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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の好きな騎士の人は

作者: 笹 塔五郎

 私、カトレア・コルトーには好きな人がいる――誰よりもかっこよくて、いつでも傍にいてくれる人。

 けれど、その願いが叶う事はないと、私は思っている。


「カトレア様、そろそろお時間です」


 鎧に身を包んだ少女――リトアがそう口を開いた。

 王国の騎士である彼女は、歳若くして今の地位にある。

 長い金髪を後ろで編み、人形のように可愛らしい顔立ちをしているのに、騎士としての実力は王国でも上位に位置する。

 私は、そんな彼女に恋をしている。


「ええ、分かっているわ。行きましょう、リトア」


 私は頷いて答える。

 立ち上がろうとする私の手を、リトアが取ってくれた。

 いつもそうだ――彼女はきっと、意識をしてやっているわけではない。

 騎士として当たり前の事をやっているだけだと思う。

 けれど、その一つ一つが、私にとっては魅力的だった。


「……ありがとう」


 ぎこちないお礼をしながら、私は前を歩く。

 私の顔が見られないように、リトアの前を歩くんだ。


「カトレア」


 けれど、そんな私の名前をリトアが呼ぶ。

 私は思わず足を止めてしまった。

 振り返ると、心配そうな表情のリトアがいた。


「大丈夫? 顔色があまり良くないみだいだけど」


 そう言って、リトアは時々昔みたいに私の事を心配してくれる。

 心配そうな表情をするリトアを見るのは、少し胸が痛い。

 私はあなたの事で悩んでいるのに――


(違う、全部私が悪いんだもの……)

