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「義人、お前は決断力がなさすぎる。」S山が言った。
学生時代空き時間に大学近くのファストフード店に二人で入った時のことだ。
S山が現金を持っておらずクレジットカードを使うので会計を別々にすることにした。「現金は持たない主義なんだ。」彼のドヤ顔が疲れた心に染み入り思わず拳を出すところであった。彼が先に頼み終わると俺の番がきた。バイトの店員さんが「ご注文をどうぞ!」と作られた笑顔で言う。俺はそこでしどろもどろになってしまった。何を食べるか何を飲むか思い悩んだのだ。そうやっている内にS山はさっさとシェイクを受け取り先に席で待っていた。
「お前が迷ってる間にどのくらいの人が待たされていたと思う。」席に着くなりS山が言った。
「何人だった?」
「いや数えてはないけど。」S山はシェイクを啜った。
「でも5分は待ってたぜ。」
「5分くらいだろ。」
「俺は1分以内だ。5倍だぜ。お前と俺の決断力の差はざっと5倍だ。」
「なんだよそれ。」
「まあいわばこう言うことだ。義人、お前は決断力がなさすぎる。どうでもいいこと考えてそれに時間をかけすぎるんだ。ハンバーガーひとつ頼むのだってご覧の通り一苦労だ。」
「はいはい、決断力つければいいんだろ。」俺はS山の不遜な態度に、彼の態度は毎度のことだったが、多少の苛立ちを覚え少しぶっきらぼうにものを言った。
「そう早とちりすんなって。」S山はいつの間にか俺が運んできたポテトを勝手に食べている。このやろう。
「決断力を持ってないことが悪いことだとは限らない。決断力を持ってないってのは裏を返せばその過程で色々思い悩むからだ。言い換えれば思いやりが強いからだよ。それは社会で使えるかどうかはわからないけどな、人を思いやる心ってのは人として一番大事なことなんじゃねーの。決断力が本当に必要な場面なんてそうそう出会わねーんだろうし。そんなに心配することじゃねーよ。」
そう言ってS山はするっと俺のポテトに手を伸ばしてきた。俺はそれをチョップではたき落とす。
「ほらな。」彼が目線を上げる。
「2回目は素早く決断できるじゃないか。」俺はそれに拳で答えた。
「なんやったんや?光化学スモッグか?」寅さんは何も見ていなかったようだった。
「いや〜なんだったんでしょうね。」俺は口ではそんなことを言いながらポケットの中のUSBメモリを触った。話すべきか、話さないべきか。しかしどう話すべきだ?あの煙と俺のみた美女とこのUSBは実際のところ何も関係ないかもしれない。逆もまた然りな訳だけれども寅さんのことだ。俺が話したら話したで「で、オチは?」っていうに決まっている。
「昔遊んでたら警報なった思ったら光化学スモッグ言うてのう。何が何だか分からんかったわ。」どうやら寅さんの中ではさっきのは光化学スモッグだと言う結論が出たようだ。彼の中でそう決まっているならばそれを覆すのは難しい。おそらく高名な科学者や偉大なる聖人が違うと言っても彼は聞く耳を持たないだろう。それからも彼の光化学スモッグトークは延々と続き俺が相づちを打っている間に会社に着いてしまっていた。「じゃあ義人お疲れさん〜。」寅さんはそう言って下手くそな口笛を吹きながら帰っていったので俺も家に帰る事にした。