Part 16
もうすぐ約7万文字、とてもいいペースで書けているなと我ながら、嬉しく思っています。
話を掘り下げるのが下手な私ですが、なんとか絵凪玲編だけで10万字という目標は達成できそうな気がしてきました!
それでは楽しんでいってください!よろしくお願いします!!
5月19日---
目覚まし時計を止め、ベッドから起き上がる。顔を洗いに洗面所に向かう流れの中で、机に置かれていた一冊のノートに目がいく。
「テスト勉強でもしたんだったっけか?」
普段テスト勉強なんてしないのにも関わらず、一冊だけ置かれたノートに不自然さを感じながらも、軽い解釈でノートを鞄にしまう。
それからリビングに向かうと、テレビで天気予報が流れていた。美人でいかにもモテそうな、お天気お姉さんが情報を読み上げる。
「今日の天気は曇りとなっています。しかし、今夜から明日にかけて雨雲が接近しています。まだ梅雨入りというわけではなさそうですが、傘の用意をしておくのがオススメです。以上、今日の天気予報でした」
それを見終えると、テーブルにつき、瀛が用意してくれた朝御飯を食べる。今日の御飯は、焼き鯖とサラダ、納豆、味噌汁、白ごはんであった。実は、焼いた鯖はオレの好物だったりする。好物をゆっくり味わいながら食べていると、いつもより時間が押してしまっていた。
「もうこんな時間か、そろそろ行かないとな。んじゃ、行ってくるな」
「いってらっしゃいまへ!」
家を出ると、昨日よりもさらに雲が濃くなっていることが一目でわかった。これはかなり降るかもしれないなと、思いながら通学路を歩く。
天気とは不思議なもので、晴れたり、曇ったり、雨を降らしたりと、代わる代わるするだけで、人の心や気分にまで影響を与えてくる。何か関係性があるのだろうか?そんなことを黒みがかる空を眺めながら考える。
考え事を終え、それから少し早足で歩いていると、ゆっくりという程、ゆっくりというわけでもないのだが、落ち着いた一定のペースを維持して歩く、黒髪ロングの女子生徒を見かけた。同じ賀晴の制服を身につけているわけだが、彼女のような生徒を初めて見る。何故そう言い切れるか、それは彼女のような美少女であれば、大抵忘れないような脳内構造になっている。男とはそういうものだからだ。
それでも彼女を見ていると、何故だか、赤の他人のように思えない自分がいることに気がつく。話したこともない、それどころか見ることすら初めてのはずであるのに、どうしてこのような感覚に捉われらのだろうか。
結局、学校に到着してもなお、その答えが見つかる事はなく、ロッカーまで来てしまった。黒髪美少女が上靴の入ったロッカーを開ける。そのロッカーをよくよく観察すると、オレの隣のロッカーだった。
隣のロッカー、それが何を意味するかというと、賀晴高校では入学した学年でロッカーの場所が固められる。さらにそこから1年生時のクラスの状態でロッカーは3年間固定される。つまりロッカーは3年間動く事はないのだ。ということは、黒髪美少女は同じ学年であり、1年生の頃から毎日、そのロッカーを使っているということになるわけだ。しかし、それはオレも同じことであり、学校を理由もなくサボる事はしないため、基本的には毎日、彼女の隣のロッカーを使い続けている。それでもこの入学式から2年生の5月まで一度も顔を合わさないなんて、そんなことがあるのだろうか?仮にそれが可能だったとするならば、それは意図的に避けているということしか考えられない。だが、彼女に避けられる覚えなど全くない。何故なら今日初めて会う、というよりも初めてその存在を知ったのだから、避けられるもクソもないのではというのが、オレの意見である。
彼女が靴を履き替え、校内へと入っていく。その後で靴を履き替え、教室に向かう。
とりあえず、学年が同じであるため廊下でも一定の距離を保ちつつも、同じ方向へと歩いていく。階段を上がり、2階に到着すると、そこが2年生の教室だ。黒髪美少女は1組の教室に入っていった。
まさか1組にあれほどまでに可愛い生徒がいたとは、知らなんだである。彼女の後ろ姿を見送りつつ、教室に入ると、黄滝がオレの机にやってきた。
「よっ」
「おはー」
「頭の調子はどうだ?大丈夫か?」
心配そうに黄滝が尋ねてくる。
「それどういう意味だよ?」
「いや、だってお前、最近記憶喪失気味だからさ」
黄滝はやたら無闇に人を馬鹿にしたり、傷つけたりはしない男だが、今の台詞に関しては、チクリと刺さるものがある。無意識、これこそ我々が恐れる最も危険な心理なのかもしれない。
「記憶喪失気味?そうだったっけか?」
「どっからどう見てもそうだろ。絵凪のこと、何回見ても忘れるしよ」
「絵凪……ってなんだっけ?」
「ほら、まただ。お前ホント大丈夫か?」
「記憶喪失ではないと思うんだけど……」
黄滝の勢いに押され、声が小さくなる。
どうやら、黄滝は本気も本気、大真面目に人のことを心配している時の顔をしている。そうなると、オレがおかしいということになるのだろうが、別にオレにおかしなところなどないはずだ。
いや、ひょっするとひょっするのだろうか?
