せいのなき場所
登場人物
・しげ(田辺成)
現在18歳。児童養護施設で育ち、就活中。
・マル
現在14歳。成に助けられ、養護施設で育ち今は成と住んでいる。片目の視力がない。
・シロ
現在14歳。よく成の家に忍び込むヤンチャ坊主。
・アキ
現在19歳。短大生で就活中。大人しく焦ると言葉が出なくなってしまう。
大雨の夏の日、踏切の音が鳴り響きあたりは暗くなっている。
そんな中一人座り込み、体は震え今にも泣きだしそうなマルがいた。
そこに傘を持ってやってくる成。
傘をマルに傾けると、マルは威嚇するように成をにらみつける。
成は片足をつき、マルの頭上に傘を傾ける。
成 一緒に生きよう。
成はマルに微笑みかけ、抱きしめる。
『 せいのなき場所 』
○成の家(朝)
部屋には使い古された枕と人形。
薄暗い部屋で寝そべるマル。
外の世界は朝を向かえ、カーテンからは一筋の光が差し込んでいる。光はマルへと移動していき、マルは目を覚ます。
部屋に入ってくるスーツ姿の成。マルを見てほほ笑む。
成 おはよう。
成に気が付いていない振りするマル。
成 今日はご機嫌斜めかな?
成はマルの頭に手を置こうとする。
マル やめてよ。
マルは成の手を振り払う。
成 冷たいなー。
マル 朝からなに。
成 照れてるのかな?
マル そんなわけないでしょ!?
成 かわいい~
そっぽを向くマル。時計を成に向かって飛ばす。
時計を拾い、時間を見て焦りだす成。
成 え!?八時!?ちょっ、面接遅れる!やばい!
成は急いでバックに書類を詰め込み駆け足で家を出ていく。
速攻で帰ってくる成。
成 今日は早いから。変に外出るなよ危ないから。行ってき
ます。
成はマルの頭に軽く触れ、玄関へと向かう。
その姿を見つめるマル。
後ろの窓からそっと顔を出すシロ。シロはつまずき派手に転
ぶ。
シロ いって!!!
マル ちょっとシロ!勝手に入ってこないでって言ってるじゃん。
シロ 窓をあけっぱにするアホなお前のご主人様を恨むんだな。
マル そのご主人さまに怒られるよ
シロ あいつなんだかんだ俺のこと好きだから。
マル そんなの聞いたことない。出てってよ。
シロ やだね
マル 家かえりなよ。
シロ お前が言うな
マル は?
シロ ここはしげの家だろ?お前の家じゃない。
言葉のでないマル。
シロ お前はただのお荷物だろ?
マル なにそれ
シロ マルちゃんは成いないと何もできないもんな。
シロはマルの後ろに回り込みマルの頭に触れる
マル そんなことない
シロの手を振り払う
シロ お前がいれば金もかかるし・・・
マル うるさい
シロ しげもよくやるよ。施設を出る時にマルは色々あって里
親見つからないだろうから俺が連れていきます!って、
お前つれってちゃうんだもん。俺も皆も、何より、園長
が一番驚いただろうに。
もう一度マルの頭に触れようとするシロの手をかわすマル
マル ・・・。
シロ あいつ後悔してんじゃねえか?あの時かっこつけすぎたーって。
マル うるさい!
大声で怒鳴るマルにシロは驚く
マル すぐ里親の決まったあんたになにがわかんの?取り残さ
れていくのがどれだけ怖いか。
シロ ・・・いや・・・。俺は冗談で・・・
マル ならその冗談死ぬほど笑えない。
沈黙が二人の間を凍りつける。
マル 早く帰って。家族のいる家に早く帰ってよ!
シロは焦って入ってきた窓から飛び出る。
大きなため息をつくマル。ボロボロになった人形を見て話し
かける。
マル 相変わらずあいつ本当にうるさい、嫌になる。・・・で
も言い過ぎたかな?
いやあのぐらい言ってやらないとね・・・うん。・・・
お荷物か。
寂しそうに人形に笑いかけるマル。
人形を支える手はすこし震えている。
○ バス停(朝)
息を切らしてバス停に向かう成。バスは今にも出発しそう。
成 あ!そのバス待って!俺乗ります!
成はバスを止め、乗り込もうとする。
そこに同じく走り込んできたアキ。
アキ すみません私も乗ります!
アキは急いで走るが転んでしまい、バックの中のものをすべ
て落としてしまう。
唖然とするアキ、パニックになる。
それを見た成はバスを降り、アキの元へと向かう。
成 すみません大丈夫です出発してください!次の乗ります
から。
バスが出発する。
アキ あ、あの。バス。すみません私のせいで。どうしような
んとかしないと。たくタクシー、タクシー代払います。
あ、でも財布・・・。
落ちてるアキの財布を拾い差し出す成。
成 あんたももしかして面接?
アキ え・・?
