3話「鬼ごっこ? かくれんぼ?」
先手必勝。一撃必殺。
未知の相手にはそれが望ましいが、実現できるかは分からない。
「ギュォオオオオッ!!」
「ブースト」
全身を魔力で強化。丸太のような腕が振り回される。それをリコリスは体勢を低くしながら突撃するように避け、相手の懐に潜り込む。同時に両手に魔力を集め、魔法を構築。
「クラッシュ」
「グボッ!?」
拳打。引いた腕を思い切り突き出す。相手の体にピシリと皹が入り、宣言通り破砕される。相手は苦悶の声を漏らしながら後ろへ数歩後退。しかし、すぐに体勢を立て直してリコリスに特攻する。
「レインショットォ!」
すぐさま、雨の機関銃が降り注ぐ。
「ガッ……ブ…!」
モンスターの熱気により雨粒が蒸発。ダメージは半減される。しかし、足止めと牽制にはなった。灯火のような丸い目が妖精を捉え、目の前の桃色と黒の何かを捉えた。
「砕けろ」
「ハゴッ!?」
リコリスである。注意が逸れた瞬間に肉薄し、頭に向かって回し蹴りを決めた。そして、破砕。踵の入った頭部に皹が入り、ぴしぴしと波紋が拡がっていく。
「っ……」
裸足がジュウゥゥ、と肉が焦げる音を立てる。リコリスの顔が熱さと激痛で歪み、爪先が丸まった。先程は一瞬の接触だったため良かったが、今回は違う。この一撃で勝負を決めなければいけないと思い、力を加える。
「~っああ!」
「ゴッ……!」
彼女は勢いのまま足を振り抜く。バキリ、とモンスターの首が粉々になり、破片がばらまかれた。
*****
「……………ぁれ」
薄暗い洞窟の中、か細い声が漏れた。戸惑っているような、不思議に思っているような、そんな声。
小さな誰かは寝そべったまま、ぴたりと指の動きを止める。
「……………こわれちゃった」
右手の人差し指を立てて、くるりと回した。
「……………すごいねぇ」
灯火。
青白い火の玉が人差し指から生まれる。
「……………いいなぁ」
*****
リコリスは片足で地面に着地。モンスターは動きを停止する。リコリスはそれを一瞥してほっと息を吐く。妖精を見上げようと探し───
「おねぇちゃん、だめっ!!」
───直後、全身を強化した。
ドゴォォォオオンッ!!
数分前の再現。
地面は割れ、轟音は響き、突風が吹き荒れる。
しかし、今度はリコリスは避けなかった。いや、避けられなかった。足を怪我して激痛が走り、思いの外あのモンスターとの距離が近かったからである。
「っ今のは、ギリギリだったな……!」
巨人の腕を受け止めていたのは大剣。柄と平面部分の刀身を持ち、拳を停止させていた。クレイモアを呼び出したのは正解だろう。大剣の刀身ごしに伝わる熱気。腕で受け止めていたら間違いなく焼き溶けていた。
「っつう……!」
ズキリと痛む足。火傷を負う足が上からの圧力に耐えきれずに悲鳴を上げている。いくらアンデットであろうと痛覚はあるようだ。もしかすれば実体を持ち元人間であるリコリスだけの欠点なのかもしれないが、彼女は人間だったのだ。特段気にするようなことでもない。
「グオオオオオオオッ!!」
「うっ……る、さいなあっ!」
圧力が、増す。
常に冷静沈着なリコリスの表情が崩れた。
歯を剥き出しにして食いしばり、必死に全身に魔力を走らせ、ひたすらに強化する。手足が目視できるほどに震えている。地面に足がめり込んだ。
このままでは潰せないと判断したのか、モンスターはもう片方の腕もゆっくりと頭上に上げていく。
叩きつければ、潰れる。
これでこの女は動かなくなる。
そう思ったのかは定かではない。しかし、モンスターはリコリスを叩き潰そうとした。
「ヘビィレイン───」
それを見て見ぬ振りができるほど、妖精の情は浅くない。妖精の周りだけではなく、ぐるりと2人を取り囲むように、その場に浮いた雨粒。あまりの密度に雨粒の大群が目視できた。妖精は慈悲もなく、雨に落ちろと命じる。
「───ショットォオオオ!!」
怒号と共に雨が降り注ぐ。
「…………!!!」
頭部が無いため、悲鳴はない。しかし、全身を抉っていく雨粒を見れば、どれほどの威力かは理解できる。
