四、
「深世」
碧斗は縁に上がり、深世の手を取る。
「行こう、帰ろう一緒に」
「待て」
空気を裂くような鋭い声が二人を阻む。右京だった。碧斗は深世を庇うように前に出る。
「私も、黙っていたことがある」
その眼差しは、先ほどまでの憎悪はなく、まるで毒気が抜けたようだった。碧斗は身構えるのをやめた。
「歌世が、息を引き取る直前に言った。自分の願いを深世に押し付けて申し訳なかった、代わりに謝っておいてほしい。そして、深世が妹でよかった――と」
「お姉ちゃん……」
崩れ落ちそうになる深世を、碧斗は支える。
「……すまなかった。認めよう。私が間違っていたことを。私も愛する人を失い、冷静さを欠いていた。こんなことをして、歌世が喜ぶわけがない。歌世は、妹である深世のことを大切に思っていたのだから」
しんと静まり返る庭園に、薄紅の花びらが飛んできた。
「もしかして、御神木の桜が……」
手のひらに落ちる花びらを見て、深世はつぶやく。
「行こう深世、御神木を見に!」
碧斗は今度こそ深世の手を引いて、縁を降りる。その時、強風が辺りをさらうように吹いた。あまりの風に参列客が気を取られている中、碧斗は深世の手を引いて庭を駆けた。
深世の白無垢の綿帽子が風に煽られて飛んでいく。
「お幸せにー!」
佑の弾む声が聞こえた。
御神木の立派な枝には、桜が花開いていた。
「すごい。さっきまで、蕾は固いままだったのに!」
深世が興奮気味に言うと、幹に優しく触れて目を閉じる。まるで心を通わせているようだ。
「深世」
深世が顔を上げた時、碧斗は彼女を抱き上げるとくるりと回る。
「資格がないなんて、そんなことなかった。深世は立派な鬼隠しの巫女だ!」
「……碧斗、大好き!」
「……!」
抱き上げていた深世がぎゅっと抱きつくので、碧斗はバランスを崩し地面に片膝をつく。深世は無邪気に笑って、手を差し伸べた。その手を取り、碧斗は再び深世を抱きしめる。
「やっと深世を連れ戻せた。君を幸せにするのは、俺の役目だ。今度こそ、帰ろう」
深世はうれしそうに笑むと、口を開く。
「ごめん、碧斗。私は、やっぱり村に残らないと。私の役目、鬼隠しの巫女を半端にして村を出ることはできない」
「え……この流れで振られるの俺」
せっかく、一緒に帰れると思ったのに。今度は一緒に暮らそうと思っていたのに。
「そんな顔しないで。私が、碧斗の彼女なのに変わりはないから」
とびきりの笑顔。もう悲しい顔なんてしていない。碧斗が好きだった、いつもの深世だ。
「やっぱり君は最高だ。ますます惚れ直した。――大好きだ!」
優しい風が二人を包み込む。かすかに、春の匂いがした。




