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とある死霊魔術師の死後  作者: シュガームーン
1章『勇者パーティーと死霊魔術師』
5/23

5話「失せ物探し」

「色々と世話になった。感謝する」

 妖精の森の入り口で、リコリスは妖精達にそう告げた。

「そう、ですか……。もう少しゆるりとしていかれても良かったのですが……」

 妖精の長老は外見こそ16歳くらいだが、老成しており、覇気がある。長老は自身の白髪を残念そうな顔で一度撫でて、リコリスとイグニスに笑みを向けた。

「あなた方がそう言うのなら止めません。あなた方の行く先に、妖精王のご加護がありますように」

「ありがとう。いつか必ず戻ってくると約束しよう」

 リコリスも微笑を浮かべて、長老に差し出された手を握る。

「おねぇちゃん、もういっちゃうのー?」

「せっかくひのおんなのこともなかよくなったのにー」

「おまじないみせてくれないのー?」

 あの妖精3人組(トリオ)が飛んでくる。それを諫めるのは長老。恩人に迷惑をかけるな、とまだ子供の彼らを睨みつける。3人は長老の眼光に怯えつつも縋るようにリコリスを見やる。彼女はその目に少し考えるように首を傾け、長老を見た。

「長老。実はその3人に失せ物探しのまじないを見せると約束しているのだが」

「? ……はあ」

「私の住居跡地でまじないを行う予定でな。3人を見学という形で連れて行ってもよろしいだろうか。案じなくても、森に比較的近い位置にある。そんなに時間がかかるものでもない。なんなら誓約の魔法を掛けてもらっても構わない」

 リコリスの提案にぱっと3人は顔を輝かせる。そして期待のこもった目で長老の返答を待った。

「……そういうことなら、よろしいでしょう。恩人のおっしゃることなら信じます」

(そこまで信用されても困るのだが……)

 少しリコリスは眉を寄せるが、口には出さなかった。

「レーク、ウィン、ソール。失礼の無いようにな」

「わっかりましたぁあーーー!!」

「やったねおねぇちゃんありがとおーー!」

「もうちょっとだけいっしょにいられるよ~!」

「ぐえっふ」

「お前らーーー!!」

 許可を得た瞬間、リコリスに飛びつく3人に怒声を浴びせる長老。それでもきゃっきゃっと楽しそうにリコリスにしがみつくのは流石である。

「お気になさらず。いつものことだ」

「……それはそれで申し訳ないのですが」

 それもそうだ。しかし、リコリスは特に気に止めずに好きにさせる。

「それでは、こいつらを借りる」

「……ぁの。お洋服、ありがとう…ございます」

 2人が再び頭を下げれば、妖精達は笑顔で見送ってくれた。




*****




 住居跡地。

 焼け焦げている。

 勇者達が不浄だと火を放ったのか、それとも別の原因なのかは分からない。

「ここでおねぇちゃんすんでるのー?」

「びょうきにならないのー?」

「さむくないのー? だからいつもきこんでたのー?」

「誤解が酷いな。別に焼け跡で暮らしているわけではない。家を焼かれたのだ」

 家の散らばった破片を踏みつければ、ぱきりと割れる。我が家の成れの果てに、リコリスははあ、と憂鬱そうに息を吐き出す。

 仮にも住んでいた家だ。愛着が無かったわけではない。それが勇者が訪れたたった1日で崩れてしまえば、それは憂鬱にもなる。

「……まあいい。過去を想ってもしょうがない。さっさとまじないを始めよう」

「「「はーーいっ!」」」

「……おまじない?」

 1人、首をかしげるイグニス。彼女は事情を知らなかった。

「おねぇちゃんのだいじなものがぬすまれたんだってー」

「どこにもみあたらないんだってー」

「だからぁ、おまじないでさがすんだってー」

「………そうなの」

「「「そうなのー!」」」

 妖精3人がびゅんびゅんと飛びながら言えば、イグニスはそれに相槌あいづちを打つ。

 そうしている間にもリコリスは準備を進めた。

 材料はレッドツリーの木の実、蜘蛛の糸、妖精の涙入り清水。

 まずリコリスは焼け跡で見つけた料理用のボールにレッドツリーの木の実を入れ、砕き始めた。石を使ってゴリゴリと、果汁が溢れて種子が粉々になる。

 木の実が原形を留めず液体と粉末程になった所で、妖精の涙入り清水をボールの中に注ぎ込む。棒で掻き混ぜれば、水が淡い赤色に変わる。その頃には妖精とイグニスもリコリスの作業を見ていた。