成 いや、スーツ。
アキ あっ・・・はい。
腕時計を見る成。
成 んー。まぁタクシーでも無理だなこれは
アキ えっ。どうしましょう。えっ、けど電車…いや走って…
アキの言葉を聞いて吹き出す成。
成 走るって。場所どこなんですか
アキ 平井が丘・・。
成 そんなの朝になりますよ。
笑う成を不思議そうに見つめるアキ。
成 あ、これ本気で言ってるやつか。・・・ま、次のバス乗
りましょう。確実に間に合わないけどせっかくここまで
必死に走ったんだし・・
アキ ・・・はい。
疑心暗鬼な目で成を見つめるアキ。
成はアキの免許書を拾う。
成 ・・・中浜さん。
成の言葉に反応せずものを拾っているアキ。不思議そうに見
つめる成。
成 あの。
アキ え?
成 中浜アキさん。
アキ なかは・・・あ、私。はい!?
成 え?
免許書を受け取るアキ。
アキ あ、すいません。中浜、アキです。
成 ・・・どうも。
並んでバスを待つ二人。
成 あの
アキ あの
成 あ、先どうぞ
アキ いやいやいやいや!どっどどどうぞ。
無駄に焦るアキを見て笑う成。
成 なにをそんなに怯えてるんですか
アキ あ、え?いやっ・・・
成 まあいいや。いくつっすか?
アキ は、はは二十歳・・・です。
成 あー。二個上なんすねー。ってことは短大?
アキ あ、・・・はい。そうです。
成を見るアキ。
成 いやいや普通の挨拶ですよ!?深い意味ないですから!
何かを言おうとするが言葉が詰まるアキ。
アキ いや、あの・・助けてもらった・・・から、そのお礼が・・・ななっな、なま・・・
成 ん?な?なま?
アキ なま、え・・・
成 なまえ、あ、名前!?俺の?
頷くアキ
成 田辺成です。
アキ あ、たなべ・・・さん
軽く会釈をするアキ。成は気味悪そうにアキを見つめる。
成 今時なかなか決まらないですよねー。俺もこれで三十社
目ですよ。そのうち半分以上は中卒ってだけで面接すら
してくれないし・・・。ほんと世の中厳しー
よく話す成を不思議そうに見つめるアキ。
成 あ、すみません。話しすぎました・・・。
少し微笑むアキ。
アキ なんか楽しそうですね。
成 あ、普通に話せるんですね
アキ さっきはすみません。パニックになると声がうまく出せ
なくなるんです。そのせいで面接もなかなか…。
成 そうなんすねー。・・・就活ってもっと簡単だと思ってたー。
微笑むアキ。何かを見つける。
アキ あれ?あのバスって・・・
掲示板を見て驚く成。
成 うわっ!ここ時間によって乗り場かわるんだった。やばい!
成はアキの手を取り走り出す。
○成の家(夕方)
寝ているマル。ボロボロの人形を大切そうに抱きしめている。
シロが恐る恐る入ってくる。
マル 何の用?
シロ なんだよ起きてるのかよ。
マル 起きてるけど悪い?
シロ わるかないけどさ
起き上がり外を向くマル。
シロはマルの背中を見つめる。
マル 朝はごめん。
シロ え?
マル 大きい声出しちゃって・・・
シロ いや、俺が無神経なこと言ったから
マル ううん。・・・多分図星だったんだと思う。
シロ 図星?
マル うん。・・・私、成いないと何もできないから。・・・でも・・・。
急に言葉が詰まるマル。
シロ でも?
マル でも・・・。少しぐらい成の役に立てているんじゃない
かってちょっと過信しちゃってた。本当にお荷物なのか
も・・・。危ないからって外には全然出してくれない
し、家事が できるわけでもないし。今まで考えてこなか
ったけど、いや、考えないようにしてきたけど…、シロに
言われて自覚しちゃった。
シロ ・・・なんか・・・ごめん。
マル 謝らないでよ。
シロ ・・・俺、帰るわ。
マル うん。
シロはマルに背を向けるが立ち止る。
シロ なあマル。
マル なに
シロ 一つ質問してもいい?
マル なに
シロ お前もしかしてしげのこと・・・。いや、何でもない。
じゃ。
部屋を後にするシロ。マルは茫然と床を見つめている。
うっすらと聞こえた足音は少しずつ近づく。
玄関を開ける音と共に我に返るマル。
成 ただいまー。マルーー?
玄関の方へ移動するマル。
成が入ってくる。
成 お、なにお出迎え?
マル おかえり
成 機嫌なおっててよかった。
マル あれは朝からべたべたするから
成は荷物を置き、服をおく。
机に置かれたビニール袋をあさるマル。
成 勝手にあさるな
マル これ何?
成 お前が朝機嫌わるかったから買ってきたんだよ
袋の中から缶詰をとりだし、マルに見せる。
成 マルの好きなサバの煮つけ。
マル いつの話してんのよ!
成 お前ちっさい時全然飯食わなかったから大変だったんだ
ぞ?園長も困ってたのに俺が適当に缶詰差し出したらば
かばか食うから笑ったよ。
マル その話何回もきいた。
成はニヤニヤしながらマルを見つめる。
成 ふーーーん。いらないの?
