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ホラーシリーズ

少女の告白

 退屈な終業式が終わった学校の帰り道。今日から待ちに待った夏休みだ。私、桃花ももかは決めた。この夏休みで、みんなが震え上がるような最恐のホラー小説を書き上げる! なぜって? ホラー小説家になることが私の夢だから!

「ちょっと桃花、心の中が声に出てるよ」

 少し後ろを歩く茉莉也まりやが耳打ちした。私の小学校からの親友だ。私は茉莉也の方を振り返る。

「ごめんごめん。でもみんなそんな気にしてないよ? やっぱり、夏休みに浮かれてるんだね」

「そうかなあ」

 分かってる。夏休みといったって、私達中学三年生にとっては大事な高校受験を控えた夏休みだ。浮かれてばかりはいられない。

 だけど私は今ホラー小説を書きたいのだ。九月のホラー小説大賞に応募して、大賞を受賞して、中学生ホラー小説家としてデビューしたいのだ。

「小説家になるなんて、いつ決心したの? 初耳なんですけど」

 茉莉也がぼそぼそと尋ねる。内気な茉莉也はいつもこんな調子で喋る。

「この前茉莉也が貸してくれたホラー小説、あれすごく怖くて面白かった。誰が書いたんだろうって思ったら、なんと、著者は現役高校二年生だよ! うちらと二つしか変わらないんだよ! なんかそう思ったら私も書きたいって思ったんだよ。実は今までも小説を書きたい気持ちはあったんだけど、私には無理って思ってたんだよね。ほら、小説読むのと書くのとじゃやっぱり違うしさ」

「い、今までずっと書きたいと思ってたの、桃花」

 茉莉也は目を丸くした。とっても驚いているようだ。そんなに意外だった? 茉莉也も私と同じで読書が趣味だけど、読むだけじゃなくで小説を書きたいって、思わないのかな。

「で、桃花、題材は何にするの」

「うん。それをこれから探そうと思って。最恐の恐怖、そう、本当の一番の恐怖ってやつを見つけたいんだよね。ほら、寂れた商店街の先に、朽ちた洋館があるじゃない? そこに忍び込もうと思うの」

「最恐の恐怖ってわりにはすごく近場でありきたりだね」

「しょうがないよ、お金もないし。大丈夫、そんな名の知れた心霊スポットとか行かなくても意外と近くに真の恐怖が転がってるって! 茉莉也もつき合ってくれるでしょ?」

 茉莉也はえ、と一瞬躊躇したけれど、結局は承知した。押しに弱いな。そんなところが茉莉也は放っておけない。

「じゃあ、さっそく今日空いてる? 雰囲気を出すために夜決行がいいよね。時間は……」

 とんとん拍子に計画は決まった。というか私が決めた。夜になるのが楽しみだ。


 そして夜九時。私は寂れた商店街の入り口で茉莉也と待ち合わせた。茉莉也は無地のTシャツにジーンズという少し地味な格好だった。控えめな茉莉也らしい。髪型も昔からごく普通のショートカットだし。

「それじゃ行こっか」

 私ははやる気持ちを抑えきれずに商店街を歩き出した。左右に落書きされたシャッターが続く中、去年出来たコンビニだけが煌々と光を放っている。コンビニが出来る前は小さな古本屋で、茉莉也と二人で小学生の頃よく行った。二人であれこれ真剣に目当ての本を探して、楽しかったな。

