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十二、

 手の平ほどもある蜘蛛が碧斗の肩にいた。黒い体から嫌な感じの灰色のもやを発している。ただの蜘蛛ではないことは一目瞭然だ。


「な、なに。鬼隠しの固有種……?」


 碧斗はすでに顔面蒼白になっている悠陽に、にじり寄る。


「なんで、俺の肩にいるの? ねぇ、悠陽さん。これ、なんですか? 友達ですよね。答えられますよね」


 薄気味悪い蜘蛛を肩に乗せたまま、碧斗は悠陽に一歩近づく。


「こっちに来ないでください‼」


 必死の形相で悠陽は叫んだ。


「ひどい! もう絶交ですから‼」

「まずい、早くその蜘蛛を何とかしないと! 吉野は大の虫嫌いなんだ!」


 神楽まで焦り始めた。


「そう言ったってどうしたらいいの!」


 その時だった。嫌な気配を纏った蜘蛛は、碧斗の肩を離れ、優雅に弧を描いて飛ぶと、吉野の頬にぺったりと張り付いた。


「あ」


 一同が声を上げたのと、吉野の悲鳴がこだましたのは同時だった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 黒板を引っ掻くみたいな金切り声に、碧斗は耳を塞ぐ。

 吉野は一瞬で赤い狐の姿に変わり、狂ったように図書館中を走り回り始めた。自我を失い駆け回るたびに、狐の体積が増していく。


 縦横無尽に走り回るせいで棚から本が落ちる音や、天井や窓にぶつかる音が恐怖を煽る。


「虫嫌いの域を越えてるって!」

「ぎゃぁぁぁ! 大切な本たちが! 図書館が荒れていく!」


 悠陽の悲鳴もこだまし、阿鼻叫喚と化している。

 尻尾も幾数にも分かれて肥大化し、天井に届くかという勢いの大きさになって初めて、狐の動きが止まった。


「九尾の狐⁉」


 唖然としている碧斗に悠陽の声が響く。


「危ない!」


 近くの本棚が同時に倒れてくる。碧斗は体を強く押され、後方へ飛ばされる。顔を上げた碧斗の目に飛び込んできたのは、悠陽が本棚の下敷きになっている姿だった。


「悠陽さん!」


 碧斗はすぐに駆け寄る。小さくうめいているが、意識はあるようだ。


「よかった、君が無事で……」


 息も絶え絶えに、彼は小さく笑む。


「どうしてこんな無茶を。らしくないじゃないですか!」

「僕だって、友達を、守るくらいしますよ。三十二歳にして、初めてできた友達なんですから」


 そして、神楽が碧斗と悠陽の前に立った。なんて頼りになる子どもだ。


「吉野、目を覚ませ!」


 神楽の声も耳に届いていない様子だ。九尾の狐は大きく吠える。すると、神楽は何事かを唱え始めた。氷の輪が出現し、狐を何十にも縛り付けていく。


 碧斗はその隙に、何とか棚をよけて、悠陽を引きずり出した。


「時を稼ぐことしかできないけど、動きは封じた。その人、早く手当てしたほうがいい」


 神楽が言う。九尾の狐は、氷の縄に縛られて身動きが取れないようだ。


「診療所に連れて行こう。近くにあってよかった!」


 救急車を呼ぶよりもそっちの方が早い。碧斗は悠陽を抱えて、散乱する本たちの間を縫いながら図書館を出た。

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