「使うようで悪いが、誰か蜘蛛の糸を持ってくれ。イグニスは燃やしてしまう可能性があるから、できれば妖精が良い」

「あ、じゃあもちまーす!」

「えーっ!? わたしがもつ!」

「ぼくももちたーい!」

 途端にぎゃいぎゃいと喚き出す妖精、結局イグニスの指名した妖精が持つことになった。1人の妖精は両手を天に突き上げ、残り2人は地面に手をつき項垂うなだれていた。

 リコリスは蜘蛛の糸を解きながら、途切れないように丁寧にそれを淡い赤色に染まった水の中に入れていく。妖精は蜘蛛の糸を巻きつけた枝を一定の速さでくるくると回していく。中々集中力を要する作業だった。残る3人も固唾を呑んで見守る。

「……よし、入れ終えたな」

「おわったぁ~~……」

 リコリスの言葉に緊張を解いて大きく息を吐き出す妖精。その妖精をリコリスは撫でる。頭に軽く手を置き、左右に軽く動かす。

「手伝ってもらって悪いな。お陰で助かった」

「……えへ。えへへへへへ」

 頬をぽわっと赤く染めてにやける妖精。妖精2人とイグニスは羨ましそうにその妖精を見つめた。ぐねぐねと身をよじる妖精は後で絞られることになるだろう。

 一方で淡い赤色の水の中にはキラキラと光に反射する蜘蛛の糸が浮き沈みしている。

「映せ、せ物を。探せ、何処いづこへ消えた我が宝を。この世に存在するのならば、その在処ありかをここに示せ」

 リコリスが言葉を紡ぐ。

 それにより、まじないが発動する。淡赤色の水が輝き、蜘蛛の糸が蠢き出す。それに魅入られるようにイグニス達もリコリスの背後から覗き込んだ。

 蜘蛛の糸が形を作り始める。ぐねぐねと、ぐねぐねと。水の中で身を踊らせ、何やら地図のような物に変わる。とある一点が濃い赤色になっていた。

「……どこ、なの? リコリス」

「………地形からしてウェノル王国だろう。遅くても2日ほど歩けば着く。助かった、かなり近い。

 ───所有者を示せ」

 リコリスはほっと息を吐き、言葉と共に水面の上に手をかざしてスライドするように動かす。触れてもいない水面に波紋が生じ、蜘蛛の糸が再び蠢きだした。もしあの本に所有者がいないのならば糸は沈黙する。しかし、糸が動くというのなら所有者がいるということ。果たして渡してくれるだろうかと思いつつ、糸でかたどられた人物を見る。

 そして、驚く。

「………こいつは」

「? しってるひとなのー?」

 知っている、というだけではない。彼女の死(・・・・)に間接的にも関係している、因縁がある相手だ。リコリスは顔を歪めて、顎に指を這わせた。

「手強いな、これは」




*****




 ガシャァアアンッ!!


「何故だ! 何故だ何故だ何故だ!?」


 ガシャァアアンッ!!


「何故読めない! このボクが!! 全ての知を得るに相応しいこのボクが!!」


 ガシャァアアンッ!!


「あの死霊魔術師ネクロマンサー風情がこの本を解読できるのにっ! 何故ボクには出来ない!? 何故だ!? 何故だぁぁああ!!」


 ガシャァアアアアアンッ!!


