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君のために空を飛ぼう  作者: 小山内 歳幸
1/1

訳ありの二人

はじめまして、小山内 歳幸です!

投稿するのは、これがはじめて上手くできないかもしれませんが、そこは長い目で見守ってください。

あとは、書き方がかなり乱雑なのでアドバイスなんかも貰えたら幸いです。

注文ばかりですみません。


では、ベタでヒッチャカメッチャカな作品ですが、どうぞ楽しく読んで下さい!

〜・〜・〜・プロローグ・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

移動手段が主に飛行となった世界「スカイ・ウォーク」。

この世界では機械の奇跡的発展により長年不可能と飛ばれていた『人工的飛行』が可能となった。人々は新たな可能性に期待を寄せ、空を飛ぶという夢の実現に胸を躍らせるが、そこには予期もしていなかった問題があった。

空には人間の知らない生物が存在していた。

それは上空二千メーターを超えると現れ、飛行船に容赦なく襲い掛かる。主にコウモリ型や鳥型が多かったが姿形は実に様々だった。

人々はその異様な姿形からそれを『怪異』と呼んだ。

人類の空を飛ぶという夢を絶たれたと思われたが、一つだけ光があった。「怪異」は夜にしか活動しなかったのだ。

人々は危険が多い夜間飛行を避け、昼間飛行を主に行うようになった。

しかし、どうしても夜間に飛ばなくてはいけない人も存在した。それは密売や亡命、海外逃亡を図る犯罪人や危険な夜空を飛ぶことを楽しむ物好きな金持ちや命知らずの者たちなどだ。

そんな客たちばかりを相手にするため、夜間飛行士は尊敬の眼差しを向けられる反面、軽蔑の念を抱かれる職業でもあった。そんなこともあるのか夜間飛行を行う者はそうそういなかった。

しかし、『怪異』の存在が明らかになり、その習性が分かりつつなる中、新たな人類が誕生した。

彼らは飛行機を通じて特殊能力を発揮。『怪異』と対等に渡り合えるようになった。

彼らは『隣人』と意味を込めて、『NEXT』と名付けられた。

そんな特殊能力者『NEXT』だけを集めた飛行部隊をも作られた。

そんな中で、ただ一人、敢えて特殊能力を使わず夜間飛行だけを続ける女性飛行士がいた。

彼女の名は「アイーダ・スコット」。

どの飛行部隊にも属さず、その客は様々。素顔すらあまり知られていない美しき謎の飛行士だ。




【1,炎の飛行士の見極め】

フラン・ルピウス・Jr.は四年程前の記事を読みながら、汽車に揺られていた。

今から会いに行く取材相手の情報収集だ。

アイーダ・スコット、当時二十一歳。今だと二十五歳になる。在住先は分かっておらず、これから彼女の知人に引き合わせてもらえるように交渉する予定だ。彼女の特徴は夜間にしか飛ぶことをせず、人前にはあまり現れないこと。

「アイーダ・スコット…」

フランが彼女に興味を持ったのは、数ヶ月前ー。

フランはある事件を追っていた。仕事の合間にその事件に関するものなら何でも手探りに調べていた。そんな中で見つけたのが今回の記事だった。 なんでもないただの夜間にしか飛ばないという若き女性飛行士に対する取材記事だった。今でも珍しいものは昔でも珍しかったのだろう。そんな風にしか思っていなかったがある一文にフランの目が止まった。

ー『彼女の飛行技術は今は亡きフラン・ルピウスによく似ている。武器などは一切積んではないにも関わらず「怪異」を物ともしない。危険な夜間飛行を美しい夜間飛行へと変えるのだ!』

記者スティーブン・カティースが書いた記事だ。

『フラン・ルピウス』彼はフラン・ルピウス・Jr.の父親で十七年程前母を乗せた飛行に失敗、この世を去ってしまった。当時フランは八歳、アイーダは九歳の計算になる。その時既にアイーダが父親の弟子になっていたとしたら、事故のことを知っているかもしれない。

しかし、年齢的に幼なすぎる為その可能性は極めて低かった。もしかしたら、二人はまだ出会ってもいなかったかもしれない。

下手をしたら、彼女は父とは何も関係ないかもしれない。

だが、記事にはそんなフランの不安を打ち砕くかのようにスティーブン・カティースはこう記載していた。

ー『私はアイーダ・スコットになぜ夜間に飛ぶのかと尋ねてみた。すると彼女は「星を近くで見たいから」と答えたのだ。あまりにも単純な動機ではあったが、なぜか私は納得してしまった。望めるのなら、もう一度彼女の夜間飛行に同行したい』

記事はそこで終わっていた。

それから数ヶ月後にスティーブン・カティースは六十八年の生涯に幕を閉じた。

アイーダ・スコットが答えた「ただ星を近くで見たいから」という夜間飛行の理由は以前フランが父から聞いた話と同じだった。

その記事を呼んだ時は、フランは確信した。

彼女と父はどこかで繋がっている!と。

それは藁にもすがる思いに近かったが、それでもフランは父親の飛行失敗を信じられずにいた。特殊能力者ではなかったが夜間飛行にも恐れず、幾度も危険な飛行を成功させて来た父はいつしか英雄と称えられ、それは多くの少年少女に夢を与えていた。

そんな父がクリスマスプレゼントに母を乗せて飛行を失敗させた。多くのメディアは『クリスマスイブに起きた不幸な事故』と報道しているいるが、フランは事故だとは思っていなかった。



・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・



フランは汽車から降りると駅前にいるタクシーに乗り込んだ。

「すみません、マルチ空港に行ってください」

「あいよ!」

タクシーが豪快に発進する。フランの体が軽く飛んだ。

「お客さん、マルチ空港ってことは【紅き不死鳥】かい?」

「えぇ、まぁ」

「ほぅ。どっか飛ぶのかい?」

「いいえ、取材です」

「お!てことは、お客さん!記者か!」

運転手が興奮しながら楽しそうに言った。

フランは少し威圧感に近いものを感じながら、笑顔で対応した。

長い間、記者をしていると自然と顔が愛想笑いになる。言葉も丁寧になる。その方が情報を引き出しやすいからだ。もちろん、そうではない記者も中にはいるが。

「えぇ、そうですね」

「はっはっは、お客さん、随分若そうなのにしっかりしてんな〜」

「よく言われます」と答えながら、フランはタイミングを見計らって運転手に例の飛行士について聞いてみた。

「運転手さんは「アイーダ・スコット」という女性飛行士を知ってます?」

「アイーダ・スコット?」

運転手が首を傾げて考える素振りをした。

「聞いたことはねぇな。男ならまだしも、女の飛行士さんなら数える位しかいないからすぐ分かるだがなぁ」

頭を掻きながら「すまねぇな、お客さん」と詫びる運転手にフランは「気にせず」と答えた。

(やはり、そう簡単には見つからないか…)

もとより在住先も分かっていないし、スティーブン・カティースの記事にも取材の条件だったのか「アイーダ・スコット」の在住先もどうやって見つけたのかも記載されていなかった。

フランが降りたマルチタウンは大都会・マートンフォルトの南に位置し、小さいながら鉱山が複数あり、車や飛行機、家庭器具などの部品が主な収入源になっている。街の雰囲気は騒がしい活気に溢れていた。男も女も身体が大きく豪快な性格が多い。もうすぐで春になるというのに少し暑苦しいくらいだ。

そんな街でフランがこれから向かうのは、真紅の飛行機が特徴の【紅き不死鳥】と呼ばれる飛行部隊だ。



フランを乗せたタクシーは煙や鉛臭い街を離れ、海の方へと向かった。

空と同じ青色の世界が広がる。

その境界線のようにマルチ空港があった。

鉄をも燃やす勢いを象徴するかのように真っ赤な飛行機が飛び交う。そこには「怪異」と対等に渡り合える能力者ブライアン・パーチスが所属していた。彼は「炎の能力者」としてマルチタウンの空を飛び、『NEXT6』の一人でもあった。


ー『NEXT6』。様々な特殊能力者の中で最も飛行に適し、「怪異」を討つには最も優れた6人のことを示している。それぞれがマートンフォルトを囲むように北、東、南、西と配属されている。

その内の一人がブライアン・パーチスだ。


タクシーが空港出口で止まり、フランは空港を見上げる。

想像よりも縦にデカイ。

それがフランの第一印象だった。

空港というとただただ広いイメージを持っていたが、マルチ空港は縦に大きく上の方から飛行機が飛び降りるように離陸していた。

(…なるほど。ここが最も飛行士志望者が少ない理由が分かった)

飛行機は離陸も難しいというが主に下から上へ上がる為、訓練もそれにならっている。しかし、このマルチ空港は‘‘上から下へ’’離陸する為、飛行訓練学校でもそうそうやることはないだろう。結果、ここへの配属志望者は年々減っていると聞く。

(話には聞いてはいたけど、ここまで上向きだったとは…)

マルチ空港のこのバンジージャンプ型の滑走路の話は耳にしていたものの実際に目にするのとは全然違う。

「はっはっはー。お客さん、口が開きっぱなしですよ」

運転手が愉快そうにトランクからフランのトランクケースを出しながら言った。

「いえ、想像よりも直角だったので…」

「はっはっは。ここら辺は鉱山があるせいか街があると飛行場が狭くてね。だから、滑走路が上の方に作るしかなかっただ」

なるほどと思いながら、再度山脈のような空港を見上げて運転手に礼とチップを弾んでからフランはマルチ空港へと姿を消した。

目指すは「炎の能力者」ブライアン・パーチスとの面談だ。



フランが窓口で一番最初にしたのは、ブライアン・パーチスへの取り次ぎだ。

「申し訳ありません。ブライアン・パーチスさんへの面談は予約が必要なんです」

能力者への飛行依頼は一般人の飛行依頼と違って格段に多く、取材するのにも簡単にはいかない。

そんな中で未だ実績のないフランが取材依頼できたのは奇跡だった。

「話はいっているはずなんですが…」

「しかし、本日のブライアン・パーチスさんのスケジュールは午前中の飛行が五件、午後に三件だけで取材依頼は来ていないです」

「もう一度調べてください。わざわざマートンフォルトから来たんですから」

「かしこまりました。お席でお待ち下さい」

にこやかに告げた後、窓口の女性はフロントの待合席へとフランを案内した。

フランもにこやかに対応するも内心ではイラついていた。

(なんでこんなにも時間がかかるんだ…!)

腕時計に目をやると時刻は午前11時42分。

手帳を開いて確認すると取材依頼時間は午前11時。

マルチ空港に着いたのは午前10時35分。

丸1時間は足止めを食らってる状態だ。

それに気がつくと余計にイラついて来た。

(これじゃ、時間の無駄だ)

その時、ふとある扉が目に付いた。その扉には『関係者以外立ち入り禁止』と書かれていた。

(関係者…。あそこから行けばブライアン・パーチスに会えるのか?)

