84 祭典初日最終戦・チェトレとディードの戦略は?
準備を済ませた二人、黒が基調の龍人族の着物のチェトレと暗殺者のジョブらしく、黒一色のローブに動き易いボディスーツの様な装備、口元もマスクで表情が見えないが、短めの金髪のタマユラが舞台の中央に立つ。鑑定に千里眼、ローブの内側には隠してある武器や暗器で一杯だ。さすが暗殺者のジョブだな。
これは気を付けないと不意打ちを喰らう可能性が高いな。真っ向からやり合うタイプじゃない。俺としてはトリッキーな攻撃方法は使えるかも知れないから見てみたいが、チェトレがまともに闘えるかだ。真っ向から突撃しても確実に回避されて間合いを保たれるだろう。レベル的に掴まれたら龍帝拳の餌食だからな。そしてさっきの試合で無駄にアジーンが龍帝拳を見せびらかせてしまった。気を付けないと危ないな、チェトレは。さっきのアジーン同様に泥試合をさせる訳にもいかない、ちょっとアンフェアかも知れないが、念話でサポートするくらいならいいだろう。
『では第五戦、始め!!!』
マリーさんの開始の合図で一礼をした両者。チェトレはその場から動かないが、やはりタマユラは距離を取った。
「これでこちらの五連勝にさせて貰うわ」
「フッ、今迄の様にはいかんぞ」
距離を保ったまま舞台の上をチェトレを中心に回転する様に走り始めるタマユラ。ダッシュと縮地を組み合わせた歩法、中々の速度だな。
「じゃあ、初代様直伝の戦術を見せてあげる」
両腕を組んで、仁王立ちの姿勢をするチェトレ。ほう、龍掌底波の構えか。だがあいつはアレを使えるのか? だがあの構えはかなり挑発になる。悪くはないな。
「腕を組むとは…、舐めている様だな。喰らえ! 暗殺者武技・シャドウ・ナイヴズ!!!」
シュババババッ!!!
死角から闇属性の魔力を込めた短剣やナイフの投擲か、だがチェトレは魔力鎧装に心眼、未来視、明鏡止水も全て発動させている。ちゃんと死角からの攻撃に備えていたな。
パパパパーァン!! ピシィ!!
しっかりと方向も把握し、振り向きながら魔力の籠った掌底でナイフを叩き落とし、一番大きな短剣を人差し指と中指で白刃取りの様に止めた。うんうん、冷静だな。
「チッ、全て防がれるとは……!」
「お返しするわ! 龍帝拳・臥龍点睛!!!」
ドゴウッ!!!
なるほど、奪った相手の武器に自分の魔力や闘気を込めて自分のものとして相手に投げ返す技か。眠りに着いている龍の瞳に力が宿る、か。龍帝拳はよく考えてある。あのダカルーのばーちゃんの創った流派だしな。
フッ!!
「くっ!?」
タマユラが間一髪で躱したが、そのダガーがそのままタマユラを追尾する。ほう、相手の武器にはその持ち主の魔力の残滓が残っている。それが相手を追いかける様に追尾するのか。タマユラは必至で躱すが、叩き落さないとこれは何処までも追尾して来るな。そして注意が武器に向き過ぎだ。チェトレが見逃すはずがない!
「龍帝拳・豪龍波!!! 飛べ!!」
ドドゥッ!!!
両手から二発の闘気のエネルギー波。確かこれも追尾系の技だ。ばーちゃんが使っていたからな。
「くそっ!! まだ来るのか!?」
合計3発の龍帝拳技、しかも相手の苦手な聖属性が籠められている。さあどう凌ぐんだ? Sランク冒険者サマ。
「暗殺者武技・流水の舞い!」
スッ! スススーーーーッ!!!
流水の様に無駄がない流れる様な動きで、まるで分身しているかの様に残像が現れて見える。そしてそのままチェトレの周囲を囲んでいく。撃ち出された技はタマユラの動きを捕え切れず、標的を失ったかのようにその場に落下し、豪龍波は四散した。こいつはなかなかやるなあ。だがあのチェトレの構えを崩すことができるのか? 見ものだな。あの構えから放たれる超速の貫き拳の本質を捕えているのか? 恐らく否だろうな。
「やるわねー、でもこの構えを崩せるかしら?」
分身の様な流れる動きから、囲んでいた残像と本体が一斉にくないやナイフの様な武器でチェトレに襲い掛かる。おっと、これはどうする?