マル いらないとは言ってない。
マルは成の持つビニール袋を叩き落とす。
成 あははははははは。
成は笑いながらマルの頭を撫でて立ち上がる。
成 そういえば今日面白い人にあってさー。たまたまバス停
で会ったんだけど、絵にかいたようなおっちょこちょい
みたいな?自分の名前言われてるのに普通無視する!?
ほんと笑ったわー。
着替え終わった成はマルの背中にもたれかかる。
成 あーーーー。疲れた。多分今日の面接もだめだわー。そ
のおっちょこちょいのせいで遅刻したし。
マル 遅刻したの!?
成 久しぶりにあんなに怒られたわ~。
成はマルを抱きしめる。
成 お前といると癒されるわ~。
マルを抱きしめたまま机に俯せになる成。
マル ・・・成?寝たの?
薄っすらと成の寝息が聞こえる。成の幼い寝顔を見つめるマル。
マル 分かってるるよ。
マルは成の肩にもたれかかり寂しそうに笑う。
○バス停(朝)
キョロキョロしながら歩いてくるアキ。(日替わりアドリ
ブ)
アキ あれ?あってるはずなんだけどな・・。ここ…かな?
迷っていると着信音がなる。携帯を取りだし電話に出る。
アキ もしもし?え?お母さん?どうしたの急に。いや元気だ
けど・・・。ちょっと今面接向かってて急いでるんだけ
ど。なに?もったいぶらずに早くして時間ないか
ら! ・・・え?
動きが止まるアキ。
アキ 今なんて言った・・・?冗談でしょ?何回目よ!それも
まだ半年も経ってないじゃない。・・・ちょっと、今回
はさすがに賛成できないよ。
成がバス停へやってきて、アキを見つける。
アキ 厳しいよ。私もう二十歳だし、就活もあるから大変なん
だって・・・聞いてる?ちょっと!?・・・・嘘でしょ?
電話が切れ、大きなため息をつくアキ。
恐る恐るアキに近づく成。
アキ あっ。・・・
成 どうも。
アキを不思議そうに見つめる成。
アキ すみません・・・。朝からうるさくしちゃって・・・。
成 それは全然いいんですけど。なにをそんなに怒っているんです?
アキ 怒ってなんかいません。
成 ・・・そうっすか。じゃ。
その場を離れる成。アキは茫然と立ち尽くしている。
アキは成と反対方向に向かう。
○面接室①
椅子が二つ離されて置いてある。扉を叩く音がなり、成が
入ってくる。
成 失礼します。
面接官 (お座りください。)
成 ありがとうございます。失礼します。
席に座る成。成は口パクアドリブ。
扉を叩く音がなり、アキが入ってくる。
アキ しっ、失礼します。
面接官 (お座りください)
アキ あ、あ、はい。あああありがとうございます。
アキ口パクアドリブ
面接官 (まずは自己紹介をしてください。
成 はい。田辺成18です。高校には・・・通っていませ
ん。趣味は絵を描くことで、特技は、特にありません。
面接官 (なぜ高校に通わなかったんですか?)
成 え?通わなかったというか・・・通えませんでした。履
歴書にも書いてある通り、貧しい施設で育ったので
面接官 (中卒な~。別に差別してるわけじゃないんだけどね
~。)
成 あ、・・・やっぱそうですよね。なかなか中卒は・・・
必死に笑顔を作り下を向く。
面接官 (まずは自己紹介をしてください。)
アキ あ、はい。中浜、、、アキ、、です。あと少しで二十歳
になります。特技は料理です。好きな事は・・・・特に
ありません。
面接官 (今は実家暮らし?)
アキ あ、いえ、今はこっちに一人で住んでいます。
面接官 (ご兄弟は?)
アキ いません。私と母と・・・・父の3人家族です。
必死に笑顔を作り下を向くアキ
二人は立ち上がり面接が終わる。
○公園(夕方)
公園のベンチに一人座り込む成。片手には缶ビール。
物思いに更け、遠くを眺めている。そこを通りかかるアキ。
アキ あっ・・・。
アキの言葉に気付く成、軽く手を挙げる。
アキは缶ビールに気付き、取り上げる。
アキ ちょっと!
成 ノンアルコールだし。
アキ だとしても、未成年が公園でお酒なんて飲んでたら内定
取り消されますよ!?
成 一個も内定もらってないので。かえしてもらえます?。
成はアキから無理やり缶ビールを取り返そうとする。
アキ のの、、の飲みたい気分だったんです。
アキは缶を押し付け、近くのベンチに座る。暫く流れる沈黙
アキ あ、ああああの。ハタネズミって知ってますか?
アキはそれに対抗し、成を突き飛ばして残りのビールを一気
飲みする。
成 ちょっと、おい!
アキは飲み干した缶を成に突き出す。
成 ゴミは俺かよ・・・。
気まづい空気が流れ、アキが無理やり話題をふる
アキ ハ、ハタネズミ!って、知ってますか?
成 ハタネズミ?
アキ はい!日本に古くからいるネズミの一種で一年しか寿命
はないけど、生涯たった一匹の相手としか関係を持たない
んです。
今までとはうってかわって饒舌に話すアキ
成 なに?まさかの下ネタ?
