十三、
「本当によかったです、大事に至らなくて」
翌日、診療所のベッドに横たわる悠陽に碧斗は言う。
図書館は一旦閉鎖され、ガラス扉には鍵と内側から布が掛けられ、中には入れないし、見ることもできなくなっている。
騒ぎになると住民にも影響が出るということで、役場の判断でこのことは内密扱いとなった。さすが鬼隠し村役場、こういうことにも慣れているらしい。
しかし、九尾の狐を戒めている氷の縄は時とともに溶けていく。一時しのぎにしかならないと神楽は言っていた。
「命が助かってよかったですね、お互いに」
悠陽はほんわかと笑う。
とはいえ、悠陽は肋骨にひびが入り、絶対安静状態だ。決して軽い怪我とは言い難い。
「こんなに無茶する人だとは思いませんでした。冷や冷やしましたよ」
「あの時は、必死で夢中でした。碧斗くんは、僕の友達ですからね」
「絶交って言ったこと、撤回させてください」
「もちろんです。よかった」
しばしほのぼのとした時が流れた後、悠陽は声を低めた。
「碧斗くん、吉野ちゃんを変貌させてしまったあの蜘蛛。式神ですよ」
「式神? なんで俺にそんなものがついていたんだ?」
「心当たりありませんか。この村で、式神を扱えるのはたった一人だけです」
「もしかして、右京さんが?」
すぐに思い当たる。昨日の昼間、右京と鉢合わせした時だ。ぽんっと肩に手を置かれたとき――。
「あの時か!」
まったく気づかなかった。碧斗は頭を抱えた。こうなってしまったのは自分のせいではないか。
「分からなくて当然です。相手は右京さんですし。それに、碧斗くんも無事でよかった。あんな邪悪なオーラをまとった式神に触れて、何の障害もなかったのですから。あれは、毒蜘蛛です。かまれているはずですよ。もしかして、何か魔除け的な、特別なことをしましたか?」
「え、特に何も……」
いや待てよ、と碧斗は思い当たる。
「そういえば、伊冴耶さんが調合してくれた謎の薬を飲みました」
「あー、伊冴耶さんですか! 命拾いしましたね。彼女の薬は一時的に霊力を高めます。それでなんとか、しのげたのでしょう」
処方したのは伊冴耶だが、飲ませてくれたのは深世だ。涙が出そうになるくらいうれしかった。同時に、右京の恐ろしさを実感する。本気で殺しにかかってきている。
「吉野さんは、助かるんでしょうか」
とても気がかりだ。心優しい吉野が、とばっちりであんな姿になってしまった。なんとかしてあげたい。
「あの状態になってしまっては、覚醒は難しいです。できるとするなら」
悠陽は顔を上げる。
「鬼隠しの巫女だけです。魂鎮めの舞であれば、もしかしたら正気に戻ってくれるかもしれません」
これは、深世を連れてくるしかない! やる気がみなぎってきた。
「分かりました。悠陽さんは、ちゃんと静養していてください」
これはチャンスだ。深世とまた話ができる。
「あの。また欲のオーラが出てますけど」
「そんなことないですよ、気のせいですって。とにかく後は任せてください」
「はい。頼りなくて、すみません……。怪異については、お力になれませんが、図書館の立て直しについては、尽力する所存です」
「もし動けるようになったら、俺にも手伝わせてください」
「ありがとう」
はからずも、悠陽との友情が深くなってしまった。鬼隠し村でも、いいことはあるのだった。