「ううん、平気よ?」


 いつものように、笑顔を作って返事をする。

 私がそう言うと、安心したようにリトアも微笑んで返してくれた。

 これでいい。

 私の気持ちは、リトアに知られてはいけない。

 リトアの悲しむ顔は、私も見たくはないから。


   ***


 私がリトアと知り合ったのは、本当に幼い頃の事だった。

 小さな町で領主をしていた父の下、幼かった私はとても内気だった。

 友達もできずにいつも家で一人、本を読む。

 そんな毎日を繰り返していたとき、リトアはやってきた。


「こんなところで何をしてるの?」


 きっと純粋な疑問だったんだと思う。

 小さな町にある大きな屋敷にずっと興味を持っていたというリトアは、屋敷に忍び込んできたのだった。

 そんな抜け道があるなんて私も、家の者も全員知らなかった。

 行動力のあるリトアだからこそ、見つけられたんだと思う。


「本を、読んでるの」

「本?」

「うん」

「面白い?」

「もう見たから……」


 ここにある本は大体読み終えてしまっている。

 それくらい、私のやる事はなかった。

 そんな私の手をリトアが取ると、


「じゃあ外で遊ぼうよ!」

「え? でも……」

「大丈夫! わたしが守ってあげるからっ」


 満面の笑顔でそう言って、リトアは私を外へ連れ出してくれた。

 その時から、リトアは私にとっての騎士様だったのだ。

 それから毎日のようにリトアと遊んだ。

 町の中だけでなく森の中での遊びや洞窟探検など――色々なところへ連れて行ってくれた。

 その時から、私はきっとリトアの事が好きだったんだと思う。

 けれど、そんな幸せも長くは続かなかった。

 数年後、両親が事故で死んだ――とてもつらい事ではあったけれど、悲しむ暇もないくらいの私には領主を継ぐという現実がそこにあった。

 もう以前のように、リトアとは遊んではいられない。

 一緒にいる事も、もうできない。


「リトア、私はここの領主になるわ。これから色んなところを回るし、この地のために尽力するつもりよ。だから――」


 もう一緒にはいられない。

 そう別れを告げるつもりだったのに、リトアは私の手を掴むと、


「それじゃあ、私も一緒にいくよ」

「え……?」

「カトレアは一人じゃ無理するだろうから、私が一緒にいて守るから」


 ごく当たり前だと言うように、リトアはそんな事を言い出した。

 カトレアは視線を逸らす。

 とても嬉しい事を言われている――けれど、私のためにリトアを縛り付けるわけにはいかないと思っていた。


「……無理よ」

「無理じゃない」

「守るだなんて、適当な事言わないで。領主を守るのは騎士の役目だから」


 それは本当の事だった。

 これからは、王都から派遣される騎士がカトレアの事を守る。

 そこにリトアの居場所なんてない。

 そう突き放すつもりだったのに――


「じゃあ、私も騎士になるから」

「……っ」


 どうしてそんな事を迷いなく言えるのか、私には理解できなかった。

 リトアは私の手を強く握りしめると、


「私はカトレアの事、好きだから。友達ならそれくらいするよ」


 友達なら――その言葉を聞いて、リトアの好きと私の好きが違うものだという事は分かっていた。

 けれど、私はその好きに甘えてしまったのだ。


「それなら、騎士になったら一緒にいても、いいわ」

「大丈夫! 絶対になってみせるから」


 本当は嬉しい気持ちでいっぱいだったのに、それを押し殺すようにそっけない態度を取った。

 それから数年もしないうちに、リトアは本当に騎士になって私の前に現れたのだった。


   ***


 領主の仕事は様々だ。

 領地の各所に存在する問題を町や村の長と相談しながら解決していく。

 一つの拠点に長くとどまる事はない。

 今日もいくつかの町を回って、ようやく一息をついたところだった。


「ふう、さすがに疲れたわね」

「そうですね」


 私の言葉に頷きながらも、リトアは疲れた様子を見せていない。

 元々騎士としての素質はあったのだろう。

 言葉遣いから何まで、しっかりと騎士のものになっていた。

 時々私に見せる昔のリトアが、私にとっては一つの楽しみになっている。


(……というか、タイミングがずるいのよね)


 迷っている時や、困っている時になるとリトアは昔の言葉遣いになる。

 それを咎めるような事はしないし、むしろありがたい事なのだけれど。

 ますます、好きになってしまうから。


(……リトアは、私の事どう思ってるんだろう)


 友達としか、きっと思っていないのかもしれない。

 私はリトアの事が好きだ。

 女の子同士でそれはおかしいって、思われるかもしれない。

 けれど、好きになってしまったのは仕方のない。

 それは変えられない気持ちだから。

 けれど、その事実だけは、リトアにだけは知られてはいけない。

 今の関係が、壊れてしまうかもしれないから。


「リトア、疲れたならあなたも休んでいいのよ?」

「平気ですよ、鍛えていますから」

「またそういう事言って……私が鍛えてないみたいじゃない」

「カトレア様も鍛えてみますか?」

「私は、いいよ。ふわぁ……」


 話をしている途中でも、眠くなってしまう。

 リトアはそんな私の身体を優しく掴むと、そのままソファに横にならせようとする。


「リトア……?」

「大丈夫ですよ、今日はもう終わりですから。このまま休んでいてください」

「……ありがとう。そうさせてもらうわ」


 私は目を瞑る。

 それからすぐに強い眠気に従うまま、意識を手放した。


  ***


「……」


 リトアは横になったカトレアの事を静かに見つめる。

 黒くて美しい長い髪。

 若くしてすでに女性らしさがリトアとは違ってよく出ている。

 すぅ、と小さく寝息を立てる唇は少し開いていた。


「カトレア……」


 カシャンと少しだけ、鎧の擦れる音が響く。

 リトアはカトレアが目覚めないか、とドキドキしながらも、眠るカトレアに顔近づけると、唇を重ねた。

 少しだけ、カトレアの身体がぴくりと反応する。

 慌ててリトアは身体を起こした。


「んっ……」

「起きてない、か」


 眠っている間に、人の唇を奪うなんて最低の行為だとリトアは思っている。

 けれど、それでもやらずにはいられなかった。

 目の前でカトレアが、無防備にも寝ているのだから。


「ごめん、こんな騎士で……」


 リトアはカトレアの事が好きだった。

 ずっと前から、初めて屋敷で見つけた彼女の事が。

 けれど、それをずっと打ち明けられずにいる。

 カトレアに迷惑がかからないようにと、リトアは考えていたからだ。

 それでも、ずっと一緒にいたいとリトアは努力し、カトレアの騎士となった。


(こんな不純な動機だって知ったら、カトレアは怒るよね……)


 軽蔑されるかもしれない。

 幻滅されるかもしれない。

 何より、今の関係でいられなくなるかもしれない――そう思うと、リトアは気持ちを打ち明けられなかった。

 眠るカトレアは、ソファで静かに寝がえりを打つ。

 その表情をうかがう事ができなくなったのが、リトアは少し惜しい気持ちであった。


   ***


 私はリトアの事が好きだ。

 その気持ちは、リトアに知られてはいけない。

 そう思っていた。

 けれど――眠っていた私が目を覚ましたとき、目の前にリトアの顔があった。

 唇に触れる感覚で、すぐに分かった。

 咄嗟の出来事でも、よく眠ったふりを続けられたと思う。

 けれど、私は我慢できなくなって寝がえりを打った。

 嬉しい気持ちでいっぱいだったからだ。


(どうしよう……リトアも、私の事……?)


 これほど嬉しい事はない。

 けれど、もしも勘違いだったら?

 そんな気持ちがカトレアの中で広がる。

 起きたとき、普通でいられるだろうか。

 この気持ちを伝えるべきだろうか。

 カトレアは寝たふりを続けながら、今後の事について考えていた。

 領主として、しっかりとした振る舞いをしなければならない。

 そんな私が、こんな普通ではない幸せを手にしてもいいのだろうか、と。

 迷いながらも、カトレアは気持ちを固めてリトアと向き合った。


「リトア」

「カトレア様、お目覚めになられ――」

「私、あなたの事が好きよ。友達としてではなく。リトア、あなたが好き」


 はっきりとそう言葉にした。

 領主としてのカトレアではなく、一人の少女として、初めて一歩前に踏み出した。

たまにこういう感じの話も書きたくなります。

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