アキ 違います!哺乳類のなかで一夫一妻制って全体の5%し
かいないんです。そう考えるとすごくないですか!?
成 日本人も一夫一妻制じゃん。
アキ 私たちは違いますよ。あんなの上辺だけで。他の動物が
どうかは知らないですけど、私たちには感情っていうめ
んどくさいものがあって、生涯一人だけを愛すわけじゃ
ないですから
成 確かに今時不倫って多いもんな~。
アキ 私、不倫って別に悪くないと思うんです。いいのもかっ
て言われるとそれは何とも言えないですけど、お互いが好
きになってしまったのならしょうがないし、人間としてそ
の感情が芽生えるのは当たり前だと思います。
成 お、まさかの不倫肯定派ですか?
アキ でも私たちには理性がありますから。感情で、本能で動
くのは勝手ですけど、理性できちんと止めてくれないと
近くにいる私たちにしわ寄せがくる・・・。
何か思い詰めている様子のアキ。
アキ すみません。私帰ります。
アキは公園を去り、しげは一瞬迷ったが反射的に追いかけて
しまう。
アキが元々いた公園へ戻って来る。あたりを見渡し大きくた
め息をついてベンチに座る。後ろから少し怒った様子ではい
行ってくる成。
成 なんかあった?ってきいてほしいなら聞いてあげるけど
アキ え?
成 結局戻って来るのかよ
アキ ななな、なんで!?
成 いかにも私可哀想なんですみたいな顔して出ていくから
追いかけてやったんだよ。
アキ そんな顔してないです・・・
成 で何?
アキ ・・・。
成 あんたの理論でいうと、今私はすべてを吐き出したい楽
になりたい!って感情はあるけど、それをあんたの中の理
性が止めてんだろ?
アキ ・・・。
成 所詮俺たち動物なんだし、たまには感情だけで動いてみ
てもいいんじゃない?
アキ ・・・。
成 ほらいってみ
アキは成の方に向きを変え、アキは大きい声をだす。
アキ 聞いてほしいです。私の話を聞いてほしい。そのうえで
私が可哀想だと慰めてほしいです!!
アキのこれまでと違う姿に唖然とする成
成 あはははははははは!!最後の以外承った。
笑う成とアキはおもむろに立ち上がる。
アキ 安藤アキ、黒木アキ、村上アキ、間宮アキ、門松アキ、満
島アキ、・・・そして中浜アキ。 全部私の名前です。
不思議そうに見つめる成。
アキ やっぱそうなりますよね。答えは単純で、・・母親が底
知れぬ尻軽女というか。最初は名前が変わることに抵抗
ありましたけど、四人目ぐらいからなれちゃいました。
男が変わるたび苗字も変わって住む場所も変って、そん
なんで友達ができるわけもありませんし、覚えてくれて
いてもそれは一つ前の私。今の私を知っている人なんて
いない。
成 もしかして朝の電話って・・・
アキ そうです。まさかの八個目の苗字を報告されました。
成 けど未成年じゃないんだからそのままでも大丈夫だろ
アキ それが~。すこし背伸びをしてしまいました。
成 は?
アキ 実はまだ19です。来月二十歳になります。
成 ふーん。!?
成は持っている缶ビールを見てアキを見る。
アキ まぁ、あと1か月だから多めにみてください。
成 お前も同罪だな。
アキ 18と一緒にしないでください。
成 変わらないよ。友達も大変だよな。コロコロ名前変わら
れちゃさ。あ、けど下変わらないから関係ないか。
アキ いや・・・私こんなんのなで、したの名前で呼び合うほ
どなかのいい友達っていうのは・・・。「君」とか「あ
の」とかが私の名前みたいなものです。
笑っている成。
成 まあ、俺は親ってのをまず知らないから何も言えないけ
ど。アキさんはアキさんなんだ
し苗字が変わろうとアキさんなんだからアキさんはアキ
さんでいいんじゃね?・・ってなんかややこしいな。
成の言葉に笑うアキ。
アキ 確かにそうかもしれません・・。
沈黙が流れる。
アキ ・・・田辺成・・・成ってどういう字ですか?
成 おれ?
アキ はい
成 成功のせい。
アキ へー。成功のせい・・・たなべせいのほうが短いのに
成 そんなこと言われても
アキ 珍しいですね、何や由来あるんですか?
成 俺4歳の時に施設に預けられたらしいんだけど、その時
に母親から渡された紙に成功のせいって文字だけ書かれ
てて。園長古い人だからしげるってよんだらしい
アキ そうなんですね・・。ならもしかしたら本当はたなべせ
いなのかも
成 かもね
アキ しげるよりせいのほうがかわいいですね
成 やめろよ
ほほえましく笑う二人。もう辺りは暗くなっていた。帰りの遅
い成を心配してマルはもう一度公園まで迎えに来ていた。なぜ
かついてきたシロ。
マル なんであんたついて来てるの。
シロ いいじゃん別に
マル 迎えに行くだけって言ってるじゃん
シロ あの心配性のしげがこの時間まで帰って来ないなん
て・・・。匂うな
マル なによそれ。
シロ 女だ!絶対女だ!
