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とある死霊魔術師の死後  作者: シュガームーン
1章『勇者パーティーと死霊魔術師』
8/23

8話「素晴らしい技術者」

「……?」

 イグニスが振り返る。

 遠くで何かの悲鳴が聞こえた気がした。そう、気がしただけ。実際に聞こえたのかは定かではない。彼女の耳にはそよ風と木の葉が擦れる音しか聞こえない。

「………なんだろ」

 リコリスに何かあったのでは、と思ったが、リコリスならきっと大丈夫だと思い直し、イグニスは再び歩き出そうとした。

 ……その前に。


「ファイアボール」


 火の球がイグニスに飛来した。

「っ……?」

 それをまともに受けたイグニス。威力と熱風で体が浮き上がり、地面にびたんと打ちつけられる。

「ぇう」

 小さな悲鳴と共に地面に伏した彼女。それを見た火球を撃ち出したであろう人が木陰から出て来た。

「ふん。不意打ちすれば、こんな子供1人に遅れを取るわけないでしょう」

「おいおい、いきなりファイアボールなんて撃って大丈夫かぁ? 体が炭化でもしてちゃあ商品としての価値が下がっちまうぜ?」

 現れたのはウェノル王国の入国時に絡んできたパーティーの内の残り2人。

 魔術師と斥候である。

 斥候がいまだに地面に伏したままの幼女を見てそう呟き、それを聞いた魔術師はどや顔をする。

「そう心配しないで。グリダンが火傷していたのなら、彼女も火属性……つまり、火に対して耐性があるということ。それに、さっきのファイアボールにもそれほど魔力を込めていた訳ではないので、大丈夫ですよ。せいぜい火傷程度……」


「……ぃたい」


 イグニスはひょこりと立ち上がった。


「………は?」

「……当たった、よな? ファイアボール……火傷……してねぇよな?」

 本来なら熱さでのたうち回るのだろうが、彼女はけろりとしている。けろりとしたままワンピースの土や泥を払っている。

 2人が唖然としている中、イグニスはぽやっとした目で自身を攻撃してきた2人を眺めていた。

「…………こー」

「あ?」

 か細い声でぽつりと呟かれた言葉。聞き取れなかったのか、2人はイグニスに向かって一歩踏み出す。

「なんて言ったんだ?」

「あ……心配しなくていいですよ? 僕達は君みたいな子供が1人で歩いているのを見て心配になって来ただけだから……ね?」

「……びこー、して、た?」

 こんな時でも必死で取り繕おうとする2人をイグニスは一蹴。ストレートな言葉で2人を追いつめた。

「ちっ! ガキだと思って油断したが、もう見た目にはだまされねぇぞ!!」

「先ほどの魔法もきっと魔力が足りなくて途中で消滅してしまったのでしょう! 今度こそ仕留めてみせますっ!」

「………?」

 2人はイグニスが実力者だと勘違い(あながち間違ってもいない)する。イグニスは状況があまり飲み込めていないのかこてんと首をかしげる。そのあどけなさは目にした2人が思わず生唾を飲み込むほど。