まさに、バケツをひっくり返したような雨。それがモンスターに叩きつけられていた。
あまりの威力にモンスターは防御に専念するほかなくなる。その隙に彼女は攻撃が届かない場所まで後退した。
「おねぇちゃぁああん!! むちゃしすぎないでよぉっ!! しんでるのにまたしんじゃうかとおもったよぉっ!!」
「ごふっ。……悪い、悪かった、私の注意不足だ」
妖精の突撃という名のハグに呻くリコリス。引き剥がしたかったが、自分が注意を怠ったことが悪く、また助けてくれたので咎められず、なされるがままにされた。
「………」
されるがままになりながら、リコリスは雨に撃たれるモンスターを観察する。急所となる頭を失っても動くモンスター。逃げても追ってくるだろう。しかし、頭を失い、それでも行動し、なおかつステータスも表示されないあの化け物相手にどう対応すればいいと言うのか。
相手を見極めようとじぃっと見ていると、雨が降り止んだ。モンスターの体は黒ずみ、火の粉は消えている。体が歪に見えるのは雨に撃たれて抉れたからだろう。
「……ん?」
モンスターの体の動き始める。頭上でクロスされていた腕が解けてだらりと落ちる。
直後、再生が始まった。
さらさらと砕けた頭部があるべき場所に戻り、形を造り出す。雨で抉れた体の破片も元通りになり始めた。
「………うそだぁ。あんなにくらったのにまだうごいてるよぉ?」
「しかし、事実だ。現実から目は背けられない。再生か……フェニックスの眷属のようには見えんのだが……」
「おねぇちゃんがいう?それ」
「ん?」
妖精のじと目の先には火傷から再生されている足。それに気づいてリコリスはクレイモアを持ち上げてみせた。
「それはこのクレイモアの能力で……」
「ゴオオオオオオオオオオオッ!!」
咆哮にばっと2人は顔をモンスターに向け、片方は両腕を前に突き出し、片方は大剣を構えた。
「話は後だ。とりあえずこれをどうにかしよう」
「うんっ、わかった!」
「オオオオオオオオオオオオッ!!」
モンスターが特攻。捻りの無い動きに2人は左右に分かれるようにそれを回避。
「ウォーターボール!」
妖精が水の球を撃ち出した。それをモンスターは片手で払うように打ち落とす。
「斬り落とす」
「ゴッ……!?」
ずるり。もう片方の腕が地面に落ちた。反射的に振り向いたモンスターの顔、それに厚い刀身がめり込む。
「思ったんだが、君は全身を粉々にしても動けるのか?」
試してみよう、とそのまま顔を切り飛ばす。
そして、回転する勢いに身を任せる。体を捻り、その場で踏ん張り、軸足を回す。モンスターは残った腕を振り上げる。
「ウォータースライス」
ザンッ。
腕に水圧の刃が通過する。ボトリと地面に落ちた。リコリスはそれに感謝しつつ、回転の威力を最大に高めたクレイモアをモンスターへと振り落とす。その刀身は、不気味なまでに重苦しいどす黒いオーラを放っていた。
「レギオン───」
「ォ、ガアアッ」
「───カーニバルッ!」
一刀両断。
モンスターの首元に食い込んだ刃。それが体を食い進む度に、クレイモアが引き連れた悪霊がモンスターの体を蝕む。
体を寄越せと全身を内部から暴れ狂った。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
「五月蝿い」
モンスターをクレイモアで力任せに叩き伏せる。袈裟切りにされたモンスターは、ずるりと上半身を地面に落とす。リコリスはそれをただその場で見下ろしていた。
モンスターは生きている。いまだに目の前の女を殺そうと上半身を引きずった。
「ォ………オオ……!!」
「弾け飛べ」
リコリスが非情な言葉を発すると同時に、モンスターの体がボコボコと膨張し始める。体内で悪霊が暴れ狂っているのだ。1つの体に魂がいくつも入ることは出来ない。悪霊達は我先にと体を占領し、縄張りを作る。それが宿主を殺すとも知らずに。
「………ォ」
バァン。
全身破裂。
モンスターの体が、リコリスの宣言通りに弾け飛んだ。あの巨体が小さな欠片になって、飛び散った。黒い靄がその破片一つ一つから溢れて、クレイモアへと吸収されていく。
