7話「初めての依頼と招かざる客」
「人、たくさんだねぇ……」
「そうだな」
王都には住民街や商店街などが並んでいる。東西南北中央で区が分かれており、中央区は更に城壁に囲まれている。王族が住まう城があるからだ。
リコリス達は現在、南区に来ていた。
「……くうきが、おいしぃ……」
「……まあ、確かに」
スラム街と比べると大分新鮮な空気だ。不思議と甘い匂いがして、体がすっと軽くなる感覚がする。
「まず、どこに、いくの……?」
「……あの男がただで本を返してくれるとは思っていないしな……」
この王都に本があることは分かっても、賢者ダヴィドの別荘がどこにあるのかを把握できていない。まさか売り払うようなことはしていないだろう。
「とりあえず、宿屋を見つけるか」
まずは宿の確保。いつまで居るかは分からないが、それでも寝床を用意しておく必要はあるだろう。
「それから、そうだな……。集会所にでも行くか」
「しゅーかいじょ?」
「ああ。害獣駆除や掃除などが依頼となって張り出されているところだ。使用するのは比較的に冒険者が多いが、旅人や一般人でも入ることができる。小遣い稼ぎには丁度良いだろう」
「……?」
リコリスの小難しい説明にこてんと首をかしげるイグニス。それを見て伝わっていないことを感じ取るリコリス。彼女は手をイグニスに差し出した。
「……まあ、行けば分かる」
「……うん」
とりあえず物は試しだとその場に向かおうとするリコリス。イグニスはリコリスの手を取り、引かれるままに歩き出した。
*****
集会所。
ギルドに寄せられる依頼の内、特に指定無く誰にでも成し遂げられる依頼がそこに張られている。一般人から冒険者まで幅広くそこに入ることができ、簡単に依頼を受けることができる。
ギルド。
ギルドとは自由職業別組合の別称であり、人々の間に広く知られているものである。ギルドには本部と支部があり、支部はあらゆる国に幅広く存在している。ギルドにも色々とあり、商業ギルド、戦闘ギルド、研究ギルド、魔法ギルドと様々なギルドがある。
ギルドに加入すると、組員の証であるギルドカードを入手することができる。これがあると各ギルド支部で依頼を受けることができたり、国に入国する際の証明書になったりするため、色々と便利である。故に、大抵の旅人は冒険者であることが多い。
「……一般人でも受けられる依頼はろくな物がないな」
「……そう、なの?」
リコリスは今のところギルドに加入する予定は無い。勇者達は勿論ギルドに加入しているし、下手に加入して自身が生きていることを知られたくない。不必要な情報漏洩は避けたかった。
とは言えども、冒険者ではないリコリス達は実力があろうとも一般人に分類される。受けられる依頼と言えば、家事手伝いや近くの森での薬草採取、老人の介護などである。ほとんどが本当に小銭稼ぎの依頼であった。薬草採取ならまだしも、家事手伝いや介護などは御免被りたい。
「……まあ、このくらいか」
選んだのは薬草や鉱物の採取依頼。近くの森や鉱山、火山に行けば簡単に入手できる類のものである。
それらの依頼書を取って受付に持っていけば依頼は受理される。窓口に行けば営業スマイルを浮かべる。
「これらの依頼を受けたいのだが」
「はいっ、一般依頼ですね。ミラー草と花香岩の採取……確かに。期限は三日間です。契約金は不要ですが、期限を過ぎますと依頼不達成と見なし、罰金として依頼1つにつき銅貨1枚を徴収させて頂きますがよろしいですね?」
「構わない」
「はい、受理を確認いたしました! お怪我のないようお気をつけ下さいませ!」
受付嬢から依頼書のコピーを受け取るリコリス。軽く会釈をすると、イグニスの手を引いてその場から離れる。
「……みらーそーと、かこーがん?を、とればいいの?」
「ああ。……しかし、妙だな」
「……なにが?」
