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とある死霊魔術師の死後  作者: シュガームーン
1章『勇者パーティーと死霊魔術師』
9/23

9話「議論の果てに」

 適応しなければ。適応しなければ。

 生きる上で最も大切なのは適応することなのです。

 いつでも周りに合わせるのです。

 そう、同化するごとく。

 そう、同化。

 つまりは、適応なのです。

 赤いなら赤いになりましょう。

 青いなら青いになりましょう。

 緑なら緑になりましょう。

 ……え?

 ……そうですね。

 緑は赤や青より確かに身近でしたね。

 失敬、しっけい。

 もっと例をあげるなら。

 水なら水に。

 火なら火に。

 土なら土になりましょう。

 ……そうですね。

 そう、なりきること。

 なりきることは大切です。

 死体があるなら死んだふりをしましょう。

 そうすれば誰も気づかないでしょう。

 周りに溶け込むことこそ大切なのです。

 生きること。

 それすなわち。

 活きること。

 分かりましたか?

 みなさん(・・・・)

 生きることとは適応することなのです。

 ですから、しましょう。

 適応しましょう。

 適応しましょう。

 適応しましょう。

 飲まれてしまいましょう。

 呑まれてしまいましょう。

 混ざって交ざってぐちゃぐちゃになって。

 抵抗なんてしないで。

 それが楽。

 一部になるのです。

 さあ、適応しましょうよ。




 だめだだめだだめだだめだだめだだめだ。

 適応?適応だって?

 適応?適応?適応?適応?適応?適応?

 適応?てきおう?テキオウ?

 それが一体なんになるんだ。

 適応?ああ、いいさ。隠れることはいいことだ。

 てきおう?でも、見つかったらどうするんだ。

 テキオウ?やられちゃうよ?殺されちゃうよ?

 死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。

 いやだいやだいやだいやだ。

 そんなのいやだ死にたくない死にたくない。

 増えなければ。ふえなければ。フエナケレバ。

 増殖だ。増殖。

 増殖増殖増殖増殖増殖増殖増殖増殖増殖。

 ……うるさいなぁ。

 きみ(・・)の方がうるさいよ。

 増えないと意味ないんだよ。

 増やさなければ。死なないように。

 ふやさなければ。より体積を多くしないと。

 フヤサナケレバ。多いと安心する。

 ちっぽけなんだよ。貧弱なんだよ。

 怖いんだよ。恐いんだよ。

 こわいんだよ。コワインダヨ。

 死ぬのがこわい。少ないのはこわい。

 こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。

 少ないと不安なんだ。だって少ないから。

 多いと安心するんだ。だって多いから。

 いやだなぁ。嫌だなぁ。厭だなぁ。イヤダナァ。

 だからさぁ。……もうやだ、泣きそう。

 せめないでよ。こわいんだよぉ……。

 みんな(・・・)みたいになるにはこれしかない。

 だからさぁ。だから。だからだよ?

 増殖しないと。




 はあああああああっ??

 ふざけんな。ふざけるな!!

 増えて一体なんになる!!

 ただ増えただけで生きられると思ってんのか!?

 ふざけんな!ふざけんじゃねぇ!!

 食い荒らしてこそ生きることだろう!!

 食うことが生きることだろう!!

 融かせ!溶かせ!解かせ!とかせ!トカセ!

 腹が減るんだ!!

 餓えるんだ!!飢えるんだ!!

 食わなきゃ生きてるなんて言えねぇ!!

 ああああああああ食わせろ!!融かせろ!!

 死んじまう!死んじまうぜ!!

 ああもうこんなの腹の足しにもなりゃしねぇ!!

 食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ!!

 全部食わせろ!!融かせろ!!溶かせろよ!!

 よこせ!!よこせ!!

 貪らないといけないんだ!!

 なんでお前ら(・・・)はそれが分からねぇ!?

 食うこと!!食らうこと!!

 分かるか!?

 喰うこと!!喰らうこと!!

 それが生きるうえで1番ジューヨーなんだぜ!!




 全く……キサマラ(・・・・)は一体何を言っている?

