Part 11
いよいよ物語が本格始動します。
遅いよ。待ちくたびれて、もう飽きたという言葉も聞こえてきそうですが、すいません。お待たせしました。
楽しんでいってください!よろしくお願いします!!
「なんだこれ?」
誰かの悪戯かとも考えたが、よく見ると、その字はどう考えても、ノート真横にしても逆さにしても、どの角度からどう見ようとも、自分のものとしか思えなかった。しかし、絵凪玲とは一体誰のことなのか、見当もつかない。
メモを読み進めていくと、
『おそらく絵凪玲は掣踆ペーシェントで間違いないだろう。しかし、彼女を助けるためには、いくつかの前提条件を揃える必要がありそうだ。
1.どの程度の範囲の人間が絵凪を記憶できないのか。またその有効的距離感やどこまでの交友関係を築けば、記憶を消されるのか、調べろ』
と、書かれている。
「調べろって何で命令形なんだよ……」
おそらく、自分で書いたのだろうが、その文面に呆れる。しかし、メモはまだ続いており、その先を読む。
『2.上記の前提を揃えるため、ここからは実験を行う。
⑴ 聞き取り調査。とにかく多くの生徒に声をかけ、絵凪玲を知っている人間の数を調べる。
⑵ 絵凪を一度だけ誰かを確認し、その後、何があっても絵凪のことを考えてはならない。この確認段階では、写真でも可。とにかく絵凪が誰かを知った上で、日を持ち越す。次の朝、彼女のことを覚えているかを確認する。ここで重要になるのは、彼女を強く意識してはならないというところにある。
記憶を保持できた場合、実験⑶へと進める。
失敗した場合は、⑵を成功するまで何度も続ける。』
「ホント、こんなのいつ書いたんだよ」
本当は実験⑴を実行に移すのだろうが、とりあえず、メモを一通り読むことにした。
『⑶ 絵凪玲とデートをする』
その文字を見て、我ながら呆れ返って、ノートを閉じた。このノートをいつ書いたのかは知らないが、結局のところこのメモは好きな女の子を口説き落とすための、虎の巻だったというわけか。
こんなことをしている自分がいたことに恥ずかしくなってくる。しかし、ノートに書かれていた『絵凪玲は掣踆ペーシェント』の文字だけが、どうしても気になった。
そしてもし、このノートに書かれていることが、本当のことなのだとしたら、彼女に感じた想いも合点がいく。何故ならこのノートを書いたオレは、過去に彼女を救おうとして失敗したということなのだから……。
「記憶は消えても想いは消えないってことなのかもしれないな……」
だから、オレは未来のオレに全てを託すことにしたのだ。絵凪玲は1日、2日で救えるような病ではない。故に託す。救えるまで託し続ける。過去のオレから今のオレへ、今のオレから未来のオレへ。
『絵凪玲を救うためには、過去のオレ、今を生きる現在のオレ、そして乙女モードの力が必要不可欠である』
「さて、寝るか!」
ベッドにダイブし、朝を迎え入れる準備を整えることにした。
『You can't remember 《me》 -あなたは『私』を記憶できない-』
5月17日---
今日も目覚まし時計が愛のある爆音で、目を覚まさせてくれる。起き上がると、昨日のノートが学習机に投げ出されている。
このノートの通り、今現在、絵凪玲のことをまるっきり覚えていない。このような状態で本当に大丈夫なのだろうかと、不安になる。
「まぁやるだけやってみるか」
気持ちを切り替え、制服に着替える。
今日はいつもより早く、目覚まし時計をセットしていたのだ。そして朝御飯も食べずに、学校へと向かうことにする。制服姿で自室を出ると、
「あれ?お兄ちゃん、今日はいつもより早いですね?」
瀛はまだ朝食を準備している最中だった。
「瀛ごめん、すぐ学校に行かなきゃだから、今日は朝御飯はいいや!」
「え!?そんなんですか!?」
「ホントごめん!急いでるから、もう行くな!行ってきます!」
いつものように「いってらっしゃいまへ!」を貰うことなく、急いで家を出た。
家を出るなり、通学路を全速力で駆け抜ける。今日はついている。信号が運良く、青になってくれたおかげで、脚を止めずに走り抜けることができる。そう思って、横断歩道を突っ切ろうとすると、信号を無視した車がこちらに向けて侵入してきた。
運転席の男も、オレを見て大慌てしている顔が、フロントガラス越しに見えた。しかし、そんな表情まで事細かに見ることができるほど、オレには気持ちの余裕があった。車を紙一重で躱し、そのまま道路を渡り切った。
そして歩みを止めることなく、学校に到着した。
朝のエネルギーとされる朝御飯も食べず、通学路を全力で走ってまで、そうまでして学校にやってきたのは、ある人を訪ねるためであった。
そう、その人の名前は神月刀真先生だ。
「先生、おはようございます」
「おはよう。お前がこんな時間から私に何か用か?まぁ大体予想はつくがな。異変絡みなんだろ?話してみろ」
さすが神月先生、とても感が鋭い。なぜ神月先生に絵凪のことを相談するのか。それは単純にオレや華村を救ってくれた担任だから、というだけではない。神月先生は教師でありながら、掣踆ペーシェントの専門家という一面も併せ持っているのだ。
掣踆ペーシェントの専門家が何をしている人なのか、と聞かれると、実際問題よくわかっていないのだが、先生曰く、あらゆる事例の情報収集や、その事例の解決の手助けをしているということらしい。あくまでも解決ではなく、解決の手助けというのが、大事なところのようで、解決するのは当事者でなければならないという。