騒ぐシロ越しに公園にいる成を見つけたマル。
マル あ、しげっ・・・・
マルはアキがいることに気が付くシロも振り返り成に気が付
く。
シロ おー。しげrっ
マルはシロの口をふさぐ。
シロ なにすんだよ!
マル ・・・。
シロ え・・・?誰かいるじゃん。ほら!やっぱ女だったよ!
マルはそのまま帰ろうとする。
シロ おい迎えに来たのに置いてくのかよ
シロを無視していってしまうマル。それについていくシロ。
○路上(夜)
早歩きで進むマル。追いついたシロはマルを引き止める。
シロ おいマル!どうしたんだよ。
マル 別に?ただしげ近くにいたから・・・家に帰るだけ。
シロの手を振りほどくマル。
マル シロも家に帰りなよ。予想的中すごいね、ばいばい。
歩き出すマル。
シロ なあマル!お前やっぱ成のこと・・
マル それ以上!・・・それ以上言ったらシロでも許さない。
マルのかたを強く掴むシロ
シロ マル!!それはいくら何でも駄目だ。・・・無理だよ。
マル だから何も言ってないじゃん。まあ、声に出したところ
で到底届かないけど。
シロ ・・・。
マルは去っていく。その姿を見て考えこむシロ。
シロも帰路につく。
○成の家(夜)
鍵を開け、中に入る成。マルを探している。
成 マルー。いないの?おいマルー?
物をかたずけながら部屋のセットにする。雨の音が鳴り始め
る。
成 また勝手に出かけたのかよあいつ。
成は玄関に向かう。扉を開けると目の前には少し濡れたマ
ル。
成 うわっ。びっくりしたー。どこ行ってたんだよ心配した
んだぞ
マル ごめん
成 早く入りな
中に入る二人。マルは机の前に座る。
成はタオルをマルにかけ拭き始める。
マル え!?
成 お前ちょっと濡れてんじゃん
マル このぐらいほっとけば乾くよ!
マルの抵抗を力でおさえ髪を拭いてあげる成。
成 あー。なんか昔思い出すなー。お前が風呂入ると毎回俺が乾かす係だったんだよ。他の奴がやるとお前噛みつくから
マル そんなことしてない!
成 本当に妹みたいだなお前は。
成の言葉が突き刺さる。対照的に成は笑っている。
マル ・・・そうだね。
成 どう考えても血つながってないけどな。
笑いながら乾かす成。
成 よしっ!できた。はい可愛い。
マル ありがと。
成 あれ?お前なんか太った?
マル は?!
成 前より丸くなった気がするぞ・・・食べすぎか?
マル うるさい!
マルは成を引き離しすねる。成は笑っている。
成 まあそうすねるなよ。名前と一緒でどんどん丸くなる
ぞ?
マル 名前つけたの成でしょ!? 小さいときから少しマルか
ったからって。
成は笑いながらキッチンへと消える。人形に話しかけるマ
ル。
マル 妹だってさ。よくあるやつじゃん。それ以上は求まない
よ、それ以上は・・・求めない。
成 マルーーーーこっちおいでーーー!!
成の声に笑いかけるマル。
マル はーい!
マルもキッチンへと向かう。
○公園(朝)
成と話していた公園にやってくるアキ。
ベンチに座り、成のいた方向を見つめる。
そこをたまたま通りかかるシロ。アキの存在に気付く。
アキは成の座っていたベンチに近づくアキ。その顔はとても
優しく微笑んでいる。その様子を眺めるシロ。
アキは時間を確かめ、そそくさと公園を後にする。
シロ おいおいマジかよ・・・。
シロの後ろに現れるマル
マル 何がマジなのよ。
シロ うわぁ!びっくりしたぁ!
マル こっちのセリフ
シロ 急に現れるなよ
マル どこに現れようが私の勝手でしょ?
公園に入っていくマル。
シロ お前も・・・見てた?
マル 何の話?
シロ あ、・・・何でもない。
アキの真似をするようにベンチを見つめるマル。
シロ お前見てたじゃん!!
マル 見てたって言い方やめてよ。たまたま通ったら視界に入
ったの。
マルはアキの座っていたベンチに座り、シロは成の座ってい
たベンチに座る。
シロ あの女。昨日シゲといた女だったよなー。
マル そうだね。
シロ ここに何しに来たんだろ。
マル ・・・ベンチの観察でもしに来たんじゃない?
マルの嫌味を鼻で笑うシロ。晴れやかな風が二人の間に吹き
抜ける。
シロ あれは・・・・あれだよなー。
マル あれはー、あれだねー。
シロ どう見てもあれだよなー。
マル どう見てもあれだねー。
目を見合わせ、吹き出すシロとマル。
シロ お前はいいの?
マル なにが
シロ いやー。あれがあれな訳じゃん?お前もあれにあれ・・・
マル それ言ったら許さないって言ったよね?