 今日1番、激しい音がした。

「はあ……はあ……っ、はあ……」

 荒い息づかいとガラガラパリンと崩れていく器具、ドサドサと倒れていく書物、書類の束だけが響く。

「認めない……」

 眼鏡をかけた顔に汗を吹き出しながら、その人物はぐしゃぐしゃと銀髪を掻きむしった。

「ボクがあの女よりも劣るなど……」

 緑色の瞳には憎悪と怒りが込められ、ギラギラと輝いていた。

「認めないぞ……!!」

 ダンッ、と激情のままに机を叩く男。

 その男の足元には、新品同然の辞典のような書物が1つ。しかし、その中身は真っ白で何も書かれていない。


 本の所有者は───ダヴィド・インジェンス。


 勇者パーティーの一員であり、賢者とも呼ばれる人並み外れた知識を持つ男である。




*****




「……おお?」

 書物と書類の束だらけの部屋。

 紙に囲まれながら読書を楽しんでいた誰かが珍しく声をあげた。

「……ほう。なるほど」

 うん、うん、と何かに納得したように独り言を呟き納得する。

「そうか、そうか。くく、くふっふふふふ。やはり素晴らしいなぁ、君は。私の知識を与えただけはあるよ。うっふふふふ……」

 愉快そうに笑う。そして、パタンと本を閉じると、立ち上がり、閉め切っていた部屋から出た。

「外出するのはいつぶりかな……。折角の機会だ、君の話も聞いてみたいなぁ」

 明かりも無いのに不思議と薄暗いだけの廊下を歩きながら、誰かは楽しそうに笑った。




*****




「……リコリス、大丈夫?」

「問題ない、が……不思議と痛む」

「………うん」

 首をさするリコリス。それにこくこくと頷くイグニス。

 つい先程、妖精達と別れる時に、お別れのハグという名の強烈タックルをお見舞いされたのだ。それが3人分。そのせいで体の節々(特に首)を軽く痛めていた。アンデッドであり再生能力を持つイグニスだが、何故か痛みが微妙に取れなかった。

 現在リコリスは歩き、イグニスは浮いていた。住居跡地から出発し、ウェノル王国へと向かっている途中なのだ。

「ウェノル王国……って、どんなところ?」

「どんな?」

 イグニスの問いにリコリスは少し考える。

「まあ、可も無く不可の無く……どこにでもありそうな平和な王国だな。モンスターに這入を許さないために城壁を造り、城と城下町がある。後は……そうだな。研究者が余所よそと比べて多少多いことと、勇者が生まれた国だと有名なことくらいだ」

「……けんきゅーしゃ?」

 『勇者』はリコリスを1度殺した連中だと話で聞いた。イグニスは『研究者』という言葉の方が気になった。

「魔術や呪術、薬草学、機械科学、生物学、魔物学、医療、錬金術……まあ様々だが、そういったまだおおやけに明かされていないような事柄を理論的に解明してみせようとしたり、新たな物を作り出そうとする、そんな連中を広義的に表した言葉だ」

「……リコリスも、けんきゅーしゃ?」

死霊魔術師ネクロマンサーだったせいか、け者扱いされてきたがな。専門は呪術。加えて魔術、錬金術、薬草学、魔物学が得意だ」

「……すごいねぇ」

 内容は全く分からないイグニスだが、それだけ沢山の事を知っていることは凄いことだと分かった。

「わたしでも、何かできる……?」

「……何故だ?」

 リコリスがイグニスと目を合わせる。イグニスは空中で逆さまになりながら答えた。

「……いつまでも、愚か者って思われたくないし」

「………そうか」

 根に持っているのか、と思わせるイグニスの微笑みにリコリスは何も言えなかった。

「……まあ、まずは語学だな。それから魔物学、魔術。君はモンスターだから、そのくらい身につけておけば充分だろう」

「ごがく……?」

「人間が喋る言葉は基本的に統一されているが、エルフやドワーフ、巨人や獣人といった種族では言葉が違う場合が多い。モンスターとの意思疎通もな。相手の言う事が理解できればそれだけで充分賢いと言える」

