4話「ウィルオウィプス」
水面が割れた。
リコリスの振り下ろした斬擊が水を裂いた。
しかし、本命を叩き切ることができなかった。
リコリスの斬擊を宙に飛び上がることで避けた小さな人影。
子供。
「空を裂け」
それでも一切の加減無し。
黒い靄がクレイモアに纏わり付き、振り上げの斬擊と共に放たれる。
それをくるりと舞うように避けた子供。代わりに岩の天井が斬られ抉られた。
天井が崩れてボロボロと破片が落ちていく。水面に多くの波紋が生じた。
とぉん。
リコリスは水面と共に揺れていた。ぐらぐらと揺れる水面に立っているように見える。不安定な足場で必死にバランスを取っている。
水面を地面と捉えて浮いていることがこれほど難しいとは、と内心愚痴をこぼす。相手がいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない。大剣を構えて警戒しているとようやく揺れが止まる。ちらりと振り返ると、妖精達がやってくるのが見えた。
「……ん」
前に目を戻す。
ぽう、と。
青い灯火が水面に浮いている。
炎が視界一杯に迫っていた。
「っ!」
“エアスラッシュ”を繰り出す。炎を裂き、縦に割られる。相殺される。
炎と日光に照らされていたのは、紛れもない子供。
蒼白色の髪を踵まで垂らし、全身を覆っている。真っ青な片目だけがリコリスを見つめていた。
それを見て、リコリスは再びクレイモアを構えて突撃する。水面を駆けるように愚直に突進した。
「ぁぅ」
それを見て肩を跳ね上げ、声を漏らす子供。ひょろりとした青白い細腕を前に掲げて後退る。戸惑っているような、傷つくのを恐れているような、そんな態度にリコリスは眉を寄せたが特に気にしなかった。
剣の斬擊範囲内に入った。リコリスはクレイモアを相手に叩きつけようとする。
「っあ……」
「っ!」
その時、子供の両腕に変化が起きた。
発火。
ちりちりと炎が湧き立ち、爆発するように一気に燃え上がる。
リコリスは間一髪少女の脇をすり抜けるようにそのまま真っ直ぐに進み炎を避け、事無しを得た。ぐるりと体を回して赤に燃え上がる子供を振り返った。
「………ぅぇ」
発火した本人はと言うと、反応も無くその場に立っていた。熱気で蒼白い髪がぶわりと舞っている以外何も変化がない。強いて言うなら、リコリスに縋るような哀しそうな目を向けて、何かを言いたそうに口を開閉させている。
……のだが、リコリスはギョッとする。
何も着ていなかった。
髪に包まれていたため分からなかったが、炎で髪が靡くと蒼白い肌が露わにされる。炎で上手く隠されているからいいが、リコリスは少し戦意が萎える。顔がげんなりしていた。
(……いや、まあ……人のことは言えんが、髪で隠すというのは無理があるだろう……)
リコリスも同じような状態のため何とも言えない。しかし、頭が痛くなった。『露出狂』と『全裸』という言葉が頭に浮かんだがすぐに抹消する。
「いくよーっ! ソイルボールッ!」
妖精が追いついたようだ。元気な声がリコリスにも届き、子供も振り返る。
子供に土の塊が迫っていた。
それに子供は顔を引き攣らせて、頭を守るように手を上げる。
「……ぅ」
妖精達もリコリスもそれが当たると思っていた。しかし、次の光景で目を丸くして驚く。
すり抜けた。
土の塊は子供に当たることなく子供の体をすり抜けた。ドボン、と音を立てて湖の中に水没する。その水飛沫から避けるように子供は水面を滑った。
「えーーっ!? いまあたってないよね!? すりぬけたよね!?」
「ウインドカットォ!」
「いやきいて!?」
ぎゃーぎゃーと喚く妖精を無視して別の妖精が魔法を使う。不可視の風の刃が子供に迫り、髪で隠れてしまった頸を狙う。
「うっそぉ! かみすらきれてない!?」
ズパァン、と子供の足元の水面が割れるも、子供に一切の怪我は無い。