パアーーン! パパアアーン!!! パアアン!!!
「くっ、何て硬い!!」
心眼で攻撃の出所に、未来視ではその軌跡が、更に明鏡止水であのレベル差だ。恐らくチェトレにはスローモーションに視えているだろう。スキルの差だが、繰り出す攻撃は全て掌で叩き落されるかガードされる。俺がばーちゃんのあの構えを破った時くらいの超速の連撃を繰り出さないと、彼女のレベル差でアレを崩すことはまず無理だろうな。
パアーン!! ズザッ!!
「うぐっ!?」
タマユラの左横顔に遂に掌底がヒットした。口元を覆っていた硬いマスクの様な面が割れ、片膝を着くタマユラ。あれ地味に結構効くんだよなー。
ビキキッ、バキィーン!!
「まさか素顔を晒す羽目になるとは、さすが竜王の末裔か……。だが悪くない、お前の様な強者にこんなところで出くわすとは」
ジャキッ!!!
黒いフードマントを脱ぎ去り、腰から二刀のダガーを抜くタマユラ。左手にマイン・ゴーシュ、右手にはソード・ブレイカーか。鑑定、A+か…中々高ランクの武器だな。
ナイフとダガーは似た様な武器として混同されるが、ダガーは専ら対人武器として作成されたものを指し、対してナイフは一般に多目的切断具である。 現代では対人戦闘を主目的としない場合には諸刃はあまり意味が無いので、日常的な用を足すための道具であるナイフの多くは、刃は片側のみである。
俺はサブウェポンとして両刃のアストラリアナイフを腰の後ろに携帯しているが、基本的に戦闘には使っていない。調理や作業用として使用しているに過ぎない。
対してダガーはショートソードに近い戦闘用に特化した武器だ。全長10~30cm程度の諸刃の短剣。フランス語では『ダグ(dague)』、ドイツ語では『ドルヒ(Dolch)』、ポルトガル語では『アダガ(adaga)』等と呼ばれる。尚、前述の定義に当てはまらない場合でも諸刃の刃物にはダガーという呼び名が付けられる場合もある。
ダガーという名称は、古代ローマ帝国の時代に属州だったダキア地方(現在のルーマニアにあたる)の住民たちが使用していたことに由来する。現代のダガーは日本刀の種類と比較すると小太刀・脇差よりは小さく、短刀や匕首という鍔がない刃物だ。俗に言うドスなどに近いサイズであるが、中世ヨーロッパで用いられたダガーは平均的なものでも刃渡りは大体40cm前後に及ぶ。
刺突と投擲に特化しているが、小さいので人体の急所を的確に狙わないと致命傷を与えられないため、武器としての絶対的な威力はあまりない。とはいえ中世のヨーロッパの騎士のように分厚い鋼鉄のプレートアーマーで徹底的に装甲された敵兵に致命傷を与える場合にはツーハンデッドソードやパイクなどを使うよりも、相手を地面に押し倒して装甲の隙間からダガーを突き刺す方が効率的だったため広く用いられたらしい。
このような重装騎兵へのトドメ専用に進化したダガーが『スティレット』である。中世期後半、『チェインメイル(鎖帷子)』が普及し、それまでの剣等ではなかなか相手にダメージを与えられなくなった時代に発明されたと言われる武器で、イタリアの北ヴェネト州で作られたスティレットは『フセット』と呼ばれる。
重装騎兵に限らず戦場で致命傷を負った瀕死の負傷兵や騎士にとどめを刺すために用いられたということから、『慈悲(ラテン語: misericordia、英語: mercy)の一撃を与える』という意味で『ミセリコルデ(英語: misericorde)(ラテン語 misericordia)』要は『とどめの短剣/慈悲の短剣』とも呼ばれる。
左手用(利き手ではない方)のダガーの中には相手の剣を受け止めやすい三本刃のものや、鍔が剣を受け止めやすい形状になっているものも少なくない。ルネサンス期のイタリア各都市国家などのヨーロッパ諸国では、護身・装飾・食事用具(当時は食べ物をナイフやダガーで切り分け、手づかみやナイフ・ダガーで刺して食べる方法が主流であった)としてダガーを腰やブーツに差すなど見せる形で携帯することが流行した。
近世ヨーロッパの剣術の中には利き手にレイピア等の軽量剣を、もう片方にダガーを持ち、ダガーで相手の剣を受け止めたり払ったりしながら利き手の剣を繰り出す戦術も存在する。この種の剣術はスペインとフランスで特に発展した。このような使用法を念頭に作られた防御用ダガーは特にマイン・ゴーシュ、パリィング・ダガーなどと呼ばれる。また相手の剣を挟み取ったり破壊することに特化したソード・ブレイカーも、こういった防具としてのダガーから発展したものだ。切りがないからないからこの辺にしとこう。
タマユラが構えた二本のダガーは攻撃と守備を同時に行うという目的で選んだものだろう。さあ龍掌底波の型を崩せるのか、見ものだな。
「いくぞ! ハアアアッ!!!」
ズババババッ!!! ザキンッ!!! ドシュシュシュッ!!! ガキキキィーーン!!!
