Part 4
「おっと、そうだ。妹に電話だけさせてくれるか?」
「ええ」
玲の許可を得て、許可を取り、承諾を得て、承認を得たところで、ポケットからスマートフォンを取り出し、妹に電話をかけた。
「あ、瀛か? オレオレ、お兄ちゃんだ」
「まるで、オレオレ詐欺ね」
オレと瀛の電話に玲がボソリと、ヒソリと、ポロリと、ホロリと、ツイートした、もとい呟いた。
「今日は晩御飯は食べないから。うん、悪いな。それじゃあ」
妹との電話を早々(そうそう)に済ませ、早々(はやばや)と済ませ、いよいよお店の看板を拝む時が来た。
そのことなのだが、このことなのだが、あのことなのだが、どのことなのだが、ここで少しだけ余談なのだが、余談というわけでもないのだが、気になっていることがある。気がかりなことがある。
それは彼女に連れられて店に近づく度に、近づく毎に、なんだか、見覚えのある町並みになっているような気がするのだ。やがてそれは、これは、あれは、どれは確信に変わり、気がするではなく、確信へと変わり、確信は自信へと繋がり、真実となった。
「ここよ」
「ここなのか」
「何よ? 不満なわけ?」
「………」
「帰る」
「いやいやいや!」
彼女が連れて来てくれたお店、その名は『極羽』。言わずと知れた天竺であり、言わずと知れた『極羽』である。このお店はもはや説明不要の、この期に及んでの説明不要の、天竺なのだ。実在する天竺なのだ。今目の前に存在している天竺なのだった。
何故オレが『極羽』の存在を知っているのか? その説明も今さら必要だろうか。今さらながら必要なのだろうか。
しかし、だがしかし、一応、念のため、話しておくとしよう。
『極羽』とは以前、テレビで紹介された、紹介されてしまった今や有名ラーメン店であり、オレもまた妹の瀛と共にそのテレビを観て足を運ぶこととなった。
店にはスキンヘッドにサングラスという、思わず何年何組ですかではなく、どこの組の方ですかと、尋ねたくなる風貌をしている大将が看板娘ならぬ看板息子その人と言えるだろう。そう言っても過言ではないだろう。それで間違いないだろう。
また忘れてはならないことは、この店の看板息子は何も大将一人というわけではない。この店はオレたちと同じ賀晴高校に通う一年後輩の東條来夢の実家であり、家の手伝いとして来夢もまたこの店で働いているのだった。
東條来夢とは誰か? それに関しては実に説明が難しいところなのだが、あえて彼に言及するとするならば、新しいナニカが目覚めるかもしれない男であった。
気になることがあるのだが、アルバイトというものが、職業が存在するこの世の中において、オレのような人間がこの店で働くとなると、そこには当然給料というものが発生するわけなのだが、雇っているのが実の息子ということになった場合の給料はどういった内訳になっているのだろうか。
息子だからお金は発生しないのだろうか。それとも給料という形ではなく、お小遣いという形で支給されるのだろうか。実家が飲食店の皆さん、その辺りの、その辺の事情を無知なオレに教えてくれると助かります。
そんなわけで、こんなわけで、どんなわけで、あんなわけで、そういうわけで、こういうわけで、どういうわけで、ああいうわけで、少しずつ、微妙に絶妙に巧妙に、機嫌が悪くなっていく玲の期限を取らなくてはならないだろう。
「せっかく来たんだし、入らなきゃ損だろ」
「何よ。どうせ一度来たことがあるのでしょう?」
「いや、ないよ! 初めてだよ!」
何故オレはそんな必要があるのかないのかわからない、さっぱりわからない嘘をついたのだろうか。いやいやいや、これは全て可愛いかわゆい彼女の機嫌を取るためには全て必要なことなのだ。
「嘘付かないで。顔に書いてあるのよ」
「マジで!? 一体どこに!!?」
「ほら、やっぱり来たことあるんじゃない」
「それはズルいっすよ先輩……」
「この私に嘘をついたのだから、死んで詫びなさいな」
「辛辣っ!!」
この危機的状況の中で、状況下で、オレは一体全体何体、何を言えば彼女に許してもらうことができるのだろうか。シンキングタイムである。クッキングタイムである。
「まだ死ねない……」
「何? 言い訳?」
「ああ、言い訳だ。オレは君と、玲とまだこの先でやりたいことが沢山あるんだ。失ってしまった記憶の分をオレはこの先で君と一緒に取り戻していきたい。だから、まだ死ねない」
「何よそれ。反則よ////」
どうやら彼女の説得に成功したようだ。
「仕方ないわね。そういうことなら、あなたがどうしてもって言うなら付き合ってあげるわよ」
「うん、どうしてもなんだ。それじゃあ、よろしく頼むよ」
「ふんっ、なら早く行くわよ」
そう言ってお店に入店する彼女の足取りが、足運びが、足並みが、リズミカルで、軽やかで、弾み切っていたことは内緒にしておくことにしよう。
色々あったが、何かとあったが、それなりにあったが、紆余曲折あったが、ようやく『極羽』に入店した。
