プロローグ
「財産を失ったら働けば良い、名誉を失ったら回復させたら良い、しかし勇気を失ったものは生きていく価値がない。」ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
「絶対に必要なものは勇気だ。」荒木飛呂彦
黒滔々たる闇…というには現代東京の夜は明るすぎる。雰囲気だ。雰囲気。いい小説とはいい雰囲気の言葉から始まるものなのだ。あの国民的な自殺した天才小説家が書いた小説の様に。とにかくそういう雰囲気だってことを理解していただきたい。厳重そうなビルの隙間を一つの黒い影が横切った。そもそも黒滔々たる闇ならばそんな影も映らないだろうとかいう野暮なツッコミはやめて頂こう。雰囲気なのだ。全ては雰囲気。そんな細かいところを気にしてる限りあなたはきっとモテない。きっとそうに違いない。
「いたぞ!」黒スーツのサングラスをかけた男たちがその影を追う。黒塗りの車が何台か通り過ぎるのをその影の主は息を潜めて路地で待っていた。
「はぁ…はぁ…。」彼女は肩で息をしながら呟いた。
「届けなくちゃ。」彼女は再び走り出した。黒滔々たる闇…実際にはそんなものないけど…に向かって。
賢明なる読者諸君はもうお気づきだろうがこれはプロローグである。どうせ賢い人間、もしくは自分の事を賢いと思っている真の愚か者たちはこの小説を読んだとしても始めの3行程度で見切るであろうから残った愚鈍な読者様たちの為に説明を差し込んで申しあげると物語の導入部分のことである。良い小説や映画にはこう言ったものがついているものだと相場が決まっているのだ。ここではその物語の世界観の説明だったり、物事の始まりだったり大概目を引く様な出来事が描かれている。つまり読者たちを物語に引き込む場と言える。さて、ほとんどの読者はそんなの当たり前じゃないか!とか、こんな説明必要?とか少ない語彙力でもって怒りを露わにするであろう。しかしそのツッコミこそがすでにこの物語の読者様たる所以である。優れた作家は文章の外でも人物を動かすものなのだ。見たまえ、こうやって無駄話をしている内に彼女は夜目が効かない進化を遂げたホモ・サピエンス、つまり私たちが不可視な黒滔々たる闇の中へと消えて行った。
ここは読み飛ばしても別にいいです