「ええ!? なんで!? ねぇなんでなんでなんで!?」
「ウォーターボール!!」
「ねぇきいて!?」
騒ぐ2人を無視して最後の1人が水の球を発射する。
「うぅ……」
子供がそれを見て腕を振り上げる。腕が発火して燃え上がる。振られた腕の軌道に沿うように炎が扇状に拡散。“水の球”と炎が相殺され、水は蒸発して炎は消火された。
「………ぁぅぅ」
子供の髪が揺れ、曝け出された口元はもごもごと動いている。生気の無い、真っ青な唇だった。
子供は腕を上げて手の平を上にする。
ぽう、ぽう、と。
指先程度の小さな炎が現れる。それは次々と生み出されていき、手の平から溢れて子供の周りに浮いていく。小さな人魂のようだった。
子供は両手で空気を混ぜるように動かし、作った炎を練るように動かす。妖精達がきょとんとして目を丸める中で、子供は手を止めずに動かしている。炎が集まることで指先程度しか無かった炎が巨大化する。その中から黒い物体が出来上がり、炎が吸収される。
「おいで……」
現れたのは、あのモンスターだった。
それにギョッとした4人。
「まさかのもういったい!?」
「いやぁーーー!! うめてもだめなのぉ!? もうやだーーー!!」
「むてきでふじみだーー!!」
「グォオオオオオッ!!」
「「「きゃーーっ!!」」」
モンスターが妖精達に襲いかかる。水の上だから自重で沈むのかと思いきや、宙を飛んで拳を振り回した。それに妖精達は逃げ惑う。
それになぜか子供はおろおろとし始めて、腕を伸ばしたり胸元に引き寄せたりする。
「ぁぅ……ぇ……ぁ、の」
指を動かそうとする子供の体を何かが横から叩きつけられた。
あまりの衝撃に子供の視界が揺れ、目の前がバチバチと火花が散り、感じたことがない感覚が襲う。
「がっ………ひゅ」
リコリスが音もなく近寄り、思い切りクレイモアをフルスイングしたのだ。それが剣の刃ではなく腹で叩いたことで子供の体が吹き飛び、岩の壁に当たる。
「かひっ……」
「ふん。魔法が効かんので、物理も効かんと思いきやそうでもなかったらしい」
「あ″!?」
痛みに悶える子供の頸を髪ごと掴み、小さな体躯を持ち上げるリコリス。力が入っているのか、子供は喘ぎながら頸を掴む手をかりかりと引っ搔く。それを意にも介さず、リコリスは独り言のように言葉を続けた。
「それとも、私が特別だから効いたのか?」
「ぁ………ぃ………」
「君もアンデッドだな? だから同じアンデッドである私は接触可能であり、霊を食らうクレイモアの攻撃が通じた」
薄く開かれた子供の目には、つ、と口の端を僅かに吊り上げた女が見えた。
「ウィルオウィプス……水死体の怨念が集まり凝り固まることによって現れるアンデッド系統のモンスター。そうだな?」
「ぅ………」
「返答は求めない。何故なら君はこの場に縫いつけられた憐れなモンスター。言うならば岩と水の牢獄により閉じ込められた冤罪者だ。自身のことも世界のことも知らずに、ここに居た君には何も分からないだろう」
「っは………ひ」
喉を締め付けていた手の力が緩められ、ズルリと子供の体が水面に落ちる。リコリスは喉を掴んでいた手を眺めていた。火傷している。
(熱いと思えば、焼けていたのか)
必死に喘いで酸素を取り込む姿を見下ろすリコリスの顔は無表情だった。
「まあ、それはどうでもいい。君がどんな存在でも私には関係ない。ただ……」
リコリスはしゃがんで子供の髪を掴み、無理矢理顔を合わせる。子供の顔は涙で濡れ、苦痛で歪んでいた。
「ふと気になった。殺す前に聞いておきたかったことがある。理由があるなら答えろ。無いなら何も答えるな」
真っ青な目と薄く輝く金色の瞳が至近距離で交わった。
「何故、私にあのモンスターをけしかけた?」