「ふふふ、待ってたのよ、この瞬間を!」
ガシィ!!
タマユラの斬撃は全て先程よりも大きく展開した魔力鎧装に阻まれ、チェトレに届かなかった。そしてそれを待っていたかと言わんばかりにタマユラの両腕を掴む。腕力の差は歴然。ああなったら最早逃げられない。
やるなーチェトレめ、最初に龍掌底波の構えで敢えて攻撃を相殺したのは、近づいたら崩せるかも知れないという刷り込み。本当の狙いはそこで近づいて来たタマユラを捕まえる為の振りだったということか。兄と違って頭がキレる上に、相手の戦法を逆手に取るとは強かだな。
「くっ!? 離せっ!」
「さてちょこまかと鬱陶しかったけど、これで終わりよ! 空を斬り裂く龍の羽撃きを受けるがいい! 龍帝拳・飛龍昇天脚!!!」
自分の頭上に放り上げたタマユラに、軸足にした左足が舞台の床にめり込む程の回転力を加えて、右足裏での強烈な撃ち上げる様な凄まじい蹴りがタマユラのボディに炸裂する!!!
ドゴオオオオオオオオ!!!!! バキバキィ!!
「がはああああああああああ!!!」
ズゴオオオオーーーンッ!!!
「ぐっ……、ごふっ!?」
姿が見えなくなる程の高さまで蹴り上げられたタマユラは、舞台にクレーターができる程の勢いで落叩きつけられた。こいつは……、アストラリア流のグリフォン・フラップやエリックがやっていた恐らくルクスの流派のドラゴン・フラップと似た様な技だが、最初の蹴りが余りにも強烈だ。吹き飛ばし系だが打撃も加わっている為、威力も相当だ。アルティメット・ヘヴンの蹴りバージョンだな。
バリィイイイイン!!!
『タマユラ選手の『ダメージ肩代わり君』が粉々になりました! 勝負アリ!!! チェトレ・バハムル選手、まさかの一方的な試合展開でSランクへと昇格です!!! どうですかアリアさん、息もつかせぬ展開でしたけど!?』
「「「おおおおおおおおおおー!!!」」」
『うーむむむー、アジーンと違って、相手の戦法を逆手に取った見事な戦術ですねー。多少は苦戦すると思っていたんですが、まさかの天才肌ですねーあの子はー。アヤちゃんに通じるものがありますねー! 兄の立場全くなしですねー、ププーッ!』
おいやめろ! 死体蹴りをすんな、このバカ女神。倒れたタマユラを抱き起こすチェトレ。まあ確かに見事だった。レベル差はあっても相性的に一発くらいは被弾すると思ってたしな。
「見事だよ、チェトレ。君の名前は忘れない。獣人国に寄るときはいつでも訪ねてくれ。またいつか再戦したいものだな」
「ヴァナ・フィールは竜王の里からも近いし、またいつか寄らせて貰うわ。ありがとうね、本気で闘ってくれて」
「フッ、全く歯が立たなかったなど久しぶりだ。私も精進しよう。私の父親は龍人族だ。故郷に帰ったら色々と学び直すとしよう」
「うん、再戦を楽しみにしておくわ。じゃあね、タマユラ」
背を向けて歩き出す両者。観客からは盛大な拍手が送られる。それに笑顔で手を振って応えながらチェトレが此方に戻って来る。
「はー、緊張した!」
「おめでとうチェトレ、お見事だったなー」
と褒めたのが不味かったのか、思いっきり胸元に顔を持っていかれて抱き締められる。だが着物の生地が分厚いので、おっぱいの感触より寧ろ痛い……。
「カーズ、ちゃんと勝ったんだからねー、ご褒美に――もごっ?!」
「はいはい、おめでとうチェトレ。こっちで祝福してあげるからねー」