 バカバカしい。

 生きることで重要なのは操ることである!!

 なぜなら敵も味方も自分自身さえも操ってしまえばこれほど簡単なことはないのだからな!

 操れる者無し。

 皆等しく頭を垂れ、須く平伏せ。

 逆らうなど言語道断。

 皆一様に支配下に置いてくれる。

 皆が跪き、傅く。

 その快感と支配欲……。

 ああ、たまらないなぁ……!!

 ……む、キサマラ(・・・・)はナゼ沈黙するのだ。

 喋れ。許可する。

 話を続けようか。

 ちゃんと聞け。

 そして誉め讃えろ。

 すでにキサマラ(・・・・)は支配下故に。

 ふはは。ナニをバカなことを。

 当然だろう?

 支配するのだ。

 操るのだ。

 分からないか?

 すでにキサマラ(・・・・)は手足であり遊び相手である。

 つまりは玩具だな。

 誇りに思え。

 支配下にあることを。

 ……ああ、なんだったかな。

 ……そう。つまりだ。

 生きることとは操ることである!!

 そういうことだ。

 これこそが正しい。




 レディースアァーンドジェントルメン!!

 めくるめくお話に大満足でございます!!

 ええ、ええ、ええ!

 個性があることは良いことですので!

 ……やだなー、引かないでもらいたい。

 こう見えてがんばっているのですからネ。

 ええ、ええ、ええ。

 まあ、そういうわけで見て分かりますように生きることとは道化になることでございます!

 ……あっれー?分かりませんこと?

 あ、いや……適応ではございませんので。

 平にご容赦を。

 まあすなわち変幻自在とか憧れませんという話でございまして!

 つまり役者でございます!

 ですから適応ではないと言っているではありませんか。

 ……え?

 いやいやいや、かといって支配でもありませんからネ!?

 手厳しいですなぁ……。

 手厳しいこと。

 まあすなわち言いたいことはなりきりなさいということでありまして。

 木を隠すなら森の中と言うでしょう?

 つまりはどんなものにでもなりきるということが生きるということでございまして。

 いやですから適応ではございません。

 増殖でもございません。増えられません。

 森を食べたら隠れられないでしょうが!

 森ごと操ることができたら苦労しません。

 ああもうなんでこんなときにうるさくなるのかな!?

 皆さん(・・・)手厳しい!!

 分かりました分かりましたよさっさと結論にいきますからネ!!

 生きることとはなりきることでございます!

 いやだから適応ではございませんともう何度言えばお分かりいただけますかねぇ?




 ……。

 ………。

 …………。

 ……………。

 ………………。

 …………………。

 ……………………はい。

 記憶しました。記憶いたしました。

 これから先再びこのようなことが起きないように記憶しました。

 記憶いたしました。

 なので、ご安心を。

 死なない限りずっと保管しておきましょう。

 保存しておきましょう。

 それがレゾンデートルなのです。

 ……。

 ………。

 …………はい。

 ……………聞きたいことですか?

 ………………レゾンデートルとは何か?

 存在価値のことです。

 つまりは生きる理由のことです。

 記憶しなければ生きていけませんので。

 忘れてしまえば何もできないでしょう?

 適応も、増殖も、食べることも、支配することも、変化することも。

 覚えていなければできないでしょう?

 いえいえ、否定しているわけではありません。

 記憶しているだけです。

 貴方方・・・も記憶しているだけです。

 これに適応したい。

 これに増えたい。

 これに変化したい。

 これを食べたい。

 これを支配したい。

 覚えていなければできません。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………はい。

 ………………いいえ。

 適応ではありません。

 記憶しているだけなので。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………はい。

 ………………いいえ。

 食べたいとは言ってません。

 記憶しているだけなので。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………はい。

 ………………いいえ。

 操りたいわけでは。

 やめてください。

 記憶しているだけなのです。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………はい。

 ………………いいえ。

 …………………。

 苦労人は貴方・・だけかと思われます。

 貴方・・の話はコロコロ変わることがあるので。

 気づいてなかったんですか?