その問いかけをする理由は、ただ気になっただけ。そのためにわざわざウィルオウィプスを斬り殺さずに打撃で動きを止めたのだ。別に喋らないならそれでもいい。ただの興味で聞いただけだから。クレイモアで胸を突き刺し、悪霊を流し込んで爆発させれば全てが終わる。
「………ぁ、ぅ」
ウィルオウィプスは口をパクパクとさせ、何かを伝えようとする。しかし、言葉にならない。何かを言うのならリコリスは待つ。それだけの余裕はある。髪から手を離して手を下げた。ウィルオウィプスはそれに困惑しながらおそるおそる彼女を見上げた。リコリスは冷めた目をしていた。
長いようで短い時間が経ち、ようやく子供は口を開く。
「あそびたかった」
「……は?」
それに思わず声を出すリコリス。
「……それだけ?」
ウィルオウィプスはぎこちなく頷いた。
「わたし、ずっとひとりだった。ずっと、ずっとひとりだった……から」
生まれた頃は、独りであることが当たり前だった。
「それが、当たり前だと……思ってた」
暗い湖を独りで過ごすことが当然だった。
独りで自身の体の仕組みを調べて、どんなことができるのかを試すことだけが楽しみだった。
それを繰り返していたせいか、岩に亀裂が入った。そこから溜まりに溜まっていた黒い何かが一斉に出て行き、外から光が入ってきた。
「初めて、外の世界があることを知った」
外の世界がどんな場所かを知りたかった。でも、自身が外に出ることはできない。だから、外に自身と感覚を共有した分身の炎を作って、亀裂から外に出した。
「初めて、外の世界が暗くないことを知った」
世界は広い。
世界は明るい。
世界は鮮明。
初めて知ったことに驚いた。
「……あの子達が、たくさんいて、楽しそうだったことが、いいなぁって、思って……」
あの子達、とは妖精のことだろうとリコリスは判断する。
「わたしも、そんな子がほしくて、あの子を作った」
あの子とは、例のモンスターのことか、とリコリスは眉を寄せる。
「あの子を通せば、わたしもみんなと遊べると思ったけど……みんな、逃げちゃった。向かってきた子もいるけど、あの子を傷つけちゃって、危ないし……」
それはそうだろう、とリコリスは思ったが、子供の話に口を出す訳にもいかず、黙っていた。あのモンスターは見た目と性能がかなりやばすぎる。安心して遊ぼうにも警戒が勝ってしまうだろう。向かってくるのは森に棲まうモンスターだ。おそらく餌だと勘違いしていたのだろう。返り討ちにされていたらしいが。
「それを繰り返してたら、あなたがいて」
「ん?」
いきなりリコリスに話が向き、彼女は首をかしげた。
「……あの子達と、すごく、仲がよさそうだったから……」
子供はおそるおそる手を上げる。リコリスは少し眉を寄せたが、害は無いだろうと判断して好きにさせた。
「森の外から来たのに、あの子達と仲よくしていたから……」
子供は少し哀しそうな、縋るような目をしていて。
手をリコリスの頬に触れる触れないのぎりぎりの所で静止させた。
「わたしとも、仲よくしてくれるって」
そう思って。
もしかすれば、と思って。
あの子を向かわせた。
静かに話を聞いていたリコリス。子供は申し訳なさそうな、今にも泣きそうな顔をした。
一方でリコリスはというと……。
「……はあ」
ため息を吐いた。同時にがくりと首を落とす。その行動に肩を跳ね上げ驚き手を引き、おろおろとする子供。
「……つまり、あれか。君は独りで生きてきたため、妖精を見て自身が独りだということに気づき、寂しくて、ただ遊んでほしくて私にあのモンスターをけしかけたのか。私が妖精と仲良さそうにしていたから、それを見てもしかすれば自分も受け入れられると思って行動したのか」
「………ごめん、なさい」
図星で謝罪以外何も答えられない。それを見てリコリスはまたため息を吐く。
子供は何を言われるのか分からず怖かった。何をされるのか分からず怖かった。
ただ、先程のリコリスの非情な言葉だけが頭の中でぐるぐると回っていた。
