97 掴めなかった未来と奇蹟の未来
「カーズ、お前はこれからどうするんだ? いつまでも勝つか死ぬかの闘いの中に身をおきたいのか?」
「何だ、テメーかナギストリア。どうするも何も、これからも仲間達と楽しく過ごしたいに決まってるだろ。邪魔する奴はぶっ飛ばすだけだ」
「でもお前の感情は次々に消えて行っているぞ。やはり神は偉大だな。神格を取り込んで強くなれたと勘違いしていた。俺はお前達神の闘士とは違う」
「だったらずっとそこで悄気ていろ。俺はみんなの下に戻る」
「どうやって戻ると言うんだ? ここはお前の心の中の心象風景。見てみろ、あの時計台を。もう時間が止まっている」
「だからってずっとここでじっとしておけって言うのか?」
「いや、俺は俺自身であるお前と話してみたい。漸く二人で話せるのだからな」
「ずっと俺を目の敵にしてきた、問答無用だった奴がそんなことを言うとはな。いいぜ、折角だし聞いてやるよ」
どうやら時計台から少し離れた大聖堂の芝の上に、コイツと背中を合わせて座っているらしい。不思議な感覚がする。それはコイツが俺自身でもあるからなのだろうか?
「お前はこの世界が憎くないのか? 神々の拙い技術で別世界に飛ばされ、望まない因果や運命の渦に飲み込まれた上に、戻って来たら神の僕の様に扱われている。自分の存在に疑問を抱かないのか? 俺と同じ凡百の一人の人間に過ぎなかったお前は神々から神格を委ねられ、この世界、いや恐らく大世界全ての防御装置の様な役割を課されているということに」
「……そりゃあ少しは気にはなるさ。だがどうやら俺は5000年の狂った因果を乗り越えて来たことで既に普通じゃあないんだとよ。ゼニウスのオッサンが言っていた。だったらお前が記憶している酷い運命の経験も無駄じゃなかったってことだ。神々がなぜ俺をそこまで持ち上げて来るのかはわからん。それでも手が届く範囲で護れるものは護りたい。救える命があれば助けたい。そのためならこの力を遠慮なく使わせて貰う」
「フッ、そうか……。お前は俺の中のどの記憶にもない特別な存在だ。もし俺がお前の様に考えられる器があればな……。もう一度誰かと共に生きれたのかも知れんな」
「何言ってやがる。今からでもできるだろうが。その為にはまずあの邪神の集合体をぶっ飛ばさなきゃならん。まともに生きたいなら自分でも最期まで足掻け。それにお前は一番言いたいことを俺に言っていない。虚勢を張るんじゃねえ。言葉にしないと伝わらないことだってあるだろうが?」
「そ、う、だな……、また奴らの闇に、飲まれる前に……、カーズ、俺を―――!!!」
背に異常な雰囲気を感じて、前方に跳んで距離を取る。こいつは先程のパズズか。人の夢の中まで侵入してくるとはな。だが恐らくは幻影、先程のナギストリアの自我が一瞬で取り込まれてしまった。
「ガハハハハッ! 往生際が悪いものよ。邪神の神格に取り込まれておきながらまだ自我があるとは。だが無駄だ。今のが奴の最後の悪あがきだろう。さあ、お前共々粉々に粉砕してくれよう! 死ね! カーズ!」
「うおおおおおおおお!!! 燃えろ俺の神格よ! 吠えろ神気よ! アストラリア流ソードスキル奥義!」
「ぐおおおお!! これはあああああ!!!」
カッ!!! ドオオオオオオオオオンッ!!!
「|アストラリア・エクスキューション《正義の女神の処刑執行》!!!」
「がはああああああ!!! おのれええええ!!!」
パズズの幻影は跡形もなく消えた。同時にこの夢の世界に亀裂が入り始める。これで外に出られるのか? だが,俺自身の意識も,消えていく……。戻ら、なけ、れば……!
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「フッ、ガハハハハッ!!! 感情の黒花がこれ程まで体を覆い尽くすとはな。最早こいつは生ける屍も同然! ん!?」
膝をその場に着いて動かなくなったカーズの下へとアヤとアガシャが降りて来る。黒い花々とその蔦に巻き付かれたカーズの姿を目にした二人は空中で武器を構える。
「アストラリア流細剣スキル、|スターライト・ストライク《降り注げ星々の輝き》!!!」
「アルティミーシア流弓術スキル、|ルナティック・スターアロー《狂月の星矢》!!!」
ドウッ! ゴオオオォッ!!!