以上の理由から、このような明らかに掣踆ペーシェントが絡んでいる案件の場合は、一度神月先生に相談してからの方が、事の解決もスムーズなのである。
言葉で絵凪のことを伝えても良かったのだが、なんせ記憶がないため、何からどう話せばいいのか、言葉選びが大変なので、過去の自分に語ってもらおうと、ノートを神月先生に手渡した。
「これは?」
「うーん、とりあえず、見てください」
神月先生がメモに書かれている文字列を目で追っていくのが、見てわかった。そしてそれと同時に⑶のことを思い出した。⑶だけは見られてはならない!!と思っていたが、もう手遅れで、神月先生はさすが教師というところで、既に目を通し終えていた。
そして何とも表現し辛い表情で、
「ほう、これまた随分と恥ずかしいノートを見せてくれたな?絵凪か。そうかそうか。まぁ絵凪は可愛いしなぁ。お前が劣情を抱くのも仕方のないことか」
「ち、違いますよ!」
「顔が赤いぞ?」
そう言われると、意識していなくても顔が赤くなってしまう。
しかし、そんな状況下でも聞き逃さなかった。先生は今、確かにそう言ったのだ。
「え、先生、絵凪のことわかるんですか!?」
「当然だろ。教師なんだから生徒のことは覚えてるだろうが」
「いや、でも、このノートには絵凪本人が、まわりが自分を忘れているって言っていたって書いてますよね?なんで先生は覚えてるんですか……」
「ああ、そういうことか」
そんな天然をかましている場合ではないと思いながらも、話を続ける。
「先生はこの異変、なんだかわかりますか?」
「そうだな。記憶を消す……か。さしずめ、『忘却クロッパー』と言ったところか」
先生の綺麗な口から、これまた奇妙な言葉が繰り出された。
「忘却クロッパー?」
「そうだ。お前の『乙女モード』や華村の『魔鏡ジェミニ』のように、絵凪の掣踆ペーシェントに名前があるとするなら、それこそが『忘却クロッパー』だ」
なるほど、と言いたいところだが、今聞きたいのはそこではない。その中身に用事があるのだ。
「忘却クロッパーってどんな症状なんですか?」
「名前の通りだ。忘却。忘れてしまうのさ、綺麗さっぱり。絵凪玲が友達だったことも、恋人だったことも、好きだったのかどうかさえも、誰なのかすらも、何もかもな」
「そんなどうしようもない異変をオレは解決できるでしょうか?」
すると、神月先生は机にあったコーヒーを啜ると、一息ついてから、答える。
「さぁな。私のやり方は基本的に力を貸すだけだ。掣踆は青春を生きるものでなければ、解決できないからな。だがまぁ、掣踆ペーシェントは心理、メンタルが大きく影響及ぼして発症するケースが多い、なら、その心を動かす大きな愛があれば、あるいは………。そのノートのようにデートしてみるといいさ、何か起こるかもな」
揶揄うような悪戯な台詞を浴びせてきた。
「それともう一つ」
話が終わったと、振り返り歩き出すオレの背中に話しかける。
「クロッパーの意味は、刈り取る者だ。全てを忘れても、これだけはよーく覚えておけ」
「ありがとうございます」
こうして先生の元を後にした。
神月先生との会話の中で初めてわかったことがある。それは絵凪を覚えておくことのできる人間がいるということだ。これがおそらくノートに書かれていた、⑵の結果ということなのだろう。
メモ書きと先生との会話から考えるに、絵凪を覚えておく方法は、絵凪を強く意識しないことにあるかもしれない。そのため、写真や姿を確認するだけで止める必要があるのだろう。会話をしたり、深く詮索をしてしまうと、彼女の魅力に取り込まれてしまう。それすなわち、彼女を意識するということ。意識した人間は、何らかの形で、記憶の中にいる絵凪玲を刈り取られてしまう。
なんとか、絵凪玲の記憶を保持しなくては……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、華村が対面から歩いてくるのがわかった。
「あれ?美崎くん?」
「おう、華村」
「おはよう。今日は朝、見かけなかったから、どうしたのかと思ったら、もう来てたんだね」
「ちょっと用事があってな」
ここから華村にも実験を仕掛けてみる。
「華村」
「何?」
「絵凪玲って知ってるか?」
⑴の絵凪の情報収集をするのだが、知っている人間を最低でも1人は探す必要があったのだ。何故なら、絵凪玲がどんな姿をした生徒なのか、見当もつかないからである。そのため、知っている人に絵凪玲を教えてもらわなければ、実験を先に進めることができない。どころか、誰を救うのかもわからない状態であるならば、実験云々以前の問題だ。
ここで正解を引いておきたいところだ。しかし、真面目で、真面目の擬人化とまで言われた華村真琴ならば、きっと絵凪玲もすぐにわかることだろう。1発目に、とても素晴らしい人材に会えて、幸運であった。
「ううん。知らないな」
「そっか」
「ここの学校の生徒?アキラって名前だから、男の子?」
「いや、知らないならいいんだ」
まさか華村も知らないとは、いきなり予定外を食らう羽目になった。華村がふざけてそんな冗談を言う奴じゃないことは、よくわかっている。彼女は本当に絵凪のことを知らないのだろう。
待て、華村が覚えていないということは、華村も過去に絵凪を意識したことがあるということなのか?でも、何故?なぜ華村は絵凪を意識したのだろうか?勉強絡みか?2人の間柄に少し謎が深まる。
タイトルの「乙女モード」とは昊の症状のことでしたという、タイトルの伏線を回収する回でした。
それでは今回も読んでいただきありがとうございました!次回をお楽しみに!!




