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マウントリバージャスティスメン  作者: ぱんぶどう
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四方八方から奇声が聞こえる。サファリパークではない。極東の大学の一講義室だ。

扇型になっている講義室はその部屋が持つ特性を存分に活かし学生たちの騒ぐ声を反響させていた。一向に講義している助教の声は聞こえないがスクリーンには輪切りにされた木星が映し出されているのでおそらく宇宙の話なのだろう。

授業の内容をほとんど知らないのも仕方がない。4月当初勧誘されたサークルで出会った自称「時間割りのプロ」の二浪二留の先輩に「科学のセクションならこいつだな。」と勝手に組み込まれた授業だ。曰く「この授業なら出てれば取れるし、何をしてても怒らない。」との事だった。前者はともかく後者に関しては目の前に広がったこの光景を目にして頂ければ疑いの余地は無いだろう。

文系の学部しかないこの大学で何故天文学まがいの講義を受けなければいけないのか甚だ疑問だったがその疑問も何故彼らは座ってまともに講義を受けれないのだろうかという疑問に比べれば些細なものだった。入学して一ヶ月とちょっと。最初は真面目に学問を収めようとしていた彼らもゴールデンウィークを超え高校とは違った大学の自由な雰囲気に染まっていた。俺と言えども例外ではない。最初は静かに、真剣に、講義中にしゃべるものでもいたら冷ややかな目線を送っていた俺でさえこの状況に慣れ、そう言うものなのだと見切りを付け、この時間はもっぱらネットを巡回する時間と化していた。いつものようにまとめサイトの笑える話しや意味がわかると怖い話しなどを眺め肩が凝り疲れてきたため、パソコンにイヤホンをさし動画サイトで音楽を聞こうとしたその時だった。

ばん。と大きな音が響き聴衆の目線がその音のした前方へ釘付けとなった。そこには教卓に手をつき真っ赤な顔をうつむかせている講師がいた。さっきまでまるでビアホールと見間違うかのように雑多に騒がしかった講義室が今や静まり返り声を発しようとするものなどいない。まるで裁判で判決を言い渡される直前のように静まり返り緊張している。何人かの者たちはその状況の深刻さに気づき青ざめている。革命だ。ふとそんな言葉が浮かんだ。騒音によって散々生徒たちに押さえつけられた助教がとうとう反撃に出たのだ。全てをぶっ壊す気だ。しんとした世界の中で俺は自分の中に熱くたぎるものを感じた。全ての価値観がひっくり返りもとどおりになるのだ。心の中で助教を応援した。頑張れ。虐げられし者の反撃の時がついにきたのだ。食らわせろ。革命だ。俺はつい指先に力が入った。それがいけなかったのだ。簡単に言えばイヤホンは刺さっていなかった。力が込められた指先はマウスへとその力を加えた。上からの力に対してマウスは自らの与えられた仕事を全うし、それはクリックという結果に至った。カーソルは画面上で空を切る事はなく動画サイトの再生ボタンへと誘われた。それらの偶然が重なった結果だ。マニア向け萌え深夜アニメのオープニングテーマが大音量で誰一人として物音一つ発さないこの部屋の中で響き渡ったのだ。一人の革命家ー助教に向いていた目線は一瞬にして俺の方に向けられた。俺は慌ててその音を止めにかかる。誰かが失笑を漏らした。それに釣られてもう一人そしてまた一人。笑い声は伝播し講義室を包んで大爆笑を巻き起こした。前を見つめると最初は堪えていた助教もどうやら堪えらきれなかったようで下を向き机の陰に隠れてはいたが確実に笑っていた。

授業が終わった時、今日起こった事を口にするものはほとんどいなかった。恐らくはここでは話さずそれぞれがそれぞれの場所で今日の出来事として話し、噂話として流布していくのだろう。俺はなるべく平静を装い普段通りにものをしまいいつものように出ていこうと周りをなるべく見ないようにカバンの中を弄っていた。四方八方から奇異の視線は感じていたがなるべく気にしないように。そうしているとその男は俺のところにやってきたのだ。

「お前もごち○さ見るのか。」その男は俺の前に立つとそのマニア向け萌え萌え深夜アニメの名前をあげてこう言った。突然のことに俺が何も答えきれずにいるとその男はこう続けた。

「いいよな。ご○うさ。」彼はそのマニア向け萌え萌えふわふわ深夜アニメの名を口に出すのを少しも躊躇ってないようだった。その様子を見て周りの視線がさらにこちらに向いてきた。

「お前、名前は?」男が言った。

「俺?」

「お前以外誰がいるんだよ。」

「山河義人。」

「ヤマカワ…漢字は?マウントリバーか?そんで下が?」

「正義の義に人。」

「ジャスティスメンか。」男は納得したように、少し考えた風にしてからこう言った。

「ここうるさいからよ、どっか行ってごちう○について語り合おうぜ。ジャスティスメン。」

その男は右手をこちらに差し出した。

「俺はS山。よろしくな。」


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