Part 1
「ゔ!?ゔぅあ"!!」
テストも終わり、テスト返しも大体終わった、6月上旬の出来事である。
その日オレ美崎昊は、毒をもられた。
この現代社会において、毒をもられる人間などいるのだろうか。仮にいたとしてもだ、それに遭遇する確率はそう高くないはず。にも関わらず、オレはその確率を引き当てた。引き当ててしまった。
全身から力が抜け落ち、膝から崩れ落ちる。なんとか手を突いて、四つん這いで踏み止まるも、これが精一杯。
ゲホゲホと風邪とは明らかに違う、危険を感じさせる咳が出始めると、咳と共に血反吐まで吐くことになった。地面にはオレの血が生々しく、ベチャリとへばり付く。
さらには、意識が朦朧とし始める。これはいよいよというサインなのだろうか。
「僕の秘密を知ってしまったからには、生きて還すわけにはいかないんだ……」
オレの後ろでそう話す声は、震えているように思えたが、意識が朦朧としていて、そのことに関してはもう確認のしようがなかったりするのだが……。
もううんざりするような、そんな状況に陥ってしまったのかをこれから語ることにしよう。
Phase 1
第2話 Control you with poison -毒を持ってあなたを制す-
5月31日---
中間テストも終わり、絵凪玲とのデートも大成功に収めた、その翌週の火曜日という日取り。
今日もいつものように目覚まし時計とのデッドヒートを繰り広げる。
「やれやれ、いつになったらオレは目覚まし時計に勝利できるのやら……」
こんな台詞まで、本当にいつも通りである。
リビングに足を運ぶと、目玉焼きにウインナーという、これまたよくある朝御飯であった。テスト期間中、妹の美崎瀛はオレを鼓舞するために、1週間毎日のように鯖の塩焼きが並んだため、いくら大好物とは言えど、食べ過ぎて嫌いになりかけていたところだったので、ここにきて元通りの朝御飯に少しホッとしていたりもする。
「お兄ちゃん、おはようございます!」
「おはよう」
「今日辺りからテスト返しもあったりしますよね?なので、お兄ちゃんには特別メニューですよっ!!」
「え?目玉焼きとウインナーは?」
「それは瀛のですよ?」
何ということだろうか、これは瀛のだったのか。いや、問題はそこではない。この皿に盛られた御飯が瀛のだと言うのならば、特別メニューのオレには一体何が……。
そしてその特別メニューは、魚焼きグリルから姿を現した。なんということでしょう。特別メニューは鯖の塩焼きだったのです。
とても綺麗に焼かれ、美味しそうな焼き目を備えた、連続9日目の鯖を目の当たりにした時、愕然とし目の前が真っ暗になったような気がした。
「マジかよ……」
「たーんと召し上がれなのです!」
「オレ、何か嫌われるようなことしたか?」
「何の話ですか?」
その返しは正しい。瀛に悪気は一切ない。ただ純粋にオレを喜ばせるために、鯖を焼いているだけに過ぎないのだ。だが、それがわかっていても絶望せずにはいられない。
「い、いただき……ます……」
しかし、手を合わせたのはいいが、思うように箸が進まない。
「どうしたんですか?体調が優れないのですか?」
瀛が心配そうにこちらを見つめる。兄として妹を悲しませるわけにはいかない。
全力を集中することで、鯖の塩焼きを何とか平らげることに成功した。しかし、この戦いで負ったダメージは、想像以上に大きい。傷を隠す兵士のように、そそくさと自室に退散する。
そしてベッドにダイブし、天井を眺める。このままでは本当に大好物が大嫌いな食べ物になってしまう。それだけは何としても回避しなくてはならない。
あまりグッタリしていると、学校に遅れてしまうので、着替えを済ませ、学校へ向かうことにした。
「いってきます」
「いってらっしゃいまへ!」
鯖の塩焼き地獄から抜けた後は、特に何の変哲もない通学路を歩く。だが、先週とは違うことがある。それは---
「おはよう」
「おはよう。待ちくたびれたわ。私を待たせるなんて、いい度胸ね」
今週から玲と一緒に登校するようになったということである。いかにもカップルらしい行為である。一度でいいから、黄滝のように彼女と一緒に登校するというカップルにしか行うことができないイベントをしたいと思っていた。まさか掣踆ペーシェントを解決することで、副産物が大量ゲットできるとは思わなんだである。
そして玲がオレよりも先に待ち合わせ場所に到着し、健気に待っている姿を想像するだけで可愛い。
「何よ、変な顔して」
「変な顔じゃない、元々こういう顔なんですー」
「なるほど、元から変顔してるのね」
「いや…そういうことでは……」
玲はスタスタと歩いていってしまう。なんと言うか、お嬢様気質なのか、それともただ単にツンツンデレデレなだけなのか。仮にそうだったとするなら、デレデレの部分がもう少し欲しいところなのだが……。
まぁこんな感じではあるが、遅めの春が到来したオレの高校生活は、今まさに絶好調であった。残念なのは、玲とクラスが違うことだが、そんなことは大した問題ではない。
「なんかお前最近楽しそうだよな?なんかいいことでもあったのか?」
黄滝芳哉がホームルーム前の時間で尋ねてきた。
「ん?気になるか?」
「まぁー、それなりに気になるな」
「なら教えてやろう」
きっとこの時のオレは気持ち悪いほど、ニタニタしていたに違いない。
「オレにも春が来ました……!!!」
「マジかよ!?相手誰だよ!!?」
黄滝は前のめりになって食いついてきた。
「誰だと思う?」
「勿体ぶんなよ」
「よく聞け!相手は絵凪玲だっ!」
この爆弾発言から1分、いや2分だったかもしれない。時間が凍りついた。絵凪玲だけに。
「マジ?」
「マジもマジ、大マジだよ」
「ないなっ!お前みたいな死んだゴキブリみたいな奴が絵凪と付き合えるわけないだろ?」
黄滝は何故かオレを信じない。というか、その死んだゴキブリという発言もどうかと思う。一体どういう例えなんだそれは。何を例えてその表現を使ったんだ黄滝よ。
「お前もう2年の付き合いだぜ?オレがこんなところで、そんなくだらない嘘をつくと思うか?」
「それもそうだが、マジなのか?」
なんとか信じてもらおうと、日頃の関係性を引け合いに出したが、それでもまだ半信半疑のようだ。
「マジだよ。ほら、写真も撮った」
スマホのアルバムから5月の27日に、遊園地で撮影したツーショット写真を自慢げに見せつけてやった。
「マジかよ……。お前、本当にあの絵凪と付き合ってんのかよ……」
動かぬ証拠を前にして、ようやく信じてくれたようだが、驚きを通り越して少し引いているようにも、思えるのは気のせいだろうか?