それに特に何かを思うことも無く、リコリスは破片が動かないことを確認する。
「………」
……いや、動いている。カタカタと音を鳴らして、地面の上で震えている。そして、振動を利用して破片達は寄り添うように移動し始めた。
いつの間にか傍に来ていた妖精が顔を歪めて舌を出す。
「うえ~……。こんなにやったのにまだうごいてるよぉ……」
「……これでも活動停止には至らないか。流石にもう相手取るのは御免被りたいな」
ここまでしておいてまだ動こうとしているモンスターにため息を吐く。
「再生し尽くす前に逃げるか。この辺りにもう用はない。あの2人と合流しよう」
「そうしよーそうしよー!」
これ以上相手にしたくないというように、2人は足早にその場から離脱した。
*****
ぴちょーん……。
「………また、こわれちゃった」
ころり、ころり。
水面を転がる誰か。また蹲る。長い髪が扇状に広がった。
「………いいなぁ」
伸ばした細い腕。手の平を仰向けにして、人差し指を立てる。
「………ゎたしも」
青い灯火。
「…………ぃなぁ」
照らされた誰かは、酷く哀しそうな目をしていた。
*****
「「おねぇちゃーーん!!」」
「ごえっ」
妖精はどいつもこいつも突進するのが好きなのか、と妖精2人を受け止めながらリコリスは考える。
「あーっ! ずるぅーいっ、わたしもぉ~!」
「ぐふっ」
更にもう1人が激突する。
現在4人は上流の川近くにいた。
「ほらほらほらぁ! とってきたよせーすい!」
「ぼくのなみだいりのせーすい!」
「……ありがとう」
ちゃぷん、と透明のボトルの中で清水が揺れる。妖精2人の片方は目が充血して鼻も赤い。そして頬も赤い。どうやって涙を流させたのか一目瞭然である。それでもにこにこと笑っているあたり、中々メンタルが強い。強かである。
「んふふー、くものいともみつかってよかったねぇ」
「まあ、確かに」
リコリスと妖精はここまで辿り着く途中に幸運にも蜘蛛の巣を見つけて小枝に糸を巻き取ってきたのだ。
妖精の涙入りの清水。
レッドツリーの木の実。
蜘蛛の糸。
失せ物探しの呪いに必要な物は全て揃った。
「君達のおかげで素早く集まったよ。ありがとう、感謝してる」
「「「どういたしまして~!」」」
きゃっきゃっ、と楽しそうにリコリスに抱きつく力を強める。それに呻き声を出すリコリス。口から内臓が飛び出しそうな感覚を覚えた。
「おまじない、どこでやるの、どこでやるの?」
「もりからでてっちゃうの~?」
「みたいみたーい! おねぇちゃんのおまじないみたーい!!」
「とりあえずいい加減離れろ。私を絞め殺す気か」
「「「おねぇちゃんもうしんでるじゃん」」」
「喧しい」
リコリスが言えばしぶしぶ3人は離れる。アンデッドだが死ぬことはあるのだろうか。
(……無いだろう)
無いと思いたい。
「……呪いは私の家の跡地でやる予定だ。来たいなら来るといい」
「「「わーい!」」」
「………だからな、君達」
再びぎゅうぎゅうと抱きしめられるリコリス。ここまで妖精に好かれるのも珍しい。最早相手にするのも面倒そうにリコリスはため息を吐く。
「あーっ、そうだそうだ! あのねぇ、おねぇちゃんとわたしでねぇ、なんとあのもんすたーをたおしてしまいました!」
「えーっ!?」
「ほんとにぃ~?」
えっへん、と胸をはる妖精に驚きと疑いの目を向ける2人の妖精。少し大げさに言ってはいるものの、まあ間違ってはいないだろうとリコリスは何も言わなかった。
「ほんとだよぉ~! おねえちゃんがもんすたーをぱーんさせたんだからね! もうこなごなだよ!」
「「………」」
「事実だ。そのやばい奴を見る目で私を見るな」
「「それはそれでほんとうにやばいよ」」
見ていない2人はリコリスともう1人の妖精をじと目で見て少し下がる。
「でも本当だもんねぇ~! あのあかくておっきなもんすたーをたおしたんだからねっ!」
「「それってあんなの?」」
2人の指差す先には、あのモンスター。
「そう、あんなの………」
頷いていた妖精の動きがピシリと止まる。
「………うえええええええええっ!?!?」
ドゴォォォンッ!!
