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無人の道路をしばらく行くと車は停車した。
「やったわね!」彼女は上機嫌だ。
「シャンパンでも開ける?」と後部座席を探っている。
「いや、結構です。」車に酔っていたのもあって断った。
「あら、そう。」彼女は少し寂しそうだった。
「それにしても見た?あの悔しそうな顔!」
「いや…見てない。」
「そう…。」彼女はまたしょんぼりとした。
「あいつら一体何なんです。」
「そう、あの男はエリック・ペッパー。通称Dr.ペッパー。株式会社ブラックリバー所属の脳医学者よ。」
「ブラックリバー?」
「ブラックリバーは民間の警備会社…といえば聞こえはいいけど要は軍需産業よ。あくどい噂がいくつも付いてる。」「軍需産業ってことは?」
「そう。日本のじゃなくてこっちの会社よ。私たちが入手してた情報はブラックリバーと月極グループが近年親密な関係になっているというもの。どっちも影響力の大きい存在だからね。」
「なるほど…。」
「化学、医学、心理学…とブラックリバーはあらゆる方面から戦争に使える技術を研究していたの。その中でもDr.ペッパーが研究していたのはマインドコントロールについてよ。」
「マインドコントロール…洗脳?」
「そう。ドクターはサブリミナルを利用した洗脳の研究をしていた。それに月極が目をつけた。」
「つまり…。」
「そう!今回の事件は彼らの協力があって現実となったの。彼らは日本を巨大な実験場にする気だったのよ。さっきのゴリラ見たでしょ?」
「ああ、うん、はい。」
「あのゴリラは実験の過程で生まれた副産物よ。名前はルートビア。戦闘用の人工頭脳と体内に仕込んだ数多のギミック、それに洗脳によって戦闘と服従を生きがいにされた戦闘ゴリラね。」彼女はグラスを飲み干した。
「まあそれら全部水の泡となったんだけどね!計画は頓挫!実験は中止!あなたがUSBを持ってるおかげ!」かんぱーい、と一人でグラスを天に掲げ別のボトルを開けた。炭酸水の様でグラスに注ぐとしゅわしゅわと弾けている。
「ふ〜ん、なるほど?」ん?何かがおかしい。
「ちょ、ちょっと待ってください?」嫌な汗が吹き出す。
「俺USB持ってないんすけど。」
一瞬の間があり彼女が飲んでいた炭酸水を吹き出した。
「へ?」彼女は口の周りとダッシュボードを拭っている。
「だから…。」
「持ってないの!?なんで!」彼女の顔からみるみると血の気が引いて行く。
「上着のポケットに入れっぱなしで…。」
「上着は!」
「家にかけっぱなしです。」
「ええええ!」
「てっきり君が回収したのかと。」
「てっきりあなたが持ってるのかと!」
どうしようと呟きながら彼女はスマホを開らき、ハンドルの上に突っ伏した。
「呟いてる…。」
覗き込むと《USBが帰ってきました》と画像付きで載っている。名前は「げっきょくん」察するに月極のSNSアカウントだろう。
「えと…。えと…。」
「やばい。どうしよ。」ナカガワぶつぶつと謎の言葉を呟いている。まるきり思考を放棄してしまったように見えた。「取り戻そう。」気がつくとこう言っていた。ナカガワの姿を見ていると何故だかどこかで責任がある様な気がしていたのだ。
「そう…そうね。」彼女がガバッと起き上がった。
「それ、乗ったわ。」そう言う彼女の目は燃えていた。
闘志と、絶望と希望を孕んだ覚悟を持った目に見えた。