「ぐっ、小癪な!」
スレスレで回避したパズズが、降りて来た二人に向き直る。
「チッ、あのスピードを回避するとは!」
「母上、あの父上があの状態なのです。冷静に行動しましょう!」
「そうね……、それにアンタはパズズ! カーズがクラーチで葬ったはず……?! なぜ実体化しているの!?」
アヤが叫ぶと、その巨体が薄ら嗤いをしながら、巨大な獅子の顔が口を開く。
「あの濁魂は神格を御し切れずに私に乗っ取られたのだ。ほう、お前は確かクラーチの姫だったな。カーズでも歯が立たなかった私に、お前達二人で何ができるのだ?」
「くっ……、確かにステータスも異常な数値になっている。でもここでむざむざとやられはしない!」
「その通りです。父上は私達が必ず救う! 下がりなさい、邪神如きが!」
カッ!!!
「な、何だ一体!? アレはカーズの体が輝いている!? しかもどういうことだ、黒い花が一斉に白い花になっていくだと?!」
カーズの体が輝き、全身を蝕んでいた蔦が足元から封鎖地の地面一面に広がり、そこから数え切れない程の白く輝く花が咲き誇る! たった一人の人間から溢れ出る感情の数ではない!
「ど、どうなっている?! こいつはどれだけの感情を心に宿しているのだ!? ただの人間が持ち得る数ではない!」
ゆらりと立ち上がるカーズ。まだその瞳は虚ろで意識がはっきりしている様には見えない。しかし燃え立つ神気の影響で神衣には翼が生え、形状もより神々しくなっていく。
「グハハハハッ!!! 相も変わらず驚かせてくれる奴よ。しかし意識が朦朧とした状態でこの一撃が凌げるか?! 喰らえ、邪神剣・ソウル・クラッシュ!!!」
ビシィ! ズシンッ!!!
1本に戻った魔神器、大剣ジェノサイドの一撃を右手の人差し指と中指を折り曲げて白刃取りするカーズ。だが一撃の威力で地面にクレーターの様なものが出来上がる。
「言えよ……」
「くっ、こいつ! 何というパワーなのだ?!」
「救いが欲しいなら……、自分の口でハッキリ言いやがれ!!!」
ズヴァアアッ! バギン! ドギャアアア!!!
「アストラリア流ソードスキル・ストーム・スラスト、レーザーシュート」
「があああああ!!!」
その場から向けた剣先のみでパズズの神格、内部のナギストリアへ向けて、貫通するレーザーの様な衝撃が放たれ、体内に取り込まれたナギストリアが後ろへと弾き出される! そのまま封鎖地の壁に背中からぶち当たるナギストリア。
「がはっ?! うっ……、俺は一体!?」
「おい、言いたいことがあるんならハッキリ自分の口で言いやがれ! 夢の中で女々しく伝えて来るんじゃねえ!」
「く、がはっ! カ、カーズよ……、俺を……、俺を助けてくれーー!!!」
「承知した。そいつには最早何の力もない。アヤ、アガシャ護ってやってくれ!」
「ええ!」
「はい、父上!」
忌々しそうな顔をして土手っ腹に空いた穴を押さえてのたうち回るパズズ。その光景を目の当たりにして、カーズの意識は漸く完全に覚醒した。
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目の前にパズズが腹を押さえて蹲っている。ナギストリアの側にはアヤとアガシャがいる。半覚醒気味だったが、どうやら救出は上手くいったようだな。ならば後はこの残りカスを葬送すれば終わりだ。
「グハアアアア!!! 今のは効いたぞ。だが肉体と自我を取り戻し、多くの神格を手にした今! お前に負ける要素はない!」
「黙れ、ド三流の神が。自分で往生際が悪いとは思わんのか? これは以前のアリアの借りだ、こいつで滅却してやる。ニルヴァーナ、刀フォーム!」
カッ! ピキィイイイン!
いつ見ても美しい刀だ。右手に鞘を持ち前傾。チキッ! 右親指で少しだけ鍔を押し上げる。左手は前へ、すぐさま抜刀できる様に構える。
「ガハハハ! 以前アストラリアが放とうとした技か? いいだろう、撃って来い!」
「今から死ぬってのに余裕ぶっこいてんじゃねえぞ! 受けろ、アストラリア流抜刀術・奥義!」
その瞬間背後の地面から闇魔法のシャドウ・スタブが放たれる。馬鹿が、そう来ると超想定内なんだよ!
シュゥウウウウウゥ……
身体の後方側に隠蔽して展開しておいたスペル・イーターが奴の闇魔法を飲み込む。
「何ィ?! 何だその魔法は?!」
「今から死ぬテメーに教えてやる義理はねえ。しかしアリアのときと同じ戦法で来るとはな。姑息なテメーに相応しいやり口だよな」
「くっ、このままでは……!」
「散れ! アストラリア流抜刀術奥義!」
ドンッ!! ガカッ!!!
