二、
碧斗は、促され渋々食堂の椅子に座った。隣には清瀬、向かいの席にはおもしろくなさそうにそっぽを向いている神楽と、見知らぬ男がいた。
着流しに、白銀の長髪を首の後ろで結んでいる。超絶美形だ。相手は礼儀正しく一礼した。
「誰ですか」
碧斗は警戒しつつ問う。
「不知火と申す。神楽の父だ」
ということは、雪狐か。妻が人間の清瀬ということは、神楽は人とあやかしのハーフということになる。ありえないことを冷静に考えている自分に、内心で苦笑した。頭がおかしくなりそうだ。
「本当に、うちの息子が多大な迷惑をおかけした。申し訳ない。吉野が血相を変えて助けを求めてきたときは、何事かと驚いたよ」
父である不知火の謙虚で穏やかな態度に、碧斗の恐怖心は少しずつ消えていく。吉野のおかげで助かったらしい。
「あの、言わせてもらいますけどね。おたく、一体どういう教育をなされているんですか? 人を傷つけることにためらいもない、吉野さんにもひどい仕打ちをして平然としている。こっちは死にかけたんですからね。役者をやっているのに顔にも傷をつけられてるんですよこっちは! 心の病になりますよ、ほんとに!」
碧斗はねちねちと言った。
「申し訳ない。ほら、お前も謝りなさい」
神楽はうつむいていたが、やがて口を開く。
「碧斗お兄さん。本当にごめんなさい。少しやりすぎてしまいました。あまりにもお兄さんが優しいから、調子に乗って遊び過ぎてしまいました。吉野にも謝っておきます」
神楽の変貌ぶりに、碧斗は目をむく。本当に反省したのだろうか。親子三人に頭を下げられ、碧斗は留飲を下げた。
「ま、まぁ。今回のことは、不問にしましょう」
碧斗が上から目線で言うと、清瀬が「さて」と、ぱんっと手を叩いた。碧斗はびくりと肩を震わせる。それを見た神楽が馬鹿にしたように鼻で笑う。碧斗はぎょっとした。
(このガキ、まったく反省していないじゃないか!)
神楽はすぐにしゅんとした顔に戻る。演技だ。親の前ではいい子ちゃんを演じているのだ。
ショックを受けている碧斗をよそに、清瀬は立ち上がると厨房に向かう。
「お腹空いたでしょ。ここはね、民宿兼食堂なの。特製いなり寿司、食べていって」
清瀬はそれぞれにいなり寿司を二つずつ、皿に分けて持ってきた。
「三温糖でたっぷり甘くした特製煮汁。そこにひたしてあったあげに、すし飯をふわりとくるむ。美味しいのよ。鬼隠し村の人たちはこれが大好物でね。煮汁は昔から継ぎ足しで使ってるの」
確かに、美味しい。これは、街で売ったら流行るかもしれない。
「本当に、今回は警察沙汰にならなくてよかったわ」
碧斗はいなり寿司を吐き出しそうになった。
「うちの子だけじゃないのよね、人間にいたずらするの。雪狐の子どもは加減を知らないから」
「そうだな。皆には雪狐の長として、改めて注意喚起をせねばなるまい」
(きつく言ってください‼ ぜひ! それとあんたらの息子! 全然反省してませんから!)
碧斗は心の中で叫んだ。声に出して言ったところで、正しく伝わらなそうだ。この夫婦、やっぱりどこかずれている気がしてならない……。
「毎回、事情をきかれるの大変なのよね……。民宿を予約していたお客さんが多いから」
清瀬はため息まじりに言う。
(そういう問題かよ!)
おかしい。人間のはずの彼女の感覚もおかしい。こわい。雪狐も民宿の女将もとってもこわい。
「碧斗くんはよかったわね、無事で」
とってつけたような言葉だ。
「ちなみにね、雪狐の子どもは『雪んこ狐』って呼ばれてるのよ。とってもかわいいでしょう?」
「はい、とてもかわいい名前ですね」
遠い目をして碧斗は心にもないことを言った。
「改めて。碧斗くん、鬼隠し村にようこそ。ゆっくりしていってね」
にこにこと清瀬が微笑むが、碧斗はひきつった笑いを返すのがやっとだった。
(帰りたい……)
でも。このままでは、やっぱり帰れない。碧斗はまだ、あきらめきれなかった。




