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エントランスに入ると先ほどとは打って変わってやけに静かだった。外とのコントラストで奇妙な不気味さすら感じるほどであった。
「誰もいませんね。」
「これは罠に違いないわ。」ナカガワが言った。
「きっと奴らが外で乱痴気騒ぎをしているのも罠よ。私たちを中におびき寄せるためのね。」おかしいと思ったのよ。と彼女が呟いている間も、背後から「ビールかけやるぞー!それから花火もあるぞー!」という声と歓喜の雄叫びが聞こえてきた。充実してんな、爆発しろ!という言葉と、彼らの宴会が演技とは到底思えないのですが。という言葉を同時に飲み込んだ。
「奴らはきっと私たちが罠にハマったと思い込んでる。」彼女はちょうど幼稚園生がごっこ遊びで真似をした忍者のような抜き足差し足で歩いている。
「だから私たちはその裏の裏をかく!」
「つまり?」
「エレベーターに乗って奴らのいるはずの最上階まで行く!」
「つまり堂々と行くってことですね。」
「まあそうね。」ナカガワが少しムッとした。
「でもわからないわよ、これが罠だったとしたなら。最上階に生きてたどり着く保証なんてないのかもしれないわ。引き返すなら今よ。義人くん。」彼女は冗談交じりに言ったのだろう。それでもその言葉は俺に躊躇を与えるには十分だった。確かに俺が首を突っ込むことじゃないかもしれない。ここはプロの彼女に頼んだほうがいいのかもしれない。いいや義人、それでいいのか義人。ここまできたんだ。今更だ。いや逆だ。ここで帰ったら一生後悔がつきまとう。BGMを流せ義人。セプテンバーだ。全てを解決したクライマックスのセプテンバーだ。自分を鼓舞しろ。山河義人。マウントリバージャスティスメン。そうだお前はマウントリバージャスティスメンだ。やるのだ。それしか道はない。男として俺が生きる道だ。
「義人くん?」一言で俺は自分の思考の海から呼び戻された。彼女の顔を見た。覚悟は決まった。
「いいえ、俺も男です。行きますよ。」彼女はきょとんとしていた。それでいい。これは俺の問題だ。俺さえわかっていればいい。
「最上階に止まってるわね。」ナカガワがエレベータのボタンを押しながら言った。階数の表示は25となってる。
「開くとき油断しないで。乗ってくるかもしれないから。」彼女が傍に身を隠すので俺も真似をしてその反対側に身を隠した。リンゴーンと到着を知らせるベルが鳴った。彼女はハンドサインで待てと指示をするのでそれに答えて頷く。音声案内の”一階でございます。”という声と共にドアが開いた。彼女が緊張した面もちで覗いている。俺もつられて顔が引き締まる。そして”上に参ります。”という音声とともに更迭のドアは閉じられた。彼女はハンドサインでボタンを押せと支持してくる。俺はしゃがみこんだままボタンを押す。ドアが開くとほぼ同時にドアの前に彼女が飛び出した。俺は飛び出すべきか待機か、彼女の指示を待っていた。彼女は中を凝視したまま指をくいくい動かす。それは「こっちに来い」にも見えるし「待機して様子見」とも解釈できる。どっちだ?いや実はこれは…。
「義人くん?行くわよ。」
「あ、え、へ?はい。」どうやら何ともなかったようだ。
「結構くるのに時間かかったけど着くまでもかかるのかしらね。」
最上階のボタンを押しながら彼女はそう言った。