フランの中で小さな悪意が生まれた。

周りにはビジネスマンや旅行者ばかりで自分のような人物はいないようだった。

(こっちもこれだけ待たされてるんだ。これでおあいこにしてもらわないとな)

窓口の女性がこっちを見ていないことを確認してから、そっとトランクケースを持ち素早く『関係者以外立ち入り禁止』の扉に近づいた。

(どうか、開いていてくれ…!)

そう願いながらドアノブに手をかけると、内側からドアノブが回された。

「!?」

急いで扉脇に何食わぬ顔で逸れ、飛行ガイドブックを咄嗟に開いた。

「やっぱり、ブライアンさんカッコいいわ!」

「あんた、ほんと好きね」

「だって…」

中から窓口の女性と同じような格好をした女性が二人出てきた。

「能力者の飛行士って夜間しか飛ばないと思ってたけど、頼めば昼間でも飛んでくれるのね」

「安全性で言ったら、能力者に任せるのが一番だもの!」

二人は女子らしい話題で盛り上がる中、フランはすうと扉の中に消えた。



扉の向こう側は長い通路になっており、見るからに入り組んでいるのが分かる。

(他の空港内部に入ったことはあるけど、ここは一段と複雑そうだな)

内心重いため息を吐きながら、戻ってもと意を決した。

(あの女性には、悪いけど…)

ブライアンへの取材依頼を確かめてくれている窓口の女性に悪いと思いつつフランは通路を歩き出した。



左右にそれぞれネームプレートが掲げられ、見た目は芸能事務所の楽屋のようだ。

(見た目が変わっていれば、中身も変わってるな)

もしかしたらと浅はかな期待を寄せながら、ネームプレートを一つ一つ丁寧に確認していく。そうして行くうちにどんどん上に上がって行ってしまい、気が付いた時には滑走路が見渡せる通路に出ていた。

「しまった、ブライアン・パーチスに部屋を探すつもりが…」

夢中になってしまったとため息を吐くも目の前に並ぶ飛行機にまたため息が漏れる。

(小さい頃は、あんな飛行士に憧れ飛行機に胸を踊らせていたのに…)

思わずガラス越しに飛行機を撫でる。

(今は随分、遠くまで来てしまったなぁ)

飛行士を見るとどうしても両親の事を思い出してしまう。

当時はまだ特殊能力者は数少なく、飛行士だった父フラン・ルピナスは能力を持たない飛行士だった。母マリア・ルピナスも能力を持たない普通の科学者だった。それでも父は「怪異」を恐れず夜間飛行を続ける英雄的飛行士で息子の自分も誇りだった。いつかは自分もあんな飛行士にとずっと思っていた。

その夢が僅か九歳で絶たれるとは思ってもいなかった。

(なんな事件さえなければ…)

知らぬうちにガラスにやった手が拳に変わっていく。

「おい、あんた」

「ぬあっ!?」

突然背後から肩を叩かれ、変な声が出てしまう。

「っと。びっくりした。大丈夫か?」

手を振り払うように振り返るとそこにはフランよりも頭二つ分くらい大きい男がいた。

肌はよく焼け、縮れ髪を肩まで伸ばし前髪を後ろにオールバック、意志の強そうな眉に目付きは決して良いとは言えないがこんがり焼けた肌に似合う濃い緑色の瞳。

第一印象はズバリ、ワイルドな男。

「あんた、大丈夫か?なんか追い詰めた顔してたぞ」

濃い緑色の瞳が見開かれ、戸惑うフランを映していた。

「あ、はい。えっと、大丈夫です?」

遠い記憶から現実に引き戻されたフランはなんとかそれだけを口にした。

彼も飛行士なのか、マルチ空港飛行士の特徴である紅い不死鳥が描かれた制服を着込んでいた。

「あんた、見たところ観光客か?ここは一般人立ち入り禁止だぞ?迷子にでもなったか?」

身をかがめて口を挟む暇もなく言われ、フランは更に戸惑った。

「あ、あの、夜間飛行士の取材に来たんですが…」

「取材?」

首を傾げる大男にこくこくと頷く。

「夜間飛行士なら、今の時間はいないじゃないか」

「約束が午前11時だったです。それが何かの手違いで伝わっていなかったようで…」

最後の方がだんだん小さくなり、大男が「はっはーん」と下顎を撫でながら不敵に笑った。

「黙って入って来たのか。若いなぁ」

しまったと口に押さえるフランに大男はタクシーの運転手と同じように愉快そうに笑った。

「まぁいい。約束が本当ならそいつはいるだろ?案内してやるよ」

思わぬ申し出に目をパチクリしていると、大男が振り向きながら「俺が案内したのは内緒な?」と悪戯っ子のように笑った。



「なぁ、その約束午後じゃねぁよな?」

前を歩く大男が不安になったのかフランに話しかけて来た。

「え、えぇ。午前であってます」

フランはフランで、この大男に何か聞ける事は聞くべきかと悩んでいた所だった。

「俺も夜間飛行士だけどよぉ。同じ夜間飛行士に取材依頼入ってるって言ってる奴いたかなぁ?と思ってよ」

「あなたも夜間飛行士なんですか?」

「あぁ。見えねぇか?」

肩越しにニカと大男が楽しそうに、でも恥ずかしそうに笑う。

(この人も夜間飛行士?見た目は三十四、五、六くらいかな?)

「あなたは、どうしてこの時間にここに?」

「俺は昼間にも飛行を請け負ってんだよ。できるだけ、断らないようにしてんだ。…この仕事を誇りに思ってる」

噛みしめるように言う大男にフランは心で「僕もそう思います」と答えた。

「あとはそうだな。約束があった、だけかな」

頭を掻きながら「だよなぁ」と不安げに大男が言うが、その声はフランには聞こえなかった。

「なんの約束か聞いていいですか?」

「ん?あぁ、多分どうでもいい約束だっただと思う」

「どういい?そんな約束がありますか?」

クスリと笑うと大男も困ったように笑った。

「だよな。俺はどうも人との約束事を忘れがちでな。よく叱られてんだよ。直さねぇとな」

反省の色が全く見えない態度だったが憎めない人だとフランの大男への印象が変わっていった。

「おっと、着いたぜ。ここが仕事がない連中が集まる、いわゆる溜まり場だ」

さっきフランが一人で通て来た通路とは全く違う雰囲気の通路に案内された。さっき通て来た通路は白を強調した清潔感のある通路だったが、今いる通路は鉄で囲まれた軍の施設のようにも見える。

「随分、雰囲気が違うですね」

「ははは。まぁな」

大男がドアノブに手をかけた瞬間ー。

「お、いたいた」

「おーい、お前どこに行ってたんだよ」

向こう側から二人組の男が手を振って歩いて来た。服装から大男と同じ飛行士のようだ。

「お、シュンにクラン。どうした?」

大男は笑顔で答え、フランは大男の肩越しに覗き込む形になった。

「どうしたじゃねよ。昼飯の約束してただろうが」

「そうだっけ?」

「そうだよ」

二人組みが呆れながら大男にツッコミを入れた。

「ん?そちらは?」

真っ直ぐな金髪の方がフランに気付き、目を細めながら優しく聞いてきた。

「あぁ、取材で来たんだとよ。で案内してやってんだ」

そう大男が言うとフランはペコリと頭を下げた。

すると二人が顔を見合わせた。

「お前、ここまで来るともはや病気だわ」

「どう意味だよ、クラン」

黒髪の方が明らかに肩を落とし、金髪の方がやれやれと首を振った。

「あの、取材相手ってもしかして『ブライアン・パーチス』では?」

金髪の方が大男を押し退けてフランに聞いてきた。

「はい」

「おい」

「だってよ?」

フランが答えると同時に二人が大男に向き直った。二人に睨まれ、大男の大きな体が小さくなっていく。

最初は焦点が合わなかったが、次第にピースがハマっていく。

「ま、まさか。あなたの名前って…」

ワナワナと人差し指でさすと大男の目が気まずそうに泳いでいた。

「えっとぉ、言ってなかったっけ?」

頬を掻きながら大男が小さな声で名乗った。

「俺はブライアン・パーチス。能力者飛行士だ」

その後、フランの声にならない声が響いたには言うまでもない。



「ほんと、サイテーだな」

「だね」

隣の席でさっきの二人組みーシュンとクランが大男ーブライアン・パーチスに非難の視線を送りながら、それぞれコーヒーとサンドウィッチ、ノンアルコールとバーガーを口にしていた。

「うっ。言い返す言葉もありません」

「・・・・・・・」

当のブライアンはミネラルウォーターを前に小さくなっていた。身体は大熊のようなのに今はウサギのようになっている。

フランはというとブライアンを目の前にコーヒーを飲みながらウサギとなった大熊を観察していた。

(まさか、どうでもいい約束が僕の取材依頼だったとは…これじゃ話が行ってなかったのも納得がいく。本人が覚えていないのだからな…!)

内心はぶん殴ってやりたい気持ちを抑えて、なんとか平静を装う。

彼らの座席位置はフランとブライアンが窓際の向かい合わせで座り、シュンとクランが(恐らくブライアンをシメるために)金髪の方ーシュンがブライアンの隣、黒髪の方ークランがフランの隣に座った。

「けど、普通取材依頼を忘れる?」

「俺たちとの昼飯の約束を忘れるのと訳が違うぜ?」

クランがバーガーのフォークをブライアンに向けた。シュンが「やめなさい」とクランのフォークを軽く叩くとフランに申し訳なさそうに向き直った。

「本当にすみませんね?こいつは自分のスケジュール管理が全くできないどうしようもない奴で、僕らもいつも飛ぶ時苦労してるんです。なにせ、いつもいませんからね!」

最後ら辺はブライアンを睨みながらシュンはにこやかに告げた。

「いえ、無事お会いできたので良かったです」

「あれが‘‘無事’’っていうのか?果たして」

クランは口をモゴモゴしながら、遠くの方を見て言った。

「それに関しては、同感せずにはいられませんね」

「…まぁ、確かに」

「はぁ〜」と2人の疲れた様子についさっきの出来事を思い出した。



事が起きたのはブライアンがフランの取材依頼を思い出した時だった。

運悪く警備員が現れてしまい、見慣れない若造の記者に気が付いた警備員は当然フランに詰め寄った。

それにシュンとクランが助け舟を出してくれた。それからは、まさに風のように早かった。

シュンが飛行士管理係に取材依頼の裏を取り、クランが血の気の多い警備員をなだめてくれた。

その間、ブライアンはフランにずっと頭を下げっぱなしだった。

二人が素早く対応してくれたお陰でことなき得たが、もしあそこで二人と出くわしていなければ、フランは危うく不審者扱いされていた所だった。

幸い、ブライアンの約束忘れは前から多々あったようで、警備員の誤解もすぐに解け、飛行スケジュールの管理係のお陰でフランは本物の記者であることも証明された。


それがさっきまで起きてたちょっとした騒ぎだった。


(あの女性には、本当に悪いことをしたな)