 なんとかして生け捕りにして思う存分にもてあそびたい。あの未熟な体に女の悦びを植えつけたい。そんな邪心を2人に抱かせた。

「手加減はしませんよっ! ファイアボールッ!!」

 先ほどよりも一回りほど大きな火球がイグニスに向かって発射された。




*****




「ふぅ……」

 ドサッ、ズチャ、と2回何かが倒れる音がする。その傍には血塗れの大剣を肩に担いだ女が1人。

「実験終了。お疲れ様」

 ねぎらうにしても声に抑揚が感じられない。パターン化された言葉をそのまま口にしているような、そんな適当な言い方だった。

 彼女の目の前には肉塊といっても通じる例の2人が。例外なく事切れている。もし人がこれを見たとしても、すぐに元は人間だったと思わないだろう。


 それほどまでに徹底して壊されていた。


「さて……」

 リコリスの耳には騒がしい音が聞こえている。おそらくイグニスが危ないのだろう。いくらステータスの総計が男2人よりも高いとしても、戦闘の経験では劣るはず。

「……行くか」

 大剣を刻印に戻し、リコリスは駆け出した。




*****




 目の前に迫る火球。イグニスはゆっくりと腕を上げ───

「ん」

 ───受け止め、握り潰した。

「……は?」

 弾けた火球。

 魔術師は2度目の間抜け面をさらす。

 一方でイグニスは火球を受け止めた腕とは逆の腕を上げる。


 火球が発射された。


 イグニスは怨念が込もった炎の塊。同じ火であれば再現程度は簡単にできる。

「は、なぁっ……!?」

 魔術師が慌ててもう一度火球を構築し、相殺する。

 次の手を考えようとする魔術師を炎の波が襲う。

 攻撃の手を緩めない。

 イグニスは相手を仕留めようとしていた。


 それはモンスターとして生まれたウィルオウィプスの本能なのかもしれない。

 闘争本能、防衛本能、生存本能。

 生物なら誰にでも備わっている本能。


 イグニスは両腕に炎を纏わせ、相手に向かって手を払う。拡大した炎が魔術師を追いつめる。

「なっ、ぐ、ぐぅ……!!」

 魔術師が悪戦苦闘している中、斥候はひっそりとイグニスの背後に近寄っていた。気配を消し、音は最小限に抑える。今までのあのおざなりな尾行は何だったと言うのか。それほどまでに機敏な動きをしていた。

 男の手には短剣。

 目の前の幼女は全く気づいていない。

 ここで勝負に挑む。

 短剣で首元を押さえ、動きが止まったところで腕を拘束して自由を奪う。

 イメージは完璧。

(……とった!!)


 しかし、短剣は空を切る。


「……は?」

 視界から急に消えた。青色がひゅんと消えてしまった。斥候の思考が一瞬止まり、すぐに切り替わる。

「上か!」

 イグニスは宙に浮いて背後の攻撃をかわしたのだ。おそらく魔法か何かで。しかし、上空に彼女の姿はない。どこだ、と斥候が周りを見渡す。

 そこへ。



「ばあ」



 するりと後ろから腕が首に回される。

 息を呑んで後ろを見れば、少し口の端を上げて微笑む可憐な幼女の姿。

 宙に浮いて、男の顔を上から覗き込んでいた。

 男の動きが一瞬止まった。


「……じゃあね」


 炎上。


 真っ青な髪が、繊細で細い腕が、冷たい微笑みが浮かんだ顔が。


 炎を纏う。


「ぎゃあああああああああああああ!!!」

 焼く、焼く、焼く、焼く。

 斥候は幼女から逃げ出すも、体に纏った炎は消えない。

「ああああああっ!! リード、だっ……助げでっ! あぢっ、あづいぃぃいいいいっ!!」

 見た目通り火達磨になった斥候が魔術師に助けを求める。

「ひ、ひぃ……!!」

 しかし、魔術師は引きつった悲鳴をあげて後ずさり。体を反転させると逃げ出した。


「おいおい、イグニスは向こうだ。見えないのか?」


 いや、逃げ出そうとした。

「はえ?」

 切断音。

 次いで落下音。身の詰まった果実が地面に落下したような、そんな音。


 魔術師の四肢が切断されて地に落ちた。


「いっ……ぎゃあああああああああ!!?」

 悲鳴という名の絶叫。芋虫同然になった魔術師は地面の上でのたうち回った。

「……ふん」

 それを成した人物は、それを見下した。

 大剣を担ぎ上げるのは薄桃色の長髪、黒いローブを着込んだ女───リコリス。

「……ん?」

「っ………! ~……~っ!」

 肉の焼ける臭いにリコリスが顔を上げると、目の前に真っ黒に焦げている誰かが藻掻いていた。消火したところでもはや助からないだろう。リコリスは介錯もせずにただ無表情に黒焦げの人物が地面に倒れるのを眺めていた。中々死ねずに可哀想な男だが、イグニスを襲ったのなら遠慮はしない。報いだと割り切れる。