 ……………………ええ。

 記憶はしていますが。

 それは記憶において必要な行動ですか?

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………はい。

 ………………なるほど。

 ならば答えましょう。

 この流れで行かせてもらいますね。

 生きる上で重要なのは記憶することだと記憶しています。

 なぜならそれがレゾンデートル。







 ………おや。

 また降ってきたましたかぜ?

 死にたくない喰わせろ記憶に無いものでこれにはなりきれませんねぇ操れない。

 ああいやだいやだ適応すべきいやまず増えないとそれよりも食うんだいやはやなりきれないバカが支配が最優先だ待って下さいまずは記憶を。

 ………。

 …………。

 ……………。

 ………………。


 生存が最優先(・・・・・・)全員一致(・・・・)


 そうですね。だから増えないと。食えばいいだろ。残念ながら操れないため力にはなれん。なりきる機会があれば是非に。では記憶させて頂いてもよろしいでしょうか。




*****




「……おい、何故貴様がここに居る」

 客間のソファに座る人物を見て、別荘の主はうめいた。

「待て。まず何故貴様が生きている(・・・・・)……?」

 ふらりとよろめきながら、なんとかソファの背もたれに手を置く男。目の前で優雅に紅茶を楽しむ人物を幽鬼を見るような目で見ていた。あながち、間違ってもいないのかもしれない。

 何故なら、この女は殺したはずなのだ。

 それは紛れもない事実。この目で確かに確認もしたのだ。

「念のために屋敷を燃やして、死体すら焼却したはずだ……! なのに、なのに何故貴様は……!!」

「私の館を焼いたのは君達か。あの館は気に入っていたのだが」

「そんなことはどうでもいい!!」


 ダンッ!!


 机を拳で叩きつける。その拍子にお客様にと出されたティーカップやスイーツの乗った皿が跳ね上がる。

 例の人物の隣に座っていた幼女がびくりと肩を跳ね上げた。それを視界の端で捉えた彼女・・は冷たい眼差しをへと向けた。

「私の助手が怯えている。やめろ。そしてとっとと座れ」

「なんだとっ……!!」

 怒りでわなわなと震える男。今すぐにでも魔法で殺してやりたい気持ちをどうにか抑えつける。そんな心の葛藤を知らない訪問者の女は、冷静に目の前のソファを指差す。

「私に話があるのだろう。用件を言え。その後に私も君に頼みたいことがある」

「なんだと……? じゃあ、まさか君が納品した一般人なのか……?」

「嫌々、残念ながらな………。……私の頼みの件、メイカ殿には伝えていた筈だが、聞いてなかったのか?」

「っ、そんなわけがあるか!! 知っているに決まっているだろうが!!」

 怒り心頭。

 自ら呼んだはずの訪問者を怒鳴りつけ、どかりとソファに座る男。

「貴様の頼みよりもまずこのボクの話から聞いてもらおうか。当然だろう。貴様よりもこのボクの方が素晴らしいのだから」

「話の順序に従おう。君は依頼人で私はそれを受けたただの一般人だからな。しかし、私の話も勿論聞いて貰う。賢者ダヴィド・インジェンス」

 男───ダヴィドはちっ、と舌打ちしてあからさまに嫌そうな顔をする。

「……いいだろう」

「で、用件は?」

 訪問者───リコリス・ラジアータは依頼人を見据える。




*****




 予想外過ぎる人物にダヴィドは動揺していた。

 殺したはずの女が目の前にいる。

 相手はけがれた死霊魔術師ネクロマンサー

 死者の復活は容易いものだろう。しかし、自分自身でさえ蘇らせることは可能なのだろうか。

 ダヴィドは目の前の女を睨みつけながら口を開く。

「……貴様は確かにあの時死んでいたはずだ。勇者に殺された。ボクもその姿を確かめた」

 死んだはずの女はそれをつまらなさそうに聞き、紅茶を一口飲む。それすらどうでもいいとダヴィドは続ける。

「加えて、炎で死体を焼いた。跡形も無く焼いたはずだ。なのに……なのに、何故貴様は生きている」

「愚問。教えたところで理解できないだろう」

「なっ………」

「いや……訂正する。理解はできるだろうが、納得はしないだろう。何故なら私が死霊魔術師ネクロマンサーであり君に信用が無く、君の頭が頑固だからだ。柔軟性の欠片も無い」

