三、
「何を朝から騒いでいる」
すぐ上から声がして、碧斗は飛び起きた。禅が腕を組んで立っていた。
「どうやって入ったんだよ!」
「俺は式神だ。鍵なんてかけても無駄だ」
碧斗は舌打ちする。
「貴様、大声でわめくな。聞きたくなくとも聞こえてしまうこちらの身にもなってみろ。右京様がいらっしゃったら、どうなっていたことか」
「今いないの?」
碧斗は半身を起こして顔を上げた。
「不在だ。右京様は、ふだんここにはいない。違う地で仕事をなさっているからな」
右京は単身赴任みたいなものなのだろうか。
(確かに、村に仕事はないだろうな)
禅は、胡乱な目を向けつつ言う。
「だいたい、上司に向かって舌打ちとはなんだ。下っ端の自覚がないようだな」
「え? 上司? 誰が?」
禅は頬を引きつらせる。
「今朝、深世様にこっそり会っていたことや、お前の態度のこと。右京様に報告させてもらう」
「大変申し訳ありませんでした」
碧斗はあっさりと謝る。右京はどうも苦手だ。繊細な自分とは絶対に相いれない。やっぱりそんな男が、深世と結婚するなんてありえなくないだろうか。
禅はふんっと小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、口を開く。
「次の仕事だ。最近、村役場内で怪異が起こっている。知っての通り、二年ほど鬼隠しの巫女が不在だ。そのせいで、怪異が多く、我々だけでは対処しきれない。花迎ノ儀までもうすぐだ。憂いは取り除いておきたい」
「なんかさ、本当に俺を殺しにかかってるよね? 無理に危険なのやらせようとしてない? 求人にそんなこと書いてなかったし。伊冴耶さんの件だってそうだ。俺がイケメンじゃなかったらどうなっていたことか」
本当に、この村では命がいくつあっても足りない。
「つべこべ言うな。不満があるならいつでも辞めてもらってかまわぬ」
「辞めませんけどー。やればいいんだろ。次は役場ね。はいはい行きますよ」
とにかく今は黙って従うべきか。深世の近くにいられるのは、ここしかない。深世が本当のことを話してくれるまで、幸せだと確信するまでは帰れない。
碧斗はコートを羽織るとプレハブ小屋を出ようとする。
「……死ぬなよ」
背後で、禅がぼそりとつぶやくのが聞こえた。碧斗が振り向いた時には、禅の姿は消えていた。