「ああーん、折角勝ったのにー!」
アヤとディードに引き摺られて奥に連れて行かれた。懲りないな、あいつは……。
「チェトレよくやった、どっかのヴァカにはいい薬だろ」
「うがあっ!! エリックさん、今はキツイっすよ!」
「チェトレはよく考えて闘ってたのさー。誰かさんとは大違いなのさー」
「がはあああっ!!! イヴァまで……!」
「全くやなー、もうチェトレが姉でいいんちゃうかー?」
「ぐはああっ!!! ルティ……!!」
「そうねー、イメージ通りに相手を上手く誘導したのが見ててよく分かったわ。ヴァカとは大違いねー」
「ごふっ! ユズリハ姉さん……」
その後も誰かがチェトレを称賛する度に、ヴァカ呼ばわりのアジーンは目に見えない血を吐いていた。まあ仕方がないな、今回に限っては……。しかしウチの女性陣は容赦が全くないな。明日は我が身だと思って油断はしないでおこうかね。
再び真っ白になって燃え尽きたアジーンは暫く放って置こう。アランが気を遣って話しかけてるみたいだしな。
『さあさあ、不定期開催のこの世界的祭典。初日は次の一戦で終了です。お次は我がリチェスターのBランク、ディード・シルフィル選手と、ここアレキサンドリア連合王国の南に位置するバーズ共和国のSランク、ヒルダ・エインズワース選手の対戦です! 準備ができましたら舞台上へ上がって下さい!』
「トリはディードだな、まあ俺は全く心配してないよ。あんまり一瞬で片づけないようにな。一応祭典らしいからなあ」
「ありがとうございます、カーズ様。ですが私だけが負ける訳にはいきませんからね。ある程度見せ場を作ったら一瞬で決めて来ます」
おおぅ……、みんなの闘いを見て燃えているなあ。相手のヒルダさん、南無阿弥陀仏です。
「ディード頑張ってね!」
「サクッとしばき倒しなさいよー!」
「ディードが負けることはまずないのさー」
「せやなー、アジーン! ちゃんと見とくんやでー」
「ディード姉さん、俺がかける言葉はないです。どうかご無事で……」
「エルフの里で貴女の強さを目にした私には、負ける想像などできません。ご武運を!」
「元クラーチの冒険者としても力の差を見せつけてやってくださいね!」
クレアやカレンさんまでディードに激励の言葉をかける。うん、やっぱ彼女は自分で歩くべき道を決めたんだ。仲間からの信頼が見て取れる。生まれ変わったよなあ。
「汚ねー奴も中にはいるからな、気を付けろよー」
最後にエリックの言葉を受けてから笑顔を見せ、堂々と舞台へと進んで行く。本当に数か月前とは大違いだよな。元オホホエルフとは思えない。まああれはアリアの書いた本の悪影響だしな。
(※アリアコーナーの第6回参照)
『アリアさん、ディード選手は元々カーズさんと同じ魔法剣士でしたが、神魔導聖闘士という激レアなジョブにクラスアップしていますね。これはどういうことなんでしょうか?』
『そうですねー、本来レイピア主体で闘っていたんですが、今はカーズが創造したソード・レイピアともう一つ扱いの難しい武器を使いこなせます。魔法も全属性無詠唱。器用さとその闘い方の多彩さでジョブがランクアップしたんでしょうねー』
(神格の影響もあるんだろ?)
アリアに念話を飛ばす。
(間違いなくありますねー。でもそれはここでは言えませんからねー)
(そりゃそうだな。今日はこれで最後か、あんまり相手を煽ったり小馬鹿にすんなよー)
(ハイハーイ!)
