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八、
私は、幸せよ。だから、もう帰って。
深世の声だ。そう、彼女は右京という愛する人と結婚する。
自分は潔く身を引くしかない。なのに、目の前に現れた深世は、泣いていた。
「碧斗……助けて」
はっと目を開ける。碧斗はアパートの床に倒れていた。毛布も掛けてあり、コーヒーカップもきれいに洗われていた。
(伊冴耶さんたちは……)
姿が見えないので帰ったらしい。少し頭がくらくらする。そうして、気づく。深世の嘘に。
(そうか、言霊の力で)
碧斗はすっかり信じ込まされていたのだ。
「深世……。こうしちゃいられない!」
右京との結婚を阻止しに行くのだ。しかし、闇雲に突っ込んでいくことはできない。あの不可思議な鬼隠し村を敵に回すことになるのだ、それなりの覚悟と準備が要る。
口の中に奇妙な味が残っている。伊冴耶は、自分を正気に戻させるために怪しい薬を飲ませたのだろう。
(それにしたってもっとやり方があったでしょうよ)
鬼隠し村に関するのトラウマがまた増えてしまった。
碧斗は口をすすぎ、冷たい水で顔を洗う。
「深世、待ってて。必ず助ける」
碧斗は強い決意を胸に、再び鬼隠し村へ向かうことになった。




