Part 2
今作の略名が決定しました。その名も「乙プリ」です。「オツプリ」であったり、「オトプリ」であったりと、略してあげてください。
それでは楽しんでいってください!よろしくお願いします!!
アパートの玄関の鍵を開け、家に入ると、
「あ、お兄ちゃん、おかえりなさいまへ!」
と、エプロン姿の瀛が小走りでお出迎えしてくれた。
「ただいま」
瀛はオレの妹で、学年は中学2年生である。瀛の特徴と言えば、頭についている2本のアホ毛が、猫耳のように見えるぐらいだろうか。これがまた、あざと可愛い。いや、あざとい。シンプルにあざとい。
オレが自室に鞄を置き、ソファーに座り込むと、ソファーに沈み込むと、
「お風呂沸いているですよ」
と、瀛が声をかけてくれた。
それに対して---
「できる妹がいると楽でいいなっ」
少し疲れたような声と共に、お言葉に甘えてお風呂に入ることにした。
湯船に浸かりながら、今日のことを考えていた。厳密には今日のことではなく、絵凪のことである。絵凪玲のことである。どうしてだか、何故だか、なんでだか、不思議と彼女の魅力に吸い寄せられているような気がするのだ。ひょっとするとオレってMということなのだろうか。認めるわけにはいかない。どうしても認めるわけにはいかない。そんなこと、断じて認めるわけにはいかないのだ。
「認めてやるものか」
風呂から上がると、テーブルには美味しそうな匂いと共に晩御飯が並べられていた。これは全て瀛が用意してくれたものである。
そもそもうちには両親と呼べる存在がいない。
それはどういうことか? オレたちの両親は交通事故でこの世を去ってしまったからだ。しかし、祖父母が住まう家は、こことはまるで違う、何もかもが違う田舎でまだ中学生だったオレと小学生だった瀛を転校生させるという話もあったそうだが、ただでさえ大変な時に、無理に生活環境を変えてやる必要性は皆無だという祖父の気遣いによって、意向によって、アパートで2人暮らしをする運びとなった。
生活で必要なお金は祖父母から毎月送られてくるため、今の生活に全く不自由はないのだ。オレは、オレたちはこの恩をどうやって返せばいいのやら。
しかし、だがしかし、生活環境は変わらなかったものの、問題はそれ以外のところにあり、それは妹の学校生活にあった。瀛が中学に通い始めてからのことだ。瀛は陰湿なイジメを受けるようになっていた。理由はとても簡単で、単純で、明快で、簡潔で、クラスのリーダー的女子生徒が好きな男子と、たまたま話していた瀛が、ムカついたからとかなんとか、そんな、くだらないモノであった。理由であった。
ある日、雨なんて降るはずもない晴れ渡った日に全身びしょ濡れで帰ってきた瀛を見て、初めて妹がいじめられているという事実を知ることになった。スカートから、袖から、裾から、髪から、滴り落ちる水滴と、目から頬を伝う水滴を見たオレは、すぐに学校に殴り込みに向かった。妹はこれ以上の騒ぎは、恥ずかしいからやめて欲しいと、怒るオレを制止したが、世界一可愛い妹がズタズタにされて、ボロボロにされて、ズタボロにされて、黙っている兄貴が、この世のどこにいると言うのだろうか。いるなら会ってみたいものだ。いるなら連れて来いというものだ。
そんなこんなで、あんなどんなで、イジメに気付いていたのに、何もしなかった学校を罵り倒した挙句、校長まで引っ張り出し、イジメていた奴らと、それを黙認していた教師共々、全員、瀛の視界に入らないどこか彼方へと追い払ってやった。厄を払い飛ばしてやった。
それでもそんな報復したところで、そんな仕返しをしたところで、瀛が受けたダメージが消滅することなどあるはずもなく、あるわけがなく、制服を見るだけでも震えてしまう妹に対して、祖父と相談し、登校拒否することを学校に伝え、今は専業主婦になっているというわけである。今に至るというわけである。
そんなわけで、こんなわけで、あんなわけで、どんなわけで、どうやら今日の晩御飯はオムライスと野菜スープのようだ。
「「いただきます」」
兄妹揃って手を合わせ、オムライスを一口。
「うん!今日も美味いな!お前は間違いなく、良いお嫁さんになれるぞー」
オレの言葉に瀛は顔を赤らめた。
「お兄ちゃん、それは大袈裟すぎますよ////」
「大袈裟なものか。それぐらい上手いぞこれは!」
オムライスにがっついた。
紆余曲折あったが、今は元気そうな瀛の顔が見られて、お兄ちゃんは何よりも満足なのだ。
そしてそんなほっこりとした夕食から次の日、5月11日---
