七、
「君みたいな人とは、もう二度と会えないだろうな」
琥珀色の空に向かってつぶやいて、碧斗は再度足を動かした。民宿かまくらに預けていた荷物を持って、碧斗は一人、村を後にする。
バス停に着くころにはもう真っ暗になっていることだろう。バス停までの道は来た時同様とても静かで、悲しさがよけいに染みていく。
いろいろあったが名残惜しく一度足を止めたところで――意外にも呼び止める声があった。
「碧斗お兄さん!」
見遣ると、佑が息を切らして立っていた。
「もしかして、見送りにきてくれたのか」
自嘲じみた笑いがもれた。それとも恋人にこっぴどく振られ、情けなく帰っていく姿を笑いに来たのか。もうネガティブにしか思考が巡っていかない。子どもさえも信じられない。
そもそも佑は、禅という厨二式神に告げ口をしたではないか。大人げないとは分かりつつも、今の碧斗は虫の居所が悪かった。
「帰らないで。帰っちゃだめだよ」
できればその言葉、深世に言われたかった。碧斗は力なく微笑んで、歩みを進める。
「碧斗さん、今帰ったら死ぬよ!」
「そうか。死ぬのか。それもいいかもな」
うつろな目をして、碧斗は前を見据える。中学生にまで馬鹿にされるなんて、心底死にたい。
「僕には人の死が見えるんだ。信じてもらえないかもしれないけど。行かないで!」
「ああそうだな。俺は死んでもいいような人間なんだよな」
佑を見ずに、碧斗はまた歩を進める。
「いいの、碧斗さん! 深世さんに振られたままみじめに死んでも!」
碧斗はゆるゆると振り返った。
「ぎゃっ生きてるのに……死んでる目!」
中学生に引かれてしまったが、碧斗はどうでもよかった。とにかく早く帰りたかった。
「お願い、僕の言うことをきいて。病気だったら阻止できないけど、事故だったら、死ぬことから救える!」
「今帰ったら、俺は事故で死ぬのか」
「うん。横断歩道で信号無視の車にはねられて」
「……はは。笑えるな」
「笑えないよ!」
今一度佑を見遣り、碧斗は目を瞠る。彼の目から涙がこぼれ落ちていたのだ。なんて純粋できれいな涙だろう。もしかして、自分のために泣いてくれているのだろうか。
「泣くことないだろ、俺のためなんかに。もったいないよ」
「泣くよ! だってこのまま帰ったら、死んじゃうのに。碧斗さん帰ろうとするんだもん!」
久しぶりに心がじんわりと温かくなる。この村に来てからろくなことがなかった分、うれしさもひとしおで、こちらまで泣いてしまいそうだ。
佑はすがるように碧斗を見上げ、今一度言う。
「お願い帰らないで。帰ったら、死んじゃうよ」
潤んだ瞳には、一点の曇りもない。邪さが少しもなく、ただ純粋に碧斗を見つめていた。もし佑が本当のことを言っているのなら。
嘘か真か。いや、そんなことよりも、碧斗を必死で守ろうとしてくれている佑に胸を打たれてしまった。ささくれだった心が、すっかりほぐれていく。
「分かったよ。今帰るのはやめにする」
「……よかった。運命はそうすぐに変わるわけじゃないから……しばらく帰らないほうがいいよ」
「え、そうなの?」
早く帰りたいのだが。ふいに。ずるりと佑から力が抜けたように感じた。
「佑?」
碧斗がすかさず支え気づく。体が熱い。額に手を当ててみても分かった。
「佑! 大丈夫か!」
完全に意識を失っている。気が動転してしまっていた碧斗に最初に浮かんだのはここからすぐ近くの民宿かまくらだ。佑を抱き上げ、碧斗は清瀬のもとへと急いだ。