「まさか昊にも春が来るとはな。でも、絵凪っては本当に意外だったよ。俺はてっきり華村と付き合うものだとばかり思ってたからさー」
「そうなのか?」
「そうだよ。だってお前と華村、仲良いだろ?結構一緒に登校してたりするし、茶道部にも遊びに行ってたりするんだろ?これで付き合わない方が変だろ」
「変ってわけでもないだろ」
「まぁそうなんだけど、意外は意外だったよ」
そんな話をしていると、予鈴が鳴った。
バン!と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、オレたち2年2組の担任である、美女教師の神月刀真先生だ。
「よし、お前ら座れよー。出席取るぞ」
と、いつものように学級簿で出席を取り終えると、神月先生がホームルームを行う。
「さて、昨日はまだ採点中でテスト返しもできていなかったが、今日からどの教科もテストが返ってくるはずだ。しっかりと自分の状況確認し、何をすべきなのか、何ができるのかをちゃんと考えるように。以上だ。今日も頑張って死ねよ」
そう言って教室を出て行く。ホームルームの時に思うのだが、なぜ神月先生はオレたちを頑張って殺そうとするのか、意味が全くと言っていいほど、わからない。
そして1限目から4限目まで、その全てがテストの返却であった。テストの点を見るその瞬間は、人間ありとあらゆる表情がいっぺんに揃う珍しい場面だと思う。
喜ぶ者、項垂れる者、納得する者、納得できない者、悲しむ者、嘆く者、無を貫く者。数えたらキリがないほどの種類がある。まるでSNSのスタンプのようだ。
ちなみにオレはどれかというと、まぁ言うまでもなく、無を貫いている。な?言うまでもないだろ?
そして4限までのテスト返しに耐えた後は、お待ちかね、昼休みだ。
昼休みは玲と弁当を食べることを習慣付けようとしている最中である。屋上に向かうと、既に玲が鉄格子の下の段差に腰掛けて、待っていた。
「遅い!」
「そんなに遅かったか?」
「まぁいいわ。早く食べましょ」
玲が膝の上で弁当を展開する。とても美味しそうに見える。他人の弁当は不思議と美味しそうに見えるものだ。いや、これは弁当に限ったことではない。他人が持っているものは、それが例えどんなものであっても、羨ましく思えるものなのだ。人間とは感情が忙しくて、しんどい生き物だと、つくづく思う。
「美味そうだな。玲が作ってるのか?」
「そうよ。昊のは妹さんのお手製でしょ?」
「ああ、そうだけど。って、あれ?前に話したっけか?」
「ええ、前に聞いたわ」
と、玲はブロッコリーを口にする。
「今度オレにも作ってくれよ」
「嫌よ」
即答。
「早い!?可愛い彼女の弁当を食べられるのが、彼氏の特権なのでは?」
「嫌よ。面倒だもの」
悩む素振りなど一切見せず、ハッキリと言い切ってしまう。
「残念だなー。食べたいなー、玲の手作り弁当。弁当じゃなくても、手料理でも可。いや、むしろ手料理をお家で振る舞ってもらう方がいい!」
「嫌!」
これほどまでに塩対応だと、流石に傷つく。
「おいおい、そんな態度でいると、他所の女にオレ取られちゃうぜ?」
「なら、勝手に取られてなさいな」
「なんだよそれ」
そんな会話をしながら、弁当を食べていると、屋上の扉がガチャリと開いた。誰だと扉の方に目を向けると、そこから入ってきたのは、可愛い見た目をした男子生徒の東條来夢だった。
しかし、来夢はオレと玲の姿を視界に入れると、慌てたように扉をバタンと閉め、姿を消してしまった。
「なんだったんだ?」
あまりによくわからない行動であったため、オレと玲は顔を見合わせて、首を傾げた。
「あの子、知り合い?」
「ああ、1年の来夢だな。東條来夢」
「下の名前で呼ぶなんて、随分仲が良いのね。前から思ってたけど、昊って友達が少ないって自負してるわりには、女の子の知り合い、多いわよね?」
そう言う玲の言い方には棘が見え見えていた。
「いや、来夢は男だし……」
「ふん、どうだか!」
今になって思えば、この時の玲の発言には意味があった訳なのだが、この時のオレがそれを理解するのは、無理な話であった。




