六、
「深世、行くな!」
立ち止まらない深世の腕を取ろうとしたとき。
「深世様に触るな!」
手に電流が走ったような鋭い痛みが走り、碧斗はとっさに腕を押さえた。
「痛っ……! なに、静電気強すぎ!」
指が火傷をしたかのようにうっすらと赤くなっている。顔を上げて碧斗はあっと声をあげる。深世の屋敷にいた、すこぶる感じの悪い使用人だ。
こちらを憎々しげに睨み据えている。彼は深世を背に守るようにしていた。
「お前だな。深世様につきまとっているという不埒な男は。佑から聞いたぞ」
戸惑う碧斗を鋭く睨みつけながら、男は言う。あのクソガキと思いつつ、碧斗は反論する。
「違う。俺は、ただ深世と話がしたくて」
「うるさい。深世様は大切な鬼隠しの巫女。お前のような男が近づいていいお方ではないのだ」
「お前はいいのかよ!」
「私は、巫女様を守る役目を仰せつかっている式神だ」
「式神ってなに? というか、使用人じゃなかったの?」
「誰が使用人だたわけ! 式神とは、主の命に従う忠実なしもべだ」
「はぁ? 何言ってんだよ。お前厨二かよ!」
「貴様の方が何を言っているのか分からぬ!」
深世は泣きそうな顔をして二人の間に立った。
「二人とも! 私のために喧嘩しないで!」
深世は涙目になっていた。碧斗はそのいたいけな表情にどきりとする。可愛い。可愛すぎる。
「深世様。下がってください。危のうございます。どこぞの馬の骨とも分からぬ輩、この私が成敗いたしますゆえ」
「成敗なんてこわいことしないで。碧斗は私の二番目に大切な人よ」
「ぐはっ!」
碧斗はあまりの衝撃に吐血しそうになった。
「なっ!」
表情が変わらなかった式神は初めてうろたえた。眉間にしわを寄せ、碧斗に負けないくらい衝撃を喰らったような顔をしていた。
「一番目は婚約者である我が主、二番目の座にはこの私が……位置していると思っていたのに」
「心の声もれてんな」
その自信は一体どこからくるのか。
「そうね、あなたのことは……えっと、三番目かしら!」
「あっはっはっは! 三番目でも迷うレベルだってさ!」
碧斗が指を差して笑うと、式神は殺し屋のような目をした。
「深世様を惑わすとは、許してはおけぬ!」
式神が言い放った瞬間、強い重力が一気にのしかかった。碧斗は地面に押さえつけられ突っ伏した。
「く、苦し……殺す気か!」
碧斗は声をやっとのことで絞り出す。
「そのつもりだ」
冷たい返事の後、さらに体に圧がかかり、息苦しさに声も出なくなってしまった。歯を食いしばるしかない。
「やめて、禅」
深世が冷静に言うと、碧斗の体がふっと軽くなった。
「うう……なんでこんな目に」
碧斗は呻くことしかできず、しばらく起き上がれなかった。
「碧斗、ごめんなさい……。行きましょう、禅」
深世は瞳を伏せると、踵を返した。禅は忌々しげに碧斗を見遣りながらも、先を行く深世についていく。
「深世……」
弱弱しい声は、彼女には届かない。
「ちくしょう……」
立ち上がり、一人とぼとぼと歩く。こんなにみじめになったのは初めてだ。
「失恋くらい……なんだよ。よくある話だろ」
言い聞かせてみても報われることはなく。深世ほどの女性は、世界中のどこを捜してもいないだろう。失恋がこんなにも辛いものだったなんて、想像もしなかった。深世がいなくなってしまう現実が、こんなにも空虚だなんて思いもしなかった。




