1話
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[国境よりパンをあなたへ(短編)]
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「___では、刀化状態でも完全無敵ではない、ということでしょうか」
「ああ、確かに刀化してる間は無敵に近い状態かもしれない。アーリと同じ肉体を共有することで魔法の詠唱も必要無くなるし、左目の力を解放する事で身体能力も格段に跳ね上がるさ___それこそ龍みたいにな」
イーステア国寄りのエースト国の国境に位置するこの店はPanya(読み方はそのままパン屋)。開業して1年と少し経つほどだが、立地は悪けれどお得意様のお陰で商売としてはそこそこに繁盛している。昼の3時頃、今は珍しい客が来店しており、俺、アーリ、そのお客の三人で、つい3日程前に設置したイートインコーナーの一つのテーブルを囲んで話している。
「それだけ聞けば、どう考えても[無敵に近い]じゃなくて、[無敵そのもの]ですけどね。」
「言ってしまえば、一年前に封印した[あの龍]の力をそのまま使ってるだけだからな。そいつができたことは全部できるんだよ。精神干渉、属性変換、元素還元、魔素吸収___なんでもありのように見えて、実際の所は強い力を使えば俺の血が無くなるのも早い」
「たしかその龍も自らの血を消費して様々な奥義を繰り出していたんですよね」
「まああいつは身体もデカかったし、とんでもない技を連発してきたからな。実際、師匠がいなければこの世界ごと滅んでたかもしれないしな。 ___肝心のその師匠が死んで、どうするんだって話だけどな」
「あなたの師匠、そして私の師匠でもあるベルス様は___本当に立派な方でした」
そう今は亡き師のことを憂い思って感傷に浸る彼の名はベル。歳は俺たちの5つ下で14歳。ベルという名前は、彼が幼少の時に、今となっては誰が親かも分からないが、毛布に包まれて捨てられていた所をベルスが拾い、彼の名前の最初の二つを取ってつけられた名前らしい。
「全くさ。ベルス師匠には最後まで頭が上がらなかった。最後までやることは無茶だったけど、芯のある、本当にいい人だった」
「そのベルス様が、あなたの左目に倒した龍を封印したのですよね?」
「ああそうだ、龍の死骸は[この世界のもの]をひたすらに侵食し続ける…生き物であろうが人であろうが物であろうが、全てを腐食し腐らせていく。唯一[この世界のもの]じゃなかった俺に全てを任せた師匠の判断は、彼の人生最後の、最高の英断だったさ。」
「あの、前々から気になっていたのですが 、貴方はどこから来たのですか? アーリ様でさえも詳しく知らない世界、とお聞きしたのですが」
それを聞くと、今まで二人の話を黙って聞きながら、自作のパンケーキやコーヒーをもぐもぐぞぞぞと忙しく口に運んでいた彼女は、慌てて汚れた口元をハンカチで拭いて応える。
「あーえっとね、ツキくんの元の世界っていうのも、一応この世界と一緒なの。ただちょっと時代が違うっていうのかなあ… ちょっと説明しづらいかも」
「そうだな… 今より20000年前の時代から冷凍保存されてこの時代まで来た、だなんて言ってもよくわからないだろうな__」
俺の元の世界では、いわゆる[極道]を真っ直ぐに進んでいた。親はそんな極道の中ででも世界の頂点に君臨する、マフィアの中の王。俺も例に漏れずそんな闇の中を、その当時は何の疑いも無しに、それこそが信念だと信じてただひたすらに、がむしゃらに生きた。血を見ない日は無く、強い者だけが残っていく。俺は生きるためにただひたすらに鍛錬を積んだ。肉体的なものは当然だが、幾度も修羅場をくぐり抜けるうちに自然と精神的なものも培われていった。16歳になる頃には、最早歳相応の面影など一つも無かったであろう。
「お前は少し人に慈悲を掛けすぎる。次の頭領をお前にはできん。」
どこと争おうにも毎回成果をあげ、指揮を取っていた俺は自然と親父の後を継ぐものだと思っていたが、そう直に告げられた俺は、この後はどうしようか?程度の、軽い見方しかできなかった。
別に危害を加えないならば殺さなくてもいいのではないか__そんな生温い考えがまさか身内全てを殺してしまうなんて、その時の俺は考えもしなかった。
今でも覚えている。あれはフランスに拠点を構えていた時。俺が慈悲で逃がそうとした相手が、とんでもない威力の弾頭で自爆特攻を仕掛けてきた。地下だったため、多くの人は逃げることすら叶わなかった。
敵味方問わず生き残ったのは恐らく自分だけ。そこから記憶は曖昧なのだが、そこから行く宛の無かった俺はその場の名前も知らぬ誰かに拾われて、車で知らぬ場所に連れていかれた。恐らく研究所だが、そこで出された食料にがっついている間に___そこから記憶がない。
次に目を覚ましたのは、変なカプセルのような長い球体の中だった。鉄のような、恐らく合金だが、いかにも最先端といった言葉で表せる、近代的なレイアウトのカプセル。ただ中は有り得ないほどに寒く、寒いと感じるのに感覚が無い。状況を理解出来なかった俺は、ひとまず動こうとして、その時に勝手にカプセルの前面が開いた。