「ミラー草と花香岩は確かにどこの森や火山にも存在するが、採取方法が比較的に困難で長期保存にも向いていない特殊な薬草と鉱物なんだ。まず3日も持たない。せいぜい1日程度だろう」
「……ふぅん」
「商業ギルドや魔術ギルドに直接依頼した方が確実だろうに……変な依頼人だな」
「……へぇ」
「宿を取ったらすぐに採取に向かうが……来るか?」
「……わたし、助手ですから」
片手でガッツポーズをして「むふー」と可愛らしくやる気を見せるイグニスを一瞥して、リコリスは「そうか」と一言漏らす。
「……後で図書館にも寄ろうか。君の勉強も並行して進めよう」
「……うん」
イグニスは微笑みを浮かべて、リコリスの隣を歩いた。
*****
宿屋『自然の癒し宿』で数泊できるだけの金を支払い、すぐに2人は出発した。商店街に行って必要な道具の購入。妙なものを見る目で見られたが、リコリスは気にしなかった。そして、門へと向かう。
門番に依頼書を見せれば簡単に通される。王都から出て、まず向かったのは鉱山である。
「……どこ、ここ」
「ウェノル鉱山。国外のすぐ近くに火山があってな、それの恩恵を受けているためかこの鉱山内も温度が高い。イグニスは大丈夫……だよな?」
「うん……ウィルオウィプス、だから」
「なら良い。君は私に着いてこい。花香岩の採取方法を教えよう」
「分かった」
2人は洞窟のような鉱山の中に入る。中に入れば光が入らないため、真っ暗なのだが、ここには壁に灯りが備えてあるためそこまで暗くはなかった。
「……かこーがん、って、どんなもの?」
「花の香りがする鉱物だから花香岩。見た目は色がついた岩そのものだが、構成している物質が花弁同様に脆いのが特徴だな。鉱山内に咲く花とも言われている鉱物だ」
「……ふぅん」
ウェノル鉱山内は蒸し暑い。奥へと進む度に温度が増していく。ウィルオウィプスであるイグニスは自らが炎の塊であるため特に何とも思っていないが、そうじゃないリコリスは少し暑そうに胸元をパタパタさせる。
「……大丈夫?」
「ああ。死にはしないから大丈夫だ」
「……それ、あつい、ってこと……?」
「分かっているなら言うな。生憎ながら、火属性では無いのでな」
「スライム・ネックレスがあればな」と愚痴をこぼすリコリスの額に汗が滲む。
「……ん。あれだな」
リコリスが花香岩を見つける。しかし、イグニスには視界一面に剥き出しの岩肌しか映らない。リコリスが言っていた花香岩の特徴はどこにもなかった。
「……? ……どれ?」
「……ああ、すまない。今はまだ開花前だからな」
リコリスは持ってきた道具を下ろすと、ピンセットと真っ黒な小袋を取り出す。
「いいか、イグニス。花香岩は鉱山に咲く花と呼ばれているためか、その形成の仕組みも他と異なる」
リコリスはイグニスに手招きしながら、花香岩があるのであろう部分にピンセットを向ける。
「この部分、この岩壁よりも盛り上がった部分が花香岩だ。分かるか?」
イグニスがピンセットの先を目を凝らしてじっくりと観察する。確かに、他の平面な壁と違って半球体のような盛り上がった岩が見えた。
「……うん。見えるよ」
「そうか。で、探し方なのだが……。とりあえず、何故このような形になるのかを説明しよう。そのためにもまず鉱物の基本知識を軽く教えておく」
「……うん」
「一般に鉱物の形成というのは岩石の隙間に流れた溶質が溶けた熱水やガスが入り込み溶質が結晶化する場合や、マグマの中で他の鉱物よりも早く出来上がる場合、それに原子配列による粗密によって形成される場合と色々とあるのだが……」
「……?」
「花香岩はそれらと多少形成過程が異なる。花香岩には核となる鉱物が存在しており、それを中心に周りの岩から成分を抽出して徐々に肥大していくという岩石なのだ。それが核となる鉱物の周りに花弁のように1枚ずつ積み重なることで少しずつ形成されていく」
「………??」