シロ ・・俺はあれしか言ってない。
マル ・・・確かに。
それぞれ笑うシロとマル。どこか清々しい顔をしている。
マル あれがあれでも・・・私は何も言わないよ。言っても伝
わらないし。
シロ いやわからないじゃん
マル シロも前言ってたでしょ?私は私の立場をきちんと理解
してる。
シロ ・・・そっか。それならいいや。
マル うん。
シロ いつかこの声が届く日が来るのかね~。
シロは立ち上がり公園を出る。後姿を見つめて笑うマル
マル ・・・来ないよ・・・絶対にこない。
マルも立ち上がり、シロとは反対方向に去っていく。
○バス停(朝)
バス停に一人待っているアキ。少し微笑み、あたりを見渡
している。
するとやってきた成を見つける。
アキ あっ・・・。
成 あ・・・。
会釈をしてアキの横に並ぶ成。携帯をいじっている。
アキ お、おおお、おは、よう。・・・ございます。
成 遅っ。おはようございます。
話を続けようとするがうまくいかないアキ。
成 そういえば。内定でました?
アキ ・・・いえ。相変わらず。
成 アキもか。
呼び捨てで呼ばれ戸惑うアキ。それを不思議そうに見つめる
成。
成 あれ?アキで合ってるよね?
アキ そ、そそそうです。・・・けど。
成 いや、上の名前より、下のほうがいいと思ったんだけど・・・苗字のほうがいい?
首を横に激しく振るアキ。
成 あーあれだ。俺たちの間で苗字はなしにしよう。うんそ
れがいい。
アキ ・・・・・はい。
バスに乗り面接会場へ向かう。
○面接室②
中心には椅子が置いてある。
ノックの音が鳴り、アキが入ってくる。
アキ 失礼します。
面接官 (どうぞお座りください。)
アキ 失礼します。
アキは椅子に座る。
面接官 (それでは軽く自己紹介をしてください)
アキ はい。中浜アキ、もうすぐ二十歳になりま
す。・・・・。
言葉に詰まるアキ。荒くなる息を整えて言葉を出す。
アキ 私はこれまで、七つの名前を経験してきました。今まで
は苗字で呼ばれるのが嫌で、それがコンプレックスにな
っていました。でも、ある人が言ってくれたんです。私
は私なんだからアキはアキのままでいい。って。一見当
たり前のことをややこしく言っているだけに聞こえます
けど、そんな当たり前のことを、今まで私に言ってくれ
る人がいませんでした。・・・あっ、つまり、なにが言
いたいかといいますと、私は何があっても変わらない自
分のアキという名前に誇りを持っています。私は私のま
まで、私らしく社会にもまれながらも頑張っていきたいと
思います。よろしくお願いします。
以前とは打って変わって自信に満ち溢れているアキ。その笑
顔は眩しく輝いている。
面接官 (いい考えをお持ちですね。よろしければ、一緒に頑張りましょう)
アキ はい!ありがとうございます!
○公園(夜)
前に成といた公園に一人立っているアキ、誰かに電話を掛け
ようとしている。
アキ もしもし・・・?お母さん?うん、アキ。この前はごめ
んね、ちょっと急いでて・・・。・・・ん?元気だよ。
今日は報告があるの。実は今日、内定がもらえました。
うん!そう!前に言ってた不動産のところ。うん・・・
よかった。あ、それでね?前に話してた件だけ
ど、・・・いいよ。お母さんのしたいようにしな。で
も!さすがにこれで最後にしてよね!来年からは未成年
じゃないからつきあわないよ。うん。大丈夫。私は私だ
から。・・なんでもない。じゃあね。
電話を切るアキ。するとそこには成が立っている。
成 解決したみたいじゃん。
アキ おかげさまで。・・・来月には神岡アキです。
成 それはよかった。
ベンチに座り込む成。
成 内定おめでとう
アキ そこまで聞いてたんですか?
成 声でかいから聞こえたんだよ。
成の言葉に焦るアキ。その姿を見て笑う成。
成は缶コーヒーを差し出す。
成 ろくなものないけど。
アキ ありがとうございます。・・・お酒じゃないんですね。
成 未成年が公園なんかで酒のんでたら内定取り消されるよ!?
聞き覚えのあるセリフに笑いあう二人。
アキ そっちは順調ですか?
成 順調だったらこんなとここないわ
アキ 内定決まっても来てる人いるんですけど。
成 友達いないからだろ
アキ ・・・正解です。
寒い気温とは裏腹に暖かい雰囲気が流れる。
成 今日なんてボロクソいわれたわ。今時高校行かずにどう
やって生きてきたんだ。
親もいない、家族もいない、学歴もない。そんな君の何
を信用して仕事を任せればいいんだ?ってひどい言われ
ようだよ。
アキ そんなこと言う人いるんですか?
成 俺もここまで真正面から言われたのはさすがに初めてだ
わ。
苦しそうに笑う成。
アキ 大丈夫ですか?
成 え?俺??
アキ ・・・辛かったり、しないですか?
