九、
そこまで話し終えると、伊冴耶は一度言葉を切った。熱っぽく語る伊冴耶に、歌世への想いが感じ取れた。
碧斗はおそるおそる口を開く。
「……右京さんは歌世さんの婚約者だったんですね」
あの真っ黒な微笑みの貴公子が。微笑みによる圧迫面接はトラウマである。
「そうよ。悔しいけれど、二人は愛し合っていたわ」
「歌世さんと、伊冴耶さんの関係はよく分かりました。あの……それで、どうして深世との間に溝ができてしまったのでしょうか」
碧斗は心配だった。深世は姉のことを一度も話してくれたことがない。碧斗が頼りなかったというだけではなく、他にも理由があったのではないだろうか。
「――覚悟して、お聞きなさい」
伊冴耶の並々ならぬ雰囲気に、碧斗はごくりと息を飲んだ。
深世が一度、鬼隠し村に帰ってきたのは二年前の年が明けた頃だった。歌世は久しぶりに妹が帰ってくると喜んで伊冴耶に話してくれた。
深世とも友達だ。伊冴耶も深世に会いたかった。
(ちょうどよかった。深世にも話しておかないと)
伊冴耶は、歌世の薬を持っていくのにかこつけて、一ノ瀬家を訪れた。ちょうどよく深世が玄関に現れる。
「伊冴耶さん。ご無沙汰しております」
深世は礼儀正しく言う。さすが一ノ瀬家の次女、美しい。
「こんにちは深世。久しぶりね」
「お姉ちゃんですよね。今具合が悪くて寝ているんです。せっかく来てもらったのに、ごめんなさい」
「いいの。今日は、君と話がしたくて」
「……?」
深世は不思議そうな顔をした。
「場所を変えない? 少し、外を歩きながら話しましょう」
寒空の下、深世と並んで歩く。
「ねぇ。お願いがあるの。歌世に代わって君が、鬼隠しの巫女を引き受けてもらえないかしら」
深世は数歩先で足を止める。
「君も見ていて分かるでしょう? 歌世にはもう花迎ノ儀を行うほどの体力は残っていない。舞では、多くの霊力を使う。そうしたら、歌世はもう……負荷に耐えられない。歌世を、説得してもらえないかな」
「……いいね、お姉ちゃんは。いつもみんなに心配されて。愛されて」
深世はこちらに背を向けたまま、ぽつりと言う。
「私だって、鬼隠しの巫女になりたかった。なのに、選ばれたのはお姉ちゃんだった」
「それは、仕方のないことよ。事実、歌世の方が適任だったのだから」
深世はくるりと振り向く。
「なら、最後までやってもらったらいい。どうして、都合が悪くなると私なの? それでなくとも、お姉ちゃんは私が欲しかったもの全部持ってるのに」
「深世……」
「私はもう付き合ってる人もいるし、就職も決まってる。今さら、嫉妬なんてしないけど、私は今までお姉ちゃんのせいで、とても辛かった。そのことは、どうしても忘れられないの。……やっぱり、帰ってくるんじゃなかった。自分がみじめになるだけだった」
「深世、ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないの。でもこのままだと、歌世が……」
「嫌。私はお姉ちゃんの代わりじゃない。どうしてみんなお姉ちゃんのことばかり言うの。お父さんもお母さんも――右京さんも。ずっとお姉ちゃんのことばっかり!」
伊冴耶は、深世の様子がおかしいことに気づく。まるで、子どもに戻ったみたいだった。
「誰も、私のことを考えてくれない。私が大学に合格した時も、就職が決まった時も、家族はお姉ちゃんのことばっかり気にかけてた」
「歌世は、体が丈夫じゃないから」
「だから何? 私だっているのに! お姉ちゃんなんていない方がよかった。花迎で死んじゃえばいい!」
その言葉を聞いたとたん、伊冴耶の手が勝手に動いた。気が付くと、深世の頬を叩いていた。
「いつまでも、子どもみたいなことを言うんじゃないの。君の言葉には、言霊が宿る。分かってるでしょう。――もういいわ」
伊冴耶は深世に背を向けて歩き出した。彼女は、何も言ってはこなかった。




