二、
「ポンコツ式神なら来ませんよ。今頃酔いつぶれて寝ているでしょうね」
すると人々の中から、黒いロングドレス姿の美女が歩み出る。伊冴耶だ。つばの広い黒い麦わら帽を被っている。その恰好に一瞬ぎょっとしたが、気にしている場合ではない。
彼女は手にしたひょうたんをかかげると得意げに揺らした。
「それは」
右京は切れ長の目で睨みつける。
「雪狐の甘酒です」
碧斗の答えに、伊冴耶が続いた。
「それと、私が調合した特製眠り薬を少々、ね?」
伊冴耶は片目を閉じる。雪狐の甘酒は、碧斗が村を再訪した夜に、あの寂れた神社で神楽と交渉したのだった。
『はい、碧斗さん。頼まれた雪狐特製の甘酒です』
吉野がにっこりと甘酒で満たした瓢箪を分けてくれた。隣にはむすっとした顔の美少年、神楽がいる。
『ありがとう、助かるよ』
碧斗が受け取ると、吉野は言う。
『うちで作った甘酒が一番よく効くって、みんな言ってます。これを飲めば、嫌なこと全部忘れられるそうです。大人がよくそう言ってました』
『え、すごいねそれ……』
初めて村に来た夜、あまり飲まないでよかったと胸をなでおろす。
『もうこの村も春だ。桜は咲かないけれど、僕たち雪狐は村を去る。せいぜい、元気でいることだな』
神楽はにこりともせずに言う。
『うん、ありがとう』
礼を言われ、神楽はふんっとそっぽを向き、踵を返す。
『行くよ、吉野』
『はい、神楽様!』
なんだかんだ、二人は仲がいいようだ。吉野も前よりもずっと表情が明るい。
『二人も、元気でね』
碧斗が手を振ると、吉野が手を振り返してくれた。二人の姿は闇に消える。次の冬が訪れるまで。
雪狐の甘酒に、伊冴耶が仕込んだ眠り薬を入れて禅に飲んでもらった。飲ませたのは伊冴耶なので、どう説き伏せたか碧斗は知らないが想像するだけでおそろしい。
それでなくとも強い力を持つ甘酒に、伊冴耶の薬が混ざっているとなると効果のほどは計り知れない。下手をしたら数日間眠り続けるかもしれない。……恐怖だ。
「伊冴耶……なぜだ。君も歌世の件を許せなかったはずだ。どうしてその男に肩入れする?」
右京は信じられないというように言う。
「もう、いいのよ。歌世はどの道、長くは生きられなかった。冷静になってよく考えてみたら、深世の言葉が歌世の命を短くすることなんてできないのよ。だって、歌世のほうがずっと強い霊力を持っていたもの」
伊冴耶は右京を強い眼差しで見上げた。
「右京、あなたもそろそろ目を覚ましなさい。誰かのせいにしても、歌世はもう戻って来ないのよ」
右京の顔に、初めて動揺の色が見えた。