 黒焦げの人物が地面に伏せ、その奥に幼女が居ることが分かった。リコリスが幼女の名を呼ぶ。

「イグニス」

「リコリス…!」

 リコリスを見て顔を輝かせる幼女ことイグニスは彼女に飛びついた。

 リコリスは露出している肌が熱気や炎で焼けているのに平然と受け止める。焼けていく肌は赤く爛れ、直後再生されていく。

「怪我は無いか」

「うん…! その前に、燃やした…から」

「そうか」

 心配せずともイグニスは強かった。杞憂だったな、とリコリスは幸せそうに頬ずりしてくる彼女を見て思う。

「ぁぎぃぃぃっ! 痛いっ、いだぃぃいいっ。助けてっ、だずげでぇ……!!」

 そんな2人の雰囲気を壊すのは芋虫状態の魔術師。地面を這いずりながら顔をぐしゃぐしゃにしてめそめそと泣いている。

「知るか。当然の報いだ」

「たすけて……! このままじゃ、あ……し、死んじゃうっ…しんでしま……」

 涙と鼻水だらけの顔を上げて、必死に助けてくれと頼み込む男に怒るよりも呆れてしまう。図々しいというか、自分勝手というか……リコリスは面倒そうに大剣を頭上に振り上げた。それに呆然とする魔術師。

「へ、な、何を……」

 それが最後の言葉。


 魔術師の首がね飛んだ。


 ゴロリと転がった、苦痛に塗れた男の首。それに対して2人が何かを思うわけでもない。

「……ミラー草を探そうか」

「うん」

 死体はいずれ生物に食われて無くなるだろう。最終的には土に還るだろう。

 最後くらい何かの役に立てるのだ。あのパーティーも満足だろう、いい気味だとリコリスは思う。




*****




 程なくしてミラー草採取も終わる。上々な結果で少なからずリコリスも機嫌が良かった。


 王都に無事帰還し、集会所に2人は戻る。

 そこで、受付をしていた女性が2人を見つけてあっ、と声を上げる。

「リコリスさん! 良かった!」

「……何か」

 どうも慌ただしい受付嬢に若干眉を寄せるリコリス。受付嬢はそれに気づかずにカウンターから出て来て、まくし立てるように言う。

「リコリスさん達が受けたあの2つの依頼なんですけど……どうもこちらの手違いで商業ギルドに送られるはずの依頼が集会所にやってきてしまっていたみたいでっ! ですから、あのっ…あの2つの依頼はキャンセルという形になりますっ! 申し訳ありませんでした!!」

 ばっと頭を下げる受付嬢。リコリスとイグニスは顔を見合わせる。

「そうか……それは残念だ」

「申し訳ありません。ギルドより慰謝料は支払われますので、それでどうか……」



「もう、依頼の物は集めてしまったのだが」

「へ?」



 受付嬢は顔を上げて目を丸くする。一方でリコリスはカウンターに向かって右手を伸ばし、「出ろ」と一言。

 現れたのは大きな黒い袋が4つ。その量に受付嬢はあんぐりと口を開け、周りから注目を浴びる。

「……あ、あの、これ……」

「依頼内容のミラー草と花香岩だ。納品ではなく、買い取りはしてくれないのか? これだけの量を私達だけで捌くのは少々骨が折れるのだが」

「あ……っ、し、少々お待ちを……!」

 受付嬢はぴゅんとカウンターに戻り、黒袋の中身を見始める。

「えっ……あ……こ、こんなに状態が良いのっ…? うそ、花香岩がこんなに輝いているなんてっ……。花香岩は採取すると色褪せてしまうのに、どうして? 商業ギルドでもこんなに上質な花香岩なんて見たことない……! こっちがミラー草っ? ……すごい、全くしおれてない。花弁にヒビ1つ入ってない。こ、こんなにみずみずしいミラー草を見たのは初めて……!! なんでこんなに保存状態が良いの……!?」