「……わたしと、リコリスが、いしそつう?できているのは……?」

「君が人間の怨念から生まれたモンスターだからだろう。私は人間からモンスターに生まれ変わっただけ。おもいから生まれたアンデッドというのは、基本的に生前…特に死に際の思考を強く記憶に刻んでいるからな。人間から生まれたのなら多少の言葉は使えるものだ」

「……ふぅん」

 分かったのか、分からなかったのか。イグニスは曖昧な返事をして逆さまから元通りになる。

「リコリスは、どんなものを探してるの?」

「ん? ……ああ、言っていなかったか?」

「おまじないはしてたけど、どんなものかは、分からない…から」

 イグニスはリコリスの隣を浮遊しながら問う。

(少し喋りすぎたかな)

 ……と不安がるイグニスに比べて、リコリスは……。

(道中話題が尽きないな)

 ……くらいにしか思っていないが。

「私が探しているのは本だ」

「……ほん」

「私にしか読めない、この世界で今のところ1つしか存在しない書物だ」

 その言葉でまずイグニスが思いつくのはリコリス自身が作った本だ。どんなものかは知らないが、リコリスが『けんきゅーしゃ』ならばそれを自分で作るくらい簡単だろう、と。

「……とは言うのも、神から賜った全智の書なのだが」

「……かみ?」

 世間知らずのイグニスでもそれは本能的に分かる。人間の記憶でも当たり前の知識が多少彼女に残っているからだろう。イグニスは目をぱちくりとさせた。

「……かみって、あのかみさま?」

「おそらくその神様だろうな」

 平然と答えるリコリス。イグニスは彼女から少しだけ離れる。

「……リコリスって、何者?」

 なんだこいつ、という目を受け取っても、リコリスは何を考えているのか分からない無表情を保つ。

「ただの死霊魔術師ネクロマンサーだ。……今はモンスターだがな」

 そう答えた。

「………む」

「?」

 何かの気配を感じ取ったのはリコリス。そんな彼女に気づいて周りを見渡すのはイグニス。

 聞こえるのは、ガサガサという足元の草が揺れる音と、近くの森の枝がぎしぎしと鳴る音。それが、少しずつ近づいてくる。

「……イグニス。少し下がっていろ」

「……ぅん」

 リコリスがクレイモアを呼び出し、イグニスを下がらせる。

 音の根源は───森から飛び出てきた。


「グオオオオオオオオッ!!」


 丸太のような腕、ごつごつとした筋肉質な巨体、血走った瞳、真っ赤な体色、頭部から生えた白い2本の角。

 そのモンスターの容貌を見てリコリスが珍しく目を輝かせ、口の端を吊り上げる。そして、そのモンスターに向かって駆け出し始めた。


「レッドオーガ!? 珍しいな!」


 オーガの変異種、レッドオーガ。

 通常のオーガよりも体付きは立派で、一回りほど大きい。また、通常のオーガは薄赤色なのに比べて体色が鮮烈な赤なのも特徴だ。名前に赤色レッドがつくのも頷ける。オーガよりも力も強く、凶暴性が増しているこのモンスターと単独で出会ったのならば、すぐに逃げろとされている。

 しかし、その一方でレッドオーガの素材は研究の触媒として扱えるため、研究者には希少な存在とされている。リコリスも多少テンションが上がっていた。


〓〓〓〓〓


名前:───

種族:レッドオーガ

属性:火


体力:2851

筋力:2912

魔力:276

耐久:2849

技巧:133

感覚:805


総計:9826


〓〓〓〓〓


 “鑑定”で盗み見たステータスはモンスターにしては中の上レベル。まだまだ強くなる余地はある。

 ───このモンスターに至っては、この場で斬り捨てられるのだが。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

「ふん」

 レッドオーガの拳とリコリスの振るった大剣が接触。ギギギ、と固い音がして、お互いに弾かれ合う。刃の部分を当てているのにレッドオーガの拳はほとんど傷ついていなかった。


 ガキィッ! ガッ! ギィィッイ!