軽いな、絶対自重する気はないな……。
『そして対戦相手のヒルダ選手は呪術魔導士というこれまた中々お目に掛かれない様なレアなジョブですねー。アリアさん、これはどういったジョブなのでしょうか?』
それは俺も気になるな。舞台に上がったライトブルーのロングヘアをしたヒルダはロッドというよりはメイスの様な打撃武器を手にしている。
ロッド、スタッフ、ワンド、メイス等、魔導士や僧侶の様な魔法職のジョブが装備するこれらの装備にはそれぞれ異なる枠組みがある。
簡単に言えば、ロッドは伸縮・折り畳みが可能な杖ないしは竿の区分だ。基本的に長い形状をしている。ユズリハ愛用の『グングニル・ロッド』は、このロッドの先端の魔石ブースターが変化し、槍として扱うこともできる上に長さも自在だ。スタッフは飾り気の無い質素な杖。主に格闘の実戦向けで棒や棍などに近い。ワンドは片手持ちの短い杖。祭祀・式典の際には豪華な装飾が成されたものが使われる、儀式用のものが多いが、その分魔力が籠められている。メイスは別称として『鎚鉾』や『戦棍』の呼称を持つ打撃武器の一種。柄頭に打撃用の錘などが付いておりどちらかと言えば同様にヘッドを持つ鎚や斧などポールウェポンの類に近い。フルアーマーの相手には剣で斬りつけるよりも内部に打撃の衝撃が伝わるメイスの方が有効でさえある。
『うーむむむー、呪術と言うからにはデバフやDOT効果を魔法として使ったりするのでしょうが、それだけではSランクまで上がるのは難しいでしょうねー。ですから手にしているあの巨大なメイスで格闘術もこなせるということでしょうね。装備は一般的な魔導士よりも寧ろ戦士に近い軽鎧を纏っていますし、色々と引き出しがあるんでしょうねー。私が鑑定しちゃうとネタバレみたくなりますからー、ここはディードがどう攻略していくのかを楽しみにしておきましょうかー。あの子は稽古で私から一本取ったくらい冷静で判断力にも優れていますからねー。レベルはディードが2250に対して、ヒルダちゃんは1550ですかー。明日のSランクよりも上ですねー。ということで、明日は私の3人の弟子がワンパンで終わるでしょうから、この試合が一番面白いかもですよー! それでもこのレベル差は大きいでしょうけどねー、ヒルダちゃんがどう闘うのかが見ものですねー!』
おろ? なんか意外とまともなこと言ってる。頭でも打ったかな?
『ディードの嬢ちゃんぶっ飛ばせー!』
クソ親父、一度共闘したから仲間意識ができてやがるな。自分はのされてたくせに。
『彼女はクラーチに所属していた時には色々と問題があったようだが、今ではウチの看板冒険者の一人。まず負けることはなかろう』
『ステファンよ、それでは我が国のギルドに問題があるようではないか? カーズとの出会いが彼女を変えたのだ。決して我が国の問題ではないぞ』
いやいや、お前らどっちもどっちだよ。しょうもないコメントすんな。
『ディードちゃんは家事も手伝ってくれるいい子ですよー、みなさんー』
『『……』』
母さんの一言であっさり丸く収まったな……、最強だ。こいつらの実況は碌でもねー。ディードの試合に集中しよう。準備を終えて舞台に上がる二人。最終戦だけあって緊張感がある。観客も今か今かとウズウズしている感じだ。
「レベル差があるとはいえ、Bランク相手にどいつもこいつも情けないわね。Sランクの誇りはないのかしら……。そう、どこかで見たことがある気がしたけど、ディードに改名したのね? クラーチに任務で行ったときに粋がってる四人組がいたけど、アンタはあのときの雑魚の一人じゃないの? もうあの変な喋り方は辞めたの? 三下らしくてお似合いだったのにね、アハハハハッ!」
「そうか、確か過去にクラーチに来ていた方でしたね。ゴリーさんが去ってSランクの任務が滞ってた時期に。そうですね、その節は失礼致しました。ですがあの頃の愚かな私はもういません。新名に新たな命を与えて下さったカーズ様に勝利をお届けするのみ!」
へえ、過去のディードを知ってるのか。世の中狭いもんだな。だがその時のノリで対戦したら痛い目を見るぜ、ヒルダさんよ。
『さあ会場の雰囲気もクライマックスです! では第六試合、本日最終戦、始め!!!』
スッ……