以前、瀛と訪れた際は昼であり、現在は夕方という時間なのだが、それでも『極羽』の客足は衰えることを知らず、昼でも夜でも、夕方でも、関係なく繁盛しているようであった。
「へいらっしゃい!!」
相変わらず、相も変わらず、サングラスがよく似合う、よく似合ってらっしゃる、スキンヘッドの大将が、そのドスの効いた声を張り上げていた。
その声を聞くと、何故か鳥肌が立つのはどうしてなのだろうか? 大将の声からとてつもない迫力を感じずにはいられない。
「おっ! 兄ちゃんたち賀晴高校の生徒さんだな」
「はい。そうですけど、どうしてそれを?」
強面の大将に臆することなく、怯えることなく、玲が受け答えしている。
「うちのバカ息子も賀晴高校だからな。その制服見りゃわかるってもんよ」
「そうだったんですね」
2人がそんな会話をしている中、会話をしている最中、真っ只中、オレは自然とこの両の目で、来夢の姿を探していたが、彼の姿がどこにも見当たらない。
女将さんの姿は確認できても、そこに来夢の姿はない。以前のような来夢の姿はない。
「ん? どうかした?」
玲がオレに尋ねる。
「ああ、その息子さんってどんな人かなって探してたんだけど」
「それらしい子はいないわね」
「だよな」
ここで来夢のことを知っているなんてことがバレると、余計に話がややこしいことになりそうなので、あえて知らない風を装う。知らないていを装う。知らない体裁を整える。
オレたちがそんな話をしながら、店内をグルングルンと、クルンクルンと、フルフルと、ブルブルと、フルリフルリと、ハラリハラリと、クルリクルリと、見回しているとーーー
「来夢ならいねえよ。ったくあのバカはどこをほっつき歩いてるんだ」
大将はかなり怒っているようであった。来夢のように真面目そうな奴がこれまたどうしたのだろうか? 反抗期ということなのだろうか? まぁ高校一年生ともなれば当然と言えば当然の行動かもしれないのだが。
だが、だがしかし、反抗期と言えど、親父さんが親父さんなだけに、大将が大将なだけに、反抗期として反抗したところで、その後が怖そうなので、その後のお返しが怖そうなので、オレが大将の息子なら絶対に反抗などしないだろう。
そう考えると来夢の度胸は讃えるに値する行いだと言えるだろう。愚かとも言えるが………。
「来夢ってどこかで聞いたことあるわね。どこだったかしら」
「?」
玲が何かを思い出そうとしていた。
「あ、そうだ。この間のお昼休みの屋上。あの子が確か来夢ってあなたが言ってたわよね?」
「あれー、そうだっけかなー」
いつの時代のロボットだよと言いたくなるような、ツッコミたくなるような、ハリセンでしばきたくなるような、そんなカタコトな、コトカタな、ぎこちない声が出てしまう。再生されてしまう。ロボットだけに。
「そうよ。あなたが私に言ったじゃない」
よくよく考えれば、よくよく考えてみれば、来夢は男である。そう男なのである。自分でそう言っておきながら、今さら気付いた。奴は男なのだと。なら、何をビビっているのだろうか? まるで女の子のような可愛らしい見た目をしていても、アイツは男。所詮は男なのだ。そうだならば、何を怖がる必要があるのか。何も最初から怖がる必要はなかったのだ。
そうと決まれば、そうとわかれば、そうとなれば、もはやこのオレに恐れるものなどない。恐れるに足りない。恐れるに足らんわ。
「そうだったそうだった! 屋上にいた奴だよなっ! 思い出した思い出したー! いや、あの時はなんで帰っちゃったんだろうな? 不思議だよなあー!」
「そうねー、どうしてかしらねー」
彼女のオレに対する返答は、返事は、相槌は、どこか含みのあるような言い方に感じた。そう感じずにはいられなかったというのが正しいのかもしれない。
「なんだ? お前たち来夢を知ってんのか?」
大将がオレたちの会話に割り込むように、入り込むように、潜り込むように、会話に参加してくる。
「まぁ何度か見たことあるぐらいですが」
今度はオレが大将に言葉を返す。返し返す。
「そうか……。なら、わかると思うが見た目通りのナヨナヨした奴でな。あれじゃあ一人前の男には程遠い」
そう語る大将に対して、女将さんはなんとも言えない、言いようのない、形容し難い、そんな複雑な表情を浮かべていた。
どうして女将さんがそのような表情を浮かべたのかといった理由はよくわからないのだが、よくわかっていないのだが、母親として、息子の来夢を心配しているということなのだろうと、そう受け止めることした。そう解釈することにした。
「そういえば、注文まだだったよな? 何にするんだ?」
来夢の話に花が咲いてしまったわけではないが、それでも彼の話ですっかり注文を忘れていたところに、大将がオレたちを我に返してくれた。
「なら、私はこの絶醤油ラーメンにします」
玲は少し考えてから、大将に注文を伝えた。
「それじゃあ、オレは滅塩ラーメンにしようかな」
「はいよ! 絶醤油一丁! 滅塩一丁!」
来夢のことは少し気がかりではあるものの、気になるものの、とりあえず今はお腹が空いたので、腹ごしらえをするとしようではないか。




