Part 8
皆様は覚えているでしょうか。第1話冒頭の5月20日に徐々に近づいています。ようやくかと呆れている読者の方も多いと思いますが、しばらく茶番にお付き合いください。
それでは楽しんでいってください!よろしくお願いします!!
5月15日、日曜日。
久しぶりに外に出て、はしゃぎ回った代償は、想像以上に大きかったようで、瀛は全身筋肉痛で、ベッドから起き上がれなくなっていた。
「か、身体が痛いのです……」
全く動けず、ベッドに磔状態になっていた。
「まぁ、完全に日頃の運動不足が祟ったな。家事はオレがやるから、今日はゆっくり寝てろよ」
「そういう訳には、いかないのです!ウミから家事を奪ったら一体何が残ると言うのですか!?痛いっ!!」
なんとか身体を起こそうと悶えるが、余計に身体を痛めたようだ。
「それなりに可愛さとかは残るだろ」
「わかりました。今日のところは勘弁しておいてやるのです」
と、大人しく布団にくるまってくれた。
それから洗濯、お風呂と部屋の掃除を済ませた後は、のんびりとソファーでテレビを観ていた。
テレビを観ていると、その音が気になったのか、瀛が壁や床を這うようにして、自室からリビングにやってきたのだが、その様子はホラー映画のそれであったため、シンプルに驚いてしまった。
「うお!?ビックリした。何かと思ったぞ。動いて大丈夫なのか??」
「はいです。起きた時よりは慣れてきました。それにお兄ちゃんだけ、テレビを楽しんでいるのは、ズルいです!」
と、地を這いながらソファーに辿り着き、
「ぐへぇえ」と、変な声を出しながら、ソファーに着陸した。
テレビでは、都市伝説を扱った番組が放送されていた。都市伝説と聞くと思い出してしまう。掣踆ペーシェントのことを。よく過ぎたことは、どれもいい思い出だ、なんて言う人もいるが、あれは今思い返しても、いい思い出とは言えない。
それ程までに掣踆ペーシェントという病は、現象は、都市伝説は、厄介なのである。
『実はここだけの話なんですけど、若者だけが発症する病気があるらしいんすよ!』
『なんやねんそれ、ホンマに言うてんのか?』
と、テレビで芸人たちが、面白おかしく話す様子が映し出されているが、巻き込まれた当人達は、全くもって笑えないのだから、世話が焼ける。
いつもテレビを楽しそうに観ている、専業主婦の瀛だが、この番組だけは、笑わずに観ていた。
瀛は、オレが掣踆ペーシェントに巻き込まれていたことを知らない。では、何故?なぜ、妹はこんなにも苦しそうな表情で、テレビを観ているのだろうか。まさか……。
「これ面白くないな。チャンネル変えるか?」
「うん……」
リモコンでチャンネルを変えると、ご飯の美味しいお店を紹介していた。今は丁度、ラーメン屋を紹介しており、小麦色の麺と出汁の琥珀色が、お腹の産声を誘い出す。
すると、瀛は、みるみる内に落ち着きを取り戻してきた。どころか、すこぶる元気になってしまったではないか。
「お兄ちゃん!!このお店!この辺ですよ!!」
と、テレビを指差す。
「マジか」
「マジです!大マジです!」
「まさかとは思うが……、行きたいのか?」
「隊長!これは調査に行く必要があると考えます!!」
瀛は可愛く敬礼してみせた。どこの軍隊だよ。
大きくため息をついてから、美崎兄妹部隊の出撃命令を妹に出すことにした。
「わかったわかった。出撃準備を整えろよ」
「了解しました!隊長!」
身支度を済ませ、出発と行きたいところだったが、瀛は筋肉痛に苦しんでいた。どうやら、着替えるのも容易ではないらしい。
扉越しに苦しんでいる妹に声をかける。
「大丈夫か?お店は逃げない。ましてや、テレビで紹介されたお店なら、しばらくはなくならないと思うし、日を改めるか?」
「それはダメなのです!今日行くことに意味があるのであります!!」
扉でその姿は見えないが、壁一枚を隔てたその先から、熱意をこれでもかというほど、感じた。
「わかったよ。リビングで気長に待ってるから、休み休み着替えろよ」
「はいなのです!」
それから15分程度の時間を費やし、妹は着替えを完了させた。しかし、部屋から出てきた瀛は、何故かヘトヘトになっている。
「はあはあはあ……」
「行けそうか?」
「食事前の運動には、丁度良かったです……」
なんという強がりなんだろうか。そこの強がりに意味はないと思うが、可愛いからよしとするか。
なんとか家を出たのはいいが、それからもやはり筋肉痛が事あるごとにダメージを与えるようで、こまめに休憩を挟みながら、ラーメン屋を目指した。
ラーメン屋が近づくにつれて、とてもラーメンの食欲をそそる匂いが風を伝って、鼻を刺激する。
「瀛、もうすぐだぞ」
「はい……。なかなかに険しい道のりでした……」
ラーメン屋に向かうだけで、瀛にとっては、とんだ大冒険になってしまったようだ。
そしてラーメン屋の看板と暖簾を発見した。
「おっ、あれだな」
「ようやく天竺ですね……」
「おいおい、お前は一体、誰と何の旅をしていたんだ?」
赤い暖簾にはデカデカと『極羽』と書かれていた。天竺も、あながち間違いではないのかもしれない。しかし、残念なことに、この世界の天竺を目指してやってきた一行は、オレ達だけではないようで、既に店の外まで列を成していた。
現在時刻は午前11時、ここから待てば、丁度良い時間になるだろうと、並ぶことにした。
それから1時間以上、待っただろうかという頃、ようやく順番が回ってきた。
