺を隠すことは出来なかった。
ユリアとの一件を問い正されるものだと思っていたから…。
もしかして、彼女たちの間でいつか話していた『自分たちは仲が良い』ということにも関係しているのだろうか…。オレの常識だったら事後を確認したのならそれはひどい展開に…。なるほど、こういう感覚を彼女たちは言っていたのかもしれない。
それよりも、今はイレーナからの質問の答えを考えよう…。
「こっちに何かあった場合には、すぐにオレに連絡してくれ。そのための魔法具を作っておくよ」
「わかりました」
すぐに連絡用の魔法具を作ってイレーナに渡しておく。
「水晶に魔力を込めたら、オレに信号を伝えるだけだから本当に緊急用といった感じだけど、問題ないよね?」
「大丈夫です」
「オレの方に問題があったら、とりあえず逃げてここに戻ってくるからすぐに脱出しよう」
「はい、わかりました」
入浴時に考えていた展開とかなり違っていたが、どうやら事なきを得たみたいだ。
それからは特に変わったこともなく、いつも通りといった感じの時間が過ぎていく。
「じゃあ、レスト。一緒に出掛けようか」
「うんっ!」
「「いってらっしゃーい」」
他のみんなは、寛いでいたり遊びながらオレたちのことを見送ってくれた。
──。
レストと二人だけで出かけるのは、これが初めてではないだろうか。
彼女とも色々な話をした。まだ恋愛関係といった間柄ではないものの、レスト本人はイレーナやユリアのことを羨んでいるようだった。
問題があるとすれば、オレの気持ち次第なところはあるけど、自分にも譲れない部分はある。彼女たちと関係を持つということは、これからの事も含めて一緒に乗り越えていく必要があるだろう。
その点イレーナやユリアは自分たちの関係も、これから産まれてくるかもしれない子供たちの教育も恐らくできてしまうだろう。
だがシアン、レスト、ポミナは、オレの中でまだまだ子供といった感じだ。そういった状況で自分の子供が出来てしまったらどうだろうか…。またシアンのような子供を増やしてしまうだけではないだろうか。
他のみんなを頼ることも考えてはいるが、やはり自分の母親の影響は大きいと思っている。こればかりはオレ一人で解決するには問題が大きすぎると感じたので、イレーナやロンドゥナたちにも相談してみようと思った。
「オレも決めていることがあるから、もう少ししたらみんなとのこともはっきりさせるよ」
「決めてることってぇ?」
「オレもレストのことが好きってことかな」
「ほんとぉ!?」
可愛らしいケモミミをパタパタとさせて尻尾もフリフリさせながら、オレの言葉を本気で喜んでくれているのが分かる。
彼女の行動に自分自身も嬉しい気持ちになってしまうのは、レストの持っている魅力の一つではないかと感じる。
気付いたらレストの柔らかい頭を撫でながら、これから何をしようか考えていた。
「どこか行きたいところがあるのぉ?」
「あ、そうだ。一つ付き合ってくれるかな?」
「うんっ!」
オレはヨーファとカフィンにも渡していた『お守り』を込めたアクセサリーを、みんなにも持たせようと考えていた。
そのためにも、彼女たちが気に入ったアクセサリーを一つ選んでもらって、オレが加工して魔法具にした水晶を細工しようと思っていた。ここまでしておけば万が一に何が起こっても対応できるし、自分自身が後悔しないようにもできると考えた。
──。
そうしてオレとレストは、先日とは別のアクセサリー店を訪れていた。
「うわぁ…高そうなお店…」
「うん、壊したりしないように気を付けて?」
「う、うん!」
明らかに動揺しているレストに、彼女にもこういった常識的な部分があるんだと知ることが出来た。
「なにか好きなものを選んで?」
「いいの…?」
「もちろん。子供たちにも渡したように、みんなにもお守りを作ろうと思ってね」
「じゃあ…」
レストは「うーん」と悩みながら、自分の好みのアクセサリーを探している。
彼女の悩んでいる姿を見ていると、まだまだ時間が必要だなと感じる。そんな時間も平和だなと感じて、レストがどういったものに惹かれているのか確認してみようと思う。
「結構シンプルなものを見ているね?」
「ん…」
真剣そのものだ。生返事といった具合で、彼女は今見ているシンプルな装飾のネックレスから選択するみたいだった。
「これにする!」
レストが選んだ物は、小さな葉っぱのような装飾がついたネックレスだった。
オレは店員に確認していく。
「すみません。購入するので付けてみてもいいですか?」
「試着は出来ませんが、ご購入いただかなくても、確認程度なら問題ありません」
「ありがとう」
オレは店員から教えてもらった通りに、レストの選んだアクセサリーが彼女の好みに合っているか確認していく。
「どう?こんな感じになると思うけど」
「うんっ!これがいい」
にっこりと笑い、自分に似合っているかオレに確認してくるレストは、ちゃんと女性らしい一面を持っているなと思わせるには十分だった。
「わかった。買ってくるね」
「信希ぃ、ありがとうっ」
そう言いながら、レストはオレの腕にしがみ付いてくる。
そうした女性の行動に少しは慣れてきたとはいえ、まだ緊張してしまうのは相手がレストだからだろうか…。
それからは、食事をしたりカフェに入ってレストのことやこれからの事を話し合い、二人の距離がかなり近づいたような…そんな気がした。
──。
いつもありがとうございます。