 何やらぶつぶつと独り言をしながら質と量を調べる受付嬢。その独り言を聞いてリコリスは呆れてしまう。ただの一般人ならまだしも、ギルドですら採取方法を知らないのはいかがなものか。

「え……えっと……こちらは買い取りは勿論できますが……一応依頼として納品も可能です」

「量は大丈夫か?」

「それはもう! むしろ多すぎるくらいです! よろしければ買い取りと納品の両方をしてほしいくらいには!」

「……頼めるか?」

「了解しました!」

 なぜかいきいきしている受付嬢に若干引くリコリス。イグニスはぼーっと周りを見渡していたが。

「リコリスさんはギルドに加入しておられませんよね!? 一体どこでこのような技術を!?」

「ん? ……ああ、ほぼ独学だが。後は様々な資料を読み漁った程度で、別に技術という程のものではない。私は独りで研究することが基本でな。材料、素材も独りで集める」

「そうなんですか!? ではでは!ギルドに加入する予定は!?」

「当分無い」

「ええー!? 勿体ない、勿体ないですよ! こんなに凄い技術があるならそれをギルドで活かすべきですよ!!」

(なんだこいつ……)

 ハイテンションになった受付嬢に押されるリコリス。彼女の質問や疑問に答えている間にどうやら鑑定が終わったようだ。

「こちらが依頼成功報酬のウェル銀貨2枚です。そして、こちらが買い取った金額でウェル銀貨5枚、ウェル銅貨7枚です」

 裏の素材屋と違い、表では買い取り価格が決まっている。勿論、上質であるほど価値は高まる。

「どうも」

「またのお越しをお待ちしてまーす!」

(……異様に懐かれたな)

 ぶんぶんとリコリス達に手を振る受付嬢に背を向けつつ、2人は集会所から離れようとした。

 ……そう、離れようとした。

「な、なあ君達! 僕達のパーティーに入らないか!?」

「おい、抜け駆けすんなよ! よう! 俺達は赤い閃光っていうパーティーなんだけどよ!」

「そんな男だらけのパーティーなんて女の子2人が入るわけないでしょ!? ねぇねぇ、私達女子だけでパーティー作ってるんだけどさ! どうかな、私達のパーティーに入らない!?」

 集会所から出ようとした直後に熱烈な勧誘を受けたリコリスとイグニス。リコリスはうんざりしながら無視して去ろうとする。一方でイグニスは突然の勧誘におろおろして混乱していたため、リコリスは彼女の真面目さに呆れながらも手を引っ張り、輪から抜け出た。

「あっ、待ってくれ!」

「なあー! 俺達のパーティーに入ってくれよ~!」

「いつでも待ってるからねー!」

(これだから嫌なんだ、人の多い場所に来るのは……)