騒ぎの中、窓口でフランの対応した女性が泣きそうな顔で現れた時には、さすがのフランも驚いた。

彼女はまだ窓口になってから半年しか経ってなく、これまで何度か失敗を犯してしまいもう後がなかっただと説明した。更に解雇になるのが怖く、フランの取材依頼がちゃんと回っていなかった事がまた自分のミスではと更に恐怖になってしまったと言う。そんな中で突然フランが消えてしまい、もう終わりだとパニックになっているとフランが自ら飛行施設に入り込みそこで出くわした飛行士が取材依頼を確認、取材依頼が自分のミスではないと分かると力が抜けだと、涙目でフランに説明。

1時間も待たされてイラついていたとは言え、かなり酷い事をしたなとフランは大粒の涙を目に溜める女性に困り果てていると彼女の上司も現れてしまった。

彼女を「また、お前か!」と部外者のフランの前でも構わず怒鳴りつけ、怒り浸透しているとブライアンが彼女を庇い立てた。シュンやクランも「部外者の前ですから」と上司をなだめる。

その光景に違和感を覚えたフランは口にしようかと迷った挙句、結局は口にせずに代わりに上司に分からないように名刺を渡しておいた。

(場所が場所ではなければ、もう少し話が聞けただがな)

半ば自分のせいで、こんな騒ぎになったことに負い目を感じつつ、あの場ではこうするしかなかったと自分に言い聞かせて終わりにした。

「で、君は一体何を聞きに来たんだい?」

優雅にコーヒーを飲みながら、シュンが改まってフランと向き直る。

飛行士と言うよりは、もはやどこかの礼儀の良い坊ちゃんのように見える。

「ブライアン・パーチスさんに聞きたいことがあって来ました」

ようやく本題に入れるとフランは背筋を伸ばし身を引き締めた。

「取材じゃなく‘‘聞きたいこと’’?」

言葉の意図に気が付いたのかクランも食事の手を止めた。

「なんだ?」

一人分かってないブライアンはキョトンと首を傾げるばかりだった。

内心呆れつつもシュンは「自分たちも聞いていて良いですか?」と聞きフランは同意した。

「『アイーダ・スコット』について聞きたいです。かつてあなたたちの仲間だった飛行士について」

フランがそう口にするとシュンとクランの顔が強張った。心なしか周りの話し声も消えた気がした。

「お前…その名はあまり口にしない方が良いぞ」

クランが元々低い声を更に低くしてフランに耳打ちをした。

「それと勘違いしないで欲しい。彼女は、仲間でもなんでもない。…裏切り者だ!」

「!!」

怖いくらいの凄みを含ませた声色でシュンがコーヒーカップを音を立てながら言った。そのカップはソーサーの上に置かれてなおもカタカタと音を立てていた。

あまりの二人の変貌ぶりに眉を潜めていると、前方から「ははは」と押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

三人の視線が一気に集まる。目をやるとブライアンが肩を震わせて笑っていた。

次第に声は大きくなり、 しまいには堪え切れないと大声になっていった。

「お、おい!ブライアン!」

「っ!」

二人が慌ててブライアンの口を押さえるが、ブライアンは構わず笑い続けた。

そんなブライアンにフランか唖然とするしかなかった。

「いーやいや、悪りぃ悪りぃ。お前、さっきも思ったがやっぱ度胸あんな」

ブライアンはさぞ楽しそうにフランを見た。

「悪いが二人共。外してくれ」

ブライアンがそう二人に言うと、二人は少し考え込むと何も言わずに立ち上がった。

フランが目を見張る中、二人は特に何も言わず周りに目配りしてから立ち去った。

彼らが部屋から出ると同時に数人の作業服の人たちも出て行った。

お陰で、ブライアンとフランの二人きりとなった。

「…どういうことですか?これは」

困惑するフランにブライアンは意味ありげに笑った。

「見た通りさ」

クランが残して行ったノンアルコールに手に取る、実に美味そうに飲んだ。

「俺からも質問だ。どうして、あいつの事知ってる?」

ブライアンが試すようにフランを見た。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

しばらく沈黙がおりる。

先に口を開いたのはフランだった。

「この記事を読んで」

手帳から例の記事を取り出し、ブライアンに見せる。

「あぁ。やっぱりこれか」

予想をしていたのかブライアンはそんな驚いた様子はなく、チラと目をやっただけだった。

「知ってるですか?」

「あぁ。この記者、ここに来たからな。お前と同じ理由で」

「!」

思わぬ証言にフランは目を張るが、ブライアンは「ま、追っ払ったがな」と付け加えた。

「なぜ、追い返したんですか?」

「ただの興味だと思ったからだ」

「ただの興味?なぜ、そう思った…」

「次は俺の番だ」

「!」

フランの質問をブライアンは遮った。

「どうして、こいつについて知りたいんだ?」

真っ直ぐにブライアンの濃い緑色の瞳とフランの深い蒼の瞳がぶつかり合う。

「・・・・・・・」

「・・・・訳ありか」

答えないフランにブライアンは背もたれに身体を預けた。

「その訳、聞いて良いか?」

「・・・・・・・・」

「答えはノーか」

目を逸らし気まずそうにするフランにブライアンは諦めたように肩をすくめた。

「まぁ、いいや。ただの好奇心でも興味でもなさそうだし…。で、質問は何だっけ?」

「・・・・・・・」

フランはブライアンの意図が読めずに考え込んでいた。

(この人は…何が知りたいんだ?まるで・・・・)

ーまるで、会わせるべきかどうか図っているかのように。

無意識に眉間に力が入る。

扉に視線が行く。

まるで意図が読めない。

「奴らが気になるか?」

フランの視線に気が付いたブライアンがグビッとノンアルコールを煽った。

「えぇ」

「ぷっはー、悪く思わんでくれ。奴らもあれで耐えてんだよ」

意味が分からないと目で訴えるとブライアンは悲しげに笑った。

「何も知らないようだな。今じゃあ、この業界では奴の名はほぼほぼタブーなんだよ」

「タブー?」

その単語にフランの眉間にシワが作られる。

(どういうことだ?)

ますます分からないと悩むフランをブライアンは注意深く観察する。

(さぁ、尻尾を出せ…!)

警戒レベル上げ、祈るようにフランの次の行動を待った。

だが、フランから発せられたのは予想もしていなかった質問だった。

「『アイーダ・スコット』は何者なんですか?」

「はっ?」

思わず間抜けな声が漏れる。

(何者、だと…!?)

脳が質問の意味を理解するのにしばらくかかった。

相手の若造は純粋に分からないという顔をしている。少なくともブライアンには嘘を言っているようには見えなかった。

「お前ぇ、あいつについて何を知ってんだ?」

「えっと、夜間飛行だけをする女性飛行士?とまで」

「他は?」

「他とは?何も分からないから、ここに来たんですが…」

お互いの合点が合わず、またしばらく沈黙がおりる。

「本当に、何も知らずに来たのか?」

「そうです」

ガックシとブライアンが項垂れる。急激に頭が冷えていくような感覚が襲ってきた。

フランもフランでブライアンの意図が更に分からなくなっていく。

「はっはっは、馬鹿馬鹿しくなってきた」

「?」

ブライアンがゆっくりと顔をあげた。その表情は、口は笑っていたが引き攣った笑みになっていた。

「悪いな。俺はお前を、その、疑ってたんだ」

「疑ってた?」

次々と思わぬ事ばかりを言われ、付いて行けなくなってきた。

「お前は、俺たちを陥れるスパイなのかただ好奇心であいつを調べる記者なのかってな」

「…ここは、僕が思っている以上に陰謀が渦巻いているようですね」

もはや苦笑いしかできなくなってきた。

「そういうこと。スパイなら、ここで俺がどこまで知ってるか探ろうとする。記者なら、奴に同情を示して「彼女の無実を証明しましょう!」とでも言って情報を引き出そうとする。大体の連中はそうだ」

ブライアンは大袈裟に表現する。

「だが、お前はそのどちらでもなかった。全く、力が抜けたぜ」

「俺の緊張返してくれ〜」と嘆き始めた。

フランも疲れたため息を漏らした。

(要は、僕はまたいらない疑惑のせいでチャンスを逃す所だった、という訳ですね)

お互いにいらない誤解が解け、肩から力が抜ける。

「…彼女は、『アイーダ・スコット』は、何者なんですか?」

フランはもう一度同じ質問をしてみた。

「…仲間だ。俺たちの大事な仲間で、恩人だ」

これまで聞いたことない優しい声でブライアンは答えた。

「さっきの『裏切り者』というのは?」

「そう言わざる得なかっただ。今は」

ブライアンは再びフランを真っ直ぐに見据えた。フランも真っ直ぐに受け止める。

「あいつは、ハメられてんだ。やってもいない罪を科せられ 『裏切り者』のレッテルを貼られた」

「なぜ、そうなったですか?」

「詳しくは分からねぇ。でも、あいつがいなくなって得をする奴だろうな」

「なら、能力飛行士…」

「そうとも、限らねぇ」

ブライアンの瞳に怒りのような炎が宿る。

「あいつは、昔からいわゆる、その、余計なこととか相手にとって都合の悪いことに気が付いちまう。良くも悪くもな」

口ごもちながらもブライアンはゆっくりと話した。

「それで何かに気付いちまい、運悪く巻き込まれただと俺は思ってる」

「そんな…」

思わず眉をひそめる。

(ただ運が悪かっただけ…)

それは十七年前に言われた自分への言葉でもあった。

傷心に浸ってるとふと疑問が浮かんだ。

「あの…」

「なんだ?」

「そんなことを僕に言っていいですか?もし、僕が凄腕のスパイだったらあなたたちは終わりですよ?」

疑問をぶつけるとブライアンは一瞬キョトンとして豪快に笑い出した。

「な、なんですか…」

「いーや、もしそうならアカデミー賞もんだな!お前がそんな凄いスパイなら、俺にはもうお手上げだ。だが、終わるのは俺だけだぜ」

ニカと歯を出して笑うブライアンにフランはやっぱりと確信した。

「彼らに席を外させてのは、余計な話を聞かせないため」

「ご名答」

完全に警戒心が解けたようで、最初に会った時と同じように無邪気に笑っていた。

「余計なことを聞かせて、あいつらまで危険に晒したくない。さっき言ったスパイでタチが悪いとあいつらまで被害が及ぶ。それこそ、アイーダの二度まいだ」

「彼らは彼女は無実だと信じてるですか?」

「当然」

フランの問いにブライアンは迷わず即答する。

「あいつらはな、あんなこと言ってたが実はアイーダの教え子みたいなもんなんだよ。それなのにあいつのことを裏切り者って言わなきゃならない。ひでぇ話だろ?」

(あ、だから…)