 と、コンビニの自動ドアが開いて、眼鏡をかけた小柄な女の子が出てきた。その女の子は私達に気が付くと小走りに近寄ってきて嬉しそうに言った。

「あれ? 偶然だね。どうしたのこんな時間に」

「あはは、ちょっとね。あやこそどうしたの」

 同じクラスの文だ。文芸部の部長を務めていて、確かすごく頭がいい。この秀才に洋館潜入がバレたら大変なので私は適当に答えて話を変えた。

「そういえば昨日のドラマ観た? あんな展開ないよね」

「文は塾の帰り? こっちは遊びに行った帰り。それで、コンビニでも寄ろうかなって」

 茉莉也がおかしな話の変え方をするなと言わんばかりに私の発言を遮った。

 その後、文は茉莉也との会話を終えて帰っていった。茉莉也が「おまたせ」と言う。「ごめんね。話し込んじゃって。さ、行こう」

 文と何の話をしていたのだろう。人見知りで口下手な茉莉也が珍しい。私以外の人と、おしゃべりするなんて。

 コンビニの前を通過し、夜遅くまでやっている定食屋、ヘタクソなカラオケが聞こえてくるスナックを通り過ぎるといよいよ洋館までの一本道だ。とにかく、みんなを恐怖のどん底へ突き落すようなホラー小説を書くためには取材が不可欠だ。インターネットで心霊現象とか、いわゆる都市伝説とかすぐに調べられるけれど、百聞は一見に如かず、ってね。やっぱり自分の足で取材しなきゃ。というか、取材ってなんだか格好いい。


 数分でたどり着いた洋館は、闇夜に不気味さを醸し出していた。二階建てで、外壁に絡まった蔦が屋根まで伸びている。一階の窓ガラスは割れていた。そこから覗く内部は当たり前だけど真っ暗だ。

 何年も人が住んでいないんだろう。でも、取り壊すにもお金がかかるから親族の間で揉めてると、学校ではそんな噂だった。

 錆びた門の前で二人で立ち尽くした。

「本当に入るの?」茉莉也が聞く。

「も、もちろんだよ」

 ここまで揺るぎない決心で来たはずの私だったけれど、洋館の正面に立って、やっぱり少し怯んでしまった。不法侵入だもの。

 洋館の正門は閉じられているけれど、脇の柵から入ろうと思えば誰でも入れるような状態だった。だからと言って他人の土地に無断で入るのはやっぱり躊躇われる。逡巡していた私に、

「ねえ、やっぱりやめない?」

 とか細い茉莉也の声。

「やめない! 行くよ!」

 私は反射的に答えてしまっていた。そう、これはお遊びじゃない、取材だ取材。私は自分にそう言い聞かせ、もし誰かに見つかって咎められたら「廃墟マニアです!」って言おうと決心した。

 正面玄関のドアは開かなかったので、ガラスが割れた一階の窓から慎重に中へ入った。埃っぽく、かびくさい。私と茉莉也は用意しておいたマスクと軍手を着けた。さらに茉莉也がリュックからハンドライトをとり出し、足元を照らしてくれた。

 最初に足を踏み入れた部屋は食堂のようだった。広い部屋に長テーブルが置かれ、たくさんの椅子が並べてある。いくつかの椅子はひっくり返っていた。茉莉也が私の後ろからゆっくりと全体を照らす。すると、壁に赤い文字で「俺様参上!」とあった。他にも特に意味のない落書きが四方の壁に無数にある。どうやら自分達だけではなく、すでに何人もの人間がここへ侵入しているようだ。私は少しがっかりした。

「なあんだ。先客がたくさんいたんだね」

「夏休みに肝試しとかに使われてるのかも。それか不良のたまり場? それよりどう、何か小説に使えそうなものあった?」

 茉莉也が聞いてくる。ううん、そう言われても。

「あ、俺様参上! じゃなくてよく見たら俺様惨状! で、床に血みどろの男の死体が転がってるとか」

「一番の恐怖とは程遠いね」

 私のネタを茉莉也はすげなく却下した。茉莉也は結構毒舌だ。

「じゃあ、ただの落書きかと思ったら私達への死のメッセージだったとか。いや、ありきたりか。茉莉也、他の部屋とか二階へ行ってみない? ここにいると明かりが漏れて外から見えちゃうかも」

 勢いで洋館まで来たものの、小説に使えそうなネタはそうそう閃かない。というか暗いので足元に気をつけてもそもそ歩くので精一杯だ。よくある、計画を立てているときはワクワクしているけど、いざ実行に移すとなんか違う、という状態になりつつあった。だけど、ここまで来て引き返せない。中学生デビューの夢のために頑張るんだと私は自分を鼓舞する。

