Axiomatic set theory
ギタリストは笑いながら「追加公演なのに、なぜか1番早い渋谷公会堂の公演になってしまった」と言う。
なんだろう。疫病下における焦りや苛立ちもなく、オリパラの話などを簡単にしたあと、また演奏が始まる。
すごいな。まだ弾けるのか。てか、体力回復してるのか?歌うだけでも、だいぶきついだろうに。
次だったかな?ソロ曲の中では初期から中期ぐらいにかけてリリースされた、俺でも知っている曲が演奏された。
あのPVは衝撃的だった。てか、自分の強面を全面に出しながら、笑いに変えた上に、楽曲がわかりやすい。覚えやすいのだ。
ギターの音も明るい。カラフルで楽しそうな音色。弾き慣れているからだろうか。綺麗に色が付いている。
これは、口語に膾炙された音楽といっていいのでは?また、なんかアイドルがカバーしたとかニュースになってたし。
そう、そのあとの出来事。
マイクの前にギタリストが出てくる。
ギターソロか、次の曲か。
ぼんやりとそう考えていた。
弾かれた音は「バンドの代表曲」。
この曲は、アニバーサリーコンサートでしか、ギタリストは歌っていない。
ギタリストがもっともわかりやすく、ヴォーカリスト様と比べられてしまう曲。
しかも、ここは「渋谷公会堂」。
調べた証言が正しいならば、ギタリスト自ら、今から30年前に終わりにした場所。
過去、しかもこの場所でこの曲を演奏したのは、2011年のアニバーサリーコンサートだけだ。まだヴォーカリスト様が活動していた時代。
客席が一瞬止まる。何故か、一音一音が重い。才能とは、と言わんばかりの音の羅列。
このギタリストは、確かに、間違いなく才能の塊だとよくわかる。
だが。
そのままギタリストはマイクの前まで来て、しゃがんでしまった。
客席をほぼ背にして。
まるで、マイクの前に誰かいるかのように。
3階のベース側の斜め後方から見ると、それはあたかも「祈り」に見えた。
あまりに重く狂おしい音は、ヴォーカルが入るギリギリまで弾かれた。
その位置、その姿勢では、まず音声は入らない。そもそも、ギタリストは歌そのものが素晴らしく上手い!と言うわけではないことぐらいは今まで聞いていても普通にわかる。
ギターソロか?と思ったら、急に立ち上がり、マイクに向かう。今度はギタリストのソロ曲の有名曲を奏で始めた。なんだっけ?「ギタリストの代表曲」だっけ?
今度はきっちりとマイクの前、今度こそ歌うのかな?と思ったら、やっぱり歌わずに、知らない曲、おそらくアルバム曲を歌い始めた。
端からみたら、単なる気まぐれだ。
別に何もおかしなことはしていない。
だが、公演後の印象に残った曲にも書いたが、1番、このイントロが怖かった。
単なる空気信号、されど「音色」。
色合いはわからない。色合いも「音色」も「何か」わからない感情は、ただ何かわからない「共感」を呼ぶとしかいえない。
不思議と、才能に、狂気が乗ってしまったかのように感じた。
遥か昔にみた、才能と狂気が形を成していた「ギタリスト」は、確かに変わらずに、いた。