 離れてはくっつき、遠のけば近づく。

 何度も何度も繰り返される攻防。

 何故か火花が散った。

「しっ───」

 出たのは、リコリスだった。

 相手の拳を大剣で防ぎ、受け流しながら接近。次いで、レッドオーガのがら空きの胴体にクレイモアを叩きつけた。

「ギャッ………ォオッ!」

 刃は肉と骨を断ちながら進む。胴体半ば、もうすぐ心臓に到達するというところで、レッドオーガは拳を振り上げた。

「っ……」

 リコリスが迷わず大剣を離し、後ろへと跳んだ瞬間。


 ドゴォォオンッ!


 振り落とされた拳は地面に叩きつけられる。地面が揺れ、土埃を舞わせ、轟音が響く。視界を遮られ、顔を隠すように腕を上げるリコリス。

「………ふん」

 土埃から拳が突き出る。それを紙一重に避けるリコリス。それを繰り返していると、土埃が薄れていく。もう少しでお互いの輪郭が分かる。その時、彼女の視線から少し斜め上が橙色に染まる。

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」

「お。ブラックホール」


 炎のブレス。


 レッドオーガが吐き出した炎はリコリスが行使した黒い靄(ブラックホール)へと吸い込まれて消える。土埃が消え、お互いの姿が露わになる。

 リコリスは無傷だが、レッドオーガは斜めに斬り上げられた胴から真っ赤な血をドバドバと流している。クレイモアも刺さったままだ。

「ダークボール」

 リコリスが掌を上にして前に出す。魔力を掌から放出。まるで湯気のように黒い靄が掌から湧き立ち、渦を巻き、飴玉のような黒の球が出来る。それはみるみるうちに肥大化していき、そうして黒い球体が形成され───射出。

 リコリスの薄桃色の髪が後ろになびき、ダークボールがレッドオーガに一直線に飛んでいく。

「ガアアッ───」

 それを腕を薙ぐことで消してしまおうとするレッドオーガ。

 それを見て、彼女は嗤う。


「───拡がれ(スプレッド)


「アガァッ!?」

 嗤いながら前に出し開いていた手を握り締めた。まるで握り潰すかのように。

 途端に黒い球(ダークボール)が形を変え、アメーバ状に。突然の変化に硬直するレッドオーガの顔面に見事直撃。包み込むようにべちょりと拡がった。

「すぅぅ……」

 リコリスが再び特攻。深く息を吸い込み、肺に酸素を送り込む。そうしながら、顔に張りつく黒い物体をどうにか取り除いたレッドオーガの懐に入った。

 腰を落とし、足幅を広く取り、引き絞った右腕を歪な掌底へと変え───


「ブレイク」


 ─── 一気に突き込む。

「ゴォェエ!?」

 衝撃が体の内部を突き抜ける。胸元を突き込まれたレッドオーガは体を前へ折り畳みながら胸元を押さえて後退。

「コッ……カ、ァ」

 そして、白目を剥いて倒れる。体を痙攣させながらもがいていたがすぐに大人しくなった。

 少しの間、リコリスはレッドオーガが動かないかを警戒してそれを見つめる。動かないと分かると、近づいてクレイモアを引き抜いた。

「り、リコリス」

「ん? どうした、イグニス。……ああ、もうこいつは倒したから近づいても大丈夫だ」

 固唾を呑んでレッドオーガとリコリスの戦闘を見守っていたイグニスがふよふよと近づく。

「けが、してない?」

「…………。……ああ、大丈夫だ」

 想定外の優しい言葉に思わず言葉と思考を飛ばしたリコリス。すぐさま脳をフル稼働させて言葉を弾き出す。会話の間に微妙に空いたことにはツッコまず、リコリスの言葉にほっとするイグニス。そして、イグニスはぴくりともしないレッドオーガを指差した。