 リコリスは少しうんざりしながら足早に宿屋に向かった。




*****




 場所は客間。

 堂々と上質なソファに座り、足を組むのは偉そうな態度の男。一方で訪問者は立ったまま、男に要件を話していた。

「はあ!? 一般依頼にこのボクの依頼が混ざってしまっただと!?」

「はい。誠に申し訳ありません」

 話を聞き終わり、舌打ちをしてあからさまに不機嫌を表す青年。その彼に頭を下げるのは1人の女性。

 ウェノル王都の集会所の最高責任者であるメイカ・グード。

 今回の件に対する謝罪と納品された素材を渡すために直接訪問したのだ。

 普段ならこのようなことがあっても使者に任せるのだが、今回の依頼人は勇者一行の1人であり有名な研究者であるダヴィド・インジェンスその人である。

 考え得る限り、最上位の謝罪をするためにメイカはやってきたのだった。

「ギルドの連中も当てにならんな。まさかこのボクの依頼を一般依頼に出すとは……」

「申し訳ありません」

 刺々しい言葉を受けても顔色一つ変えず、メイカは頭を下げる。その機械的な行動に再び舌打ちをするダヴィド。

 とある死霊魔術師から奪った本が読めず、研究が上手く行かず、加えてあの妙な男から否定され……今度は一体何だというのか。度重なる不幸にダヴィドはただでさえ苛立ちを積もらせているというのに。

 彼は一旦目線をメイカから反らし、黒い2つの袋に移した。

「……で? それが一般人が取ってきた素材か?」

「その通りでございます」

「……はっ」

 ダヴィドは鼻で笑い、メイカを小馬鹿にするような表情を浮かべる。それでもメイカの表情は変わらない。

「そんなもの、ボクの求める素材じゃない。悪質で保存状態も最悪。見なくても分かる。お前達が処理しろ。今すぐ捨ててこい」

「つまり、この素材は私達に譲渡すると?」

「使いようがないだろう? 一般人の採取したゴミなんて。渡されても困る」

 話は以上だと言わんばかりにダヴィドは立ち上がり、部屋から出ようとする。

「そうですか……。それは良かった。これほど上質・・保存状態が良い(・・・・・・・)素材が無料ただで手に入るとは……これは僥倖ぎょうこう。きっと日々の行いが良いのですね」

「………なんだと?」

 その言葉にダヴィドは足をとめ、メイカに目を移す。

「……どういう意味だ?」

「どういう、とは……そのままの意味でございますが」

 眉をひそめるダヴィドに対し、メイカはぴくりとも表情を変えない。

「これほど上質で保存状態の良い素材を見ることはそうそうありません。依頼を受けてくださった方はきっと素晴らしい技術をお持ちなのでしょう。いずれ話をしてみたいものです…!」

 しかし、言葉には熱がこもっている。ダヴィドは驚いた。この女性とは長いつき合いではあるが、ここまで感情を出す姿は見たことがなかったのだ。

「……ふむ」

 故に、興味をそそられた。メイカをここまでうならせる上質な素材。是非とも拝見してみたくなった。

「……おや。ゴミに興味は無いのでは?」

「うるさいな、黙れ」

 入る茶々に舌打ちしながら、ダヴィドは黒い袋を開けた。

「……ん?」

 中を見れば、更に小さな小袋が入っている。

「そちらの袋は花香岩のものです。潰さないようにご注意を」

「ボクを誰だと思っているんだ。そんなミスをするわけないだろう」

 ダヴィドは眉をしかめながらも小袋を開ける。そして、目を見開いた。

 輝く花香岩。繊細な薄いベールを何重にも丁寧に重ねていったような美しさがある。質、保存状態の良さは明らかだった。

「……!」

 ダヴィドは焦ったようにもう片方の袋……ミラー草が入っているであろう袋を開ける。

 こちらには小袋は入っていなかったが、大量のミラー草が詰め込まれていた。こちらも花香岩同様に、質と保存状態は完璧だった。

「……ヒビ1つ無い……。しかもこの花弁の輝き……! しおれてもいない……! 一体どうやって……!」

 ダヴィドはぶつぶつと呟きながら考える。そして、ばっと無表情のメイカを見た。

「これを採取したのはどこのどいつだ!?」

「おや。受け取るのですか? 一般人の採取したものですよ?」

「うるさい!! しょうがないから納品させてやる!! そして!!」


 ダンッ!!