空間に二つの斬撃痕をXの文字の様に刻む様に、パズズごと斬りつける! この速度を転移で躱すことは不可能だったようだな。
キィーーン! ドグアアアアアアアアアッ!!!
振り向き納刀。そして斬撃痕から凄まじい威力の剣圧に神気、魔力の奔流が迸る!
「神龍・凶」
「ぐおおおおおお!!! 何という威力だ!!! だがまだ耐えられる。このまま逃げさせて貰うぞ!」
「チッ、往生際が悪い!」
ズンッ!!!
「ぐはああ!!!」
「なにっ?!」
追撃しようとした瞬間、飛んで来た赤黒い二股の槍がパズズの神格部分の心臓を貫いた。これはファーレの魔神器、アポカリプスか?!
「ぐっ、おのれルシキファーレめ! 我らを道具扱いしおって! うぐああああああああ!!!!!」
灰の様になって消えたパズズから飛び出した邪神共の神格が封鎖地の上部へと消えて行った。ナギストリアに神格を集めさせて一気に刈り取るつもりだったのか? しかし今はアリア達が対峙しているはず。そしてサーシャの他にもティミス、ハーデネスにペルピアの気配も感じる。五対一で神器を投げつける余裕があるとは……、相変わらずの化け物だな。
まあいい、アリア達に任せよう。俺が行っても足手纏いになりかねない。それよりもナギストリアだ。俺は壁に背を着いて足をだらりと投げ出して座っているヤツの下に急いだ。
「おい、しっかりしろ。もうパズズは消えた。生きているか?」
最早あの忌々しい黒い甲冑も武器もない。中世の人々が着ている様な普通の衣服。力も一般人のレベルまで下がっている。しかし、アヤとアガシャが回復魔法をかけているというのに全く効いている感じがしない。
「無駄だ。ただの人の身でありながら無理矢理神格を取り込んで来たのだ。もう体が形を保っていられないだろう。このまま灰になるだけだ……」
くそ、ファーレはわかっておきながらここでコイツにこんなことをやらせたのか……。
「おい、望みを言え! 勝手に出てきて勝手に消えるんじゃねえ! 永い時を本当は幸せに過ごしたかったんだろうが! テメーの望みをデッカイ声で叫びやがれ!!!」
「そうだよ、あなたは過去のカーズ! 私と一緒に大虐殺と永い時を結ばれなくても過ごして来たんでしょ!?」
「そうです! あなたは謂わば最初の特異点。そして私の原点となる祖先の父親なのです! このまま意味もなく消えるなんて許せない!」
二人共涙声になっている。だが、コイツがこのまま消え去るのは俺も納得がいかない。
「俺の為にまさか未来の人が泣いてくれるとはな……。だったら、できればあの時の様に家族三人で幸せに暮らしたいものだ……」
「それが願いか?! ならもっと心から願え! 本当に欲しいものは力いっぱい叫んで掴め!!!」
「そうだよ!」
「そうです!」
「うぐ……、そうだな……。その通りだ、俺は幸せに生きたい! アガーシヤとあの時の娘と一緒にもう一度やり直したいんだーーーーーーー!!!」
カッ!!!
「え? 何、これ……?!」
「私の神格からも……、いやこれは魂に刻まれた記憶?!」
「それが具現化したということなのか?!」
アヤとアガシャの身体から魂の一部の様な、人の姿をした女性が抜け出てナギストリアを抱き締めた。これは錯覚か? だがアガーシヤの姿は天界での夢の中で見ている。アヤとほぼそっくりだが長い黒髪だ。そしてアガシャの方からは少し成長した二人に何処か似ている少女。これがあの時の赤子がティミスの下で育った姿なのか?
俺が天界で神の儀式を受けたときと同じ様な現象が、今俺の眼前で再現されている。これが奇蹟と言うものなのか?!
「ナギ、生きることを諦めないで」
「お父さん、私だけが月で過ごしてごめんね。辛かったよね?」
「お前達……、くっ、うぐ、うああああああああああ!!!」
ナギストリアの慟哭が響き渡る。彼女達の出現でナギストリアの身体の崩壊は止まった。今なら治せる。そして抜け出た二人は体が安定せずに透き通っている。このまま消えて貰っちゃ困るんだよ。
「アヤ、アガシャ、あの三人の身体が実体を保っていられる様に安定させる必要がある。それぞれの魔力を別れた自分に送り込め。その間に俺はナギストリアとのパスを作って共有させる。いいな?! いくぞ!!!」
「「「|マジック・トランスファー《魔力譲渡》!!!」」」
三人の魔力がそれぞれ自分の過去の実体に注がれていく。これで実体状態は保たれるが、魔力が切れたら終わりだ。ナギストリアには魔力がちゃんと残っている。それをこの三人の間で循環させる魔法を創造する!