ディードが鞘から抜いたライトローズ・ウイングを持った右手を、だらりと下に向け、全身の力を抜く。無行の位か。先ずは相手の手の内を確認ってとこだな。だが魔力鎧装はキッチリと展開しているし、心眼などのスキルも全て発動している。さあヒルダさん、こいつを崩すのは骨が折れるぜ。
「あの構えを見ると、登録試験のときのエリックが思い出されて笑えるわね」
「おい、やめろ。俺も思い出したくねえ」
「おーい、エリユズ。そういう話は後でしろー」
「そうだよー、ディードの応援しないとね」
「何? その構えは? アンタやる気あんの?」
「ヒルダ、やる気がないのならここにいませんよ。これが構えなのですから」
「あくまでも舐め腐っている様ね……! 真のSランクの力を思い知らせてあげるわ! 魔法とは異なるエレメント、『五行』と言うものを知っているか? 全ての事象は木・火・土・金・水の五つの『気』からなるものだ。五つの元素はその性質によって相性があり、相手に対して影響の与え方も変化する。力を生み出す関係を『相生』、相手の力を奪う関係を『相克』という」
「そうですか……。しかし手の内を自ら明かすのは得策とは言えませんね」
「フッ、これは術式の開示。これを行うことで私の技の威力は格段に上がるのさ。『相生』とは『木生炎』、木が燃えると炎は燃え盛る。『炎生土』、火の力で灰と化したものは土に帰る。『土生金』、土の内部で鉱石の様に金属が出来上がる。『金生水』。金属の表面には水滴が付着する。『水生木』、水のあるところに植物は育つと言う様にな」
「なるほど、それぞれその『五行』には特性があるのですね。魔法の属性と同じ様なものですか?」
「まあまだ続きはある。『相生』と異なるものが今のを逆に辿った『相克』だ。『木克土』、木は土の力を力を奪う。『土克水』、土は水を吸い取り、『水克炎』、水は当然炎に強い。『炎克金』、炎はその熱量で金属を溶かす。『金克木』金属で木は切り倒されると言う様にな」
「ご親切にどうも。ですが、当たらなければ意味はない上に弱点まで開示するとは……、驕りですね。その五行とやらの術式、私が破ってみせますよ」
冷静だな。相手が術の底上げとは言え情報をペラペラと喋ってしまった。要は向こうが放つ技を『相克』の順で相殺、又は破壊すればいいだけだろう。ディードにそこまで情報開示するなど自殺行為に近い。しかし、和風の陰陽師やらみたいな属性や攻撃もあるんだな。これは結構見て見たくもある。
「舐めるな……! ならばその身で味わえ、木気の連撃を! 木牙乱舞!」
ズドドドドォッ!!!
ヒルダが繰り出した木気のドリルの様な鋭い回転力を加えた呪術スキルがディードに迫る!
「アストラリア流ソードスキル! クリムゾン・エッジ・ディフェンスネット!」
ゴッ!!! バシュゥゥゥ……
チェスや将棋の碁盤を空間に描く様な炎のネットで、放たれた木牙は全て蒸発する様に消えた。
「なにっ!? これ程まであっさりと木牙を消滅させるとは……!」
そりゃそうだろ、相克とは弱点を教えてるようなもんだからな。それにその通りにやらなくても魔力量が桁違いだ。どの術式を撃とうが消される。
「さて、次は何で来ますか? 相殺方法がわかっている以上無駄だと思いますけど」
「くそっ……! ここまで馬鹿にされるとは、ならば次はこいつだ! 炎気嵐風!!!」
ほう、今度は炎の竜巻か。でも無駄だな、相克など関係なく消される。
ピシィッ!!! ビキキキキィ!!!
ディードの指先から放たれた凍気の魔力で炎が凍り付く。
「馬鹿な…!? 炎が天を刺して凍り付くなど、見たこともない!」
「どうやらその『五行』とやらの攻撃が切り札の様ですが、生憎その程度の練度の魔力では私に傷をつけることなど到底無理ですね。最大威力のスキルがあるなら、早めに出すことをお勧めします。わたくしがこの剣を次に振るえば、あなたの敗北はそこで決まりますからね」
「ぐっ……! ならばお望み通り見せてやろう。五行の奥義を! はあああああっ!!!」
鑑定、ほほうー全属性の五行を一度に放つのか、互いに相殺し合って大した威力は期待できないな。
「受けよ! 五行の真の恐ろしさを! 五龍の牙!!!」
ゴオオオオオッ!!!