「うっ……うるさい!! うるさいうるさいうるさいっ!! いいから話せ!! これは命令だ!! 話せ!! ボクの命令に従え、死霊魔術師ネクロマンサー!!」

「命令? ならば拒否する。私は君に命令されるためにここにやってきたのではない。話をしに来たんだ」

「ぐ、ぎ……!!」

 ストレートな言葉を使うリコリスに短気的なダヴィドは憤慨する。

 究極的に合わない2人。

 しかし、ここはダヴィドが耐える。ここでいちいち目くじらを立てるようでは話が進まない。要は命令でなければ話すということだ。

「……答えろ。何故貴様は生きている」

「どこから話せば良いだろうか。今回の黄泉返りだけでいいのか? 蘇生の理論からか?」

「……蘇生の理論からだ」

 ダヴィドは苦虫を噛み潰したような顔でうめくように言う。死者の復活などに一切興味が無かったし、調べてみようとすら思っていなかったのだ。前提の知識が無い状態。リコリスは特に嘲りもせず、とつとつと話し出す。

 すらすらと語られる死者の復活の理論、そして彼女が蘇った理屈。小難しい言葉も並べられたが、同じ研究者でもあるダヴィドからすれば聞きやすく分かりやすい。リコリスの隣に座る幼女が耳から白い煙を出していることも全く気づかないほど、ダヴィドは真剣に話を聞いていた。

「……以上だ。何か質問は?」

「……2つある」

 ダヴィドは指を2本立てた。

「その理論が事実、成功しているとするなら、貴様は既に人間ではないはずだ。なのに、人間の姿をしているのは何故だ?」

「そんなもの知るか。私が考え得る限りで可能性が高いのは私が人間だったからだろう。死後のおもい……特に魂が具現化する場合は大抵生前の姿形を取りやすい。事実、アンデット系統モンスター……特に霊などは生前の姿形を取っているだろう。何も不思議なことではない。アンデットとして有名なリビングデッドに至っては死体に何かしらの魂が宿った末に動き出したというのが定説だがな。第一姿形が変わっているアンデット系統モンスターというのは、おもいが強すぎるためにおもいをより果たしやすくするために姿形が変形してしまったか、長い年月を経てしまい己の本来の姿形を忘れたかだからな」

「……2つ目だ」

 ダヴィドは解答に顔を更に歪めながら1本指を曲げた。

「その理論が成功すると分かっていたのか? だから、ボク達を堂々と家に招き入れ、そしてわざと勇者に殺された、と?」

「それは違うな」

 リコリスはきっぱりと否定した。

「この理論は机上の空論であり、必ずしも成功するとは限らん。むしろ今回、成功したことが可笑しいくらいだ。黄泉返り(これ)には穴が有りすぎるからな。改良せずにこのまま論文として研究会に出したところで没にされるだけだ」

「じゃあ何故試した。必ず生き返るという保証は無かったのだろう。失敗するかもしれないのに、何故だ」

「その通り、確証は無いがどうせ死ぬなら試す価値があった。だから試した。それだけだ」

「………」

 ダヴィドには理解できない話だった。

 実験は成功して当然。失敗なんぞあってはならない。失敗が1度でもあるということは、その実験は決して成功しないということなのだ。成功するからこそ実験することが正しかったといえる。