成 まったくないね。イラっともこない。
アキ それってすごいことじゃないですか?とっても寛容って
ことですよね
成 違うよ。はたから見たらそう見えるかもしれないけど
・・・全部諦めているんだよ。ま、俺だもんなって。
深刻な顔をして成を見つめるアキ
成 そんな顔でみるなよ。
アキ あ、ごめんなさい。
成 親いないとか、学歴ないとか馬鹿にされること山ほどあ
ったけど、全部事実だし反論の余地がねぇんだよ。あ
ー、そっか。そうだよなって。悔しいとも思わないきっ
とどっかで頭のネジ取れたんだろうな。
アキはハンカチを差し出す。
成 いや、泣かねえよ!!
アキ あ、え、すすすみません。
成 俺物心ついてから一回も泣いてないんじゃないかな?
アキ 一回も!?
成 うん。別に人に言うことじゃないから誰にも言ったこと
ないけど、涙が溢れるっていう感覚が俺にはわからない。
悲しいと思うことはもちろんあるけど、・・・泣くっての
は・・わからん。
アキ そうなんですね・・・
成 うん
アキ なら、せいさんが泣いたときはよっぽどのことがあった
ってことですね?
成 絶対ないけどな
アキ わからいですよ?私が明日死んでしまうかもしれません
し、
成 それぐらいじゃ泣かないよ
アキ それぐらいってひどい
成 少しぐらいは悲しんでやるよ
アキ それはそれはありがとうございます。
成 っていうか、せいじゃねえ
目を見合わせ笑いあう二人。成が立ちあがる。
成 俺そろそろ行くわ。じゃ。
アキ あ、まって!
成を引き止めるアキ
アキ あっ、ごめんなさい。・・・。あの、私もう朝いかないから・・・
携帯を握っているアキ。
成 あ、そっか、連絡先。
携帯を取り出し連絡先を交換する。
成 じゃ、
アキ 頑張って・・・ ください。
家へと帰る成。携帯を握りしめ、喜びを噛みしめるアキ。
アキは少し楽しそうに公園を後にする。その様子をたまたま
見かけるマル。
向こうからシロが来ていたが気付かない
シロ おーーーーマル!
シロを無視して通っていくマル
シロ なんなんだよ
暗転
○成の家の下(夜)
マル たまに嫌な夢を見る。成がだんだん家に帰って来なくな
って。そのまま私の存在すら忘れてしまう。 妹でい
い。家族でいい。もうなんでもいいから。
お願い忘れないで・・・
成 マル?マル!
明転
体育座りで蹲っているマル。心配そうに駆け寄る成。
成 お前こんな家の前で何してんだよ
マル 夢・・・?
成 大丈夫か?
とても悲しそうなマル。成の胸に飛び込む
成 どうした?
マル 何でもない。
成から離れるマル。成の携帯が震える。
成 ごめん。
電話に出る成。家に向おうとするマル。
成 もしもし?はい。あ、園長!?お久しぶりです。
園長という言葉に反応し止まるマル。
成 あ、はい。元気ですよ。もちろんマルも。・・・それが
なかなかうまくいかなくて・・・。貯金切り崩して何と
かやりくりしてます。
マルは園長と話す成を見つめている。
成 まー。正直しんどいですね。マルの分もかかるんで。あ
ははははは。確かにあの時おれカッコつけてましたから
ねーー。マルもつれてくって。自分だけならまだなんと
かなるんですけど・・・。連れてきた以上マルに変なの
も食わすわけにもいかなくて・・・。大変です。
成の言葉がマルの心を切り裂く。マルは家とは反対方向に走
り出す。
成は逃げ出したマルに気が付かない。
成 でも後悔はしてません。あいつがいるから俺は頑張れる
ので。大切な家族です。はい。ありがとうございますも
う少し頑張ってみます。はい、失礼します。
電話を切る成。振り返るとそこにマルの姿はない。
成 マル?・・・マル?
マルを探しにいく成。
暗転
駆け込んでくる成。
成 どこいったんだよ・・。
あたりを探す成。その姿をたまたま見かけるシロ。
シロ シゲ? シゲどうしたんだよ。
成 マル!
シロの言葉を無視して走り去る成。
シロ おいおい何事だよ。
軽く考えていたが、マルのことが心配になるシロ。
シロ マル・・・・?
シロは成と反対方向に走り出す。
○踏切前(朝)
踏切の音が鳴り響く。晴れやかな朝とは似つかない様子のマ
ルが立っている。
そこにやって来るシロ。
シロ 朝から物騒だぞバカマル。
マルはゆっくりと振り返り少し笑う。
笑ったマルを見て心配になるシロ。
マル なんであんたが来るのさ。
シロ わるかったなシゲじゃなくて。
マル ほんと
シロ おい!
少し俯き寂しそうに笑うマル
シロ 昨日シゲが焦って探し回ってたのみかけてさ。今日も探
しているんじゃない?
マル そっか。
電車の音が鳴り響く。騒音のなか佇むシロとマル。
マル よくわかったね。ここ。
シロ そりゃ何年の仲だと思ってんだ。
マル そっか。
マルは大きく深呼吸をする。
マル 私が生まれた場所。
シロ うん。
マル 成と出会った場所。
シロ ・・・うん。
マル あれからもう10年だよ。
シロ はやいな。
マル うん。
マルを優しく見守るシロ
マル 聞かないの?