リンリンと絶え間なく鳴り続ける、目覚まし時計に起こされ、起床する。自室のカーテンを開けると、今日もいい天気である。しかし、相変わらず学校に行くのは、しんどいものだ。かったるいものだ。面倒くさいものだ。
「じゃあ、行ってくるな」
いつも玄関まで付いてきてくれる可愛い瀛に、そう言って家を出た。家を出発した。家を発進した。
「いってらっしゃいまへ!」
と、瀛もいつものように敬礼して見送ってくれる。
家を出て、しばらく1人で通学路を歩いていると、同じ賀晴の制服を着た生徒たちが、チラホラと、ホラチラと、チラチラと、ホラホラと、姿を見せ始める。これもいつも通り。さらにいつも通りになら、もっといつも通りなら、いつも通りであるというのなら、気怠そうに歩くオレに声をかけてくれる女の子が1人。ここで1人現れる。
「もう同じことを何度も言わせる男は最低なんだよ?知らないの?」
そう華村だ。オレの日常は、何の変哲もなく、このようにいとも容易く、予想できてしまうほどに、ありふれている。ありふれすぎている。ありにふれている。ありがふれている。ふれがありている。
華村と合流した後は、世間話をしてロッカーで上靴に履き替える。昨日となんら変わりはない。変わるところはない。変わり映えしないとも言えるかもれない。
外靴をロッカーに入れ、簀子に上靴を置いた時だった。隣で、それはそれはとても可愛い、可愛らしい、容姿端麗という言葉がよく似合う、容姿端麗という言葉を我が物としたような、歩く容姿端麗といったような黒髪ロングヘアの女子生徒がロッカーから上靴を取り出し、靴を履き替えて、校舎へと入っていったのだった。すれ違いざま、彼女はオレをキッと、ギロっと、睨んだような気もしたが、初対面だし、ただ靴を履き替えていただけで、迷惑行為はしていないと思う。仮に迷惑行為をしていたとしたら、目の前の委員長華村様が注意してくれるはずなのだから、そんな無礼を働いた訳でもなさそうなのである。では、ではでは、なぜ睨まれたのだろうか。
「気のせいか?なぁ華村」
「どうしたの?」
クルッと振り返る華村がとても可愛い。見事なまでに可愛い。可愛いが可愛い。いやいや、そんなことを言っている場合ではない。
「あんな可愛い子、うちの学校にいたっけ?」
「えっと、その質問、昨日もしなかった?」
何気なく、何の気なく、何も意識することなく、何も考えることなく、本当に無意識の中で質問したつもりだったのだが、華村は戸惑うように、戸惑ったように、そう返してきた。そう返答してきた。
「いや、してないと思うけど。それで、あんな子いた?」
「絵凪さんじゃない!友達の名前はちゃんと覚えてあげないとダメだよ?名前覚えられないだけでも人は傷つくんだからっ!」
まさかのここで注意を受けるとは。だが、友達と言われても、初めて見る子の名前を聞いて怒られるものなのかと。さすがに4クラスある学年の友達の名前は覚えていない。覚えているはずもない。覚えているわけがない。
「ごめんごめん。以後、気をつけるよ」
「全くもー!」
しかし、だがしかし、何故なのだろうか、その絵凪のことが気になって仕方がなかったのだ。仕様がなかったのだ。どうしようもなかったのだ。
それにおかしくないだろうか? なぜ隣のロッカーなのにオレは彼女のことを知らないのだろうか。あれほどの可愛い子ならば、あれだけのインパクトがあるのならば、名前は知らずとも顔ぐらいは覚えていてもいいはずだ。それなのにどうして今の今まで、今日の今日まで、彼女の存在自体、オレは知らなかったのだろうか。
これが1年生のゴールデンウィーク明けならまだわかる。慣れていない環境に、まだまわりに気を配れるほどの余裕も何もないからだ。だから、覚えていないという言い訳もできるというものだろう。
しかし、だがしかし、オレは今2年生だ。2年生なのだった。それなのに一度も会ったことがないなんて、そんなことがあるのだろうか。
そんなことを考えれば考えるほど、絵凪のことが頭から離れなくなっていた。
なんだかモヤモヤするまま、昼休みに突入した。
今日も今日とて瀛の手作り弁当を食べながら、のんびりと屋上で考え事をする。考え事にふける。
「オレはなんで絵凪のことを知らないんだ?」
とりあえず、気になって仕方がなかったので、絵凪のことを休み時間の間、観察してみた。オレ独自の観察結果はこうだ。
彼女は誰にでも冷たく、まさに氷の女王であった。なんなら、氷の女王よりも氷の女王であった。氷の女王以上の氷の女王とは何なのか。それはもはや氷の神なのかもしれないのだが。
しかし、だがしかし、でも、それでも彼女の容姿の可愛さは本物であるため、紛れもない本物であるため、完璧なまでの本物であるため、彼女に視線を向ける生徒は多いということだ。それほどの存在感を放っている同級生に気づかないオレではないと、