『殺す前に聞きたいことがある───』
動く気配がした。
「っひ」
殺されると思って目をギュッと瞑る。
「……馬鹿だな。君は」
呆れたような、でも優しい声。
「ついでに聞くが、それは外の世界が妬ましいだとか、妖精達だけなぜそんな良いことが起きるんだとか……そんな妬みや嫉みを込めて行動を起こした訳では無いんだな?」
「………?」
おそるおそる目を開けたウィルオウィプス。不安げな目には呆れたような疲れ切ったような表情をした女が映った。
「……どうなんだ?」
「………ぅ」
ふるふる。首は横に振られる。
羨ましいとは思っても、殺したいだとか、不幸になれだとか、そんなことを思ったことはない。
ただ、傍に居てくれる誰かが欲しかった。
それを感じ取ってか、また彼女は深く息を吐く。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ならば、それは私の責任だな」
「………へ」
クレイモアを下ろす彼女にウィルオウィプスは目を丸める。
「……こ、ころさない?」
「現時点で君は無害だろう。第一私を狙った理由がただ『受け入れられたい』だけなら君を殺す気も失せる」
「………ぇぅ」
「私と来るか?」
「………うえっ?」
「立ち位置は、そうだな……。私の助手でいいだろう。不自然はないはずだ」
今とんでもない言葉が出た気がする、と子供は目をぱちくりさせる。
「………なん、で?」
「何故? ……むしろ君はこの岩の牢獄にずっと独りで居るつもりなのか? 外に出ようとは思わないのか?」
「あう」
「……それならそれで構わんが」
リコリスは考えが読めない顔でウィルオウィプスを見つめ、子供は目をあちこちに飛ばして考えた。
「………ほんとに」
「うん?」
長いようで短い時間、ウィルオウィプスは口を開く。
「………一緒にいて……いいの?」
「構わん。君1人養うくらいできる。君を傷つけた贖罪だ。ただの罪滅ぼしだ。人の好意は黙って受け取れ。その方が気が楽だぞ」
「いや、今は私もモンスターか」と頭を掻くリコリス。それをぽかんと見つめるウィルオウィプス。
「あう……。ぁの……」
「ん?」
「あなたと…一緒にいたい」
初めははっきりと、最後は「……です」と呟くように。その子供の答えをしっかりと聞き届けて、リコリスは頷く。
「そうか」
簡潔な一言。それにぱっと顔を輝かせるウィルオウィプス。ぇへへ、と嬉しそうに髪を一房取っていじった。
「……とりあえず、あれを止めることは出来るか?」
「うえっ……」
リコリスが指差す先には喚き叫びながらモンスターと戦う妖精達。ウィルオウィプスは慌ててモンスターの体の構成を解いた。それによりモンスターは炎の塊に戻り、霧散する。
「……なるほど、炎を具現化させて作り出したモンスター。だから鑑定されないのか」
良く出来ている、とリコリスが漏らした言葉に子供は驚いたが嬉しそうに笑みを浮かべる。
一方で突然消滅したモンスターに動きを止める妖精3人。全員は顔を見合わせ、一斉にリコリスを見る。
リコリスはクレイモアを収納し、両手を上げて軽く振りながら呼び掛けた。
「一時休戦を結んだ! こいつを攻撃するな!」
そんなリコリスの声に3人はまた顔を見合わせ、そしてパッと顔を輝かせる。そして、ビュンとリコリスに向かって突進する。
「おい待て、そのまま突っ込むな……」
「「「おねぇちゃーーーん!!!」」」
「ぐぇっ!」
距離でスピードがつき、リコリスが後ろに押される。思ったよりもダメージがあったのか大きめの呻き声があがった。
「うわーん! あのもんすたーつよすぎてまったくたおれないよぉーー!!」
「いくらえぐってもすぐにさいせいするしー!!」
「びぇぇええええんっ! ごわがっだああああ!」
「ぐえ、ぐるじ……!」