「よしいくぞ、お前達の魔力のパスを繋げて循環する様にする。創造魔法・|マジック・サーキュレーション《魔力循環》!!! ついでだ、ヒーラガ!」
パアアアアアアッ!!!
聖魔法の光が降り注ぐ。鑑定、三人の間でコアとなったナギストリアの魔力が循環していく。これで大丈夫だろう。
「うっ、カーズ……、今のは?」
「お前の魔力のパスを三人の間で循環するようにした。どの道ニルヴァーナに戻れば魔素の影響で残りの二人にも魔力が溜まっていく。それまでの保険だ」
「敵だった俺にここまでしてくれるとは……。礼を言わせてくれ」
「「ありがとうございます」」
アガーシヤと娘からも礼を言われた。
「お前は過去の俺自身だ。結局俺も自分自身にトドメを刺すことは出来なかった。それはきっとお前の心が苦しんでいたのが、何となく感じられたからだろう。それにお前は邪神以外の誰も手に掛けていない。本当に世界を崩壊させたいのならもっと無差別に虐殺したはずだからな。妙だと思っていたんだよ。世界に、神々に対して思うところはあるだろうさ。だが結局救ってくれたのも神なんだ。俺はもう苦しい記憶は覚えていたくない。運命や因果なんてクソ喰らえだ。お前ももうそんなものに振り回される必要はない。これからは平和に、家族で楽しく幸せになれ、ナギストリア」
「く……、俺はただ当たり散らしたいだけのガキだったようだな……。これから三人で世界を見て回ろうとしよう。そしてカーズ、お前の様に手が届く範囲の者達を救えるようになろう」
「そうか、ならば餞別だ。受け取れ」
パシッ!
「これは、アストラリアソードか?」
「ああ、大剣は隙が大きい。普通の直剣を使いこなせるようになれ。俺の記憶の中の技は使えるハズ。後はお前次第だ」
「ああ、ありがたく受け取っておこう。アガーシヤ、そして確か名前はナディアだったな。合っているか?」
「うん、お父さん。覚えててくれたんだね」
「ナギ、この方達が遠い時を超えた私達なんだね。何だか不思議……」
確かに不思議だが、ここはまだ敵地だ。余り感傷的にもなっていられない。ファーレがまた同じ様な攻撃を、今度はナギストリアにするかもしれないしな。
「まだまだ話したいところだが、まだ邪神やらファーレも残っている。一旦お前達は俺の屋敷に送る。また後で落ち合おう」
「ああ、何から何まで済まないな、カーズ」
「気にするな同じ血を分けた兄弟の様な存在だ。それにもう終わったことでとやかく言ったりしねえよ。じゃあな、強制転移!」
シュンッ!!!
頭を下げていたアガーシヤと娘のナディアも一緒に転移で送った。残るは邪神数体とファーレだ。
「アヤ、アガシャ、体に異常はないか?」
「うん、特に何も」
「はい、私もです」
「なら良かった。これから二人は邪神の掃討を頼む。じゃあいくぜ! サモン! ヨルム! ケルコア! フェリス! ぶち、お前も来い!」
ドドドオオーーン!!!
さすがに揃うとデカいし凄い光景だな。
「グハアアアア! 出番か主よ!」
「ふむ、どうやら冥界か。久しぶりに来たものだ」
「不死鳥を冥界に呼ぶとは、シュールなことだな」
「なー」
うむ、しっかりパワーアップしてるな。ぶちは人が乘れるくらいの大きさに尻尾が猫又の様に二本に増えている。でも言葉は喋らないのな。
「では私も。来て! サモン! リンクス!!!」
アガシャも相棒のフェンリルを喚び出した。
「よし、俺はこのままファーレと闘いに行く。みんなは手分けして残った邪神達を掃討してくれ。じゃあいくぞ!」
ドンッ! ドドドゥッ!!!
全員が今までいた封鎖地から飛び出して、邪神の掃討に向かって行った。
奇蹟的な出来事もあって、ナギストリアの問題は片付いた。これからは幸せに過ごして欲しいものだ。その為には、世界の脅威を取り除く必要がある。
俺の標的はファーレだ。今度こそ仕留めてやるぜ。
漸くナギストリアは平穏を得ました。
奇蹟って起きるんですよ。