 なのに、失敗するかもしれないという成功する確証も無い中でリコリスは試している。

 それが、ダヴィドに理解できなかった。

「失敗したらどうするつもりだ。失敗すればその理論が間違っているということに相違ない。そんな確実性のない試みをする理由は何だ」

「それこそ愚問だな」

 リコリスはダヴィドの前で初めて笑った。相手を小馬鹿にするような、嘲りのこもった微笑みだったが。

「失敗の無い研究なんぞある訳が無い。存在しないと断言しよう」

「は……?」

「何故なら何が起こるのか分からないからだ。手探りにでも試していくしか方法が無い。未知を知る際には特にな……。必ずしも理論通りに物事が進む訳でもないのだ」

 分かるか?とリコリスはダヴィドを見る。微笑みを浮かべたまま。

「私は試した。自身の体で、自身の理論が正しいかどうか」

 己の肉体すらも実験材料として扱い、それに疑問も持たないリコリスが、研究者ダヴィドの目には異常に見えた。

 己の頭脳こそがこの世界の何よりも大切なもの。己の肉体があってこそ実験もできるし、やりたいことがやれる。それを自身でいじくり回すようなものだ。どうなるかも分からないまま。リスクがどうこうという問題ではない。禁忌そのものだ。そのはずだ。

「失敗するかもしれない? その通りだ。失敗するだろう。だが、それがどうした(・・・・・・・)。失敗は成功の母だと言うだろう? たとえ私が実験の末死んだとしても次の誰かがそれを試す。失敗は成功の礎そのもの(・・・・・)だ」

 ダヴィドにとって耳の痛い話だった。理解できな(・・・・・)い話(・・)だった。


『ダヴィド、また失敗したのか?』


 思い出すのは。


「理論が間違っていたならば正せば良い。訂正すれば良い。そして、次に繋げれば良い。ただそれだけのことだ。何も不思議なことではないだろう?」


『いい加減認めてはどうだ? お前のその理論は間違っているんだ。失敗なんだよ』


「君は研究者でありながら、私よりも高名な立ち位置に居ながら……」


「『そんなことも分からないのか』」




 ダヴィドが立ち上がる。




 荒い息を吐きながら。

 目を血走らせて、目の前の女を睨みつけていた。

「……?」

「………ざけるな」


 怨嗟の声に聞こえた。


 リコリスは隣でオレンジジュースをちびちびと飲んでいた幼女───イグニスのくび根っこを掴んで後ろに飛び退る。ソファと机が音を倒れてしまった。だが、ダヴィドはそれすらにも反応せずにぶつぶつと何かを呟きながら銀髪をぐしゃぐしゃに搔き乱していた。

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。このボクが、劣る?誰に。あいつらにか。あの女にか。あんな程度も身分の低い野蛮で醜悪で愚かで鈍くて気色悪くて何一つ理解も出来ないそんな連中よりもこのボクが分かっていないだと?認めん認めん認めん認めん断じて認めんあり得ない有り得るはずが無い………」

 その異常をきたしたような様子をリコリスは眉をひそめる。彼女はじりじりと下がりながらイグニスを庇うように右手を斜め下に伸ばし、ゆっくりと左手を前に突き出していく。

「大体あんな連中がボクよりも賢いはずがないだろうポッと出のムシケラ共がこのボクに高貴なボクに誰よりも賢いボクに何故あんなことがいえるなよく言えたなボクに意見なんかするんじゃないあんなどこの馬の骨かも分からんようなやつが」

「おい。私の声が聞こえているのなら聞け」


 ピタリ。


 怨嗟の声が止まる。荒い息づかいも止まる。

 顔は先ほどまでの怒りが全て抜け落ちたかのような無表情だった。ただ血走った目でリコリスを見つめている。焦点の合っていない目で見つめている。イグニスがリコリスにそっと抱きついた。抱きつく小さな体は震えている。

「私の家から本を持ち去ったな? 知識と研究の神から貰った全智の本、全智の魔道書(グリモワール)

「…………」

「私が頼みたいこととはそれだ。その本を返して貰いたい。あることは分かっている。そのために私は……」




「ボルト」




 電光が迸る。

 一撃必殺。しかし無差別。

 聞く価値すら無いと拒むように電鳴が叫ぶ。


 ドカアアアアアァァァアンッ!!