「……これ、大丈夫?」

「ん……。ああ、心臓を止めたから動かないと思うが」

「……しんぞう?」

「東洋に鎧の上からでも心臓を止められるすべや気を練り上げて衝撃に変える格闘術があってな、少したしなんだことがある。技術や仕組みを詳しく話すと長くなるが……まあ、簡単に説明すると、力を相手に流し込んで内部から破壊しただけだ」

「………すごいねぇ」

「そう言って貰えると幸いだ」

 ぱちぱちと小さな拍手の音。褒められてリコリスも悪い気はしない。

「レッドオーガは解体して持っていこう。こいつは研究材料にもなるし、高く売れるからな」

「……そう、なの」

「正直、私も遭遇するとは思ってなかったからな」

 妖精の幸運アップのお陰だろうか、と呟きながらレッドオーガに向かってクレイモアを振り上げた。




*****




 ウェノル王国。

 特に秀でた所もない、どこにでもあるような要塞王国。唯一他国に自慢できるといえば、勇者と名高いエドゥアルト・ブルーウィーが生まれ育ったこと。また、ダヴィド・インジェンスの別荘があるということ、勇者パーティーが訪れ、滞在していることが多いこと。その程度で、特に争いも無い平和で普通の王国である。


「すごい、たくさん、人……!」

 イグニスはきらきらと目を輝かせて人の行列を見ていた。王国に近づくと人目につきやすいため、出来る限り地面ギリギリを飛んで貰い、歩いているかのように見せている。

(火耐性のある靴が必要だな……イグニスは常に浮遊状態だから見逃していた。ここに売ってあるといいが……いや、いっそのこと作るか?)

 リコリスはイグニスがふらふらしないように手を繋ぐ。手がじゅうじゅうと音を立てて黒ずみ、焦げていくが、彼女は気にしなかった。それに肩を跳ね上げるイグニスは、リコリスの手ではなく服の裾を掴むことでなんとかを説得した。自分の体質のせいでリコリスに怪我をさせるのが嫌だったのだ。

「そうだな。思ったより人が多いな……全員冒険者か?」

 王国へと入る検問所には行列。それを見てリコリスは面倒だと言わんばかりに眉を寄せる。かと言って王国に入らないというのは出来ないため、列の1番最後に並ぶことになる。

「……どのくらい、並んでなきゃ、だめ?」

「そうだな……。この調子だと1時間はかかる可能性はあるな」

 うんざりするようなトーンでリコリスは言う。時間が無駄だ、とでも言うように。

 それにしても、とリコリスは再び眉を寄せる。

(……視線が痛いな)

「どう……したの?」

「ん。いや、なんでも」

「なあ、君達って2人だけ?」

 ない、と言い切る前に声をかけられる。2人の目線の先にはへらへらした男。外見から判断するに、ただの旅人ではなく冒険者なのだろう。


 冒険者。

 ギルドや集会場に集まった依頼を受け、達成することで賃金を支払われる。それを生業としている人々の名称である。基本的にギルドに加入している者を指す。仕事内容は主にモンスター退治や未知の迷宮やダンジョンの調査など、ギルドから出された依頼をこなしている。

