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「スーザン様。報告書はどこに置きましょうか?」


「そこに置いておいてくれる?」


「スーザン様。スローン様がいらっしゃってます」


「すぐ行くわ」


 廊下を歩きながらもスーザンは頭の中で今日の予定を組み立てる。


 カウロが出かけてからもう3日が経った。未だにカウロが帰って来る様子はなく、スーザンが全ての役割を一手に引き受けている。

 今までとは比べものにならないほどに忙しく、いなくなってからカウロの偉大さを思い知った。

 カウロが忙しい時期を見計らっていなくなったと考えられないわけでもないが、そう思ってしまえば頭は怒りに支配されてしまう。そんなひと時の感情なんかにかまけている暇などは今のスーザンにはなく、たまたまだと自分に言い聞かせ、来客の待つ応接室へと向かう。


「スーザン様」


「スローン様、お待たせしました」


 スーザンは来客のスローンに頭を下げてから微笑んだ。

 そんな様子にスローンはどう返すべきかと手をせわしなく動かす。そしてポリポリと頭を数度掻いた。

「スーザン様、『スローン様』だなんてそんなこと言わないでくれよ。身体がむず痒くなっちまうから昔みたいにおじさんって呼んでくれよ、な?」

 大きな身体を丸めて顔の前で手を合わせて懇願するスローンの姿になんだか申し訳なくなったスーザンは言葉を崩した。


「わかったわ、おじさん。でもそしたらスーザン様だなんて言わないでちょうだい」


「そりゃあできない相談だ。スーザン様にはみんな感謝してんだから昔みたいにゃ呼べねぇよ」


「もう……そんなこといいのに……」

 おどけてみせるスローンに向けて肩の代わりに目の前の空気を叩く。するとスローンは笑ってそれを受け入れてからスーザンが席へと収まると本題に入った。


「それでスーザン様。今日は生誕祭について相談に来たんだが……いつにする? 準備にそう、長くは時間かけられないし……今度の休みなんてどうですかい?」


「あ」

 今の今までそのことをすっかり忘れていたスーザンの口から零れ落ちた。とっさにこれ以上こぼれないようにと口に手を当てる。


 生誕祭――それは収穫祭と並ぶ、この村での二大祭りだ。ただ収穫祭とは違い、毎年行われるわけではない。


 伝承の中でラドーラの生まれたとされる大樹から新たな実が落ちる時に行われる祭りだ。

 その大樹は村の外れの山にそびえたっており、その木は7年に一度だけ実をつけるのだ。


 そしてその実がなる周期が今年であった。

 その実は空気が乾燥し始めたころから実をつけ初め、次第に実は赤く染まっていく。これはラドーラが7年に一度、実になることで身体を休めているのだという。

 そして実が夕日のように真っ赤に染まったらそれは実が完熟した合図だ。そこから数日もしないで実は地上へと落ち、ラドーラはまた7年間、民を見守り続けるのだという。


 ラドーラを信仰している村は他にもあるが、家ごとに様々な神を信仰し、領土内でも信仰がわかれていることから村をあげて祭りをする村もここで最後となった。


 この村の住人もラドーラを信仰してはいるが、伝承を心から信じている者はもう少ない。

 だがこの祭りが7年に一度必ず行われるのは、あまり娯楽のないこの村で羽目を外せる少ない機会だからだろう。

 だから村人は実のなる年になるといつ実をつけるのかと待ちわび、毎日毎日代わる代わるに大樹の元を訪れては上を見上げるようになる。



 だが一つだけ面倒なことがある。

 それは日取りが完全に決まっている収穫祭とは違い、日取りに全く予想がつかないことだ。

 7年に一度と言ってはいるものの、実がなった年に必ずその実が落ちるとは限らず、年を跨いでから落ちた、ということもしばしばあった。

 そのため肌寒くなってくると大樹の実を毎日見に行ってはいつ熟れるかを確認しなくてはいけなかったのだ。

 だがここ数日、スーザンはカウロのいなくなった穴を埋めるためにせわしなくしていたために、実を見に行く暇さえなかった。

 まさかこの数日で熟れるとは……。

 思わぬ誤算にこれ以上忙しくなるのかと頭を抱える。


 だからと言って、いつ帰ってくるかもわからないカウロの帰りを待っていては先に実が落ちてしまうかもしれない。

 ならばスーザンがやるしかないのだ。


 膝の上でこぶしを作り、心を決める。


 その様子からスーザンの焦りを感じ取ったスローンは心配そうな顔を向ける。


「大丈夫か?」


「あ、うん。大丈夫よ。今度の週末ね、そうしましょう」

 頭の中でカレンダーをめくり、計画を組み込んでいく。


 とりあえずは今の仕事はもう少しでひと段落つく。問題は先ほど持ち込まれた書類だ。部屋に帰って優先順位立てをしなければ……。


 顎に手を当て算段をしているとスローンは顔をしかめてから腰に手を当て、そして胸を張った。


「俺は産まれた頃からずっとここに住んでんだ。小難しい書類なんざは作れねぇがこう見えてな細かい飾りなんかを作るのはお手のもんだぜ?」


 スローンの身体はスーザンよりも頭数個分大きい。それに手だってそれに比例している。

 けれど彼が冬に作り出す工芸品などは街でも貴族なんかに人気が出るほどに美しく繊細だ。それこそ売りに出れば翌年の予約が入ってしまうほどに。

 スローンの妻なんかは「こんな大きな図体してねぇ」なんて口ではいうもののプロポーズの際にスローンから贈られたのだというネックレスを大事そうにいつも首から下げている。


 7年前に見た、彼の手から作り出されたオーナメントは大樹に飾り付けられるだけあって非常に繊細で、糸一本一本が意思を持って絡み合っているのではないかと思うほどに美しかった。

ここ数年でさらに小物作りの技術に磨きがかかった彼が作るオーナメントは7年前の記憶にあるそれらよりも遥かに目を惹くものとなるだろう。

 作り出す姿を7年前、隣で見ていたスーザンの心は踊った。


 またあの雪の華を見ることが出来るのか--と。


 期待に胸躍らせて、上目遣いにスローンを見る。


「じゃあ手伝ってもらおうかしら?」


「おうよ、任せとけ! 他の奴らにも声かけて用意させるからお嬢は風邪引かないようにあったかくしとけよ。出来たら呼びにいくからそれまで見に来ちゃダメだからな!」

 スローンはガタリと音を立てて、大きな身体で風を切りながら去って行った。


「お嬢って言ってるじゃない……」


 去りゆく大きな背中にくすりと小さな笑いを向けた。



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