「つまり、初めからある物質が結晶化すると言うよりも周りから必要な成分を吸収して結晶化するという特徴を持つのだ。これはまだ開花前だが、時期が来ると花開く。まさに花のようだろう? それも名称の由来であり、また、そのような形成過程により周りを押しのけてしまうため、花香岩なる物が周りから突出して剥き出しになってしまうという訳だ」
「……………???」
「故に初心者は花香岩とただの岩壁を区別する場合、頭と壁が並行になるように頭を壁にくっつけて探す。そうすれば壁から盛り上がる箇所があるかどうかが分かるからな。岩石学者だと花香岩の外側の岩……研究者はそれをガクと呼ぶのだが、そのガクと周りの岩壁との色の違いを見分けて……。……、………イグニス?」
リコリスがようやくイグニスに目を向ける。
彼女は首をかしげて眉を寄せ、必死に理解しようとしていた。しかし、耳から煙、全身は熱を帯びて少し赤く染まり、長い髪は熱気で踊り狂い、更にパチパチと火花が周りで散っている。
「……理解できないなら理解できないと言え」
「あう……」
絵に描いたようなオーバーヒート状態のイグニスにリコリスは呆れながらそう言い、額を軽く小突く。
「まあ、簡潔に言えばだ。君が花香岩を探す際には壁に顔を近づけて探せと言うことだ」
「……もりあがった部分、が、かこーがん……だから?」
「その通りだ」
よく理解できたな、とリコリスはイグニスの頭を撫でる。それを目を細めて気持ちよさげに受け入れるイグニス。
「で、採取方法だが……まあ、特殊と言えどもやり方さえ分かれば誰でもできる。ただ、傷つきやすいから困難だと言うだけだ。気楽にやれば出来るはずだ」
「……分かった」
リコリスの言葉にイグニスは頷く。リコリスはガクと呼んだ花香岩の外側の岩をピンセットで破り始めた。
「花香岩の付け根の部分。岩壁と花香岩の境目だな。ここが1番脆い部分だ。ここをピンセットで掻いて穴を開け、そして外側だけを剥がす」
「……ふんふん」
ぺりぺりとガクが剥がされていき、中からくすんだ赤色が覗いた。いくつもの薄い膜がまるで蕾のように重なり合っている。
「開花前は多少頑丈だからピンセットでも傷つかない。採取する場所はこの外側の岩……花弁と呼ばれるのだが、それを1枚剥いだ中身だ。薄いから気をつけろ」
「………うん」
手際よく外側から順に剥いでいくリコリス。4枚ほど剥ぐと、中から真っ赤な鉱物が現れた。まるでベールをいくつも重ねたような繊細な輝き。イグニスも初めて見た花香岩に目を輝かせて釘付けになる。リコリスはピンセットを置いて、黒の小袋を開く。
「ここからは手作業だ。花弁の中に手を入れ、壁と接着している部分を指で軽く挟んで、軽く引っ張る。少し下に力を加えると簡単に取れる……ほら」
花香岩の上から花弁の中に手を入れ、少し力を加えるとポロリと壁から外れる。それを上手くキャッチしたリコリスは黒い小袋の中に入れ、口を縛った。
「そして、遮光性の高い袋に入れる。花香岩は日光に当てると色褪せてしまうから、袋の口は締めろ。それと、小袋には1つずつ入れること。花香岩が潰れてしまうからな。いいな?」
「……りょー、かい」
どこで覚えたのかぴしっと敬礼するイグニス。リコリスはそれを見て頷く。
「分からないことがあればすぐに聞け。遠慮は無用だ」
「……分かった」
リコリスはイグニスにピンセットと黒い小袋 (耐熱性あり)、そして耐熱グローブ、背負う籠を渡す。
「時間は1時間。これが終われば森に行く」
「……うん」
2人は二手に分かれて行動し始める。
リコリスは慣れているからか次々と花香岩を見つけて採取している。彼女が背負う籠の中には大量の花香岩が入っていた。
一方でイグニスはというと、不器用な手つきで花香岩をマイペースに取っていた。いくつか傷ついていたり、間違えて1つの小袋にいくつも一緒に入れてしまい潰れてしまうという事件も起きたが、それ以外は特に大事には至らず作業を進めていた。