 食堂から奥の応接間に移動するも大きな蜘蛛に驚いて退散し、絨毯の敷いてある廊下を抜け、一度エントランスホールへ戻った。そこからは立派な階段で二階へ上がれるようになっている。階段の脇には大きな姿見が置かれていて、マスクに軍手姿の私と茉莉也を暗がりの中映し出していた。来客を迎えるために二階からエントランスホールに降りてくる際、この鏡で最後の身だしなみチェックをしたのかな、なんて私は考えてしまう。

 そのうちに茉莉也はライト片手に二階へ上がって行ってしまった。慌てて後を追う。茉莉也はホラーものは本でも映画でもゲームでも大丈夫な性格だから、こういう所も平気なはずだけれど、おっちょこちょいだし、要領が良くないから、一人にさせるのは心配だ。まあそこが可愛いんだけど。

 想像していた通り、二階も真っ暗だった。床が抜けたりする心配はなさそうだけれど先客が残していったと思われるゴミが目についた。シェイクのカップ、何かの包み紙、なぜか充電器らしきもの。

「桃花、ドアがいくつか並んでるけどどうする?」

「ドア開けるの、なんか怖いね」

「手前から奥に三番目だけドアが開いてる」

「と、とりあえずそこからにしない?」

 正直私はここにきてびびっていた。茉莉也はどうなのか分からないけど、私の意見に何も言わない所を見ると、怖がりじゃない茉莉也でもさすがに恐怖心をいだいているのだろう。

 ああ、ホラー小説のための取材だっていうのに、これじゃ私駄目じゃないか。でも怖いもんは怖い。

 空いたドアから恐る恐る中を照らすと、そこは書斎のようだった。茉莉也と私は思わず「おお」と声を漏らしてしまう。本好きの私たちにとって、書斎、それは憧れだ。私も茉莉也も自分の書斎などあるわけなく、茉莉也は大きくておしゃれな本棚が欲しいと私にこぼしたことがある。

 並んだ背の高い本棚の隣にやや小さめの、しかししっかりとした木製の机があった。机の上には無造作にノートらしきものが開いて置いてある。私と茉莉也はそれを覗き込んだ。

「死にたくない。あと三か月。うそだ。治らないなんて」

 ライトの光に照らされた中、手書きの文字でそう書かれていた。

「だれも会いにきてくれない。友達なのに。なんで? みんなそっけない」

 私はごくんと唾を飲み込み、茉莉也を見た。茉莉也もこっちを見ていた。二人してそっとその本から離れ、部屋を出た。「で、出直そうか」見てはいけないものを見てしまったような気がして、私は茉莉也にそう言った。二人で無言のまま階段の所へ戻る。

 一番の恐怖って、死ぬことなのかな。私はふとそう思った。もし自分があと三か月の命だって分かったら、とっても怖い。まだやりたいことだってたくさんあるのに、未来が全部なくなってしまう。

 いや、でもそれよりもっと怖いのは、信じていた人に裏切られることじゃないのかな。だれも会いに来てくれない、って書いてあった。あれを書いた人はどんな気持ちで書いたんだろう。

 と、その時、スマートフォンの着信音がした。茉莉也のだった。突然だったので私の心臓は止まりそうだった。

「茉莉也、スマホ、買ってもらえたんだ」

「うん。一緒に文がママに頼んでくれたの。すごく一所懸命に頼んでくれて、ママも渋々」

「文?」

 私の心臓が、今度は跳ね上がった。え? そんなの知らない。なんで文? 茫然とする私の方は見ずに、茉莉也は軍手を外して、スマートフォンを操作している。

「スマホ、誰から?」

「文。明日遊ぼうって」

 茉莉也はそれだけ言うと私を無視してスマートフォンを操作し続けた。スマホの画面を凝視して、今いる場所を忘れ、興奮しているみたいだった。

「あ、あの、茉莉也、明日からの夏休みは私と遊ぶんじゃなかったの?」

 私はこわごわ茉莉也に声をかけた。

「だって今まで私以外の人となんて、なかったよね。あ、分かった、じゃ、文も入れて三人で遊ぶってことだね。それなら」

 言い終わらないうちにものすごい衝撃で、私の体は宙に浮いた。

 あっという間に私は階段の一番下まで落下した。一瞬のことで何が起こったのかすぐに理解出来なかった。全身が痛い。なんとか首を持ち上げると、真っ暗な闇の中、スマートフォンのライトに照らされた茉莉也が階段を降りてきた。