首に、足に、腹に抱きついている妖精がぎゃんぎゃんと喚く。それに顔を歪ませながらリコリスは引き剥がそうと引っ張る。それをおろおろと、しかし羨ましそうに見るウィルオウィプス。
その後3人は落ち着く。
リコリスの説明と子供の謝罪を聞いて、すぐに警戒を解いた。
「そりゃーしょうがないよー」
「こんなところにひとりぼっちとかぼくもやだもん。ぼくないちゃう」
「そーそー。むしろこんなところにいてすごいなぁっておもうよ」
にぱー、と笑う3人に子供もほっとする。
「さて、問題も解決したし、速く住居跡地に戻って呪いを……」
「ねえねえ、おねぇちゃんおねぇちゃん」
「ん? なんだ」
はいはーい、と手を上げた妖精にリコリスは目を向ける。
「とりあえずさ、そのこにふくきせなくていーの?」
「あー……」
その問題があったな、とリコリスは頭をぐしゃぐしゃと搔き乱す。髪が長くて奇跡的に全身が隠れている状態なのだ。モンスターだから特に何も思っていないだろうが、人前に出るときに何らかの拍子に全裸だとばれたら大騒ぎだ。リコリスがどうしようかと考えていると妖精はにや~、といい顔をする。
「そこでごていあんがっ!」
「ほかのみんなにはないしょだよっ?」
「なんとわたしたちのすんでるばしょっ!」
「「「ようせいのもりにごあんないしちゃいま~す!!」」」
その提案に驚いたのはリコリスだった。
「妖精の森だと? そんなところに仮にも死霊魔術師とアンデッドが行ってもいいのか?」
「わかんないけど、いいとおもう!」
「完璧に独断じゃないか。無理だろ」
「むりじゃな~い! おねぇちゃんならだいじょうぶ!!」
「……その根拠は?」
「おねぇちゃん、いいひとだから!」
良い人。
そう言われて思わず吹き出してしまう。
それに妖精とウィルオウィプスは首をかしげる。
「仮にも子供の姿をしたモンスターを慈悲無く殺そうとし、悪霊を使役する私が良い人に見えるのか」
「? みえるよー?」
「それは何故だ?」
その問いに妖精達は顔を見合わせる。何を言ってるんだとでも言いそうな顔をする。
「だって、いいひとだもん」
理由なき根拠。ごり押しで裏の無い純粋な答えにもはや呆れ笑いを浮かべるしかない。
「そうか」
その一言に妖精はにぱー、と満面の笑みを浮かべる。
「ほらほらっ、はやくいこういこう!」
「もりまであんないしてあげる!」
「おふたりさまごあんな~い!」
妖精の2人がリコリスを、もう1人がウィルオウィプスの背を押した。
「あっ………づううぅぅぅうううっ!?!?」
途端に絶叫。ウィルオウィプスはびくりと肩を跳ね上げ、リコリスとリコリスを押していた2人もギョッとした。
絶叫したのはウィルオウィプスの背中を押していた…いや、押そうとしていた妖精である。腕がウィルオウィプスの体をズボッと突き抜け、その手と突き抜けた腕を真っ赤に火傷させていた。腕にふーふーと息を吹きかけ、涙目で冷やしながら身悶えている。
「あっっっっづい!! きみあっづいよ!? というかつきぬけた!?つらぬいた!?」
「ぅえ……ご、ごめん、なさい。わたし、ウィルオウィプスだから……」
「どゆことおねぇちゃん!?」
「ウィルオウィプスは炎のアンデッドなんだ。人型をとった炎の塊と相違ない。触れれば勿論大火傷するし、ただの妖精が触れられる訳が無いだろう」
「それさいしょにいってほしかった!!」
ぎゃーっ!と喚く妖精に水属性の妖精が水で冷やす。一方でウィルオウィプスはふと気づいたようにリコリスを見上げた。
「あれ……。でも、あなた、普通に、わたしに……」
「私は再生できるし、君と同じアンデッドだ。故に君には触れても結果的に怪我はしない」
「………すごいねぇ」
ウィルオウィプスがちょん、とリコリスの手に触れる。じゅう、と焦げた音がして黒ずんだが、すぐさま再生する。それを見てウィルオウィプスは手とリコリスの顔を見た。
「………すごいねぇ」
「そうか」