フランはシュンが「裏切り者だ」と言った時の様子を思い出した。

見た感じ礼儀正しい彼が凄みに似た声色やソーサーをカタカナと音を立ててしまったのは、「アイーダ・スコット」に対しての怒りではなく、自分に対しての怒りだったのだ。もしかしら、「裏切り者」という言葉も自分に対してだったのかもしれない。

「少なくとも俺は、俺たちの中に、あいつを、アイーダを裏切り者だなんて思ってる奴はいないと思ってる」

一言一句噛み締めながらも、それは力強い宣言だった。

強い絆を感じさせる、そんな真っ直ぐな言葉だった。

「とまぁ、これがこっちの事情みたいなもんだ。それでも…会うか?」

突然の申し出にフランは何度目かの瞬きをした。

「知ってるですか?居場所を」

「おおよその見当はつく」

ブライアンは大きく頷く。

(たまには、騙されたと思って飛んでみるのも悪くないよな?なぁ、アイーダ)

脳裏に親友の得意げな顔が浮かぶ。

ブライアンは乗りかかった船に乗ってみることにした。

「お前とあいつは、なんとなく似てるよ」

「僕と、この人が?」

フランの綺麗な眉が器用に動く。

「あぁ、さっきお前の対応をしたっていう女に助け札を渡したろ」

「あー」

(見られてたのか…)

誰にもあくまであの女性だけに分かるようにしたのだが、詰めが甘かったようだ。

「あれは、違和感を感じて咄嗟にやっただけで…」

「咄嗟で盗聴器まで仕込むのかよ?」

ズバリと言われ、フランは言葉を詰まらせた。

「え、なぜ?」

「見てた。つうか、あの上司は前から怪しくてな。大体の奴は、入ってもすぐ辞めちまうんだ。懲らしめたくても、能力次第じゃすぐにバレちまう。そこでお前が丁度良いことをしてくれたよ。サンキューな」

「・・・・・・・」

つい頭を抱えてしまう。

(彼女にも分からないようにソッと仕込んだつもりが、バレてた)

そこでまた新たな疑問が浮かんだ。

「もしかして、僕がここに来た理由も分かってたですか?」

一瞬何を言ってるのか分からなかったが最後の悪戯にニヤリと笑ってやった。

「さぁ、どうだろうな?」

ブライアンは涼しげに最後のノンアルコールを飲み干した。




【2,自ら堕ちた夜の飛行士】

時刻は午後4時丁度。マルチ空港にて、真っ赤な飛行機が飛び立とうとしていた。

『おい、フラン!お前、飛行経験あるのか!?』

ヘットホンからブライアンのデカイ声が聞こえてくる。

『少しだけなら!』

同じように大声で答えると心底楽しそうな笑い声が返ってきた。

『安心しろ!俺の飛行は最高だ!!』

薬でもやってるのか疑いたくなる程のハイテンションで、フランは別の不安を感じていた。

(幸か不幸か、彼女に会うことができそうだが…この人、大丈夫か?)

ハイテンションな飛行士に呆れつつ、手元の写真を見つめる。

(母さん、父さん。必ず、仇はとるよ。そのためには…)

例の記事をもう一度睨むように見入る。

(この『アイーダ・スコット』に会わないと!)

ふと飛び立つ飛行機を見送るフロアを見上げれば、そこに二人の影があった。

シュンとクランだ。

ブライアンと話が終わった後、早速離陸だとブライアンに促され席を立つと視線を感じた。見てみれば、扉付近にいつの間にか二人の姿があった。

二人から特に敵意のような感じず、何かと思っていればブライアンに‘‘あれ’’を渡すように言われた。

(なるほど)

コクリと頷くと、ブライアンも満足そうに頷いた。

言われた通りにすれ違いざまにシュンに渡すと、最初は訳が分からなかったようだがそれを見て合点がいったようだった。

(あとは、彼らに任せよう)

「いってきます」と合図を送ると、向こうからも「グットラック」の返事が返ってきた。

また「ありがとう」と送ると、あっちもまた「こちらこそ」と返してきた。

『そろそろ行くぞ!覚悟しろよ、フラン!』

『はい!』

『カウント!』

ブライアン自慢のマシンが唸る。

『3!』

フランはもう一度強く心に誓う。

『2!』

二人の同志が静かに祈る。

『1!』

鉄の鳥が空に向けて走り出す。

目指すは、罪人の名を科せられた『夜の飛行士』の元へ!



・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・



「あいつ、同業者だよな?」

クランは隣で真っ赤な鉄の鳥が飛び立つのを見送る相棒に言った。

「多分ね」

相棒シュンが飛行機雲を目で追いながら言った。

「そうじゃなきゃ、飛行士の合図をああも簡単にはできないよ」

「だよな」

クランは肩をすくめた。

「利口な子だよ、彼は。こんな物を瞬時に渡せるくらい」

シュンは手に収まる小型の受信機をクランに見せた。

「なんなんだ?それ」

「多分、盗聴器の受信機」

「げっ」

クランが嫌なものを見るような目で受信機を覗き込んだ。

「なんで、そんなもん持ってんだよ。あいつは」

「さぁ」

記者だからじゃない?と答えるもシュンは対して気にしてないようだった。

「さて、僕らは僕らの仕事をしようか」

「おう」

金色の影と黒い影が不敵に笑った。



・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・



時刻は午後6時34分。まもなく陽が沈んで行く。

それと同時に「怪異」も現れるだろう。

『フラン、そろそろ構えといた方がいい。奴らが現れる』

『はい』

シートベルトや酸素ボンベを確認する。

(よし、異状なし)

異状がないのを確認すると、外を眺めた。

(こんな光景は久しぶりだ)

あの事件以来、フランはできるだけ飛行機の使用を避けた。トラウマらしいものもあるが、何よりも叶わなかった夢を思い出してしまうからだ。

ー本当だったら、自分で思うように飛べたはずなのに。

そんな思いが虚しくよぎる。

その時、フランの視界に何かの影が通り過ぎた。

「ん?今…」

突然、飛行機が大きく揺れた。

『おいでになったようだ』

ヘットホンからブライアンの声が聞こえる。

「何が?」とは聞かずにも分かった。知らずうちに緊張が走る。

『能力発動。炎の防護壁…!』

ブライアンが手を前に突き出す。瞬間、飛行機が真っ赤な炎に包まれる。しかし、内側には全く熱さを感じなかった。

『これで大概の奴らは引っ込む。そうじゃない奴もいるけどな』

苦笑しながらも自信たっぷりな声だった。

もう一度外を確認すると、遠巻きに大小様々な影が飛行機と並行に飛んでいる。

「怪異」の姿は写真やスケッチされた物を何度か見ていたが、実際にこの目で確かめるのはこれが初めてだった。あるものは古代の生物「恐竜」に似てるものもいれば、ありえない程の大きさのコウモリ型もある。

初めて目にする「怪異」にフランの記者魂は興奮を抑えらえなかった。

『写真なら撮っても大丈夫だぜ。何かあったら即逃げっから』

フランの興奮が分かったのかブライアンはニヤリと笑って顎で外を示した。

「良いですか?」

『あぁ、じゃんじゃん撮れ。俺をナメるなよ?』

即座に手持ち鞄から小型カメラを取り出す。フラッシュで威嚇しないようにシャッターを切る。

「そんなに、というか全然凶暴じゃないですね?」

世間の印象とは大分と違う「怪異」にフランは目を離せなかった。

『だろ?対応さえ分かっていれば、無駄な争いにはならん。蜂と一緒だ。こっちが騒いだり、攻撃したりしなければ襲っては来ない』

「そこまで分かってるですか?でも、…一般には公開されていませんよね?」

矛盾を感じたフランは眉をひそめた。

『俺たち『NEXT6』しか知らないからな』

そこでシャッターを切っていた指が止まる。

「『NEXT6』だけ?」

ブライアンから返事が返ってこない。

『言ったろ?スパイがいるって。それによってアイーダはハメられた』

「・・・・・・・・」

意を決したようにブライアンは話始めた。

『これはあくまで俺の推測だが、あいつは飛行士になる前から「怪異」に興味を持ってた。「怪異」をもっと近くで見たいと飛行士になったようなもんだ。表向きは「星を見たい」って言ってるがな。それに加えてあいつの能力値は凄かった、才能ってやつだな。たちまちエースの座まで上りあげ、期待の星さ!』

「アイーダさんの能力は何なんですか?」

ここまできてまだ聞いていなかった疑問を投げてみる。

『…「環境干渉」だ。風を利用した見えない壁やら草木を使った罠やらを張れる。状況によっては万能だ』

すぐに手帳に「能力、環境干渉」と書き込む。

「それで、そんな凄い人がなぜ『裏切り者』のレッテルを?」

『一言で言うなら‘‘嫉妬’’だ。ただし、飛行士じゃないぞ』

ー「飛行士じゃない」。

その言葉に少し考え込んだ。

(飛行士じゃないなら…)

「科学者?」

『そうだ』

外から風の唸る音が聞こえる。

『能力だけじゃない。アイーダは頭も良かった、科学者顔負けにな。当時、「怪異」を研究していた科学者が辿り着けなかったことまで知れた。飛行士だったからな、科学者以上に「怪異」に触れる機会は多かった。それが仇になったのかもしれないな。とにかく、頭が良すぎた。それで科学者にとって都合の悪い「怪異」の習性を知っちまった。さっきのはその一つだ』

「・・・・・・」

言葉が出てこなかった。

何も言えなかった。

フランの母親も科学者だったがより飛行機の性能をあげるための科学者だった。しかし、科学者は自分の名を残すためなら、例え仲間でも蹴落とすと母はフランに残念そうに話していたことを思い出す。

(彼女も、被害者だったのか…)

『あいつは信用できる飛行士にしか「怪異」の本当の習性を教えてない。もし、私利私欲で「怪異」の習性を使われたら何の被害が出るか分かったもんじゃない。あいつはそれを恐れてた。飛行士としても名は知られつつあったが、科学者としては特に何もしていなかったからな。もし、異議を唱えても無駄だと思っただろうよ。だから、身を引いた。それが…それがいけなかった!』