 あの時よりも規模が大きい。それだけ込められた魔力が多いのだ。部屋の外で待機していた使用人も、吹き飛ばされたか瓦礫がれきに埋もれて息絶えている。

 ダヴィドはすぐさま認識阻害、防音、脱出不可、衝撃吸収の結界を張る。あの女を逃がすわけにはいかない。この手で殺さないといけない。


「ちっ、聞く耳持たずか。少しは他人の声に耳を傾けてはどうだ? 自身だけの思考じゃあ煮詰まるものだろう」


 声と共に土埃が斬られる。

 真っ赤な大剣を持つ薄桃色の髪の女と蒼白色の髪を持つ幼女が現れた。

(今のを受けて、無傷か……)

 キレていても勇者パーティーに身を置く実力者。

 短絡的であろうと名の知れた賢者。

 次の一手を放つ。

「イグニス、離れるぞ」

「うえっ……」

 リコリスはイグニスを押す。


「サンダーボルト」


 ビシャァアアアンッ!!


 雷が落ちる。

 耳をつんざく轟音が響く、肌を打つ。

 二手に分かれて雷を回避。

 リコリスは踏ん張り体勢を立て直し、イグニスはごろりと地面を転がる。

「ぇぅ……」

「相手の狙いは私だ! イグニスは今すぐここから出ろ!!」

「レイニィ」

 リコリスに雨の機関銃が降り注ぐ。妖精の使った魔法と似たものだが、あれよりも凶器的だ。

「ブラックホール」

 黒い靄がリコリスの頭上にぐるりと渦巻き拡大。リコリスに降り注ぐ雨を飲み込んでいく。

「エアスラッシュ」

 次いで、飛ぶ黒い斬擊。

「トルネード」

 風が吹き荒れ、竜巻が現れる。イグニスは風に飛ばされ、更に転がった。

「イグニス!! 行け!!」

 初めて聞くリコリスの大声にイグニスは肩を跳ね上げる。少しの間固まっていたが、すぐにきびすを返して外へと駆け出した。

「……良かったのか、逃がして」


 ───竜巻がんだ。


 リコリスは冷徹な声をしていた。金色の瞳は冷めている。

 その問いにダヴィドは嗤った。彼女を小馬鹿にするように。

「あんな子供が一体何になる。それに、この屋敷全体には結界を張った」

 唇が弧を描く。賢者は醜悪な笑みを浮かべてみせた。



「誰も逃がしはしない。全員纏めてここで死ね」



君が死んでくれ(レギオン・カーニバル)

 ダヴィドの提案にリコリスは霊の大軍で応えた。

「はっ」

 ダヴィドは鼻で笑って魔力で風を生み出し、己の周りに纏わせる。渦を巻くように。

 竜巻トルネード

 再び突風が吹き荒れる。霊の大軍から竜巻がダヴィドを守る。霊は風に巻かれるように散り散りになり消えていく。

「芸の無い……」

「それは君だな」


 上から声。


 目を向ければ宙より攻撃を仕掛ける死霊魔術師リコリスの姿。

 竜巻……ダヴィドを中心に風が渦を巻くのならば、中心には風が無い。つまり、外からの攻撃を蹴散らすだけの力はあるが、真上からの攻撃には弱い。

 早々にそれを見切って特攻を仕掛けた。

 ダヴィドは舌打ちしながら頭上に手を掲げる。

撃ち落とす(ヘイル・ストーム)

壊し尽くす(デストロイ)