ウィルオウィプスは泣きそうな顔で笑顔を作った。
*****
「………すまないな」
「いえいえ、うちの子達の面倒を見てくれているのですから、このくらいお安い御用ですよ」
ころころと笑い、流暢に話す妖精の女性。
「肌触りはどうですか? 人間が着る物を作るのは初めてでして……窮屈ではありませんか?」
「問題ない。むしろ着心地が良い」
「そうですか。それは良かった」
結果から言えば、妖精達からは受け入れられた。森の悪霊の浄化、妖精の子供達と遊んでくれたという女性の噂はかなり有名だったらしく、むしろいつかお礼をさせてほしいと思っていたくらいだったという。例のモンスターを操っていたウィルオウィプスも受け入れてくれた。むしろ思いに気づかず申し訳ないと謝ったくらいだ。
妖精の森には基本的に人間やモンスターから認識されにくくする認識阻害魔法と幻覚魔法が使われているため、見つけようとして見つけるのは困難だ。それに加えて不浄を弾く結界魔法も使われれば確実に悪人には見つからない。
妖精の住居は木に吊り下がる繭のような造りで、中は妖精サイズで人が住むには小さい。今回は人間用にと作られた大きな家……客室を貸して貰った。
丁寧な対応をされて初めこそ多少戸惑っていたリコリスだが、時間が経てば慣れる。
妖精の大人は12歳程度の背丈しかなく、小柄だ。人間が着ることができる大きさの衣服を作るのも大変だっただろうに。リコリスは彼らに感謝する。
〓〓〓〓〓
名称:妖精の感謝の衣服セット
品質:ロイヤル
説明:妖精が感謝を伝えたい人間のために製作した希少な衣服セット。内容はヘアアクセサリー、トップス、インナー、ボトムス、ブーツの5点。この衣服を着る人間には幸運が訪れる。
体力:+50
筋力:+50
魔力:+150
耐久:+300
技巧:+50
感覚:+100
常時型能力:〔幸運上昇〕〔自動修復〕〔全属性耐性〕〔体力回復〕〔魔力回復〕〔妖精の友愛〕
発動型能力:───
〓〓〓〓〓
妖精の服は機能性が高く高性能。淡い緑色のインナー、濃い青色のトップス、濃紺色のズボンに銀のベルト、膝下まで覆う焦げ茶色のブーツ。色合いが良く自然を思わせるデザイン。案外リコリスに似合っていて、妖精3人組は黄色い悲鳴をあげて飛びついたのも記憶に新しい。
ちなみにリコリスが常に着ている黒のフード付きローブなのだが、これは彼女が『リッチ』であるが故に常備されているものである。リコリスがイメージすればローブ系統限定だがどんな形にでも成り得る。現在はローブのように身に纏わせていた。
「リコリス」
「うん?」
声がした方向を見れば、ウィルオウィプスがそこに居た。足先まで包む前髪を、赤のドット柄のついた紫のカチューシャで後ろへ掻き上げ流している。顔がよく見える。浮いているのは妖精の住居を燃やさない気遣いだろう。
ウィルオウィプスは幼女だった。
まだ丸みのあるもちもちした頬、真っ青な瞳、蒼白色の長髪。細い手足。未熟で華奢な体つき。可憐と可愛らしいが似合う、まさに美幼女であった。
「これ、どう…?」
くるりと回転すればふわりとワンピースの裾が広がる。
薄い紅色に輝く赤のグラデーションのあるワンピース。上は白に近い薄桃色、裾になるに従い濃い紅色になっている。ウィルオウィプスの容姿とよく似合っていた。
ウィルオウィプスが期待するようにリコリスを見つめる。それに対してリコリスは表情をぴくりとも変えずに言い放つ。
「馬子にも衣装」
「……むー」
「冗談だ。似合ってるよ」
「……えへ」
むっとしたかと思いきや、すぐにへにゃりと笑ってリコリスに抱きつくウィルオウィプス。
〓〓〓〓〓
名前:───
種族:ウィルオウィプス
属性:火花
体力:0
筋力:0
魔力:2471
耐久:0
技巧:1203
感覚:66
総計:3740