ドン!と鈍い音が機内に響く。

「自分の身は、考えてなかったですか?」

フランの疑問をブライアンは鼻で笑った。

『考えてなかっただろうよ。自分のことには無頓着だったからな。自ら身を引いちまったことで、科学者連中は「アイーダ・スコットは「怪異」を私欲的に利用している」と噂した。自分だけだったら気にはしなかっただろうよ。だが、次第に噂は尾ひれを付け広がり、アイーダを慕う連中までに被害が出始めた。だから、雲隠れという形で姿を消した。自分が持ってた「怪異」に関する資料を全部燃やしてな。…‥それが僅か八年前だ。以来、お前が持ってた記事が載るまで沈黙を守ってた』

ブライアンの話をフランは静かに聞いていた。

『俺が気にする‘‘スパイ’’は、そういう連中だよ』

即ち、シュンやクラン、その他残された者たちは「アイーダ・スコット」を敢えて「裏切り者」と言うことで『自分たちはもう彼女の味方ではない』とどこかにまだ潜んでいるかもしれないスパイに言っていたのだ。

確かに、「アイーダ・スコット」は‘‘ハメられたのだ’’。

「なぜ、その科学者は「怪異」の習性を隠したがったのですか?」

掠れた声で聞いてみると「分らねぇ」と返ってきた。

『頭でっかちが考えることは、分んねぇよ』

(それもそうだ)

機内に気まずい沈黙がおりる。

(八年、か。長いな…)

辺りは暗闇に満ち、見えるのは飛行機のライトと不気味ながらも気持ちよさそうに飛ぶ影だけだった。

「一番初歩的なことを聞いていいですか?」

フランが突然口を開いた。

『ん?』

「アイーダさんとあたな、どういう関係で?」

バックミラー越しでブライアンが驚いているのが分かる。

「口ぶりからして親しかったようですね。それも、随分前からの知り合いのようだ」

微笑みながら言うと、「あー」と間抜けな声がした。

『幼馴染だよ。と言っても高校からのな。そっから腐れ縁』

懐かしそうに遠くを見ながらブライアンは呟くように行った。

「…そうですか」

フランも呟くように言った。

その時、飛行機が大きく揺れた。さっきの揺れとは大きく違う。

外を見れば、一緒に飛んでいた「怪異」は騒ぎ出し、逃げるように飛んでいく。明らかに混乱していた。

『やっべ!話に浸かり過ぎた!』

ブライアンが慌てて、あらゆるスイッチを入れ攻撃態勢になる。

「なんですかっ!?」

『厄介なのが来た!』

「厄介なの!?」

突如、機体が上下運動を始める。

「うっ!」

『掴まれ!』

ブライアンが大きく操縦桿を右に切る。それと同時に飛行機も右に旋回する。

雲を抜け少し欠けた月がその‘‘厄介なの’’の姿を照らす。

叫び声も出なかった。呼吸を忘れてしまう。

それはあまりにもおぞましい姿をしていた。いくつもの血のような赤い目がぎょろぎょろと動く。六枚の大きな羽が空気を殺す。大きさはさっきまでいた「怪異」とは比べものならない程にデカイ。

ー怪物。まさにそう呼ぶべきものだった。

『おい!フラン!!』

ブライアンの声が一段と大きく響く。

『奴の目を見るな!現実に戻れなくなるぞ!』

ブライアンが必死に叫ぶがフランはもうあの赤い目から逃げることができなかった。

『クッソ!』

操縦桿を一気に下げ、飛行機を傾かせる。身体が浮くような感覚が襲うが、構わず操縦桿を下げ続ける。

『ーー・・・・・!!!』

耳障りな音が耳に響く。見れば「怪異」も飛行機に合わせて低下していた。

雲の中まで逃げ込み、タイミングを図って操縦桿を勢いよく上に上げる。それに合わせて機体を弾むように動いた。

「っ痛!」

すると、後ろから思いの外大きなゴツという鈍い音とフランの苦痛に苦しむ声が聞こえてきた。

内心すまんと謝りながら振り返ると、案の定フランは頭を抱えて痛みに悶えていた。

『…だ、大丈夫か?』

一瞬声をかけるかどうか迷いながらも、安全確認とため声をかけると、フランは涙目になって顔をあげた。

「お陰様で…」

『・・・・・・・』

咄嗟にやったとは言え、加減なしでの叩き打ちはヘルメット越しでも効果は抜群だったようだ。

『悪りぃ』

涙目で睨まれて思わず謝罪が口に出る。

「ぬおおおおおおお」

だが、油断する暇はあまりなかった。

諦め悪く再度、デカイ「怪異」が迫ってきた。

『チッ!』

ブライアンも再度、操縦桿を引き上げ上昇する。

『能力発動。業火の槍よ、我が敵を貫け!』

瞬間、どこからともなく燃え上がる槍が複数出現した。その槍の大群は後方の「怪異」へと飛び顔らしい所を焼く尽くしていく。

『ーー・・・・・!!!!!!!!』

「怪異」が違った音を発した。効き目があったのかと振り返ると、少し皮膚が焼け焦げただけで殆どダメージを負ってなかった。

「なんですか!?あれは!」

『世間が言う、襲ってくる奴だ!あいつの目を見たら現実に戻るのが難しいらしい!』

お互いに怒鳴り合う。世界がグルグル回る。腹に力を入れていないと吐き気に負けてしまう。

『クッソ!あいつ、どこまで付いてくるんだ!!?』

どれだけ逃げ回っても「怪異」はしつこく追ってくる。何度かブライアンが能力を発動させるが効き目はいまひとつ。

(ここまで来て!)

吊り革に捕まり、何か突破口ないかと思考を回転させるが「怪異」に対してはあまり知識がないフランには打つ手がなかった。

(クッソ!!)

振り返ると「怪異」今にも飛行機を飲み込もうと大口を開いている。

(あれ?)

「怪異」の大口の中は、血のように真っ赤で鋭い牙がズラリと並んでいる。それだけなら怪物そのものだが、一ヶ所だけおかしな場所があった。

(あのぶらさがっているのは何だ?)

それは人間で言うなら「喉びこ」と呼ばれる部分だった。その部分が火の玉のように燃え上がっていた。更に頭のてっぺんが妙に盛り上がっている。

(まさかっ!)

ある考えが浮かぶとフランはブライアンに叫んだ。

「ブライアンさん!」

『なんだ!?』

「もう一度、火の玉を飛ばして下さい!できるだけ大きいのを!!」

『なにぃ!?』

意味の分からない注文にブライアンは仰天した。

『あれにぶつけるのか!?』

「いいえ!ただ飛ばすだけでいいです!」

『はぁ!?』

ますますブライアンは訳が分からなくなっていった。

「良いから、早く!あれに当てないように!」

ブライアンは一瞬迷ったが、これ以上状況が悪くならないだろうとフランの指示に従ってみることにした。

ブライアンは目線を操縦桿から離さず、脳裏に火の玉を思い描く。

「凄い…」

猛スピードで移動している中、火の玉は順調に大きくなり飛行機大に成長していく。

(さすがは、『NEXT6』。能力は本物ということか)

あまりにも予期しない状況になると人の頭は冷静に分析をするというが、これがその現象かとフランは他人ごとのように感じた。

やがて、火の玉は巨大な隕石のようになった。

『で、適当に飛ばしゃぁいいのか!?』

「はい!」

『おおおりゃぁぁぁ!!』

ブライアンの雄叫びと同時に機体も揺れ、火の玉が「怪異」へではなく全く見当違いな方向へ飛んでいった。

(よしっ!)

フランは火の玉には目もくれず、「怪異」の反応を見た。

「怪異」のてっぺんにある妙な盛り上がりが更に膨れ上がり、ぽっかりと開いた。扇のように開かれたそれが火の玉を追う。あのぎょろぎょろ動く目玉も火の玉を追いかける。

(やっぱりっ!!)

自分の推測が当たっていたことに、次の行動をブライアンに指示した。

「ブライアンさん!この能力を消してエンジンも切って下さい!」

『はぁ!!?』

「この飛行機を覆っているこの能力を消してエンジンも切って!!」

混乱するブライアンに二度フランは同じことを言った。

『あれの前で丸腰になれっていうのか!?』

当然、ブライアンは反対した。

「あの「怪異」は恐らく熱を探知しています。この機体を覆う防護壁とエンジンの熱を追ってるんです!なら、それらを無くせば…!」

フランが言わんとしていることは、なんとなく分かった。だが、防護壁はともかくエンジンまで切ることは自殺行為に近かった。

(どうする…!どうする、ブライアン・パーチス!!)

バックミラー越しにフランの目が合う。

フランの静かに訴える瞳と親友の頑固な瞳が重なる。

『…はっはっは』

「ブライアンさん?」

『やっぱり似てるぜ。お前とあいつは』

「はい?」

『いいぜ、この際とこっとん付き合ってやる!』

言うや否やブライアンは能力とエンジンを同時に文字通りに消した。

途端、辺りはエンジン音が消え「怪異」の羽音だけが響き、赤い無数の目だけが暗闇の中で光る。

機体は大きく傾き落下、再び内臓が浮くような感覚が襲う中、その赤い目をフランはもう一度見ていた。

今度は不思議と囚われることはなかった。

『面白い判断ね』

(え‥…?)

落下する機体が不意に平行になり、ブライアンとフランの身体も一瞬の浮遊感を感じた後何事もなく座席に座っていた。

「なんです?エンジンを動かしたですか?」

外を確認するも、エンジンが動いているようには見えない。飛行機は雲の上を静かに船のように浮いていた。

「…いや、奴の行動範囲に入っただ」

「‘‘奴’’?」

ブライアンはメットを外し、頭上の窓を開け上半身を出した。

不思議に思いフランも同じように、身体を機体の外に晒した。冷たい空気が身体を包み、吸い込めば肺に新鮮な空気が満ちる。見上げれば、あのデカイ「怪異」の影が星空の海を泳いでいた。

こちらに気付いた様子はない。

(上手くいった…のか?)