「い、痛いよ茉莉也。たすけて」

 私は茉莉也に懇願した。けれど茉莉也は何も答えず、ゆっくりと私に近づくだけだ。

「どうして。茉莉也、なんで」

 なんで私を突き飛ばしたの?

「私、文と友達になれそうなの」

 茉莉也は仰向けに転がる私を見下ろすように立ち、ようやくそう言った。

「文と一緒の高校入ろうって約束したの。その高校の文芸部に、一緒に入ろうって。嬉しかった」

「そ、その高校に私も一緒に行くよ」

「桃花はダメ。もう一緒にいられない。私、最近桃花に振り回されてばっかりだし。今日だって」

 私は頭を殴られたような衝撃を受けた。茉莉也、私のことそんな風に思ってたの。

「ずっと、しょ、小学生のころからずっと、一緒だったじゃない。ねえ茉莉也、これからだって」

「だからそれが嫌なの」茉莉也はきっぱりと言った。「私は桃花がいなきゃ何もできない存在じゃない」

 茉莉也の言葉が頭に入ってこない。無意識に理解しないようにしている。

「茉莉也、は、話し合おう? 私、悪いところは直すから。ごめん。本当に気が付かなく、て、ごめん。しょ、小説なんかにつき合わせちゃって」

「桃花は小説家になれないよ」

 茉莉也がしゃがんで私の顔を覗き込んだ。マスクを外して、少し悲しそうな顔をしていた。

「教えてあげる。桃花に一番の恐怖を。桃花は私が心の中で作った、架空の友達なんだよ。小学生の頃、両親の仲が悪くて、友達もいなくて、私、寂しくて、桃花をこんな友達いたらいいなって、想像の中で作ったの。桃花って名前は、そのとき読んでいた本の主人公の名前からとったの。なのに、桃花ってば自分の夢を語りだしたりして、だんだん勝手になっていくんだもの。本当にびっくりした。文と友達になるためにはこうするしかなかったの。桃花がいつまでもいたんじゃ、私はちゃんと出来ない。私は本当の人間の友達が欲しいの。文と友達になって普通になりたいの」

 茉莉也は夢見るような顔つきになった。

「だからごめんね、文も入れて三人で遊ぶなんて言うからつい突き飛ばしちゃった。でも痛くないでしょ。もうすぐ桃花は消えるよ。私が桃花を忘れるから。バイバイ、私の……親友」

 親友と言っている割には茉莉也の顔は吹っ切れていた。それを見たくなくて私は顔を背けた。そこには大きな姿見があった。茉莉也しか映っていなかった。

 一番の恐怖。確かにそれは死よりも恐ろしい。自分が存在していなかったなんて。私には初めから、夢も、未来もなかったってことだ。

 でも。

 でもね、茉莉也。私はやっぱり信じていた茉莉也を失うのが怖いよ。一番、怖い。

 ねえ、待って、茉莉也。声が出ない。何も見えない。ねえ、茉莉也、どこにいるの。 

お読みいただきありがとうございました。

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[良い点]  主人公の存在。  まさか初めからないものだったとは……。  意外な結末、まったく予想もできない不思議な話でした。  読み返すと、「少女の告白」というタイトルからして伏線になっていました。…
[良い点] あっっっ、と驚くギミック。ホラージャンルではありますが、ミステリーの意外性も青春ものの切なさも味わえます。 [一言] 久々にしっぽさんのホラーを堪能させていただきました。 快活な女の子によ…
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