1時間後……。
「………すごいねぇ」
「そうか」
籠一杯……いや、溢れ出す程に花香岩を取ったリコリス。貰った籠の半分以下の花香岩を取ったイグニス。リコリスはイグニスの籠から1つ取り出し、中を覗く。
「君は初めてにしては品質が……」
「……わるい?」
「いや……良質だ。予想以上だな」
確かに傷ついているが、それでも充分売りに出せるものである。数は少ないが、初めてにしては上出来であった。
(……こいつは覚えが良い。少し鍛えれば化けるぞ)
リコリスがちらりとイグニスを見れば、彼女は褒めてほしいと目で訴えていた。リコリスは手を伸ばして頭を撫でる。イグニスは気持ちよさげに目を細める。
リコリスは撫でるのをやめると、花香岩を籠ごと収納魔法で異空間の中に入れる。
「……そうだ、イグニス」
「……んぅ?」
「先程中々綺麗な風景を見つけてな。着いてこい」
リコリスはイグニスを手招き。坑道を進む。イグニスは不思議そうにしながらも、大人しくリコリスの後を追う。
「どうだ? 中々無い景色だろう」
「………ふわ」
道の行き止まり。
そこは少し小さな広場のようになっていた。
天井、壁、地面一杯に花香岩が咲き誇っていた。
赤、青、黄、緑、紫、橙、桃、白。
様々な色の花香岩が咲いている。
鉱山でのみ見られる花畑。
イグニスは初めて見る美しい景色に見とれている。そんな彼女を見て、満足そうにリコリスも景色を眺める。
*****
景色をじっくりと堪能した後、2人は鉱山から出た。
「さて……、次は森に行こうか。ウェノル森林と呼ばれる森だ」
「…うん」
次に向かうのはウェノル森林。ミラー草を採取するためだ。
リコリスがイグニスに差し出した手を彼女は取った。しかし、リコリスは眉を寄せる。イグニスがグローブをつけたままにしているのだ。
「イグニス、そのグローブは外してくれないか」
「……このグローブ、付けてたら、リコリス、やけどしない…でしょ?」
「そうだが……触り心地がいまいちだ。君の手が荒れるからやめておけ。いつか良質なグローブを買ってやるから、外せ」
「……でも」
「私はすぐに再生するから構わん。君の手が壊れるくらいならば私が壊れよう。君よりも私の方が耐久度が高いからそこまで損傷も酷くはない」
リコリスは立ち止まるとイグニスの手からグローブを外して、異空間へと放り投げる。
「第一、衣服と一体感が無い。合わないからやめておけ」
行くぞ、とリコリスはイグニスを引っ張る。
「………」
イグニスはリコリスの行動にぽかんとしていたが、すぐにふにゃりと笑みをこぼした。
「……リコリスは、私の手、さわりごこち……いい?」
「……言葉のあやだ。訂正する。助手の手が使いものにならなくなると私が困る」
「……んふ、ふふふ」
イグニスはふわりと宙に浮くと、ぴとりとリコリスの背中にくっついた。
「……何の真似だ」
「……んふふ」
引き剥がそうかとも考えたが、歩くのに支障は無いし、何より本人が満足そうだ。放っておくことにした。
「……あいつらだ」
「……殺してやる」
「後をつけようぜ」
「………」
……あいつらを、油断させるためにも。
リコリスはイグニスにばれないようにそっとため息を吐く。
*****
ウェノル森林。
鉱山と違うことと言えば空気が新鮮で暑くなく、風がありむしろ涼しい。更に様々な動物や植物が生息しているということ。
「生態系が築かれているとは良いことだ。自然選択も程よく起き、新たなる特徴を持つ生物が生まれるかもしれないからな」
「………ん、んぅ?」
小難しい話にイグニスは小首をかしげる。またオーバーヒートする前に、リコリスは「独り言だ」と告げる。
「さて、この森ではミラー草を採取するのだが……ミラー草というのは日当たりの良い場所には大体咲いているから、見つけるのは容易いだろう。問題は取り方だな」