間一髪。
妖精を狙う、両手を組んで振り落とされたモンスターの腕をリコリスがクレイモアを顕現させて受け流す。
「たおしてないじゃん!!」
「ぱーんされてないじゃん!!」
「うっそーーん!? あんなにぱぁんしたのにぃ!?」
「おいそこのトリオ手伝え」
ぎゃんぎゃんと言い争う妖精3人組。モンスターの攻撃を必死で受け流すリコリス。レッドツリー付近では多少の広さがあったため大剣を振り回すことができたが、ここは基本的に密林。刀身と刃渡りが一般の剣よりも遥かに長いクレイモアを扱うには少しスペースが足りない。苦戦していた。
「が、ガストッ!」
目元が赤いままの妖精が魔法を行使。突風がモンスターに叩きつけられる。相手が爪先立ち、足が浮く。それによりモンスターは後ろへ吹き飛ばされた。すぐに大きな木の幹に叩きつけられる。どぉん、と木がしなり、音を立てた。
「ソイルボールッ」
「レインショットォ!」
土の球と水の雨が追撃する。土が水に打たれてお互いが混ざり合い、土が泥と化す。あっという間に汚れたモンスターに土の球を放った妖精は、相手に向かって両腕を伸ばす。
「かたまれ」
ギュッと手の平を握り、拳を作る。途端、泥がビキリと音を立てて固まる。身じろぎするも、土は取れない、落ちない。
「おねぇちゃん!!」
ドスッ。
モンスターの胸を大剣が貫く。
それを行ったのは、冷たい眼差しで相手を見る女。
「食い荒らしてしまえ」
悪霊達がモンスターの体内に注がれる。不気味な霊の雄叫びがモンスターの体内から木霊する。リコリスは大剣から手を離し、後ろへ跳ぶ。
直後、膨張─────爆発。
モンスターの体が粉々に弾け飛んだ。
それを初めて見た妖精2人はうわぁ……というように少し引く。
「「ぱぁんだ……」」
「ふふん! ほらごらんなさいっ! わたしはうそついてなかったよ! ぱーんしたでしょ、おねぇちゃんっ!」
(今更だがそのぱーんは一体なんだ……)
ぱぁんを行った張本人はクレイモアを刻印として戻しながら、妖精3人を振り返る。モンスターの破片はカタカタと鳴り、寄り添い始めていた。
「逃げるぞ。あのモンスターはどんなに粉々にしようとも再生する」
すぐにその場を立ち去ろうとするリコリスに、妖精の1人が「ねぇねぇねぇ」と声をかける。
「おもったけど、なんでおねぇちゃんねらわれてるの?」
「………は」
その問いかけにリコリスは思わず固まり、問いかけてきた妖精を見つめた。
「……私が狙われている? 何故そう思った」
「だってぇ、あのもんすたー、わたしたちがしっているかぎりあんなにしつこくないもん。おかしいじゃん」
一度狙われてしまえば殺すまでターゲットにされる。そう思っていたリコリスだが、その考えを訂正しなければならないかもしれない。
妖精が言えば、後の2人もうんうんと頷いた。
「そーいえば、そうだねぇ」
「ぼくたちもみかけるしそうぐうもするけど、でもにげたらおってこないし」
「はあ?」
新たに提示される情報に思わず声が出る。顔が歪んでいた。
(普段は追ってこない? 私が狙われている? 何故? 私は確かにこの森から色々採取していて恨みも買っているだろうが、何故今なんだ? つい最近変わったことと言えば私が死んだことくらいだが……)
そこでリコリスは思い出す。
森に入る時、クレイモアが食らった大量の悪霊を。
「そういえば森に入る時、大量の悪霊がいたが、それは何故だ?」
「あー……そういえば、そうだねぇ」
「なんか、さいきんになってきゅうにでてきたの」
「最近、急に?」
森にはよく妖精の羽を狙って冒険者や狩猟者が来ることが多い。しかし、妖精は強かである。その度に妖精が撃退する。死体は森の養分となるために転がったままにされているし、勿論供養もしていないため霊が出現することも多い。そうして生まれた霊はリコリスが時々クレイモアに食わせていた。つまり、霊掃除しているため、特に実害は出ていなかった。かといって、前の霊掃除からはそれほど時間は経っていない。どうしてこの短期間に霊が大量発生するのか意味が分からなかった。
「そーだねー。なんかね、きゅうにぶわーってあふれてきたっていうか、なんていうか」
「溢れた?」
「うん。とつぜんそらにぶわーってくろいかげがあらわれてね、もうみんなびっくりしたの。ようせいのさとにはふじょうをはじくけっかいがあるから、だいじょうぶだったんだけど」
「なんかね、ふんかしてるみたいだった!」
