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「やっぱり赤味噌よね。」
「俺は味噌は麦派です。」
「麦も美味しいわよね。でも鳥が美味しいのは絶対赤味噌よ。麦なら豚ね。」
とりあえず俺は彼女のススメのままに食卓についた。自分の家で見知らぬ女のペースに乗せられるのは癪だが怒ってばかりでも仕方がないのはわかっていた。
「それでですね。」俺は白菜をふうふうしながら聞いた。「君は何者なんです?」
「それはさっき答えたわよね。名前はナカガワ。コードネームだけどね。職業は某国の諜報員。」諜報員がそんな軽いノリで一般人に正体をバラしていいのだろうかとかいう疑問は脳の片隅に置いておいた。
「そう。それのことで。」
「箸で人のこと指すの行儀が悪いわよ。」
「アメリカの諜報員が日本で何をしてるんですか。」
「あなた007観たことない?ミッションインポッシブルとかキングスマンでもいいけど。」
「この前メンインブラックなら観たんですけど。」
「あれはSFじゃない。スパイ映画はないの?」
「ほとんど覚えてないけどスパイキッズなら。」
「あれもどっちかっていうとSFコメディじゃない。まあいいわ覚えておきなさい。スパイが活躍するのはいつだって世界を救うためって決まってるのよ。」
「世界を救う?」
「そう。」中川がとんすいを置く。
「スターウォーズみたいにですか?」
「もしかして信じてない?」
「いえいえ、そんなことは。」
「どうやったら信じてくれる?義人くん。」
「そんなこと急に言われても…なんで俺の名前を知ってるん?です?」
「今更?」彼女は驚いたような吹き出しそうなような表情をした。
「あなた、私が何も調べないでここに来たと思ってるの?山川義人くん。29歳。会社員。独身。恋人無し。埼玉の私立大学を卒業後すぐに今の仕事に着く。趣味はアニメ、漫画ゲーム、映画。性格はやや内向的で思考はネガティブめ。好みのタイプは特にないけれども胸囲に関して…。」
「わかった。わかった。信じるから。」言われたくないことを言われる前に遮った。
「これで信じた?私がスパイだってこと。」中川はいたずらな微笑みを浮かべ、まるで食後にコーヒーでも上品に嗜むかのように鍋の汁をすすった。ムカつくことに彼女の一挙一動はどんな行動でも様になっている。
「まだわかりません。君が何者なのか。君が何をして、何でここにきたのか。」
「じゃあ順を追って説明してくわ。」さ、座ってと彼女に促される。この家の家主が誰なのか座り直してから思い出した。
「私が調査していたのはこの男の事。」ナカガワが懐から写真を取り出す。ついつい視線が胸元に行ってしまい目を逸らした。
「どこ見てるの?」
「いや、なんでも。」とごまかし写真を見た。そこには老人が写っていた。ソファに踏ん反り返り扇子で仰いでいる。皺だらけの老人だが目は虎のようにギラギラと輝き肌には油がのっている。
「この男の名前は月極剛三郎。90歳。日本の影の支配者といっても過言ではないわ。」
「何者です?それに影の?」
「彼はほとんど表に出てこないの。恐らく日本一のブルジョアジーだけど情報を操作して巧みに隠している。」彼女が写真を指すために前かがみになる。俺は再び目をそらした。
「彼の主な収入源は金貸しと駐車場の経営ね。」
「金貸しはわかりますけど、駐車場の経営?」
「彼が大っぴらにやってるのは金貸し。銀行で借りれなくなった人向けに金を貸してるの。ヤミ金とかサラ金に近いわね。そして返せない債務者から土地をただ同然で買い取って駐車場を立てる。これが彼の基本的な稼ぎ方よ。」
「悪どいですね。」
「彼は全国あらゆるところに駐車場を立ててきた。米軍基地の空母を買い取って立体駐車場を立てたって噂もあるくらい。」
「それで?」俺は唾を飲み込んだ。なんだか酸っぱい味がするような気がした。
「確かに悪どい商売だと思いますけど。でもそれがなんで外国の諜報員であるあなたが関わる理由になるんですか?
「問題はそこじゃないのよ。」中川が鍋の残った汁にご飯を放り込む。良い匂いが部屋を包んだ。
「彼の真の目的は金儲けじゃなかったのよ。」
「どういう事です?」
「金儲けと言ったって所詮彼は影の存在。商売的にも表舞台での印象は決して良くない。出てこれない存在なの。」
「それはわかりますけど。」
「しかし彼には欲望があった。名実ともに日本を支配したいと。直接自分が支配して弱り切った日本を自分好みの軍国にするという野望のもと。」
「なるほど。」俺は理解したふりをしていた。俺は話のほとんどを理解していなかったのである。「そこで彼は計画を立てる。名づけて日本変換計画。」
「日本変換計画?」
「そう。彼は日本に住む人々を洗脳して国ごと作り変えるつもりよ。それが日本変換計画。略してNHK。」
「NHK…。恐ろしいけどどうやってそんな事を。」
「そこで彼が目をつけたのはサブリミナル効果。刷り込み効果ってやつよ。人間には聞き取れないレベル周波数に混ぜて自分の持つイメージや思想を脳の奥底に焼き付ける計画。彼はそのための装置を完成させたの。」
「つまり?」
「その装置を使われちゃったら日本に住むほとんどの人が月極の支援者になっちゃう。そして彼は合法的にこの国の権力者として君臨できる。そしたらこの国はもはや独裁者の物よ。それを止めるために私は潜入捜査を続けていたの。」
「なんていうか、すごい。」
「ほんととんでもないでしょ。」
「いや、そうじゃなくて諜報部の力の方です。よくそんな情報が外国にいても入ってくるもんだ。
「そうね。大体は彼のSNSから得た情報と憶測だけどね。」剛三郎SNSやってるのかい!と心の中でツッコむ。
「じゃあ君の力ですか。」
「まあね。」彼女がニヤついた顔になる。
「私ぐらいになればそのぐらいちょちょいのちょいよ。私はある月極グループのある会社に秘書として潜入したの。」「はいはい。」
「ある日社長室の机にマル秘って書かれた文書の束が置いてあったのを発見したのよ。」
「それは…。」
「中身を見てみたらそこにNHKの全てが書かれていたわ。その直後に見つかっちゃって今追われてるんんだけどね。」「それって…。」罠だったのではと言いかけて彼女をみると見事なドヤ顔を決めていたのでそれを飲み込んだ。
「ん?でもその情報を掴んだのは潜入してからなんですよね。じゃあなんでそもそも潜入したんですか。怪しいってだけじゃCIAが送り込む分けないと思うし。」
「それは…。」
中川が何かを発そうとすぅと息を吸い込んだ時だった。
ぼかーん!!!!!
突然ものすごい爆発音が上がり俺の家のドアが、玄関が吹き飛んだ。もくもくと上がる土煙の中に人影が見えた。そこには
ゴリラが立っていた。