六、
「ここが薬局? 嘘だろ」
碧斗が知っている薬局ではなかった。まるで魔女の館だ。
碧斗は深呼吸をしてから、扉を引いた。がらがらっという音、鈴が鳴る音が響く。生薬か、漢方かそれともハーブか。今までに嗅いだことのない匂いが鼻につく。
「う……」
気分が悪くなりそうだ。口をおさえながら店内を進む。両脇に重厚な薬箪笥がいくつも並んでいるせいで、道幅が狭くなっている。
圧迫感のある店内を抜けると、開けた場所に出た。ちなみに、普通の市販薬は一つも売っていない。店の奥にカウンターがあるが、怪しげな植物の鉢植えで埋もれている。
「なに、これ」
碧斗がまじまじと見ていると、いきなり声がした。
「おや、君は」
びくっとして見ると、カウンターから人影が現れた。白衣姿の伊冴耶だ。黒髪はポニーテールにしていて、赤い縁のある眼鏡をかけている。魔女とは程遠い、一見して美人女医だ。
「生きてたのね。よかった。昨日はつい突き飛ばしちゃったから」
伊冴耶は微笑みながら言う。
「ひどいにもほどがありますよ! 下手したら犯罪ですよ犯罪! 殺人未遂!」
必死で抗議するも、彼女はどこ吹く風だ。
「それは、君がいけ好かない女の名を出すのが悪いんじゃない?」
「だからって死んだらどうするんですか。洒落になりませんから!」
碧斗は言いたいことを言ってしまうと、気を取り直し改めて口を開く。今は不毛な言い合いをしている時ではない。
「今日も、お願いしに来ました。頼まれた薬をお願いします」
「だから、嫌だって言ったじゃない」
「好きな人が、深世と結婚するからですか? 分かりますよ、その気持ち」
碧斗も絶賛失恋中で、まだ立ち直ったわけではない。
「でも、どこかで踏ん切りをつけないといけないんです。つらくても、悔しくても。その人が幸せなら、って」
伊冴耶はじっと碧斗を見つめた。もしかして、分かってくれただろうか。
「深世に振られた君と、私を一緒にしないでくれるかしら」
「えっ、ななななんで知って……」
「有名になってるわよ、君。深世に振られて追ってきたけれど、見事玉砕したって」
「うわぁぁぁぁぁ!」
碧斗は恥ずかしさで頭を抱えた。村民たちは皆、碧斗をそういう目で見ているということだ。
「私はね、とっくに踏ん切りなんてつけてるの。とうの昔に失恋して、立ち直っているのよ。未練たらたらの君と、一緒にしないでもらえるかしら」
「う……」
また、ガラスのハートにひびが入った。碧斗は気持ちを切り替えて、問う。
「深世との間に、何があったんですか」
「……鬼隠しの巫女は、本当は深世ではなく、姉の歌世が担うことになっていたのよ」
伊冴耶は仕方なしに、というように言う。
「お姉さん……? 深世にはお姉さんがいるんですか?」
また知らないことが出てきた。そのたびに、自分が深世のことを分かろうとしてこなかったのだと思い知らされる。
今思えば、自分の夢にばかり必死で、深世のことはもう分かっていると言わんばかりで。
四年も付き合っていたから、分かっているつもりで勘違いをしていたのだ。もしも、深世のことをもっと気にかけていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
悔んでも時は戻せない。ならば、今できることをやるしかない。今からでも、深世のことを知るしかない。もっとも、そうしたところで深世が結婚するという現状や結果は変わらないのだとしても。
「君は、深世と付き合っていたのに何も知らされていないのね。かわいそうに」
その台詞も、何度言われたか分からない。ちくりと胸が痛い。それでも、碧斗は顔を上げて言う。
「はい、知りません。俺は、深世のことをちゃんと見ていなかったんです。だから、彼女は何も言ってくれなかった。言えなかったんだ。――お願いします、教えてください。深世との間に、何があったのでしょうか」
伊冴耶は少し驚いたような顔をした。
「君、意外と素直なのね。たいていの人は、人のせいにするのが得意なのに。己の否を認めること。それは、簡単なようでとても難しいことよ。大人になればなるほどね……」
彼女は吐息をもらした後、言う。
「気に入ったわ。分かった。特別に、教えてあげる。私とあの子の間に何があったのかを」