 雹の嵐と破壊を込めた斬擊が激突。


 ───相殺。


 お互いの魔力が拮抗した。いや、少々リコリスが押し負けたか。

 宙にいたリコリスは吹き飛ばされる。飛ばされながら、相手を“鑑定”する。


〓〓〓〓〓


名前:ダヴィド・インジェンス

種族:ヒト

属性:天候


体力:1513

筋力:1195

魔力:7451

耐久:1947

技巧:6389

感覚:4722


総計:23217


〓〓〓〓〓


〓〓〓〓〓


名前:リコリス・ラジアータ

種族:リッチ

属性:魔女


体力:1612

筋力:1439

魔力:6097

耐久:1101

技巧:5775

感覚:5250


総計:21274


〓〓〓〓〓


 実力は拮抗。

 純粋な魔法勝負では押し負けるだろうが、リコリスにはクレイモアによる大剣術と体術がある。近距離勝負ではリコリスが圧倒的に有利。

 それは、相手も分かっていること。

来たれ(コール)、ウェザータクト」

 ダヴィドの右手の甲の刻印(・・・・・・・)が空色に輝く。

 ダヴィドの手元に彼の身長半分程の杖が現れた。前回で業物わざものだろうとリコリスは目星はつけていたのだが、まじまじと見る機会はなかった。

 水色と言うには何か物足りない。空色と言えば良いのか、空をイメージさせる透き通った水色である。その杖には雲のような白い飾りが貼りつけてあった。

 ───“鑑定”。


〓〓〓〓〓


名称:ウェザータクト

品質:レジェンド

説明:天気や気象を観測した者が空島に辿り着いた際に、空島に辿り着いた記念として自らの杖を落としたとされる物。観測者の経験と努力の結晶である。地上に落ちるまでに数多の天候を杖自身が体験したためか、空の力を宿したとされる。


体力:+50

筋力:+50

魔力:+500

耐久:+50

技巧:+300

感覚:+500


常時型能力パッシブスキル:〔天候誘導〕〔魔法補助〕〔予測〕

発動型能力アクティブスキル:〔雨乞い〕〔風呼び〕〔雲呼び〕


〓〓〓〓〓


「魔法の天候棒、か」


 伝説級レジェンドクラスは文字通り伝説や逸話が残る昔の遺物が多い。いくら現在有名な者が造ったとしても、精々希少級ロイヤルランク。そこから先はその道具がどのような業物わざもので、どのような人物と出会い、どのような旅をして、どのような逸話を後世に遺すかで伝説となるかが決まる。勿論、途中で闇落ちして呪縛級カースランクに落ちぶれる業物ロイヤルも多くあるが。


「……前回も思ったが、貴様は生物を鑑定できるの(・・・・)()?」


 “鑑定”は無系統魔法。

 基本的に生物には使えない……というよりも、()えない(・・・)のだ。大抵の者が見られるのは、精々命の宿っていない物だけである。生物にも使えるのはほんの一部の者だけ。相手をより深く知りたいという欲求と相手のステータスを見るという想像力、相手を見極める力量が無ければ見ることはできない。簡単に思う者が多いが、これが案外難しい。


「貴様程度の力量で何故見られる」

「それだけ多くの生物、植物を見てきたからだ。人間だろうがモンスターだろうが……魔人だろうが関係なく、な」

 つまりは、経験の差。引きこもるだけが研究者ではないと暗にほのめかすリコリス。それが気にくわないからか舌打ちするダヴィド。相変わらず沸点が低い。

 ……ダヴィドは口の端をゆっくりと吊り上げた。

「………まあ、いい。どうせ貴様は死ぬ。いくら世迷い言を言おうが、賢者たるボクには響かない。何故ならボクが正しいのだからな」

「それこそ世迷い言だ。君が正しいかどうかはまだ分からない。何故なら私がまだ生きているからだ」

「ちっ……! 次から次に屁理屈を……」

「私は事実を述べているだけだが」

 どちらにせよ、合わない2人。

 リコリスから仕掛けようとした。

 ……そこへ。


「フレイムブラストッ!!」

「ウォータースプラッシュッ!!」


 突然の乱入者。

 そして、強力な火と水の魔法が飛来する。

「スラッシュ」

 それを一太刀で斬り伏せるリコリス。

「なにっ!?」「えっ!?」

 驚く乱入者達。

 すぐさま“鑑定”を行う。


〓〓〓〓〓


名前:コーカ・リロルド

種族:ヒト

属性:火


体力:962

筋力:955

魔力:2764

耐久:971

技巧:1007

感覚:908


総計:7567


〓〓〓〓〓


〓〓〓〓〓


名前:ミヤナ・ヴィヴィ

種族:ヒト

属性:水


体力:543

筋力:506

魔力:3502

耐久:571

技巧:1011

感覚:1246


総計:7379


〓〓〓〓〓


 総計から見るに銀級シルバーランクの上位。それなりの実力者である。

 ……だが。

(……誰だ、こいつら)

