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「大勢いるわ。」双眼鏡を覗いて彼女が言った。
銀のうんこタワーから少し離れた林の中に車を止めていた。借りた双眼鏡で見ると確かにビルの下には人だかりが出来ていた。
「さて、どうやって侵入しましょう。」彼女が三本指を立てた。
「入り口は3つ。正面入り口がそれぞれのビルにあるのと駐車場口ね。あれだけ正面を固められてると…。少しでも中の様子とかわかってれば違うんだけどね。」
「ちょっと様子を見てきましょうか。」
「それは危険よ。」
「いえ、二人とも捕まる危険よりはマシです。それに男ですから。15分待って帰ってこなければ捕まったって考えてください。」
「じゃあ…気をつけて。」
彼女は心配そうな表情だ、よほど俺の信頼がないのだろう。と考えるのは俺の性格の悪いところだろうか。
ビルの周りの人だかりは全員黒服にサングラスで統一されている。誰がどうとか何がこうとかはわかないがほとんどは談笑して休憩している様に見えた。植え込みのような林をかき分けより近づいてみると黒服がまた別の黒服に指示しているのが見えた。顔を伏せ気味にして耳をそちらの方に向け、神経を集中させると姿は見えないが会話が聞こえてきた。
「リーダー!こんなもんでいいですかね。」
「うむ!」リーダーと呼ばれた男が答える。
「準備はこんなものでいいだろう。」
「ゾクゾクしますね。」
「ああ、これから起きることを考えるとな。」
こいつら、計画の準備をしているのか?
「もう我慢できねえ!リーダー!始めちゃいましょうよ!」なんて奴らだ!嬉々としている!
「待て、まずは副リーダーに確認をとってからだ。ではいいかな?副リーダー?」
「私は良いと思いますが。その前に班長に確認しなくては。」
「うむ。ではどうだ班長。」
「はい。」班長らしき声が答える。
「私としては結構でございます。しかし、私としては副班長にも確認するのが筋かと。」
「なるほど。もっともだ。では副班長…」
「はっ!自分としましては、何と言いますかーそのーそうですね。問題はないかと思います。ただ一応ですね、一応ですよ。やはり末端の意見と言いますか、下々のね、意見を取り入れるのも上の務めかと。つまりですね、あの、平の班員にも話を通してからのがいいかと。」
「一理ある。では班員に聞くとしよう。どう思う?」
「だからリーダー早く始めましょって!」
「では始めるとしよう!」
くそ、話がまとまってしまったようだ。何とか止めないと!俺は目線をそちらに向けた。
「点火!」リーダーと思われし男の声が木霊し、周りの黒服達から鬨の声とも思しき歓喜の雄叫びが上がった。
「おかえり!大丈夫だった!?」
彼女はそわそわした様子で待っていた。
「問題ありません。」
「そう。」彼女は一瞬胸を撫で下ろし「何か大声が聞こえたけど。」と言った。
「ああ。そのことですか。」俺は一瞬言うのを躊躇した。と言うよりもこんなこと報告するのもバカバカしいと言う気分だったのだ。
「それバーベキューです。」
「はい?」不安げだった彼女が一転、目を丸くする。
「あいつら。どこからか持ってきたのか大量の貝でシーフードバーベキューを始めたんです。侵入するなら今がいいかと。」
高く積まれた木材についた火も火の粉を巻き上げ高く上がりキャンプファイヤーの見てくれも申し分なくなっている。乾杯を終えるとそれぞれが各々したいことをしている。あるものは食べ、あるものは飲み、談笑し、騒ぎ、もう花火の用意を始めているやつもいる。てんでバラバラだが一つだけ共通点がある。それはここにいるみんなが笑顔であると言うことだ。リーダー自らが貝を焼き、部下たちに振舞っている。その姿を見て何人かの部下たちが空になった缶や瓶を片手にやってきて、矢継早にものを言いたいことを言っていく。
「リーダー!聞いてくださいよぉ。このクソ黒メガネが…」「それお前もだろうが!てかみんな格好一緒だろうが!」
「早飲み対決しましょうリーダー!」
「リーダー!ご勘弁を!こいつもう五杯飲ん出るんです!」「構わん!今日は無礼講だ!」
歓声と共にますます盛り上がる黒服達を横目に俺たちは正面入口から堂々と侵入した。