リコリスの視界の端で、何かがチカッと眩く小さな発光。目を向ければ、そこには日に照らされてユラユラと揺れている草花があった。
「……やばいな」
「え? わっ」
リコリスがイグニスを抱いてしゃがみ込む。
直後、ピュン、と。
その上を何かが通り過ぎる。傍にあった木の幹に一点の黒い焦げが出来上がり、そこから煙が僅かに立ちのぼっていた。
「……あれがミラー草だ」
「……そう、なの」
ミラー草。
花弁に相応する部分がガラスと似た物質で出来ている。光を中心のめしべとおしべに集束し、そして一定の光が溜まったら周りにレーザーのように光を放つという性質を持っている。あまり攻撃力は無いのだが、人間がまともに食らうと火傷し、目に直撃すると失明するという地味にきつい特性を持つ草花である。森の中でいつの間にか火傷をしていたら、大抵はミラー草の仕業と言っても過言では無いほどである。
「ミラー草がレーザー光線を放つ際、小さく発光する。見逃すなよ。下手に受ければ失明、火傷をするからな」
「……ウィルオウィプスでも?」
「試したことはないが、なるかもしれない。今君は肉体を持っているんだ。それを忘れないようにしろ」
立ち上がり、リコリスは泥や土を払うとミラー草に近づく。イグニスはリコリスの行動にギョッとして慌ててローブを引っ張る。
「り、リコリス……あぶない……!」
「大丈夫だ。幸いにもあのミラー草は単独だからな。1度レーザー光線を放てばしばらく光を集めることに集中する。何もすぐに発射されるわけではない。勿論、集光時間に個体差はあるが」
幼いミラー草は集光時間は短く、レーザー光線の威力も低い。成長するにつれて集光時間は長くなり、レーザー光線の威力は高くなる。
「採取するときにはできる限り光に当てた状態で取れ。極限まで光を貯め込ませると花弁の質が高くなるからな」
「……れーざー、放つまで?」
「そうだな。発光した直後に摘み取ることが理想だ。難しいが」
あの小さな発光を見逃せば、まともにレーザー光線を食らうのだ。四方八方に高速に発射されるため、避けきるのは困難。
何より、ミラー草は日当たりの良い場所に生息するため、密集していることが多い。例え1つの花から放たれるレーザーを避けきれたとしても、他の花から一斉に、しかも時間差で放たれてしまえばまず被弾する。
そういうわけで、ミラー草を採取するのは困難を極めるのだ。
現在ではミラー草を人工的に育てて安全に収穫する技術もあるのだが、やはり質は自然のものより劣る。
リコリスとイグニスは見つけたミラー草の傍にしゃがみ込み、ミラー草が光を貯め込むのを待った。
その数分後、ミラー草がチカッと発光する。その瞬間、リコリスがプチッと摘み取る。
「摘み取った後はやはり遮光性の高い袋に入れる。ミラー草は束で入れても構わないぞ。その代わり、この輝石を入れること。浴びた日光を吸収して夜に発するという石だ。ウェノル鉱山に行った際、外で日光をたっぷりと浴びせておいた。量にもよるが……まあ、半日は余裕で持つだろう」
「……分かった」
「レーザーの心配はしなくていい。摘み取った後はミラー草自身が枯れないように日光のエネルギーを養分に費やし始めるからな」
イグニスは耐熱性グローブをして、遮光性と耐熱性のある黒の小袋を受け取る。
「……それと」
「……?」
リコリスは少し冷たい目をする。
イグニスやイグニスの造り出した友達、レッドオーガを相手取った時の、あの冷たい目によく似ていた。
イグニスは一瞬硬直したが、すぐに力を抜く。自分に向けられているのではないと分かったからだ。あの時以来、リコリスはイグニスに冷たい目を向けることはなかったため、さすがに少し怯えたが。
「鉱山を出た時から誰かに尾行されている」
「……びこー?」
「私達に一泡吹かせようと攻撃する機会を待っている、ということだ。つまり、襲われる可能性が高い」
