十一、
「吉野が、夜な夜などこかへ出かけているみたいなんだ。気になってこの前、後をつけた。そうしたら、この場所に入っていくのが見えたんだ。だから今日は先回りして、何をしてるのか探ろうと思った」
神楽は嘘をついているようには見えない。
「もしかして、吉野さんが怪異の正体なの?」
碧斗が言った時だった。ふいに物音が響いた。図書館のガラス扉が開く音に似ている。碧斗はライトを消した。
「き、来たぁぁぁ……!」
大声を上げようとする悠陽の口をふさぐ。
「静かにしてください。逃げてしまいます」
間一髪、気づかれずにすんだようだ。足音が館内に響く。そして、静かになった。震える悠陽を残して、碧斗はそっとカウンターを出る。棚に囲まれた一角に、小さな灯りがついていた。そっと覗いてみると、おさげ髪に小袖姿の吉野が床に座り、熱心に本を開いていた。この場所は文学作品の棚だ。
(なんだ、本当に吉野さんだったんだ)
碧斗はほっと胸をなでおろす。床が濡れていたのは、彼女についていた雪のせいだったのだろう。
碧斗は驚かさないように静かに声をかけた。彼女ははっとして本を閉じる。
「碧斗さん!」
「いいよ、そのままで」
慌てている吉野に、碧斗は優しく言う。
「吉野。お前、本なんて読んでたのか」
ついてきた神楽が言う。相変わらず、彼女に対しても偉そうだった。
「神楽様もいらっしゃっていたのですね。大変申し訳ございません!」
吉野は涙目でがばっと頭を下げる。
「大丈夫だよ、吉野さん。本、読みたかっただけなんでしょ?」
碧斗の問いかけに、吉野はこくりとうなずく。
「神楽様に、人の世の読み書きを教わったのです。私、うれしくて。早く上達したいのと、人の文字というものにとても興味がわいて、こうしてこっそり来させていただいておりました。ここは、素敵な場所ですね。文書がたくさんあります」
いいとこあるじゃん、と碧斗は神楽を見た。
「な! お前、それは誰にも言うなって言っただろ!」
神楽は珍しく焦って顔を真っ赤にしていた。
この前のことで改心したのだろうか。はたまた吉野の思いが伝わったのか。理由はともあれ、いいことだ。
「ごめんなさいっ。つい、うれしくて……」
「まったく」
神楽はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「そうでしょう? 図書館は、知識の宝庫でもあり、憩いの場所でもあります。本を読むことは、見識を広げたり、時に心を救ってくれたりもします。もちろん、鬼隠し村図書館は人だけではなく、君みたいなかわいらしい狐さんも歓迎しますよ」
さっきまで震えてカウンターに隠れていた悠陽が、ちゃっかり吉野に優しく笑いかけている。
「ありがとうございます……!」
吉野はうれしそうに涙を拭う。
「よかったね、吉野さん」
「はい!」
これで、一件落着かに思えた直後のことだった。
碧斗を見た吉野の表情が一変した。
「吉野さん?」
碧斗も『何か』の気配を自分の肩に感じて、おそるおそる目を向ける。