安堵の気持ちが胸を撫で下ろすと、赤い光が「怪異」に向かって動いているのに気付いた。

「よく見てろ。あれがあいつのやり方だ」

隣でブライアンが見上げながら呟いた。

赤い光は「怪異」の周りを数回周り、踊るように動き回った。「怪異」はその光に戯れつくとそのまま誘われるがままに雲の中へと消えて行った。

「あれは?」

「アイーダのおもちゃさ。相変わらず見事なもんだ。あれで、ああいう「怪異」の気を逸らすんだ。さっきも言ったが手荒なことは好きじゃないんだよ。…多分、近くにいるぜ」

ブライアンは辺りを見渡すが、雲のせいか霧のせいか三、四mしか先が見えない。

「ここ、上空何メーターです?あの「怪異」とはそんな離れてないように見えますが…」

「上空千四百メーターよ。ちなみにあれは上空二千三百メーター辺りでよく出没するの。ここまで下りて来たのを見るのは初めてね」

白い闇の向こうから聞き覚えのある声がシャッター音と一緒に返ってくる。

白い闇が引き始め、前方に影が確認できるようになる。

声の人物は「怪異」がいた空を見上げてるようだった。

「アイーダ…」

ブライアンの呼ぶ声に白い闇の向こうから呆れた声が返ってきた。

「ブライアン、言ったはずよ。と言うか忠告したはず…」

やがて白い闇は完全に晴れ、辺りは星空に囲まれ、雲が海のように広がる世界でその人物が姿を表す。

「私には、あまり会いに来ない方がいいって」

振り返ったその人は楽しそうに笑って言った。




【3,仇を捜す青年】

フランは息を飲んだ。

想像していた「アイーダ・スコット」と今目の前にいる「アイーダ・スコット」は随分かけ離れていた。

艶やかな黒髪に黒真珠のような曇りのない瞳、健康的な肌。年齢は一つ上だけのはずだが、そうとは思えなかった。惹きつける魅力があった。

「その子は?」

アイーダはフランを見て首を傾げた。

「あぁ、こいつ記者なんだと。お前を取材しただってさ」

「はじめまして、フラン・ルピウス・Jr.と言います」

フランが名乗ると腰鞄を弄ってたアイーダの手が止まり目を張った。

大きな瞳にフランを映す。

「フラン…ルピウス…」

ゆっくり繰り返すと考え込んだ。

「どういうつもり?ブライアン」

やがて、矛先をブライアンに向けられた。

「いや〜、な?その…ははは」

「全く…」

はぐらかすブライアンにアイーダは呆れてため息を漏らした。

「相変わらずね、あんたは」

問いただすのを諦めたのかアイーダは止めていた手をもう一度動かし始めた。

「…とりあえず、ここを離れましょう。「怪異」の活動が活発になってる。戻って来るかもしれないわ。話はそれから」

何かを手帳に書き込むとアイーダはしゃがみ姿を消した。

「ついてらっしゃい」

ブライアンの飛行機のエンジン音ではない、エンジン音が聞こえた。

そこで初めてフランはアイーダは自分の飛行機の上にいたことを理解した。

「行くぞ、フラン」

ブライアンもコクピットに戻り、エンジンを動かす。

「ゆっくり頼むぜ?アイーダ」

「それはあなたの腕次第」

雲の海から楽しそうな笑い声が聞こえる。

久しぶりの再会で心なしか有頂天になってるのかもしれない。

フランも座席に腰を下ろして、メットを被り発進を待った。

『下へ行くわよ』

無線機からアイーダの声が聞こえてくる。

『おう、いいぜ』

ブライアンが返事すると飛行機は雲の海へと潜っていった。

外の景色が真っ白に染まっていく。

「これは?」

再び現れた一寸の先も見えない白い闇に見つめる。

『あいつが作り出す世界だ』

「‥……」

言葉にもできない世界に息を呑む。

『怖いか?あいつが…』

返事がなかったことに不安になったのかヘッドホンからブライアンの不安げな声が聞こえてきた。視線を前に向けるとミラー越しにブライアンの瞳とぶつかる。

「…いいえ、凄く綺麗です!」

思ったままを伝えるとブライアンはミラー越しに笑った。

その笑みにフランも笑い返した。



二機の鉄の鳥は雲の海を潜り雲の底を抜け、再び星空へと翼を広げた。

「凄い…!」

フランは姿を見せたアイーダの飛行機に恍惚した。

夜空はどちらかと言うと青みを含んだ黒、しかしアイーダの飛行機の黒は「漆黒」、まさに闇色そのものだった。

真っ白な月に照らされ、艶やかな黒塗りの機体に鮮やかな翠色の花がいくつか咲く誇る。

「…綺麗だ」

幻想的な光景に思わずうっとりすると、ブライアンも誰にでもなく一人頷いた。

『このまま低空飛行を続けて、海へ着地して』

『了解』

ブライアンはアイーダの指示に従い、徐々に機体を降ろしていく。

フランはここがどこだろうとコンパスを確認すると、コンパスの針はグルグルを定まることなく回り続けていた。

『ここら辺は、磁気がおかしくなててな。近くに寄るだけでもこの通りさ。ここら一帯はいわゆる「魔の領域」だ』

フランの反応に気が付いたのかブライアンは勝手に説明し始めた。

「それも彼女の力なんですか?」

『いや、違う。だが、こんな所を平然と飛べるのは奴ぐらいだろうよ』

ブライアンは煙草に火をつけた後、クイと上を指差す。

見上げれば、アイーダの飛行機が何事もなく飛び続けている。

恐らく、そのまま案内するつもりなのだろう。ブライアンたちの飛行機を海に着地させたのは、安全性を考えたのかもしれない。

「そんな所で暮らしているですか?彼女は」

『あぁ。磁気がおかしくなってれば、寄り付く奴は格段に減る。それを見越してあいつはここにいる』

「まぁ、物好きが迷い込むこともあるようだがな」と付け加えるブライアンの話をBGMのようにフランは聞いていた。

(あれが『アイーダ・スコット』…。やっと、会えた)

知らずうちに手に持つ写真に力が入る。

(どうか、どうか…!何でもいい。情報を持っていてくれ!)

星空を泳ぐアイーダにフランは強く願った。




「フラン・ルピウス・Jr.…」

アイーダは親友が連れてきた訪問者のことを考えていた。

突然の訪問者は、さほど自分と歳は分からないように見えたがその顔には苦労の連続だったのが見て取れた。遠目でも分かる程、強烈な印象を与える深く澄んだ蒼い瞳には何かの影を感じた。

(同類の匂いがする、彼‥…)

見下ろせば、ガラス越しに月の灯りで訪問者の金色の髪が煌めく。

心なしか、向こうもこちらを見ているような気がする。

「フラン・ルピウス・Jr.…か」

もう一度口にした名は、星空の先へと消えた。




しばらく、アイーダの飛行機を目印に海を漂っていると小さな影が見えてきた。

「あれは?」

フランは身を乗り出して影の正体を捉えようとした。

『あれがアイーダの住処だ。‥…なんかまたデカくなってないか?』

ブライアンがひとりごちる中、飛行機は進み続ける。

「わっ…!」

突然、機体が揺れた。

思わず身構えるが高波が来ただけだった。

ブライアンは分かっていたのか特にリアクションをすることもなく、波の身を任せていた。

高波で何度か揺れた後、波が穏やかになり辺りに再び静寂が訪れる。

やがて、小さな影は大きな影となり輪郭がはっきりされていく。

雲が晴れ月が顔を出す。

月光で影の正体が明らかになる。

「これは…!」

フランは思わず飛行機から乗り出した。

「お、おい!ちょ、フラン!」

この目でしっかりと確かめたかった。

それは、巨大な島だった。

木々が生い茂り、岩で島を囲まれら、要塞のような島だ。

島の存在感に圧倒されていると、隣の海に漆黒の鳥が降り立つ。

「なかなか良い場所でしょ?ここへ来るのは「怪異」くらいよ」

アイーダはコクピットから身体を乗り出し、風を気持ち良さそうに受けた。

「このまま進むわよ。波が運んでくれるわ」

アイーダの言う通り、二機の飛行機が真っ直ぐに島へと進む。

島は近づくにつれて、どんどんその存在感を増していく。

見上げれば岩の壁が空へと高くそびえ立ち侵入者を拒み、島を覆う霧が行く手を阻む。

「どこから入るんですか?」

見たところ入り口らしい所が見当たらない。

首を傾げているフランに、アイーダが面白がるように目を細めて手を前へ突き出す。そのまま左から右へはらった。瞬間、島を覆っていた霧が一部晴れていく。

霧が晴れた場所からは、ポッカリと口を開けた洞窟が現れた。

「あれが、入り口よ」

口が塞がらないフランをアイーダは悪戯が成功した子供のように無邪気に笑った。

二機の飛行機が吸い込めれるように洞窟の口へと進む。

入り口に差し掛かるとブライアンがランプを取り出し火を灯した。

湿気で濡れた岩肌が水々しく照らされる。

「相変わらず、夜間飛行士のくせに暗がりが怖いの?」

「ちげぇよ。この洞窟が嫌いなんだ」

「どうだか」

ブライアンをからかう声が洞窟内に響く。

洞窟は二機の飛行機が悠々に並んでも大丈夫な程横に広く、縦には短かった。

洞窟を抜けると同じくらい広い浜辺があった。

ある程度浜辺に近付き飛行機が底に着くと、アイーダとブライアンが海へ飛び込んだ。

「僕も何か…」

「いいよ。客に仕事をさせる訳にはいかねぇ」

ブライアンがニカと歯を出して笑う。

水位は二人の腰まであり、二人はそのまま飛行機を繋ぐための縄を手にしたまま飛行機を浜辺へと押し進む。

洞窟と浜辺の空間は、それなりに大きく上から見れば湖のように見えるだろう。

満天の星空が水面に映り、さっきとは違う意味で星空の上にいるようだった。

浜辺に辿り着くとアイーダは指定の岩に縄をくぐりつけた。

「アイーダ。俺の飛行機はどうすればいいだ?丁度いい岩が…」

ブライアンが言い終わらないうちに、鉄の大きな杭がブライアンの足元に投げ込まれた。

「…‥……」

「嫌なら、大きい石を自分で持ってきて沈めておきなさい」

何も言わないブライアンに背を向けながらアイーダは後部座席から荷物を取り出して浜辺に投げ捨て、「ん〜」と伸びをした。

異議は聞かないという態度にブライアンは仕方なく杭をとった。

フランもいつでも降りれるように準備していると、手を差し伸べられた。

「揺れるわ」

手を差し出したのは、アイーダだった。

確かに海の上から直接上陸するは思いのほか難しい。足場が不安定のため、海へ落ちることが事故も多い。ましてや、桟橋ではない場所に直に降りるのはそうそうない。

彼女もそれを承知の上で手を差し出したのだろう。

だが、フランが戸惑ったのはそんな理由ではなかった。

女性の手を借りて飛行機を降りるのは、少なからず抵抗を感じた。

迷うフランにアイーダは構わず手を出し続け、首を傾げた。

「どうしたの?」

「…‥鞄を」

迷いながらも相手の親切心を踏みじらないように言葉を紡ぐ。

「鞄をおねがいします」

なんとかそれだけを口にすると、アイーダは一瞬考えると快くOKした。

「喜んで」

微笑むアイーダに手荷物を渡し、慎重に飛行機から飛び降りる。

「…っ!?」

一瞬バランスを崩しながらもなんとか倒れずに着地できた。

安堵に一息つくと、クスクスと笑う声が聞こえきた。

「な、なんですか?」

「ふふっ、あなた、水面での上陸は初めて?」

「え、えぇ」

ムッとして答えると、アイーダは満足そうに頷いた。

「上出来よ」

眉をひそめ首を傾げてもアイーダは何も語らず、ただ楽しそうに笑ってフランに手荷物を投げ寄越すと自分の荷物を背負いさっさと歩き出す。

「ブライアン、彼の荷物をよろしく。早くしてよね」

「あ、おい!待てよ、アイーダ!」

アイーダの背中が静かに闇の中へと溶け込まれていく。

後を追えなくなるのが怖くフランはアイーダの後を追った。

「あ、おい!フラン!俺は置き去りか!?」

浜辺に残されたブライアンの叫び声が浜辺に虚しく響いた。



フランは前を歩くアイーダの持つランプを頼りに獣道にも似た大木の枝の道を進んでいる。

それなりに体力に自信があったが、大きい荷物を背負いどんどん歩いて行くアイーダに追い付くどころか、差は開いていく一方だった。

(どこに…あんな体力が…あるんだ!)