「大変お待たせしました!次のお客様どうぞ!」
御上さんが席へと案内してくれた。
瀛は席に座るのも、一苦労のようだ。
店の中はそれほど、広いわけでもない。店員数も料理をしている大将と、注文を取っている若い男?女?一眼では、よくわからない美形の少年、そしてさっきの御上さん。家族3人で切り盛りをしているようだ。
奥さんはとても優しそうな人で、優しいが顔から滲み出ている。それに比べて厨房に立つ大将は、大きな図体、スキンヘッドにサングラス。うん、怖い。
「来夢ぅ!5番のラーメン、早く持っていけ!」
「はい!」
大将は見かけだけではなく、厳格で、本当に怖い人のようだ。
店は大繁盛のようだが、割に店員数が少ないためか、回転は良いとは言い切れない。
店の観察は程々にして、メニューを選ぶ。
「テレビでは、何がオススメって言ってたか、聞いたか?」
「もちろんです!この『絶醤油ラーメン』です!」
「なるほど、すいませーん!」
注文を言うために、店員を呼ぶと、
「来夢!注文だ!!」
大将が声を張り上げる。お父さんが相当怖いのだろう。来夢くんは、名前を呼ばれる度に、ビクリと反応する。
「はい!お決まりでしたら、どうぞ」
「じゃあ、この『絶醤油ラーメン』を2つで、1つはチャーシュー増しでお願いします」
メニュー表を指差して、注文した。こういう時、妹は人見知りなので、なかなか自分からは声をかけられない。これに関しては、イジメの一件が尾を引いているので、仕方ないと思っている。
来夢くんは、小柄で華奢である。それに顔立ちも美形で、渋い大将には、全くと言って良いほど、似ていないこともあって、親子だと言われても、信じられない。
大将の大柄な身体からは想像もできない身のこなしで、次々と絶品ラーメンを生み出していく。
そして店に入ってからは、そんなに待つことなく、ラーメンにありつけた。
「お待たせしました!ごゆっくりどうぞ!」
そう言って、ラーメンを運んでくれる来夢くんの笑顔は、間違いなく、看板娘ならぬ、看板息子だった。
「さて!食べるか!」
「はい!」
「「いただきます」」
レンゲでスープを一口、それからラーメンを口一杯に、啜れるだけ啜った。美味い!美味すぎるではないか!!
こんな名店が同じ地域にあったのにも関わらず、今になって知ることになるなんて、どうやら人生を損してしまっていたようだ。
「美味しいです!!」
弾ける瀛の笑顔を見た大将は、強面から一変、ニヤリと笑みを浮かべた。実はいい人なのだろう。怖い見た目からは全く想像できない人柄、ラーメンも大将も、いい味を出している。上手い。
「一丁前なこと言ってんじゃねぇ!」
大将が突っ込んできた。語りは声を出していないのに、神月先生にしろ、ここの大将にしろ、なぜ語りにツッコミを入れてくるのだろうか。特殊な能力でもあるのか。
「身体に染みるです」
渋い声で瀛が言う。
「お前はおっさんか」
「あまりの美味しさに、筋肉痛も治ってしまいそうです!」
「そいつはよかった」
「はい!」
その後は、ラーメンがあまりにも美味しすぎて、あっという間に完食してしまった。完全にこの店の味の虜になっており、また来ようと、自然とそう思わせてくれた。
お会計に向かうと、こちらも来夢くんが来てくれた。
「大活躍だね。無理せず頑張ってね」
と、声をかけることにした。すると、来夢くんは、
「ありがとうございます!頑張ります!」
後光が刺したのかと錯覚させる、とびきりの笑顔を見せてくれた。可愛い。男でなければ、ハートを撃ち抜かれていたかもしれない。彼が男の子でよかった。
帰り道、瀛はやる気に満ち溢れていた。
「どうしたんだ?そんなに目を炎で燃やして」
「瀛も絶品ラーメンを作ります!!」
「マジか」
「マジです。今日帰ったら作ります」
「今日はやめてくれ」
そんなこんなで、家を出たついでに、スーパーで晩御飯の買い出しも済ませることにした。
買い物カゴに野菜やらを入れていると、隣にそれはそれは、とても綺麗な、容姿端麗という言葉がよく似合う、ジーンズにシャツ、パーカーという、至って普通なコーディネートなのにも関わらず、可愛さが全く衰えない黒髪ロングの美少女がトマトを手に取った。可愛い人は何をしていても可愛いと言うことなのか。そして去っていった。
「お兄ちゃん、何に見惚れているんですか?」
「近所にあんな可愛い子がいたなんて、知らなかった」
「可愛い子なら、ウミがいるではありませんか!?」
「お前は妹だろうが」
これは気のせいかもしれないが、去り際にこちらをチラッと見たような気がした。その目は凍てついた氷の女王のように、鋭く冷たい、そしてその圧力は人を殺せそうなまでに強力であった。
何故あんな目を向けられたのだろうか。何かやらかしたかとも考えたが、彼女とは初対面で顔を見ることすら初めてであるのに、睨まれるようなことはしないどころか、できない。今の一瞬でそんな芸当ができたのなら、今頃、オレのまわりは不快な顔した人で溢れ返っているはずだ。
彼女は一体誰なのだろうか。食べたラーメンの味を忘れさせられたように、彼女ことが気になって仕方がなくなっている自分の姿がそこにはあった。
今作は私の毛色によく合っていて、執筆生活の中で、こんなに書いていて楽しい作品は初めてです。楽しみすぎて気がつけば4000文字を超えていることが多くなりました。
そんな今作をこれからもどうぞ、よろしくお願いします!
それでは今回と読んでいただきありがとうございました!次回をお楽しみに!!