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鬼隠し村のあやかしな人々〜花咲かす君をさがして〜  作者: ひいろ
二、鬼隠しの巫女
9/67

一、

 畳の匂いがする。木の匂いがする。それらに混じって、かすかに花の香り。いつもと違う空気に、碧斗は目を開ける。こちらを見下ろす何者かと目が合った。


「……!」


 壁に背中がつくまで、碧斗は腕の力で後ずさる。


「おはよう。驚かせてしまってごめんね。きれいな寝顔だったから、つい見ちゃって」


 うふふ、と見知らぬ女性は言う。

 淡い藤色の着物がとても似合っている、大人の女性で、しかも美女だった。艶っぽい雰囲気を醸し出している。年齢は三十代半ばくらいだろうか。紅を引いた唇が、品よく微笑みを作っていた。


「ここはどこ。あなたは誰……」


 お決まりの台詞を口にしてしまうくらい、碧斗は混乱していた。先ほどまで雪の中にいて、雪狐とかいう妖怪に弄ばれ……そうだ、深世。深世に、一人で帰ってと言われたのだった。

 女性はこらえきれずという様子で、声を上げて笑った。


「やだ、記憶喪失みたいなことを言って。碧斗くんは、面白いわねぇ」


 面白いことを言ったつもりはないが、ツボにはまったらしく、相手はしばしの間、くすくすと笑っていた。


(あれ、なんで俺の名前知ってるんだろ)


 艶っぽい女性は続ける。


「ここは民宿かまくら、私は女将の清瀬きよせ。覚えてね」


 辺鄙な村の民宿の女将とは思えないほど、洗練されている物腰と所作だった。


「……民宿かまくら。ひっ」


 雪に関する言葉をきくだけで震えてくる。


「まぁ無理もないわね。そういうお客さん、けっこう多いから。温泉マニアとか秘境マニアとかね。わざわざ冬に来るものだから、雪狐につかまって、さんざん化かされてしまうの。かわいそうに」


「雪狐って言わないでください! あぁぁぁ自分で言ってしまったぁぁぁ!」


 碧斗は頭を抱えた。


「落ち着いて。少し休んでいて。考えるのはその後で。今、お茶を入れてくるから待っててね」


 女将が去った。仕方なく、碧斗は辺りを見回してみる。

 古びた天井には、レトロな照明が下がっている。部屋を囲むように設けてある二つの窓には障子が閉められていて、ほんのりと外からの光を集めていた。


 部屋はストーブが焚かれているので温かい。

 自分は浴衣姿だ。ゆっくりと記憶を探る。


 元彼女である一ノ瀬深世に会うために、鬼隠し村に来た。道に迷い、神楽に殺されそうになったが。


「助かった、ということか」


 今自分はぴんぴんしている。頬には絆創膏が貼られていた。安堵すると同時に、絶望感が襲ってくる。深世は、本当に結婚する気なのだ……。


「深世……」


 泣きそうになっていると、おしげもなく襖が開かれる。碧斗はどきりとして姿勢を正した。


(まったく物音がしなかったけど……この人何者)


 雪狐のこともよく知っているみたいだ。

 清瀬は温かいお茶を持ってきてくれた。


「ありがとうございます。あの、お聞きしたいのですが、俺はどうやってここに来たんでしょうか」


「私の旦那がね、君を抱えてきたの」


「はぁ、旦那様が……。本当にありがとうございます。命の恩人です」


 前言撤回。彼女はいい人だ。


「あの。俺って、雪の中で倒れていたんでしょうか」


「ええ、そうみたいだけど。だって雪狐に襲われたんでしょう?」

「はい……」


 それはそれは恐ろしい美少年だった……。


「本当に、息子がご迷惑をおかけしました」


 清瀬は頭を下げる。


「へ?」


 碧斗はきょとんとした。


「息子って?」

「神楽は、私の息子なの」


 言葉を聞いたとたん、碧斗は浴衣のまま部屋を飛び出した。


(こわいこわいこわいこわい……!)


 こんなところにいられない。今度は家族ぐるみで何をする気だ。

 碧斗が階段を降りると、一階はこぢんまりとした食堂のようになっていた。テーブルと椅子がいくつか置かれている。


 そこに、見覚えのある姿があった。神楽が席に座っている!


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 悪夢だ。碧斗が絶叫しながら引き返そうとすると清瀬が立ちはだかる。


「もう終わりだ! 深世に振られたうえに殺される! あんまりすぎる!」


「ちょっと、落ち着いて。私は人間だから!」


 階段を転げ落ちそうになる碧斗に、清瀬は言う。


「人間……」

「そうそう、人間。だから怖がらないで。安心して!」


 優しい顔で、ぎゅっと手を握られ、少しずつ心が正常に戻っていく。

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