「……!」
イグニスが目を見開いた。
「……だれ、が?」
「目星はついている。……が、断定は出来ない。どうする? 今回は共に行動して早めに切り上げる、という手段も取れるが」
リコリスの提案にイグニスは首を横に振る。
「わたしは、大丈夫。だって、モンスターだし……あの子もいる」
「……ふむ。まあ、戦闘力においては心配していないが……いざとなったらカチューシャを外して私の元まで飛んでこい。いいな?」
「……でも、服、が。せっかく、ようせいさんたち、作ってくれた……のに」
「安心しろ。敵が売り払う前に私が全て斬り捨てて奪ってやる」
リコリスはポンとイグニスの頭に手を置く。
「……それじゃあ、気をつけろよ」
「……リコリスも、気をつけて?」
「重々承知している」
リコリスはイグニスに背を向け、ひらひらと手を振った。
*****
リコリスはイグニスと離れた後、森の中を彷徨っていた。ミラー草を探すのもそうだが、背後でこそこそと動いている人達をおびき寄せるためでもある。
(……呼吸からして男2人か。足音と衣擦れの音から剣士の可能性が高い。1人は軽装だが1人は鎧を着こんでいるな。重戦士……ならば斧か大剣を背負っているな)
音。
音だけで、リコリスは尾行している連中を把握していた。相手の尾行が下手すぎるというのもあるのかもしれないが、リコリスの感覚は破格の5000オーバー。そこら辺の冒険者よりも研ぎ澄まされている。魔法である“サーチ”を使わずとも相手がどんな輩か分かっていた。
どうするかな、とリコリスは森の獣道を進んでいく。
その後ろを2人の人物が追っていく。
その状態がしばらく続いた。
「……あの女、どこまで行くつもりだ?」
「どこでもいいだろ? どうせ痛めつけて殺すんだから」
「おい、殺す前にヤらせろよ。体だけは良さそうだしな」
「確かにな。殺す前に犯すか」
(……殺すか)
会話も筒抜けである。下卑た会話が聞こえてきたリコリスは半殺しの予定を惨殺に変える。ここで生かせばまた襲ってくるのは目に見えて分かった。
決まったのなら即行動。
「は?」「あ?」
左手の刻印が赤黒に光り、リコリスの手の中に大剣が顕現する。
体を捻りながら半回転して振り向き───
「エアスラッシュ」
───黒い靄を纏ったクレイモアを振り抜いた。
「うおおっ!?」「ぎゃあああ!!」
ザクンッ!!
黒い靄で横一文字。命の危険を感じた男達は地面に伏せる。そのとっさの行動で生き延びることはできたが、大きな体は獣道に出てしまい、リコリスにも見えてしまう。
ボキッ! バキバキバキッ!!
「「うわああああっ!!」」
リコリスが両断した木が倒れていく。それを見て男達はさっと顔色を変えて這う這うの体でなんとか逃げ出した。
ドスゥゥウン……!
足先に木の幹が掠る。ギリギリ逃げ出すことができた男達はがたがた震えながら、荒い呼吸をしながら、自身の心臓がドクドクと拍動していることを感じていた。
「シャドウバインド」
「「っ!?」」
ピタリ、と。
2人の動きが強制的に停止させられた。
「な、なんっ……!?」
「体が……!!」
縄で縛られているわけではない。触れられてもいない。それなのに、体がびくともしないのだ。
「やはり君達か」
ざり、と男達の真後ろで土と石を踏みにじる音。振り向きたくても、振り向けない。
「ウェノル王国の入国時以来だな」
2人は入国時にリコリス達に絡んできたパーティーだった。
「馬鹿な奴等だ。見逃した命をわざわざ捨てに来るとは……」
見られない。
見ることができない。
見たくても振り向けない。
背後で女が何をしているのか分からない。
音で判断するしかない。
それが、恐ろしかった。
呆れた声が、無感情に聞こえてしまう。
金属音に異常に反応してしまう。
心臓が跳ね上がる。
いつ首をはねられるのか気になってしまう。