 素材の入った2つの黒い袋が乗せられた台。それを力強く叩きながら、メイカに次の依頼を出す。


「今すぐにこれを採取した奴を連れてこい! 直接話がしたい!!」


 その言葉にメイカは初めて笑みを見せ、深々と頭を下げた。

 一方で依頼を出したダヴィドは初めて見たメイカの笑みに若干動揺した。

(お前、笑えるのか……)

 ……と。




*****




「では、イグニス。次の問いだ。この文章を訳せ」

「え……んぅ……。あ……『あかいはなびらがヒラヒラとふってきました』?」

 現在、リコリスとイグニスは王都図書館で文字の勉強中。イグニスは本を燃やさないように耐熱性の手袋をつけて、細心の注意を払って勉強をしていた。

「正解。平仮名と片仮名は読めるようになってきたな」

「……これ、なに、ご?」

「一般に人間によって広く使われている言語で『ヤマト語』と呼ばれている。漢字では『大和語』。言語と書物の神ラングリオが数が1番多い人間のために定めたとされる言語だ」

「……ふぅん」

 白紙に『大和語』と書きながら、リコリスは説明する。

「漢字は平仮名や片仮名と違って山ほどあるからな、簡単なものから覚えていこうか。訓読みと音読みと2通りあるからまずその説明を……」

 ふと、視線を感じた。

 図書館入り口の方向を見れば、何やら他と雰囲気が違う美しい女がいた。

 白い短髪、青い切れ長な瞳。白いロングコートを羽織る、冷たい美貌を持つ女性だった。

 彼女は真っすぐにリコリス達の元に歩み寄ると、その向かいに腰掛ける。

「リコリス・ラジアータ様でございますね?」

 肘を机の上に置き、両手の指を組みながら問いかける。リコリスはその女性を見下ろしながら答えた。

「……確かに私はリコリス・ラジアータだが。何か用か」

「私はメイカ・グード。ウェノル王都集会所で最高責任者という役職に従事しております」

 集会所。

 リコリスは眉を寄せる。

(面倒事になりそうだな……)

「そう警戒しないでください。……と言っても、警戒はするものですよね。すいません。しかし、私の話は聞いて貰いたいのです。今お時間よろしいでしょうか?」

「後にしろ、と言ったらどうするつもりだ」

「日は置きたくないので今日中、もしくは明日にでも話に応じていただきたいですね」

「随分と急ぐな。言葉通り、私に『用』でもあるのか?」

「ええ、急ぐ話が。今、聞いていただけますか? それとも時間を改めますか?日を改めますか?」

 「それとも長期に渡る用事がありますか?」とメイカが聞く。リコリスは本を頭に思い浮かべた。しかし、急ぐ用事ではない。後に回すと面倒なのは目の前の女の用件だろう。

 リコリスはイグニスの隣の席に腰かけた。

「話に応じていただき、ありがとうございます」

「で、用件は?」

 相手の丁寧な感謝の言葉を軽く一蹴して用件のみを問う。無駄話をするつもりはない、との意思表明。メイカもそれを感じ取ったのか早々に本題に入る。

「2つ、用件が。まず1つ、こちらのミスで本来なら困難であろう依頼を受注させてしまったことへの謝罪です。誠に申し訳ありませんでした」

 メイカは腕を机から下ろし、頭を机につくほどに深々と下げる。

「後ほど慰謝料を支払わせていただきます。お手数ですが、集会所まで足を運んでいただけますか? ここは公共の場でありますので堂々と大金を出すのもどうかと……」

「お互いに不利益にしかならないからな。了解した。後ほど向かわせてもらう」

「ご理解いただき感謝いたします」

 再び深々と頭を下げるメイカ。無表情で分かりにくいが、緊張がほぐれ、安心しているように見えた。話が上手く纏まったこととリコリスが話の通じる相手であったことへの安心感だろう。