授業中、黄滝の言葉を何度もリピート再生させる。記憶喪失気味、その言葉を信じるのなら、オレの記憶に問題があるということなのか?正確に記憶におかしな点を探る術はないのだが、ここ数日の記憶を振り返ってみれば、何かわかるのかもしれない。
ノートに数日間の出来事を書き出していく。昨日は何をしただろうか。
スープカレーから大変身を遂げたカレーライスを食べ、学校に登校したはずなのだが、登校中の記憶がない。どうやって登校した?車?バス?自転車?何一つ覚えていない。本当に記憶喪失になってしまったのか?決めつけるにはまだ早い。それでは次、学校で何をしていただろうか?
「あれ?何してたっけ?」
何も思い出せない。おかしい、何かがおかしい。だが、何がおかしいのか、全くもってわからない。一体いつから記憶に異常をきたしていたのか、皆目見当もつかない。
「オレはどこまで何を覚えているんだ……?」
1日ずつ振り返っていくと、記憶の彼方此方に断片的な違和感を感じる箇所がある。昨日の昼休み、どこで弁当を食べたのか、放課後は神月先生といたことは覚えていても、どのような会話をしたかは覚えていない。覚えていないというのが正解なのか、そもそも興味がないから覚えておく気すらなかったのか、それはまた別の話であった。
自分から抜け落ちている記憶を、どうにかこうにか思い出せないかと、頭の体操を試みるが、何の反応も起こさない。何か変化があったとするならば、1限目の授業から始まったこの考え事をしているうちに、もう昼休みになっているということだけだ。
屋上に上がり、弁当を食べながらも今朝方からの考え事を続けていく。昨日の弁当のおかずすら思い出せないのだから、これらなかなか重症なのかもしれない。
それならば、一昨日はどうだろうか?一昨日の朝は何していたかを思い出してみる。その日はいつもより早めに学校に登校している、そしてそこで何をしただろうか。神月先生の元へ足を運び、何か話したはずなのだが、これまた会話の内容がこれっぽっちも思い出すことはできない。今回の考え事ではわかったことがある、それはオレが神月先生との会話を、どうでもいいと思っているということだ。正直、自分でも驚いている。ここまで神月先生との会話を覚えていないことに、驚きが隠せない。先生との思い出は授業中に繰り広げられるアイアンクローしかなかった。
「オレ……先生のこと好きだと思ってたのに……勘違いだったのか……」
これには思わず溜息が出てしまう。それと同時に箸で掴んでいたタコさんウインナーが、スルッと箸の拘束を振り切り、ポテっと落下した。た、タコさーん!!
3秒ルールという不慮の事故によって、落下してしまった食べ物を救済する保険があるが、屋上の床は流石に汚れすぎていて、今回は保険適用外であった。
「はぁー、全くどうなってんだよ」
今日はまだ半日しか経っていないが、既に散々である。仕方がないので、ブロッコリーを食べる。ブロッコリーを咀嚼していると、屋上の扉が開いた。
絶望的にテンションの低いオレとブロッコリーが戯れていると、来夢がやってきた。
「こんにちは、来ちゃいました。えへ」
なにその「えへ」、可愛すぎる。というか通常、男が「えへ」なんて言おうものなのなら、反感どころか、殴られるまである、そんな世界において、来夢がやると強制的に、無条件に許せてしまうのは何故だろうか?そんなこと考えるまでもない、可愛いからだ。可愛いは正義とは正にこのことなのかもしれない。
来夢は隣に腰掛け、お膝の上で親父さんお手製の弁当を展開し、食べ始めた。以前にも思ったことだが、強面な親父さんが、いま来夢が手に持っている色とりどりで、可愛らしい、女の子に持たせるような弁当を作っているということが、全く想像できない。脳裏に親父さんのしたり顔がよぎる。よぎるなよぎるな。そしてあの親父さんから来夢が生まれてきたと考えると、遺伝子とは恐ろしいものだと思う。いや、温厚そうな母親の遺伝子かもしれない。かもしれないではなく、間違いなくそうだろう。あんな極めてそうな親父さんの遺伝子から、こんな可愛い男の子が生まれるはずはない。しかし、男の子であるならば、それこそ親父さんのように逞しい遺伝子を受け継いでおきたいところだったのではないだろうか?だが、この辺の話はデリケートな話かもしれないので、迂闊に尋ねることはできないので、この疑問を考えるのは、誰も得をしないので、もうやめにしよう。
「なぁ来夢」
「なんですか?」
「お前昨日の昼御飯、どこで何食べたか覚えてるか?」
「急にどうしたんですか、そんなの言えるに……」
来夢は言葉を詰まらせた。
「あれ?変ですね……。思い出せないです……」
目が泳ぎ、あからさまに困惑しているように思える来夢が口を開く。来夢の様子から察するに、彼にも記憶喪失の症状が見られる。
何故、オレや来夢には記憶におかしな点があるのか、逆に黄滝には何もないのか、その違いはどこにあるのか、その何もかもが謎に包まれていた。
これはシンプルな病気なのだろうか?それとも掣踆ペーシェントと深い関わりがあることなのかもしれない。まだ全ての事象に名前をつけて、断定するには早い気がするため、情報収集を行った方がいいかもしれない。
そうと決まれば、頼りにできる人間は限られてくる。放課後に華村のところを尋ねてみることにする。知識豊富な彼女ならば、何かわかるかもしれないからだ。
いよいよ冒頭20日に物語が食い込もうとしています。ここまでの長いチュートリアルも次回で終わりです!
絵凪玲は果たしてどうなるのか!乞うご期待!!
それでは今回も読んでいただきありがとうございました!次回をお楽しみに!!