その時に俺が居た場所が、誰もいない洞窟の中だった。得体の知れないカプセルと俺だけが存在する奇妙な空間。そんな所に突如居合わせたのが、歴史探検家兼[人助け屋]のベルス師匠だった。
ベルス師匠に拾われてから分かったことが、この世界はどうやら俺の過ごしていた時代から20000年後の世界であること。その間に一度太陽系は全て崩壊して太陽は爆発し、何らかの力で再構築されたのが今の世界であること。そしてその何らかの力というのが、俺の時代には無かった[魔法]であること。
歴史探検家の彼が言うには、どうやら俺の乗っていたカプセルは惑星系の壊滅に備える為の、試験的な肉体保存用のためのものだったようで、並の人間の肉体と精神ではまず耐えれるものでは無かったらしい。ツキ、君だからここまで生きてこられたんだと師匠は言った。
実際、他にこの時代に俺のような人間はいたのかと聞いたが、一人とさえいなかったらしい。恐らくだがその当時、どこの物か分からず使いやすかった俺を実験素材にして、カプセルの稼働実験でも行っていたのだろう。どうやらその直ぐ後ほどに惑星系の崩壊は始まったようで、丁度試験カプセルにいた俺はそのまま助かり、この時代までずっと冷凍保存されたまま生き残り続けたらしい。ちなみにだが、俺以外の人間はその惑星系崩壊の時に[全滅]したらしい。実際今人間が世界中に溢れている事もこの世界の謎となっており、歴史探検家が日々解明しようと健闘しているが、未だに理由は不明である。
はてさて本当は生き残りがいたのか、それとも俺のように特殊な方法で生き残ったのか、そんな事はどうでもいいが、助かったのは最初の発見者がベルス師匠だったことだ。
彼は国家専属の[人助け屋]でもあった。この世界特有の職業で、いわゆる元の世界の探偵のような仕事。その内容は多岐に渡り、国家から依頼された仕事をなんでもこなす。[なんでも屋]というほうがしっくりくるだろう。
そんな彼は俺の素質を見込んで、ある程度自立できるようになるまで面倒を見ると言ったらしい。当時は言葉さえ分からなかったが、言語の習得は元の世界でも必要不可欠なスキルであった為、2ヵ月ほどで完璧に習得した。極道の道が違う方面で生きた、初めての体験だった。
当時廃れていた俺の心を治したのもベルスだった。ことある度に自分の仕事に俺を連れて行き、様々なこの世界の街や国、遺跡を回った。水のエネルギーで成り立つ美しい街、穢れた海の端に存在する巨大な浮く墓、光り輝く花が舞う丘や、強力な毒を持った蛇だけで構成された洞窟。時には命を掛けて、時にはのんびりと楽をして。
師匠と別れを告げる、俺が18歳になるまでに、俺は本来の人間の心、生活、生き方をやっと見つけることができた。
そして事件は起こる____霊龍暴走事件。曖昧だった霊の存在が具現化して大災害を引き起こしたこの大事件は、人口の4パーセントを削り取って幕を降ろす。その中にはベルスや当時の友人も含まれており、俺は生きる意味を失いかけた。その時に一緒に龍と戦ったアーリは、隣の国のエースト国の国王の隠し子。ベルスの同業者と深い繋がりがあった彼女は、俺と同じように素質を買われて、俺と同じように[人助け屋]に連れ回される、似たもの同士だった。ベルスの職業上、アーリと会うことはよくあって、それまではアーリに対して全く恋愛感情というものを抱いていなかったが、対龍戦争の時にお互いに命を掛けてお互いを守った一件から、惹かれ合うようになった。
失ったものはあまりに大きく、その時にアーリの親のような存在であった[人助け屋]も亡くなってしまい、それぞれの師匠を失った俺達はお互いに支えあって生きていくことを決めた。その時に始めたのが、この世界には無かったパンの店。今ではこの店を起源として爆発的に広がったが、この店からパンが始まったことは、ごく一部の客しか知らない。
「___なるほど。現実離れしたような話ですが、凄く良い経験を聞かせて頂きました。」
「俺から言わせて貰えばな、この世界のほうがよっぽど現実離れしてるってもんさ」
「いやいや、ツキくんの元の世界の話も結構ぶっとんでると思うけどなあ」
その後も客は来ず、来客者のベルを見送っている内に外も暗くなってしまい、店を閉じて早い明日の朝に備えることにした。
前の盗賊事件があってから、なお一層二人の距離も縮まったような気がする。あの後、メイリアともちょくちょく連絡鳩づてで近況報告をしており、思わぬ旅先の友となって、アーリも喜んでいる。
二人ともそれぞれの布団に入ったところで、アーリがツキに訊ねる。
「ねえねえツキくん、明日街まで屋台おろしに行くんだよね?」
「ああそうだな、それにちょっと首都のほうまで行こうと思ってな」
「あ、カリア(この国の王、歳は5つ上)に会いに行くんだね!」
「そうだな…少し話しておきたいことがあってな」
「? でも伝えたいことあるなら、はとさんに任せたらいいんじゃないかな?」
「いやあ、直接言わないと多分通らなくてさ」
そう言うとツキは体を起こし、アーリのほうをじっと見つめて、
「アーリ、俺とこの世界で初めての、人と魔女の夫婦にならないか?」
「………え、え、えええええええええええ!?」
____静かな森にぽつんと佇むパン屋。その2階から響く明るい絶叫は、寝むりかけた、うとうとする近くの木に並んだ小鳥でさえ驚き飛び立つほどのフルパワーボイスであった。
週一更新します。