悪態を吐きながら、アイーダの姿を頼りに生い茂る獣道を登って行く。

「はぁ、はぁ…はぁ」

何も考えず、ただひたすらに足を動かすことだけに集中する。

一歩止まり、大木に手を着けば全身を使って呼吸を整える。

顔をあげれば、ランプを片手に意気揚々とアイーダが大木の枝や開いた枝と枝の間を飛び越え、フランがバテていることに気が付いた。

「あら、意外とタフなのね?」

挑発するかのようにニヤリと笑う顔がランプのオレンジ色に染まる。

「だ、伊達に大量の資料運びや、取材先を駆けずり回ってる訳じゃぁありませんからねっ!」

負けずに噛みつき返せば、「ふふっ」と楽しそうな声が返ってくる。

「そう言えば、記者なんですってね?」

「えぇ、そうですよ」

「どうやって私を知ったの?あまり目立たないようにしてきたつもりなんだけど…」

懸命に登ってくるフランを高みの見物しながらアイーダが疑問を投げ掛けてきた。

「ある記事を、見て、知ったですっ」

「ある記事?」

アイーダが不思議そうに首を傾げた。

「覚えがありませんか?四年前の記事で、書いたのは、スティーブン・カーティス…!」

「スティーブン…カーティス‥…」

さっき自分が名乗った時の同じように言葉を繰り返す。

「あ〜ぁ、そう言えば、いたわね。記者のおじいちゃん」

思い出したのかアイーダが大木にもたれかかり、フランを見下ろして喋り出した。

「確かに、四年前ね。でも、どうしてここがわかったの?居場所は載せないって条件だっただけど…」

「場所は、ブライアンさんに聞きました。スティーブン・カーティスの記事には、ここは書かれていませんでしたから」

「あん〜の〜、筋肉馬鹿が〜‥…!!」

アイーダは静かに怒りの炎を燃やし出す。

「人の住所をペラペラと…」

ブツブツと文句を言うアイーダに苦笑いしながら、懸命に足を持ち上げる。

「ほ〜ら、あと少しよ〜。頑張って〜」

あと四歩五歩でアイーダのいる場所まで登りつめ、頭上からアイーダの応援とも言えない応援が聞こえる。

「なっ!?」

「!!?」

残りの三歩を踏み入れると、突然底が抜けた。フランの身体が重力に負け前かがみの姿勢で下へと傾く。咄嗟に前に手を伸ばし、アイーダも荷物とランプでさえ放り出して手を伸ばした。

お互いに手を伸ばし、なんとかその手を握った。

「‥……」

「‥……」

突然のハプニングに二人はただ呆然とお互いを見つめていた。初めてお互いの顔を真っ直ぐに見た気がした。

深い蒼の瞳と漆黒の瞳がお互いを映す。

「あ、ありがとう、ございます…?」

なんとなく礼を口にするフランには、アイーダは何かに驚いているように目を見開いたまま

「どうして…?」

と掠れるように呟いただけだった。

「え?あの…」

「なんでもない」

フランの言葉を待たずにアイーダはもう片方の手を伸ばした。

「ほら、さきのその手荷物を寄越しなさい。登るのに邪魔」

アイーダが空いている手を伸ばしフランの手荷物を受け取る。

「大事に扱って下さいよ?」

「はいはい。てか、しっかり握って落とさなかったのね?」

「大事な商売道具なんで」

空いた手でアイーダの反対の手を掴み、丈夫そうな所に足をかける。アイーダの手を借りながらなんとか登りきった。

「はぁぁ」

深呼吸で息を整えてから、改めて下を見下ろすと暗闇のせいなのか底が見えない。。

(マルチ空港よりも高いじゃないか?)

あまりの高さに息を呑んでいると、背後から重たいため息が聞こえてきた。振り返ればアイーダが肩を落としていた。

「どうしたですか?」

不思議に思い声をかけてみると、顔をあげたアイーダはなぜか恨めしそうにフランを見た。

「な、なんですか?」

今度は恐縮しながら声をかけると、アイーダは口を尖らせた。

「別に…」

「‥…何かあるでしょう?その顔は」

言い返す更に口を尖らせるアイーダにフランはなんだかおかしくなったきた。

「ははっは…」

「ん?」

「あはっはっはっはっは!!」

こみ上げてくる笑いに我慢できずに肩を大きく震わせる。最初はアイーダもフランの笑いに拗ねたような反応をしていたが、次第にアイーダも笑い出した。

「はっはっはっはっはっ」

「はっはっはっはっはっ」

しばらく二人の笑い声が楽しげに暗闇の森へと響く。

「あーはっは…」

笑いがおさまってくると頭が妙に冷静になってきた。

(一体、何がおかしかっただか…)

「…やっと、笑ったわね」

顔を上げれば、アイーダの優しい眼差しでフランを見ていた。

「は?」

意味が分からず、聞き返せばアイーダは目を細めた。

「あなた、たまには笑ってる方がいいわよ?」

言いながら、アイーダは放り投げた荷物を探り始めた。

「笑っていたら、どんなことも馬鹿馬鹿しくなるから…」

両親を亡くして以来、誰からも何度も言われて言葉がまた繰り返される。しかし、今度は素直にフランの中へと入ってきた。何よりも、フランは自分に言われてるはずなのに、アイーダ自身に言っているように感じた。

「笑っていたって、どうしようもない事だってあるでしょ…」

素直に受け入れたくないフランはなんとか反論するが、アイーダからは乾いた笑いが聞こえてきた。背中を向けているため、表情は分からない。

「確かに。笑ってるだけじゃ、何もならないわよね?でも…‥」

何かを取り出すとアイーダは空を見上げた。

「地面ばかり見て暗い顔をしていたら、見えるものも見えなくなるわよ?こんな風に…」

クイとアイーダが顎で上に向けた。星空が広がってることが分かっているだけにフランは首を傾げた。

(何があるんだ?)

疑問に思いながらも、上を見上げる。

「わぁっ!」

思わず声が出た。

一面に広がるのは、もちろん美しい星の海。しかし、そこから見えたのはまた違う景色だった。

ー蛍。木々の間からカラフルな色の蛍が舞っていった。

「虹蛍って言うのよ。カラフルな色合いがまるで虹に見えるから、そう名付けられたらしいわ。今じゃ、なかなか見れないわねぇ」

下から上へと様々な色の光の玉が登り、星の海と木々の影を照らす。

「さっきまで、いなかったのに…。どこから…?」

虹蛍に目を奪われるフランにアイーダは楽しそうにクスクス笑った。

「さっきのあなたが落ちた衝撃で驚いて出てきたでしょう。彼らは臆病だから」

一匹の青く光る蛍がフランに近づく。

ソッと手を伸ばす。

「あら、同じ色に引き寄せられたのかしら?」

「同じ色?」

首を傾げるフランにアイーダは自分の目を指した。

(あぁ、目の事か…‥…)

アイーダは、フランの深い蒼の瞳のことを言っている事が分かり納得していると蛍がフランの指先に留まった。

「…気に入られたみたいね」

見守るようにアイーダは優しい目で眺めていた。

「‥‥…‥」

指先に留まる青い蛍をじ〜と見つめる。綺麗なアイスブルーの光が深いサファイアブルーの瞳を照らす。アイーダの方を見ると、彼女もひらひらと掌を虹蛍と戯れていた。

「世界は…」

フランの視線に気が付いたアイーダはゆっくりと口を開いた。

「世界は、こん〜なにも広い!そして…」

アイーダは掌をまるで天に掲げるように突き上げられ、虹蛍がそれに沿って天に上っていく。

「美しい…。そんなキラキラした世界から目を逸らすなんて、もったいないと思わない?」

暗がりのせいか楽しげに笑っているはず、その瞳は悲しげに見えた。

自分に纏う虹蛍の殆どが天に消えるとアイーダは手にしていたランプにマッチで火を灯した。

「あ…」

辺りが明るくなるにつれて、虹蛍が姿を隠してしまう。フランの指先に留まっていた虹蛍もゆったりと離れていき星の海へと 向かっていった。

「光に、というよりか火に弱いのよ。この子たち。だから、火を灯してしまうと、こうやって消えてしまうの」

カラフルな光の玉が音もなく消えていき、辺りは寂しく風が吹く。

「あなたも…」

「ん?」

ふと言うつもりはなかったアイーダに感じたことが口に出た。

「あなたも、誰か、大切な人を亡くしたことがあるですか?」

フランを映していた瞳がかすかに揺れる。開きかけた口は固く閉ざされ、下を向いてしまったため髪で表情はわからない。ただ口は笑っていたように見えた。

「‥‥…人は、いつか死ぬ…。それが早いか遅いかの違い…。それだけ」

消えそうな声でそう呟いただけだった。

「あの…」

「さぁ、行きましょう。あいつも追いついたでしょ」

沈みかけた空気を打ち破るようにアイーダは敢えて明るくフランの言葉を遮った。

「あいつ?」

「おぉぉぉぉい!」

フランが首を傾げると下の方から聞き覚えのある大声が響いてきた。

見下ろせばブライアンがフランの荷物や自分の荷物を抱えて見上げていた。

「ブライアンさん」

「道は分かるでしょ!頑張ってねぇ!さぁ、私たちは私たちで行きましょう」

まるでそれで話は終わりというようにアイーダは荷物を持つとさっさと歩き出してしまった。

フランはもう一度何かを言おうと口を開きかけるが結局何も言えず、黙って歩き始めた。



フランがクタクタになってようやく辿り着いたのは、見事なツリーハウスだった。

大木は島の中心に位置し、島全体を見渡せるようになっていた。ツリーハウスはその大木の頂上付近にまるで埋め込まれるように作られ、ちょっとした秘密基地のようになっていた。