「ちょうろうもこまってた!」
「ほう……」
急に溢れた。
突然空に霊が大量発生。
噴火しているように見えた。
「この森には何かを封印しているような言い伝えはあるか?」
「「「いいつたえー?」」」
「なんでもいい。城の跡地があったでも、大量埋葬された墓があるだの、なんでもだ」
おそらく、妖精の答え通りに溢れてしまったのだろう。自らの心の内に貯め込んでいた負の感情が溢れてしまったように。何かしらの拍子でたがが外れてしまったように。
(おそらくこの森には何かがいる)
奇妙な予感がした。悪寒もする。
……死んでいるのだから、悪寒も未来も無いのだが。
「あー、そういえばぁ」
はぁい、と1人の妖精は思い出したと言わんばかりに挙手した。
「このかわのじょうりゅうにみずうみがあるんだって」
「湖? ……で、それが?」
「んーん、しってるだけ! なんかね、むかしだいじしんがあって、まわりのいわがくずれてうまっちゃったんだって! そのころはこのもりにどうくつをあけようとしてたみたいで、たくさんのにんげんがきたんだけど、そのじしんといわくずれでうもれちゃったみたい。そのころからかわはながれてたみたいなんだけど、そのときのかわがあかくそまったりぃ、どろでぐちゃぐちゃになったりしてて、ちょうろうたちもこまってたみたいで、おじいちゃんとかおさけのみながらときどきはなしてたよ。もうみずはきれいだけど、ときどきぐちってる」
「絶対それだろ。何故気づかん」
現在の状況とそこそこ合致している。
リコリスはもし妖精の長老達がこの場に居たら同じように、間違いなくツッコんだだろう。
お手柄だ、とリコリスが褒めればその妖精は「えへへぇ~」とにやけた顔で体をぐねぐねとくねらせる。
「場所はどこだ? 上に行けばいいのか?」
「えっとねぇ……」
「「わたしがおしえるから」」
「ぎゃん!?」
「おい。仲良くしろトリオ」
にやけていた妖精を後の2人が押し飛ばす。顔に一切の感情がなく、完璧な『無』だったとだけ言っておこう。そのせいで突き飛ばされた妖精がぎゃん泣きし始めた。
そうこうしながら、気づくと例のモンスターが大分形を取り戻していた。リコリスは舌打ちして、争う一歩手前の妖精3人に声をかける。
「とりあえず誰でもいいからその湖とやらに私を案内しろ。そうすれば平等に3人とも頭を撫でてやる」
「「「えっ、ほんと?」」」
妖精の2人は争いをやめ、残った1人は泣きやんだ。3人ともくりくりした瞳を見開いてリコリスを凝視している。単純だな、と内心呆れながらも、リコリスは頷いた。
「満足するまで撫でるし、抱きつくのも許そう。だからこの状況で争うな」
「「「はーいっ! あらそいません!」」」
再びきゃっきゃっと歓喜の声をあげる3人。リコリスも口を閉じて、ほぼ再生しているモンスターを振り向きざま斬り伏せた。更に、大剣を円を描くように回し、四肢を切断する。
ごとん、とモンスターの首、四肢が地面に落ちる。
「しかし、これに邪魔されるのは面倒だな……」
いくら粉々にしても効果がない。着いてこられて妨害されるのも困る。
「あっ、だったらぁ~……」
「ん?」
妖精の1人が両腕を広げる。そして、高らかに魔法行使を告げた。
「ソイルプリズン!」
途端、モンスターの足元とその周囲の土が分かれた。作られた穴の中にモンスターの体を構成していたものがぼとぼとと落ちていく。
「せいっ!」
かわいらしいかけ声と共に妖精がパチンと両手を打ちつける。それに連動するように穴は埋められ、閉じられた。
……モンスターはようやく沈黙した。
「どうかなおねぇちゃん!」
「よくやった。お手柄だ」
キラキラした目を向ける妖精に、リコリスが口の端を吊り上げながら応える。妖精は「ふへへ」とにやけた。
*****
「………ぁれ」
指が止まる。
誰かは人差し指に青い炎を灯す。
しかし、すぐにふっと消える。
「………ぅごかない」
何度も何度も青い灯火が薄暗闇に浮き上がるも、すぐに消える。
「………なんでだろ」
なんで、なんで、と繰り返すが、誰も答えてはくれない。
しばらく粘ってはいたが、どうしても動かせないと分かると炎を浮かべるのをやめる。
「…………ぁぁ」
膝を抱えて、誰かは縮こまり、蹲る。
沈黙と静寂がその場を支配する。
それは、小さな人物にとって当たり前の日常。
「…………ゎたしの」
掠れた、か細い声。
ドゴォォォオオオンッ!!!