「で、2つ目は?」

 リコリスが話を促す。メイカは背筋を伸ばして口を開いた。

「はい。依頼人からあなたへ直接依頼をと頼まれたので、その話を」

「………誰だ。その依頼人は」

 リコリスは眉を寄せる。

 商業ギルドか、魔法ギルドか、はたまた会社や研究所か。話だけを聞いて断ろうとリコリスは思っていた。

 しかし、依頼人の名を聞いてすぐに目を見開く。イグニスも「あ……」と声を漏らしてリコリスとメイカを目で何往復もする。


「依頼人はダヴィド・インジェンス。是非ともあなたに会いたいと申しております」


 メイカは機械的に告げた。




*****




「ほう……。花香岩は日光に当てると色褪せる。そのために遮光性の高い袋に入れているのか。しかし、開花後の花香岩は確かに輝くが、採取するとどうしても質が落ちてしまう。それなのに、どうして開花後同様の質を保てるのか……」

 ダヴィドは試験管の中に入れた花香岩のサンプルを見ながら考える。

「不思議なことに、この花香岩は市場に出回る花香岩よりも多少硬い……それは何故だ? 何か特別な薬品か何かを吹きかけている……? ……薬品分析装置にかけてみるか」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、次々と仮説を考えては書き記し、考えては試してみるを繰り返す。

 現在行っている実験は中々進んでいないため、気分転換にもなるかと思ってダヴィドは花香岩とミラー草の保存方法を分析していた。

「ミラー草の袋の中に入っていたこの石……輝石か。なるほど、ミラー草は日光を養分に変える性質を持つ。そのため、最低限の養分を作らせるために日光を浴びせた輝石を一緒に入れることでしおれずヒビが入らないようにしている、と……。中々手の込んだことをするな……」

 ダヴィドは素直に素晴らしいと思った。一つ一つを細かくやりこんでいる。質と保存状態を良くするための手間をかけている。それだけ素材のことについて詳しいのだろう。

「………次から頼むときにはこいつに頼むか……。いや、いっそのことこのボクの助手として働かせてもいいな」

 これほどの良質な材料を採取できるのならば、ぜひとも今後も関係を続けたい。

 同時にこの一般人にも劣る技術しか持たないギルドの連中に毒を吐く。

 なぜ専門分野であるはずのギルドが、ただの一般人より悪質な品を流せるのか、と。ボクの実験に必要な素材をなぜ吟味しないのか、と。

 そんなことを考えながら実験をしていたからだろうか。手が滑り、1つのサンプルを駄目にしてしまった。

「ちっ……もう使えないな、これは」

 普通ならあり得ない凡ミス。ダヴィドは舌打ちしながらぶつぶつとギルドに毒を吐く。そうしながら、ダヴィドは試験管ごとサンプルを地面に書かれた魔法陣の中に投げ込んだ。

 試験管が魔法陣の中に入った途端、魔法陣が輝き出す。光がまるで柱のように立ち上がり、一瞬強く輝く。

 試験管は消えていた。

「……ん?」

 さあ、実験再開。

 ……という時に、通信用魔道具がチカチカと光り出した。ダヴィドは舌打ちをする。

 また勇者だろうか、それとも別のギルド? それとも研究会の論文発表の件だろうか。どれにしても自身の研究を邪魔するには変わりない。勇者と研究会ならともかく、ギルドならすぐに関係をってやると思うほどにダヴィドは苛立った。

「こちらダヴィド・インジェンス。誰だ?」

『メイカ・グードです』

「……む」

 思っていた者と違い、少し呆気に取られるダヴィド。メイカは気にせずに用件を伝えた。

『例の人物とアポイントが取れました。明日、そちらに向かうそうです』

「! 本当かっ?」

 思わず試験管を落としたが今度は苛立たなかった。それよりも人物への興味関心の方が勝ったのだ。

「明日だな?」

『ええ。相手もあなたに頼みたいことがあると』

「頼みたいこと……?」

 賢者である自身に頼むことなど一体何があるだろうか。

(ああ、なるほど。向こうからボクの助手になりたいというのか。殊勝な心がけだ)

『では、失礼します』

 通信を切った後、ダヴィドは通信前よりも機嫌は良くなった。

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