シロ なにを
マル 逃げ出した理由。
シロ 分かり切ったこと聞かないよ
シロの言葉をきいて笑ってしまうマル。
マルの笑い声は次第に泣き声へと変わっていく。
マル 現実見ちゃったよね。・・・耐えられる自信あったんだ
けどな。いっそのこときっぱり終わることができればい
いのにね。
シロ それができないのが俺たちの宿命だよ
マル だよね
シロ だから駄目だって言ったのに。
マル ・・・遅いよ。
座り込んで涙を流すマル。
マルを引き寄せようと手を伸ばすが、思いとどまるシロ。
シロ ごめん。・・・ごめん。
マル ねえシロ。
シロ なに
マル 終わらせてもいいかな?
シロ ・・・。
マル 終わらせる選択肢を選ぶことは駄目なことかな。
シロ ・・・俺たち14だぜ?もう好きなように生きていいだ
ろ。
マル そうだね。・・・もう14だもんね。
シロ おう。
泣き疲れてシロにもたれ掛かり、寝てしまうマル。
シロはそっとマルを寝かせ立ち上がる。どこか覚悟の決まっ
た様子。
シロ ・・・じゃあなバカマル。
○公園(昼)
ベンチに座り大きなため息をつく成。服装は乱れ汚れてい
る。息は荒く動機が乱れている。
公園に現れるシロ。成はシロに気がつく。
成 ・・・シロ?
シロは強く成を睨みつけている。
成 シロ。・・・マルしらないか?昨日の夜からいなくなっ
ちまってさ・・・
シロ どこ探してんだよ。
成 1日探したんだけどみつかんなくてさ・・・。
シロ 見つけてやれよ!
怒鳴るシロ
成 シロ・・・?
シロ なんで伝わんねぇんだよ
声が震えるシロ。
シロは成を案内するように走り出す。
成 シロ!?
成はシロについて走り出す。シロを追いかけ進んで行く成。
周りの景色に見覚えがあり気付く成。日はどんどん沈んでい
く。
成 ここって・・・
○踏切(夕方)
駆け込んでくるがもうシロの姿はない。
成 この踏切・・・
成の携帯が鳴る。かけてきた相手はアキ。
成は携帯を取り出電話に出る。
成 もしもし
アキ もしもし。
成 どうした
アキ いや、元気ですか?
成 昨日会ったじゃん
アキ そうなんですけど・・なんとなく嫌な予感がして・・・
成 その予感当たったかも・・・
アキ え?
成 いや、なんでもない・・・
電話をしていると踏切の前に現れたマル。
成 マル・・・?
成の問いに笑顔を返すマル。
成 おいマル!危ないからこっちおいで
アキ え?どうしたんですか?
成の言葉を無視するマル。
成 マル?
マルは笑いながら涙を浮かべている。
すると踏切の音が鳴り響く。
成 おい!本当に危ないからこっちこい!
アキ 踏切!?大丈夫ですか!?
声を荒げる成。
マルは笑ったまま線路へと飛び出す。
そこにやって来る列車。
成 マルーーーーーーー
赤い照明に照らされる成。
成は言葉を失い、呼吸が乱れていく。
徐々に雨の音が鳴る。
アキ せせ、せ、せいさん?どこにいるんですか!?電話に出
てください大丈夫なんですか!?
ゆっくりと携帯を耳元へもっていく成。
手は震え、雨に打たれている。
アキ ・・・せいさん?
成 せいさんじゃねぇ
成の声は震えている。
アキ 泣いているんですか・・・?
アキの問いに息が詰まり声が出ない成。
成 し・・・し、し死んだ。
アキ え?死んだ!?誰がですか!?
成 ずっと一緒だった・・・。ずっと一緒に生きてき
た・・・
アキ え・・・?
雨の音は次第に強くなる(4秒後C.O)
成 飼ってた猫が死んだ。
M(悲しみだけで生きないで) IN
間奏後F・О
蹲る成の前に傘を持って現れるマル。
成 マル・・・?
マル 初めてじゃん私の前で泣いたの。(口パク)
成 え?
マル ・・・ほらまたそんな顔する。いつも私が声をあげると
優しく微笑む。だけどそれが辛かった。本当に届いてな
いんだって。どれだけ言葉にしても鳴いたとしても、私
の思いが成に届くことはないんだって。(口パク)
成 おい、なんて言ってるんだよ。聞こえないよ、ちゃんと
言ってくれよ!
マルは傘を差し成の元へと歩き、傘を傾ける
マル 一緒に生きよう。
暗転 M(悲しみだけで生きないでAメロ) 歌IN
15秒後明転
光がつくとそこにもうマルはいない。座りこむ成に傘を差
し出しているアキ。
成は自分の見ていた幻想から現実に戻り、マルが死んだとい
う事実だけが彼の中に残る。戸惑うアキは成をゆっくり抱きし
める。
暗転
前を向き歩き出すふたりの傍には、一本の傘が落ちていた
《終わり》