「っ!?」
それを掻き消す、轟音。聞いたことがないあまりにも大きな音に誰かはビクリと体を跳ね上げ、起き上がった。
「っな……」
小さな人物が見たのは───
「見つけた」
───水面を滑りながら自身へと特攻してくる誰か。
小さな誰かは目を見開いた。
「……………っえ」
「斬る」
大きな誰かは、両手で握り締めた大剣を振り上げた。
*****
───十数分前。
リコリスと妖精達は滝を登っていた。正確には、滝付近を飛びながら真っ直ぐに岩に埋もれた湖にへと向かっていた。
直線距離、遮蔽物もない空間ならスピードはいくらでも上げられる。リコリスは妖精達に遅れることなく着いていった。
「ここだよおねぇちゃん………おねぇちゃん!?」
「っ、おっとと」
ただ、スピードを上げすぎて止まれなくなっただけ。妖精達よりも遥かに上空でようやく止まった。
やはり、まだ上手くいかない。それを実感して上達せねば、と思うリコリス。
そんな彼女の目の前には巨大な岩があった。それを見て、少なくとも彼女は驚いた。崖崩れと聞いて、ごろごろした岩が流れ落ちて湖に沈み、それで湖は埋もれたのかと思っていた。しかし、実際は岩の板が蓋のように落ちているようだ。崖に亀裂が走り、そのまま湖に向かって倒れた。幸か不幸か湖は小さかったため、湖を覆ってしまった。更に細かい石や岩が転がって、上手く湖を密閉している。そこからしみ出るように水が漏れ、その下の段に溜まり、それが一杯になって滝として水が落ちているため、滝としては問題なく機能できているようだった。
ごつごつとした岩肌の上にリコリスが降り立つ。ざりざりと足で岩を撫でる。
「サーチ」
足裏から魔力を岩へと流し込み、波紋のように岩全体を魔力で覆う。
サーチで分かるのは岩の厚さ、硬さ、大きさ、そして内部の状況。
リコリスが閉じていた目を開けば、目の前に妖精3人の顔がアップになっていてギョッとする。
「どうだったー?」
「どんなかんじだったー?」
「なにかいたー?」
「近い。離れろ」
しぶしぶと3人がリコリスから少しだけ離れて周りをくるくると飛ぶ。それを見てふぅ、と息を吐く。
「かなり岩が厚いな。これは壊すのに骨が折れそうだ」
「よっし、ならわたしのまほうで……」
両手を岩にかざす妖精を「いや、待て」と制するリコリス。妖精は不思議そうな顔をして彼女を見つめた。
「私が壊そう。離れておけ」
そう言いながらリコリスはクレイモアを頭上に掲げる。それを見て妖精はリコリスから離れる。
それを一瞥したリコリスはクレイモアをしっかりと握り締め───
「壊れろ」
一言、破壊を意味する魔法を告げて思い切りクレイモアを振り下ろした。
ドゴォォォオオオンッ!!!
その一撃で岩が割れ皹が入り、壊れていく。
「きゃーっ! おねぇちゃんすごーい!」
「やだもうしびれちゃーう!」
「かっこいいーーっ!」
妖精から黄色の悲鳴が聞こえたが、それをリコリスは一切無視。出来た穴の中に身を躍らせ、水面ぎりぎりに浮く。同時に“鑑定”をかける。
───反応した。
〓〓〓〓〓
名前:───
種族:ウィルオウィプス
属性:火花
体力:0
筋力:0
魔力:2471
耐久:0
技巧:1203
感覚:66
総計:3740
〓〓〓〓〓
「見つけた」
そう呟いてクレイモアを持ち、特攻。
向こうもこちらに気づいたようだ。目を見開いて水面上で座っている。
「……………っえ」
驚くように漏れた声。それに特に何も感じずにリコリスは剣を振り上げる。自分の害となるのなら、彼女は相手がどれだけ幼かろうが年を食っていようが関係なかった。
「斬る」
だから、彼女は大剣を振り落とす。