「思ってたんだけどなー。オレって自分が思ってる以上に、他人に興味がないってことなのか?」
絵凪のことで頭を抱えていると、頭を悩ませていると、屋上の扉がガチャリと開き、噂の絵凪がやってきた。
その姿は、その容姿は、その全ては、やはりいつ見ても可愛い。スカートとニーハイが織りなす、絶対領域も完璧でたまらない。華村みたいにロング靴下で太ももを曝け出しているのも、それはそれでグッジョブなのだが。いやいやいや、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。オレは一体全体何体を考えているのだろうか。
絵凪は鉄格子の段差に腰掛けると、太ももの上で、お手製だと思われる弁当を開け、食べ始めた。食事を始めた。
しばらく彼女に見惚れていると、もとい観察していると。絵凪は箸を置き、声をかけてきた。
「だから、何度も言わせないでくれるかしら。見られていると食べづらいのだけれど」
と、鋭いナイフのような、包丁のような、刀のような、目線を刺し込んでくる。目線で殺されてしまいそうな勢いだ。しかし、だがしかし、向こうから話しかけてもらえたのなら、それはそれで好都合である。これを機に、このチャンスを逃すことなく、気になっていることを尋ねてみることにした。
「オレってさ、君と会うの初めてだよな?」
オレの問いかけに対して彼女は、深くため息をついた。それは深いため息をついた。
「もうその言葉を聞くのも飽きちゃった……」
ん?何か絵凪の様子がおかしい。どこからどう見てもおかしい。どの角度からどう覗き込んでもおかしい。改めて見てもおかしい。やはりおかしい。
午前中の時のような、氷のように凍てつく表情ではなく、その瞳は涙が浮かんでいるように見えた。そう窺えた。氷を解凍してしまったか? そんな冗談を言っている場合でもないだろう。
彼女は涙を制服の袖で拭うと、弁当をしまい、扉へ向かって歩き出した。だが、そんな苦しそうな表情を見せておいて、のこのこ返すオレではない。というか、のこのこ帰してたまるかという。
「ちょっと待ってくれ!」
振り向きざまに、絵凪の腕を掴むと、彼女は全力で振り解いた。
「触らないで!すぐに忘れちゃうくせに、馴れ馴れしくしないで!」
彼女はそのままの勢いで、勢いそのままに、屋上から、いなくなってしまった。
すぐに忘れてしまうとは、一体全体何体どういう意味なのだろうか?そんなことを言われてしまっては、午後の授業も集中したくても、できそうにないではないか。そもそも集中する気がないとは思わないでもらいたい。
「よし、じゃあ、次の問題だ。美崎、解いてみろ。おい、どうした美崎、まさかまたボーッとしてんのか?」
神月先生の授業で、またしても当てられてしまった。
「あ、はい」
先生は何故、オレばかりを当てるのだろうか。ひょっとして先生はオレのことが!?これはまさかまさかの生徒と教師の禁断の……。ののののの!?
そんなことを考えていると、気がつけばオレの頭はアイアンクローされていた。
「禁断の恋ねぇ、美崎くぅん。随分と平和な発想だなぁ美崎くぅん」
アイアンクローの力がドンドン強まっていく。先生の握力がどんどん強化されていく。
「なんで!?何も喋ってないのに……。す、すんません……」
「さっさと席に戻れオラ!」
神月先生とのやり取りは数学の授業の恒例になりつつあり、他の生徒たちも、このやり取りを見て、夫婦漫才が始まったよっという反応を見せるばかりである。
「モテる男は辛いぜ」
頭をさすりながら、席についた。
そしてなんだかんだ、うんたらかんたら、なんたらかんたら放課後となり、絵凪の涙がどうしても忘れられず、忘れることができず、夜も眠れそうにないので、ロッカーで彼女を待ち伏せすることにした。待ち伏せしてみることにした。
すると、現れた彼女はまるでクズを見るような目で、まるでゴミを見るような目で、オレを睨みつけた後で、盛大なスルーをかましたが、すぐさま回り込んで、絵凪に事情を尋ねる。
「さっきの!昼休みに言ってた忘れてしまうってどういう意味なんだ?教えてくれ、君が何を抱えているのかを!」
こうしてオレの、オペレーション絵凪玲が開幕したのだった。いや、このオペレーションは既に始まっていたりするのかもしれないのだが………。
この絵凪玲編にどれくらいの尺を割こうか、まだ検討中だったりします。この章だけで10万文字にいけるか頑張ってみようと思います。
それでは今回も読んでいただきありがとうございました!次回をお楽しみに!!