 ランク付けされており、一定の依頼を達成すると昇格試験がある。下から……。

 アイロン

 カッパー

 シルバー

 ゴールド

 青銅ブロンズ

 灰銀ミスリル

 白金プラチナ

 金剛石ダイヤモンド

 青銅ブロンズまで行けば有名人、灰銀ミスリルまで行けば超人、白金プラチナまで行けば人並み外れ、金剛石ダイヤモンドに至っては人外である。


 男はニコニコと笑ったままリコリスに話しかける。

「……見ての通りだが、何か問題あるか?」

「いやいや、問題なんて無いよ! ただ、君達2人だけってちょっと寂しくないかな~って思ってさっ」

「別に寂しくなどないが」

「まあまあ、そんな固いこと言わずにさぁ」

 ねちっこい男にリコリスは内心舌打ちをする。後ろに見えるのはあの男のパーティーメンバーだろう。

 構成は目の前の男も合わせて剣士2人、魔術師、斥候の4人パーティー。

 目の前の男は装備からして剣士だろうか。顔に貼り付けたいやらしい笑顔さえなければ充分人にはモテそうなのだが、とリコリスは思う。

「オレ達は見ての通り4人で組んでるんだけどさ、なんかこう…華がないじゃん?男4人って。君達も女2人だけじゃあ危ないし、怖いだろ?」

「別に怖くなどないが」

 対してリコリスの塩対応。相手に全く靡いてなどいなかった。そうしながら彼女は“鑑定”をかける。


〓〓〓〓〓


名前:グリダン・ヤーカマ

種族:ヒト

属性:火


体力:501

筋力:512

魔力:197

耐久:524

技巧:156

感覚:98


総計:1988


〓〓〓〓〓


(……ただの阿呆あほうか)

 イグニスにも劣る総計を見てうんざりするリコリス。総計から見て冒険者の鉄級アイロンランクの中級、駆け出しから多少経験を積んだ程度の実力者だった。

「そんなこと言わずにさぁ、君達だって仲間を探すためにこの王国に来たんだろ? だったらちょうど良いじゃないか。そっちの子は君の妹さん? いやぁ~、姉妹違った美しさで可愛いねぇ~」

 男が伸ばした腕。肩を抱こうとでもしているのだろうか。腕1本くらい折っても問題ないだろう、と思ってリコリスは手を上げようとしたが───

「……ん?」


 ───それを掴んだのはイグニスだった。


「……ぁ?」

「……リコリスに、さわらないで」

 筋力の値が0のイグニスには腕を握り潰すような握力は無い。しかし、忘るることなかれ。彼女は炎のアンデット(ウィルオウィプス)

「あっ……ギャアアアアアアアアアッ!!?」

 触れたものに火の耐性が無ければ焼いてしまうのだ。男が無理矢理イグニスの手を振りほどいたせいでずるりと表皮が剥ける。真っ赤な真皮が剥き出しになった。

 幸運にも相手の属性が『火』であったため、通常よりも多少軽減されたようだが。

「……イグニス」

 リコリスが名を呼べば、むすっとした顔で黒のローブに抱きついた。

「……リコリス、強いのに、ばかにした」

「そっちか」

 独占欲が湧いたのかと思いきや、言葉にはしてないがリコリスを弱いと馬鹿にしたことが許せなかったようだ。確かに見た目が弱そうな女2人じゃあ男だけのパーティーには馬鹿にされやすいだろう。ただでさえ、女は男よりもか弱いものだから。

(まあ、しかし……いい気味だ)

 目の前には傷薬と火傷治しの薬を塗られている、顔を涙や鼻水、汗でぐしゃぐしゃにした男。それを見て多少溜飲を下げる。よくやった、と言葉には出さないが代わりにイグニスの頭を撫でた。指先が焦げる。

「てっ……てめぇ何しやがる!?」

「何、とは?」

 リコリスが首をかしげるともう1人の剣士であろう男が顔を真っ赤にしてリコリスに掴みかかろうとする。途中で自身をじっと見つめるイグニスが居て、その手は止まったが。

生憎あいにくだが、幼女に遅れを取るような腰抜け共には興味関心が向かないんだ。とっとと失せろ」

 ここで死にたくないならの話だが、とリコリスは大剣クレイモアに顕現させる。

 歪で異質な、おどろおどろしい輝きを見せる大剣を見て、相手はひっと縮み上がり、そそくさとその場を去った。誰かが「覚えてやがれ!」と言った気がしたが、特に覚えておくような奴らでもないと忘れることにした。いつの間にか出来ていたギャラリーから拍手喝采を浴びる。リコリスは居心地悪そうに顔を歪め、おろおろしているイグニスを引っ張って先に進む。


 検問所で兵士達に「何やら後ろで騒がしかったようだが……」と言われたが素知らぬ顔でリコリスは肩をすくめた。無駄に目立とうとは思っていないが、すでに目立っていると分かっていただろうか。

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