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鬼隠し村のあやかしな人々〜花咲かす君をさがして〜  作者: ひいろ
一、花咲かす君を捜して
6/67

五、

「吉野さん、大丈夫?」


 神楽がいなくなり、碧斗はすぐに彼女のもとへ近寄った。


「……! あなたは、動けるのですか?」


 吉野が驚いて目を見開く。


「うん。酔ってないからね」


 一杯を飲んだだけで、酔ったふりをしていた。神楽は少量で酔ったと思っているらしいけれど。だいたいこんな無謀な勝負、真面目に受けるなんて馬鹿な真似はできない。

 演劇で鍛えた演技力が少しでも役に立った。


(あいつ、油断していたからな)


 碧斗は心の中でほくそ笑んだ後、ハンカチで吉野の切れた口を拭った。吉野は無言でうつむいている。

 それにしても、こんないたいけな少女を殴るなんて、美少年の風上にも置けない奴だ。


「吉野さん、俺と一緒に逃げよう」


 吉野は顔を上げて驚いた顔をする。


「こんな仕打ちを受けてまで、従う必要ないよ」

「……いいえ。私は行けません。私は奉公狐。主に仕えて死んでいくのが役目なのです」

「なんで? 同じ雪狐じゃないの?」

「雪狐様は、高貴で霊力の高い狐です。私は、力も弱い格下狐。雪狐様には逆らえないのです」

「だけど、さっきは俺のことを助けようとしてくれたよね。ありがとう」

「いえ……」


 吉野は首を振ってうつむく。


「旦那様からの言いつけでしたから。神楽様は、いつも不機嫌で苛々されているんです。そのせいなのか、人間たちを無駄に騙したり、弄んだりすることが多くて、旦那様も手を焼いています」


 吉野は強く碧斗を見つめる。


「どうか、あなただけで逃げてください。このままでは、殺されてしまいます。もしくは、回復も難しいくらいに、心を傷つけられて打ち捨てられてしまうかもしれません」

「え、こわ」


 碧斗は怯むも、果敢に言う。


「俺だけが逃げたら、吉野さんがひどい目に遭うよ。俺はそんなの嫌だ」

「……でも」


 吉野は悲しそうに目を伏せた。


「吉野さんは、神楽のところにいたいの?」

「……私は……私はただ、神楽様に、幸せになってほしくて。心から笑ってほしくて。あのままではあまりに、神楽様が不憫で」


 吉野の頬にはらりと涙が落ちた。なんて優しい子だろうか。ひどい仕打ちや扱いを受けてもなお、神楽のことを思っているのだ。


「こんなに心配してもらっているのに、あいつはまだまだ子どもだな」


 碧斗は言うと、吉野に手を差し伸べた。


「だったら、なおさら。一度離れてみるのも手なんじゃないか。君のありがたみが分かるかもしれないしさ」

「私が……神楽様から離れる……?」

「そ。いい薬になるかもしれない。でも、君次第だけど」


 彼女が神楽のことを思っていて、そばにいたいというのなら無理強いはできない。

 考えたこともなかったのか、吉野は言葉もなく驚いてるようだった。

 やがて、吉野はためらいつつも、碧斗の手を取った。


「よし。じゃあ決まりだな! 神楽おぼっちゃんに分からせてやろう。吉野さんがいないと寂しいってことに気づかせてやろう!」


 吉野が少しだけ微笑んだような気がした。

 碧斗は拝殿の扉を開ける。吹雪は続いている。それでも、行かなければならない。碧斗はまだ深世に会えていない。彼女に会うまでは、死ねない。


 碧斗は吉野と手を繋いで雪の中へ向かっていく。吹き付ける風が体力を奪っていく。


「村の方向はあちらです。村に近づければ、この風雨はやみます」

「ありがとう」


 吉野に示された方向へひたすら歩く。雪に足が埋もれて思うようには進まないが、確実に前進はしている。


「吉野さんは、大丈夫?」


 吹雪の中、小袖だけでは寒そうだ。


「はい、私は平気です」


 吉野は一瞬で狐の姿に変わる。赤毛のとても美しい狐だった。


「先導します。ついてきてください」


 そうだった。彼女は狐だったのだ。碧斗は彼女の後を追う。やがて雪と風がやんだ。まだ黒い雲に覆われて薄暗いけれど、だいぶ歩きやすくなった。雪も浅くなる。


「もうすぐです」


 遠目に集落が見えてきた。

 ほっと安堵する。やっと深世に会える。

 しかし、その時だった。雪つぶてが、碧斗の背中に当たる。

 振り向くと、神楽がこちらを睨みつけて立っていた。

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