七、
緋袴に、厚手の羽織姿の女性だ。鈴は、着物に括りつけられていて、歩くたびにいい音を奏でる。
女性はまるで分かっていたかのように、吉野と支えている碧斗のそばで膝をついた。その顔を見て、碧斗は唖然とする。
「深世……!」
彼女はおろしていた髪をアップにしていた。いつも見ていた深世よりも、大人っぽく落ち着いて見える。
深世は返事をしなかった。とても優しいまなざしで、吉野を見つめる。そして、懐から扇子を取り出し開く。鳳凰が描かれた、立派な舞扇だ。
「――ひとつ、汝に仇なす穢れの霧、清めたもう祓いたもう」
美しい声で歌うように唱えると、優しく扇子に息を吹きかける。そして扇子を吉野の傷口に当て――離すと。
傷口がふさがり、吉野の瞳に再び光が戻ってくる。
「巫女様……」
吉野が、深世を見て小さくつぶやく。深世は優美に微笑み、吉野の髪をそっとなでると立ち上がった。
「深世! 待って。君を迎えにきたんだ。一緒に帰ろう」
「……私は、帰れない。あなたにも来てほしくなかった。帰って」
愕然とする。深世はこちらを見ないまま冷ややかに言い捨て去っていく。陽だまりみたいに笑う深世はどこにもいなかった。
鈴の音が遠ざかっていく。
「深世……どうして」
急に疲労感が襲う。ここまで、深世に会うために気力を保ってきた。とてつもなく体が冷えていることを思い出す。めまいもする。
碧斗は鈍色の空を仰ぐ。再び雪がちらついてきた。もう限界だ。どうでもいい。碧斗の意識は、雪雲に吸い込まれるように消えた。