「ふふふ、ようこそ、我が家へ」

呆気に取られるフランを楽しそうに見ながらアイーダは、手触りの良い扉を開けた。中は暖かみのある優しい空間となっていた。かなり広い部屋にキッチンやテーブル、椅子、ライト、全てが艶のある木でできていて、絵本のような空間に知らずうち、フランはワクワク感を与えられていた。

「凄い…」

木の中とは思えない光景にフランは瞳を輝かせる。

「突っ立ってないで、中に入ったら?」

荷物をテーブルに置き、上着を脱ぐと茶箪笥らしき棚から陶器のカップを二つ取り出した。

「どうなってるですか?ここは」

フランも手荷物をテーブルに置き部屋中を見渡す。登るのに必死になってたせいか外から窓があることに気付かなかった。確認できるだけで五つある。扉を挟むように二つ、その二つから一定の間隔を置いて更に二つ、キッチンの真ん中に一つ。扉に付いたステンドグラスの窓も数えるなら六つになる。テーブルと椅子はもちろん木製、床から生えているようなデザインになっていた。

キッチンもそのまま浮き出たような台にオシャレなアンティーク調の調理器具が並んでいる。キッチンの台と壁の隙間にはそれなりの大きさの石製の冷蔵庫が埋め込まれていた。

部屋の奥に上へ続く階段らしき物も見える。

「見ての通りよ、若き記者さん」

アイーダはカップを隅に鍋でなにやら調理を進める。接待用の飲み物を用意しているようだった。香りからして何か甘い物なのは分かった。

「見ての通りって…こんなの、初めてですよ!」

興奮を抑えきれず、部屋中をキョロキョロ見渡すフランを微笑ましく思いながらアイーダは湯気の立つカップをフランに差し出した。

「どうもです」

受け取ったカップからは濃厚な甘い香りが漂い、わずかに口に含んだだけでもほのかに苦みがある甘さが広がる。

「…これ」

「ん?」

明らかにコーヒーでもなければ、紅茶ではない飲み物に思わず眉間にシワが寄った。

「ホットチョコレート…ですか?」

戸惑いながらも聞くとアイーダは当然という態度で肯定した。

「そうよ。お酒には見えないでしょ?」

「普通は、お茶などを出しませんか?」

「私が‘‘普通’’に見える?」

いいから黙って飲めとアイーダは湯気が立つホットチョコレートを手に玄関向きの席に着いた。

(まぁ、確かにこんな所で暮らしているような人だものなぁ…)

軽く肩をすくめてフランもアイーダの向かいの席、玄関側を背にする席に座った。もう一度ホットチョコレートに口を付ける。温かく控え目だが優しい甘さが口の中に広がる。

あまり甘いのが得意ではないフランだが、浜辺からここまでの移動で思ったよりも身体は甘い物を求めていたらしい。あっという間にホットチョコレートを半分程飲み干した。

一息着くとフランは視線を感じた。

顔を上げるとアイーダがカップを膝の上にしたままフランを見ていた。

その瞳は何かを探っているようにも見える。

「なんですか?」

なんとなく居心地が悪くフランはアイーダに声をかけた。もしかしたら、自分はアイーダを陥れた科学者の手先、もしくはそれに似た者だと思われていたのかもしれないと思った。ブライアンがフランを疑ったように。

そう考えたフランは身構えるとアイーダは予想外のことを言い出した。

「よく分かったわね」

「はい?」

何のことだと首を傾げるフランにアイーダはホットチョコレートを一口飲むと背もたれにもたれた。

「あの『怪異』よ」

「…あぁ」

『怪異』という単語で合点がいった。さっきのあのデカイ『怪異』のことだろう。

「私は、あれを『炎の悪夢』と呼んでる。理由は、分かるわね?」

アイーダは問いにフランは頷いた。

「あの『怪異』は「炎属性」だから」

能力者たちには、それぞれ「属性」と呼ばれる特徴を併せ持つ。その「属性」によって能力に得意不得意があり、それをどう扱うかでまた能力者の実力が試される。『怪異』にもまた「属性」を持っていたのだ。『怪異』は未だ謎に包まれていて、もし「属性」があったとしてもどんな「属性」なのかまでは分かっていなかった。

能力者の「属性」は今のところ大きく分けて火・水・風・土・光・闇・気の七つになっている。しかし、能力そのものは完全に解明された訳ではなく、『怪異』同様、謎に包まれている。また能力が強過ぎれば、別の呼び名に変わることもある。例えば、今回のブライアンや『怪異』は分類的には「火属性」だが、威力が桁違いのため「炎属性」と呼び名が変わる。

世間一般は、そこまで気にはしないが…。

「ご名答、その通りよ。ブライアンは気が付かなかったみたいだけど…」

「あの筋肉馬鹿が」と口を尖らせるアイーダにフランは苦笑いをした。

正直、フラン自身もあの時の自分の判断に驚いていた。咄嗟だったとはいえ、あの時ブライアンに言った無茶な指示は、今考えると一歩間違えれば命はなかった。

「どうして、分かったの?属性のことは、豆知識として知っていてもそれを実行することは、なかなか出来ないわ」

アイーダは心底不思議だと言うようにフランの答えを待っていた。

「……」

「あなた…」

アイーダが勿体ぶったように口を開いた。

「記者じゃないわね?」

「っ…!」

突然突拍子もないことを言われ、フランは言葉を詰まらせた。

その反応でアイーダは自分が正しいことを確信した。

「アタリ…みたいね」

「…‥…」

苦虫を噛んだように唇を噛み締め、カップを握り締める。

「本当は、何者?何をしにここに来た?あの子たちに何をするつもり?」

態度が一変、身を乗り出しアイーダの瞳が鋭くフランを射抜く。

「…ぼ、僕は」

猛禽類のような瞳がフランを映し、逸らしたくても逸らせない圧力をかける。

「…記者です」

「嘘」

「嘘ではありません!ただ…」

「ただ?」

ようやく目を逸らし俯く。無意識にカップごと手が震える。

「き、記者でもあり…研究者でも、あります」

「…やっぱり」

さほど落胆した様子もなく、アイーダはもう一度背もたれに身を預けた。

「ここへは、何しに?」

「…あなたを知りたくて…」

「本当のことを言いなさい」

アイーダに強く言われフランの身体がビクッと息を呑んだ。

「…あなたを調べに…て、手がかりが欲しくて…」

「何の?怪異の?兵器にできるかどうか?」

「違います!父の…父のことが知りたくて…」

「は?」

アイーダの口調が少しだけ柔らかくなる。

「ご存知ありませんか?十七年前、クリスマスイブに起きた飛行事故のことを…!」

冷静さが飛び勢いに任せてフランはアイーダに詰め寄った。

「フラン・ルピウス!この名を聞けば、解るはずです!」

驚きながらもアイーダはフランの話を黙って聞いていた。

「あなたはなぜ空を飛ぶんですか?なぜそれが夜間なんですか?その理由が…父と似ているです」

興奮が冷めずフランの口は勝手に動く。

「星を近くで見たいから…夜の方が綺麗だから…夜間飛行を続ける理由が似ているんです…」

「…‥…」

俯いて言うフランの悲痛の叫びにアイーダは眉をひそめた。

「…知りたいです。真実を…だから、怪異たちにも…あなたにも危害を加えるつもりは…!」

「もういいわ」

パチンとアイーダが指を鳴らした。突端にフランの肩が軽くなった。

「あ、あれ…」

「薬は効くみたいね」

アイーダは立ち上がるとフランの手からカップを取り上げた。

「え、あの…これは…」

「ごめんなさい。騙すようなことをしてしまって…」

「え…?」

訳が分からず困惑するフランにアイーダは肩を竦め、ひょいとカップを掲げた。

「これの中に軽い自白剤を入れてあったの。あなたが何者で何をしにここへ来たのか、知りたくてね…」

「…‥…」

言葉を失くすフランにアイーダは申し訳なさそうに笑った。

「あなたは…」

「ふふん」

恨めしげに睨めば、アイーダは今度は楽しそうに笑った。

「あなたは敵じゃなさそうね…」

小さく呟かれた言葉を聞き取ろうとフランは身を乗り出す。

「あの…」

「いつまで、そこにいるつもり?ブライアン」

「は…?」

しかし、アイーダはフランに質問する暇を与えなかった。

フランを庇うように背を向け扉に向かう。フランも扉に目を向けると、扉に付けられているステンドグラスに人影が映り込む。ゆっくりと扉が開き、向こうから現れたのはフランをここまで連れて来たブライアンだった。

「ブライアンさん」

「…‥…」

「…‥…」

中に入って来たブライアンは何の感情を持たない瞳でアイーダとフランを見た。

「なるほど、よくできてるじゃない。周りが気が付かなかったのも、無理もないわね」

「え、あの何を言って…」

その時、ブライアンは腕をアイーダに突き出し妙な機械音を発した。

「なっ!?」

閃光がフランたちに向かって走る。

咄嗟にアイーダがフランの腕を取り、テーブルを乗り越える形で避けた。

「な、なんですか!?あれは!どうして、ブライアンさんがあんなことを!?」

「…偽物だよ」

「はぁ!?」

突然のことに混乱するフランにアイーダは冷静に答えた。

「正しくは、アンドロイド。人類の夢のために、怪異捕獲のために造られた、くだらない産物よ」

立ち上がるアイーダの顔に笑みが浮かぶ。

「そこまでして、私を捕らえたいかね?」

が、その瞳は一切笑っていなかった。

恐怖すら感じるその表情にフランは息を呑んだ。

(この人…一体…‥)

今更ながらに危機感を感じ、アイーダを凝視する。

「おい、偽ブライアン。本物は無事なんでしょうね?…‥もし、無事じゃなければ…私が、直々に出向いてあげるわ」

ただの脅しではないのは、すぐにわかった。しかし、偽ブライアンーアンドロイドは何も言わず二発目を放とうと腕を突き出す。

「答えは、YESか…」

アイーダも指先を指パッチンの形でアンドロイドに向けた。

部屋中に機械音が響き、閃光が眩しくなる。

『光よ、我が声を聞き、我が問いに応えよ…』

さっき放たれた閃光よりも眩しく大きい、かなり強力なのが分かった。

「アイーダさん!」

アイーダを見上げると、彼女は真っ直ぐな目でアンドロイドを見据えていた。その姿にはっと息を呑む。

「…アイーダ、さん…」

アンドロイドの手から閃光弾が放たれた。

『お前の主人は誰だ…』

ーパッチーーーーン!

乾いた空気に澄んだ鈴のような音が響いた。

その音に反応し、閃光弾はフランたちに向かうことなくアンドロイドに向かって飛んだ。

閃光弾はアンドロイドを呑み込むとそのまま消えた。

「…‥…」

状況が飲み込めないフランは、アンドロイドがいた場所からアイーダに視線を戻すとアイーダは肩を竦めて笑った。

「家を壊されちゃ、堪んないわ」

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