右手に込めた五行の力を同時に放ったな。並の相手ならこれで充分だろうが……、
ドゴオオオオッ!!!
「なるほど……、一度に全部の属性を放った切り札の様ですね。ですがこの程度では私の魔力鎧装には傷一つ付けられませんね」
ノーガード、魔力鎧装のみで無効化させた。最早勝負アリだな。
「くっ、何なんだお前は……!? 五行の攻撃を無傷で消し去るなど…。ならば本体に直接打撃を撃ち込むのみ! 喰らえ、戦棍武技・爆砕撃!!!」
あーあ、打つ手がなけりゃそうなるだろうな。思うツボ過ぎてちょっと哀れだわ。
フッ! ブンッ!!!
ディードの姿が消えた。メイスの一撃が空を斬る!
「おのれ…、どこだ!? どこに逃げた!?」
「アストラリア流連接剣スキル・スパイラル・ダクト!」
ヒルダの足元の舞台から連接剣が飛び出し、地下水路の暗渠から渦を巻く水流が噴き出すかの様に、全身を搦め捕った。
「なっ…?! 地面の下から……! しかも何だこの鞭の様なソードの形状は?!」
地上に飛び出して、降り立ったディードがヒルダに話かける。
「モード・連接剣。鞭の様な形状に変化した刃がわかれたソードです。もう身動きは不可能。無理に動けば刃が食い込み全身がズタズタになる。そしてそれはわたくしがその気になればあなた自身がバラバラの肉片になるということと同義。ギブアップすることをお勧め致します。まだ足掻くようなら、肩代わりの魔道具があるとはいえ死ぬほどの激痛があなたを襲うでしょうから」
「うぐっ……! 確かにその通りだな…。サレンダーだ。見事だよ、ディード・シルフィル。無礼を詫びよう……」
『おっと、ヒルダ選手ギブアップです! 勝者ディード選手! Sランク昇格!!! これでBランクがSランク相手に六連勝と言う前代未聞の昇格試験が終了です!!!』
『ほらねー、アジーンは論外でしたが、みんな中々の凄腕だったでしょう? まあこんなもんですよ、Sランクのみなさんお疲れっしたー!』
ジャキィン!
連節剣の拘束を解き、その場に呆然として座り込んだヒルダを起こしてやるディード。
「完敗よ。まさかこれ程の力を付けているなんてね。でもいつかまた手合わせさせて貰うから。勝ち逃げは許さないんだからね」
「ええ、あなたの戦術も学ぶべき点がありました。いつでも再戦は待っていますよ」
うむ、試合が終わればスポーツマンシップと言うか、Sランクの人達だけあって人間的に潔くてさっぱりしてるな。両者に拍手と声援が飛ぶ。そして舞台を降りて此方に戻って来たディードにみんなが手を上げて、無言でハイタッチをする。もう完全にウチの主力だな。メンバーからの信頼も、口に出さなくても伝わって来るほどだ。
『では祭典初日のBランク対Sランクの歴史上類を見ない昇格戦は、全て終了です! そして思ったよりも早い時間で終了したので、舞台では踊り子や吟遊詩人達による演奏をお届けします!』
『これは中々華やかでいいですねー。そしてウチのPTの子達の実力もわからせられて気分が良くてもう有頂天ですよー!』
お前はいつも有頂天だろ。何言ってんだ?
『選手の皆さんは、今日はゆっくりと休んで明日のSランク対決に備えて下さいねー!』
『アハハハー、どうせワンパンですからー(笑) 二日酔いで来ても勝ちますよー!』
この駄女神は酔ってるんだろうか? まあ取り敢えず、俺達はリラックスするためにウザい実況(主にアリア)から逃げる様にコロッセオから出て、自由行動をすることにした。
明日は俺とエリユズの出番か。万が一もあるし、油断は大敵だ。いつも通りにやるとしようかね?
初日は圧勝、アジーン以外。
次はカーズ達の出番ですね。