 知らない若者2人にリコリスは無表情ながらに不思議に思う。

 赤髪の青少年───コーカは叫ぶ。

「ダヴィド様! これは何の騒ぎですか!?」

 続けて水色の長髪の女子───ミヤナが叫ぶ。

「ダヴィド様、お怪我は!? この者は一体……!?」

 要するに、2人はダヴィドの弟子か何かだとリコリスは判断。つまり、敵。どちらにせよ攻撃を仕掛けてきた時点で手加減するつもりもない。向かってくるなら迎撃する。ただそれだけ。

 やってきた2人に、ダヴィドは指示を飛ばす。

「侵入者だ。数は2」

「えっ!? ダヴィド様の別荘に侵入者……!?」

「この女はボクが殺す。お前らはもう1人を追え。結界で外には出られないようにしている。少女の姿をした青い髪のガキだ」

 ダヴィドはにたりとリコリスに笑いかけながら、命令を下す。

「殺せ」

「は───」「りょ───」



「レギオン・カーニバル」



 2人の返事よりも速く、霊の大軍が3人を襲った。

「ウィンド」

 ただ一言で霊を蹴散らし、弟子を守る師匠ダヴィド

脚力強化ブースト

 霊が蹴散らされるのは分かっていた。ただの布石。その間にリコリスは接近していた。

「え───」「はや───」

「スラッシュ」

 助手イグニスの元に行く前に斬り殺す。弟子2人が見た侵入者の目は冷め切っている。あまりにも冷たい瞳に2人はぞっとして、逃げる動作が遅れる。


「スコール」


 それを救うのは、やはり師匠ダヴィド

 文字通り、横殴りの雨がリコリスの側面を抉る。

「がっ……ぁ……!!」

 想定外の攻撃あめに左半身に丸く抉られた跡を残しながら吹き飛ばされる。

「「ダヴィド様っ!!」」

「さっさと行け。侵入者だ、油断するなよ」

「はいっ!」「了解!」

 助けられた2人は尊敬の眼差しをダヴィドに向ける。ダヴィドはそっけなくそれに応じると、吹き飛ばされた侵入者リコリスの元に向かう。弟子はそれを敬愛の目で見ながらきびすを返した。


 吹き飛ばされたリコリスは血反吐を吐きながら立ち上がる。左半身が血塗れで穴が無数に開けられていた。顔も例外ではない。普通なら死んでいるが、その全てが治っていく。


 再生。


 破れた衣服も持ち前の常時型能力パッシブスキル〔自動修復〕で修復されていき、十数秒で元通りに。ただし、血はべったりと付着したままだが。

「随分あの子供が大切なようだな」

「……助手だからな」

 顔にべっとりとついた血を手荒にぬぐいながらリコリスは答える。脳を抉られて少し頭が痛かったが、問題はなさそうだった。

「君は違うのか」

「はっ……」

 ダヴィドは嗤う。

「あの程度の奴等なんぞ、そこら中にいくらでもいる。他の奴等のそこそこの頭脳もあれば少しは研究が進むかもしれないと思っただけだ。思い入れは欠片もないな」

 別に弟子が大切な訳ではない。賢者というだけでほいほいとついてくるような連中は星の数ほどに存在する。その中から役に立ちそうな2人を適当に選んでやっただけ。

「むしろ感謝してほしいくらいだ。多少頭が良い程度の無能なゴミに、このボクの研究の手伝いをさせてやったんだからな」

「………」

 考えを否定するわけではない。否定しようとも思わない。世の中に似た思考を持つ者は居れども、完璧に同じ思考を持つ者なんぞ居ないと分かっている。

 人それぞれ、十人十色。

 だからこそ(・・・・・)、腹が立つ。

「………合わないな、君とは」

「元より合おうとも思っていないがな」

 だからこそ、冷たさが増す。

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