避けられない、逃げられない。
───いやだ、いやだ、死にたくない。
「……後の2人はイグニスの元か。確か……魔術師と斥候だったな」
カチャリ、という僅かな金属音に、わざとらしくひゅっと息を飲む2人。もし体が自由ならば肩を跳ね上げただろう。サア、と胸の奥が冷え込んだ。
「ま、待て! 待ってくれ! ここで俺達を殺せばあのお嬢ちゃんも死ぬぜ!?」
「何?」
「そ、そうだ! 俺達の今の状況は向こうにも筒抜けだからな! 下手に俺達に危害を加えれば向こうが何をやらかすか分からねぇぜ!?」
「………」
事実ではない。完璧なデマである。でまかせである。だが、デマであろうと真実だと思わせれば、『もし』の未来を想像させれば。相手はきっと迷うだろうという、彼らの思いつきの作戦だった。
実際、リコリスは沈黙した。真偽を見極めるように。
しかし、男達は愚かだった。
リコリスが真実だと思うまで待っていれば良いものを、男達は喚きだす。
「おい、あのお嬢ちゃんをどうかされたくなかったらとっととこの変な魔法を解け」
「言うとおりにした方がいいぜ。ここからだとあの子供の居場所なんて分からねぇし、守れねぇだろ?」
イグニスを人質だと言わんばかりに畳みかける男達。
リコリスは沈黙している。
「おら、さっさと魔法の拘束を解けよ。あの子供に何かあってもいいのかよ」
「あの子供は見た目が良いからなぁ……もしかしたら、あいつら欲情して襲っちまうかもよ? それでもいいんだな?」
「おいおい、あの子供は奴隷として売っ払うんだろうが。傷物にしてどうするんだよ」
「良いじゃねぇか。だってこの女がヤらせてくれないんだぜ? だったらあのお子様で楽しむしかねぇだろ」
リコリスは沈黙していた。
「まさか、嘘だと思ってんのかよ。ははっ、だったらおあいにく様。もうあのお嬢ちゃんは俺達の意のままだから」
スパン。
「な」
重装備の男の腕が斬り落とされた。
がしゃんと鎧と共に前腕が地面に落ちる。
「い……ぎゃあああああああああああ!!!」
どぷどぷと血が流れ出す。男は身じろぎで激痛を逃すこともできず、悲鳴をあげた。
「なっ……て、テメェこのアマァアアッ!! あのガキがどうなってもいいって」
ズパッ。ボトッ。
「いうのっ」
今度は軽装の男の腕が落ちた。
「か……あぇ?あ、ぎぃぃぃぃやアアアアアアアアアアアア!!」
2人が絶叫をあげる。それを聞いているのは発生源の2人以外にリコリスただ1人。
彼女は冷めた顔で、2人を虫螻でも見るかのように見下していた。
対称的に血に濡れたクレイモアは歓喜しているかのように見えた。
持ち主の残虐性と非情に共鳴するように。
「人間の死因にショック死があることを知っているか?」
2人はひいひいと喘ぐだけ。リコリスの話など聞いていなかった。
「ショック死とは外的刺激によって生じたショック状態の元に死亡することを指す。精神性、神経性、出血性、過敏症、中毒性、薬物……実に様々だ」
リコリスはそれでも淡々と続けた。感情を感じさせない声で。
「今回は出血性ショック死を試してみようか。命すら要らない自殺願望の実験体が2匹もいることだしな」
無慈悲な声。微かに狂気的な高揚すら感じられて、男達は青ざめた。
見たくない、でも、見たい。見えないことが恐ろしい。何をされるのか想像もできずに恐ろしい。
「君達の死因は失血死だ」
カチャリ、と。
死に神が持つあの大鎌が喉元に突き付けられるような感覚。
死ぬ。死んでしまう。
「ま、まっ……て」
声が出ない。口の中がからからで。
「ぉ、ぉれ、しにたく」
ひゅーひゅーというか細い呼吸。身じろぎできないおかげであまり動かずにすむことに初めて感謝した。少しでも動けば、途端に心臓を突き殺されるようで怖いのだ。
「死に急ぎ共に2度目は無い」
研究者は実験を開始した。
実験体の悲鳴が森の中で響くも、誰かに届くことはなかった。