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名称:妖精のファイアワンピース
品質:ロイヤル
説明:妖精が製作した希少なワンピース。耐熱、耐火の性能があり、たとえ火の中に投げ入れても焼き尽きることはない。
体力:+10
筋力:+10
魔力:+150
耐久:+300
技巧:+10
感覚:+10
常時型能力:〔自動修復〕〔焼却無効〕〔体力回復〕〔魔力回復〕〔妖精の友愛〕
発動型能力:───
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名称:怨念のカチューシャ
品質:カース
説明:元コモン。男に裏切られて殺された女が死ぬまで身につけていたカチューシャ。これを身につけた者は実体をなくし、永遠に霊として生きることになる。逆にこれを身につけた霊は実体を持つことになるが、外せば霊へと戻る。
体力:±0
筋力:±0
魔力:±0
耐久:+5
技巧:±0
感覚:±0
常時型能力:〔身体反転〕
発動型能力:───
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怨念のカチューシャの持つ能力〔身体反転〕。
これは体を持つ生物を霊に変え、また霊には体を与えるというものである。
体を持たない炎だけの存在であるウィルオウィプスに肉体を与えるという役目を果たす。これにより、防具や武具を装備することが可能になった。勿論、触れた物は火に対する耐性が無ければほぼ全て燃えてしまうのだが。
ちなみに赤のドット柄は血が飛び散ってできた柄だったりする。それでもウィルオウィプスにはうってつけの装備品である。
また、ワンピースに〔焼却無効〕があるため、ワンピースが燃えることもない。リコリスに抱きつけるのも、リコリスの衣服に〔全属性耐性〕という全ての属性に対する高い耐性があるためである。
リコリスは“鑑定”をしながら、ふと気づいた。
「そういえば、君には名前が無かったな」
「……そうだねぇ」
ウィルオウィプスとは種族名であり、名前ではない。流石にずっと種族名で呼ぶわけにもいかないだろう。
「リコリスが決めて」
「……私が」
「うん」
幸せそうに微笑んでいるウィルオウィプスを見ていると、岩の牢獄に閉じ込められていたことが嘘のように思えた。
ちなみに今まで岩の牢獄から出られなかったのは、出来た亀裂に対してウィルオウィプスの体が大きすぎたことと、『自分はここから出られない』という一種の催眠状態に陥っていたからである。実際は岩を壊せば出られるし、それだけの力は持っていたのだ。ただ、出られないと思い込んでいただけで。
「……何故」
「だって、リコリスの方がもの知りだから」
そう言われると考えざるを得ない。かといって彼女に似合う名前をぱっと思いつく訳でもない。名前なんて他人と自分が識別さえできればいいのではないか、と人が悩んでいるのを見て他人事のように考えていた頃の自分を殴りたいとさえ思った。
「……イグニス・ファトゥス」
「……ん?」
「君の名前だ」
結局、第一印象と種族であるウィルオウィプスを参考にして名づけた。
彼女は何度かそれを口ずさみ、納得したように頷いた。
「ありがとう、リコリス」
ウィルオウィプス───イグニス・ファトゥスは笑った。
「……気に入ったのなら幸いだ」
それを見てリコリスはほっとする。
「では、改めてよろしく頼む、イグニス」
「………んふ。ずっと一緒にいてね」
「……可能な限り、な」
「んふふ」
「名前の由来とか、あるの?」
「愚者火……愚か者の火という意味だ」
「え」
「君は岩の牢獄に居たせいか、行動が滅茶苦茶だからな。ある意味あっているだろう」
「ぅぐ……」
否定できない。
名前の由来があれだが、響きは良く本人も気に入ってしまったので、考え直してほしいとは言えなかった。