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家に帰ってすぐの出来事だった。アパートの階段を上がるカンカンという音が聞こえた。その足どりから察するに右隣の若い夫婦か角部屋に住んでいる大学生のどちらかだと思った。リンゴーンといきなり呼び鈴が鳴った。俺は怪訝に思いながらもおろしかけていたズボンを再び履き直し、ドアを開けた。
「たっだいま〜。」そう言いながら女が飛び込み抱きついてきた。一瞬何事かわからず言葉も出ない。女が肩に手をおいたまま離れた瞬間に顔が見えた。彼女だ。さっき高速で会った。煙の中から現れて、鼻血を流して颯爽とかけて行った彼女だ。彼女は片手で慌てる俺の口を抑え片手でドアを閉めると、
「ごめんね〜遅くなって。」と言いながらコンセントに何やら器具を当てている。「きみはっ…」と言いかけると彼女が俺の口を強く抑え「すぐ作るから〜。」と穏やかな口調で言った。その口調は彼女の真剣な口調とは裏腹であった。
「どうやら盗聴はされてないようね。」全部のコンセントを調べ終わると彼女は昼にあった時の口調に戻った。ふぅ、とため息をつき。
「とりあえずご飯でも食べながら話しましょ。会話は安全だから。」そういうや否や冷蔵庫を開いて見ている。
「ろくな食材ないわね〜。ま、いいわ。買ってきたから。」そう言うと彼女は持っていたエコバックの中から次々と食材を取り出し勝手に台所を使い始めた。
「君は…。」
「ん?」彼女は一瞬白菜を切る手を止めこちらを振り返った。
「君は何者?」発した自分の声の大きさに一瞬戸惑った。自分が出そうとしていたよりも大きな声を出していたのだ。「それに盗聴?どういうこと?」状況に置いてけぼりな現状にだんだんとムカッ腹が立ってきた。「そもそもなんでここに来たんですか!そしてなぜ勝手に台所を使っている!」
「それは…」やかんがピーと蒸気を吹いた。間が悪いと俺は思った。
「そうね。」火を止め、彼女は咳払いした。
「そういえば確かにまだ何も話していなかったわね。」そして内ポケットから手帳を取り出し言った。
「私はナカガワ。正体はCIA。権限でこの台所を借りますね。」
ポカーン。だった。頭の中は?で包まれて混乱している。CIA?この人が?そしてそれは別に俺の家で台所を使う理由にはなってない。
「ここに来た理由は落し物探し。あなたが拾ったんでしょ?私のUSB。あれに発信機をつけてたのよ。それ以外にも聞きたいことはたくさんあるんだろうけど。」ツッコミを入れようとした瞬間彼女が言った。
「とりあえずご飯にしましょ。もう少しでできるから。」
会話の終わりを告げるかのように彼女はやかんの火を止めた。虚空へと消えいるその音がひどく間抜けに、頼りなく感じた。