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十六、

 先に来ていた神楽と合流し、悠陽から借りていた鍵で図書館に踏み込む。中は本当にひどい有様だった。棚が崩れ落ち、本も散乱している。


 巨大な九尾の狐は氷の輪で縛られ動けない状態だったが、深世を見ると突然暴れ出した。


 圧倒的な力に、氷の輪がみしみしと音をたてている。尻尾を揺らすたびに、本棚が倒れる。


「深世、危ない!」


 やはり危険だ。遠ざけようとする碧斗の腕を彼女は拒んだ。


「碧斗は下がっていて。大丈夫、私のことは心配ない。私は鬼隠しの巫女だから」


 深世はさらに九尾の狐に近づき、静かに息を吸うと、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「四神より遣わされし御魂よ願い奉る。荒ぶる神を鎮護せしめんことを。風花の加護を汝へつかわさん」


 歌うような深世の声が朗々とこだますると、狐の動きが止まった。

 深世の髪が、風が吹いているかのようにさらさらと揺れていた。


「すごい。吉野から感じていた殺気が、消えた」


 神楽がうわごとのようにつぶやく。

 狐から、氷の輪が崩れ落ちる。危ない、碧斗は深世に駆け寄ろうとして、足を止める。


 九尾の狐は落ち着いたように、深世の前でおすわりをしていた。九本の尻尾を優しくゆらして、金色の目が心細げに深世を見下ろしているように見える。


「ごめんね。もうあなたを怖がらせるものは何もないよ。だから戻ろうね」


 深世が穏やかに語りかけると、狐は返事をするように大きな鼻先を深世の顔に近づけた。

 深世は鼻の横を優しくなでた後、片手に取り出した扇子を空中で一振りする。花開くかのように一瞬で扇子が開いた。


「一つ、御魂の願いしは、綾なす旅路の静けきこと」


 深世が言の葉を歌にのせる。空気にさざ波がたつみたいに感じた。深世は扇子を繊細なガラスに触れるようにくゆらせる。


「二つ、汝に仇なす穢れの霧、清めたもう祓いたもう」


 わらべうたのような旋律は重苦しかった空気にゆっくりと浸透していく。深世が舞うたびに空気が入れ替わるみたいに。


 優しい風がふわりと図書館を包み込む。まるで春の木漏れ日の中にいるような気持ちよさに、碧斗は瞳を閉じた。


「三つ、四神さやかにのたまいしは、優しき凪のごとく鎮まりたまえと」


 あまりの心地よさに、まどろみへと誘われていく――。

 神楽が駆けていく足音で、はっと我に返る。さっきまでの九尾の狐は消え去り、吉野が膝をついて小さな肩を震わせていた。そばには、神楽が立っている。


「神楽様っ申し訳ございません……!」


 目の前に立つ神楽を怖がっているのか、吉野は涙を流しながら肩をすくめる。


(また怒鳴りつけたり叩いたりしないだろうな……)


 もしそうなら止めなければと身構えた。


「吉野、よかった」


 そう言って神楽は彼女の前にひざまずいた。

 吉野は驚いて顔を上げる。


「もう、こそこそ一人で出歩いたりするな。今度からは僕も一緒に行く。これからは、何でも言ってほしい。怒ったりしないから」


「神楽様……。はいっ!」


 吉野はとびきりの笑顔を見せた。神楽は照れくさそうに顔をそらしてしまう。


 ほのぼのとした光景に、碧斗はそばに来ていた深世と顔を見合わせて微笑んだ。

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